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三十二話 海上の包囲網

 

 *1*


 遠い東の水平線より、薄っすらと明るみを見せて来る夜明け前、セス率いる戦艦部隊は静寂の夜を裂くように慌ただしく出航の準備を整えていた。


 波は穏やか、遠く空の雲が薄く暁に染められた頃、セスは兵士を集め出航の合図を告げる。


「良いか皆の者!これよりミレナス近郊沿岸偵察及び最重要人確保の任務を開始する!」


 ゼオール港に集められた十二隻の小型船。そしてそれらとは別に巨大な水車型の推進装置が備えられた大型船が一隻。セスの乗るゼオール艦隊の戦艦である。


 その戦艦の甲板よりセスが声を上げて兵士達に告げる。


「先遣隊の十二部隊はそれぞれ海図の示すミレナス領海の孤島近郊へと向かって貰う!不要な戦闘を回避するべく、くれぐれも隠密に事を進める様心がけて欲しい!仮にミレナス側に存在を確認された際には、止むを得ぬが…。」


 あくまで戦闘を嫌うセスだが、こればかりは仕方ないと言うように顔を歪め難しい表情をした。


 兵士達はセスの言葉にピシャリと背筋を伸ばし、皆が一斉に揃えて敬礼すると、剣や盾、簡易的な鎧で武装した身がガシャリと短く大きな音を立て薄明な夜明けの空へ響かせたのであった。


「よし、ではこれより出航の途に就く!皆の者、よろしく頼むぞ!!」


 そう言うとセスは背を向けて、甲板より十数名の兵士を連れ船室へと消えて行った。


 そして大きな鐘の鳴る()を合図に、ゼオール港よりミレナス領海へ向け次々と船が出航するのであった。




 *2*



 先遣隊の小型船はいわゆるボート型の小さな帆船であり、そこに大人の兵士が三名乗と伝達係の一羽の鷹が一緒に乗って居る。船尾にはおよそ七日分の水と食料が木箱に詰められ積載されていて、船首には取り外し可能な単眼鏡が備え付けられていた。


 また、この小型船の特徴としてマストが取り外せる機構になっており、目的地である場所に到着した際にそのマストを取り外し船を目立たなくさせる、隠密監視行動に特化した物となっている。


 さらに帆にも特殊な加工が施されており、一般的な白い帆とは異なり淡いブルーに染められ、表面は光沢のある仕上がりとなっていた。


 これは監視行動をする際、その青い帆を船全体に覆う様に広げ海面と同化し隠密効果を高める他、乗船員を長時間の直射日光から守る役目も兼ねているものである。


 一方、セスの乗る大型船は太いマストに巨大な帆、そして水車型推進装置が船側(せんそく)に取り付けてあり、原動力は人力で一時的だが他の帆船とは格別な推進速度を見せる事が出来る。また戦艦と言うだけあり、船首や甲板、船側には格納式の(いしゆみ)が鎮座している。


 そしてこの戦艦で何より異質で目立つ物が、船尾上にある黒塗りの大きな鉄柵の檻だ。その中には漆黒の衣を纏い、身体を丸めた飛竜”ヒドラ”が居るのである。


 まだ暗がりの夜明けの中、飛竜ヒドラの瞳は黄金色に鋭く煌めき、穏やかな波に揺られ遥か濃紺の星空の彼方をじっと見つめて居た。


 


 *3*



 ゼオール港より出航した十二隻の小型船は、およそ一日半掛けて海図に示したそれぞれの観測座標であるミレナス領海の孤島近海へ辿り着いた。

 

 各小型船は孤島より1.5キロメートルほどの離れた位置に停泊し、マストを畳みカモフラージュ用の薄いブルーに染められた帆を船体に覆う。その隙間から単眼鏡をスッと伸ばし孤島周辺を監視し始めて居る。


 そのとある小型船の乗組員である一人の兵士は、今回の任務に対して少しばかり疑問を持っていた。


「なぁ、今回の任務なんだが…。」


 単眼鏡を覗いている一人の若い兵士が仲間に小声で話しかけると、後ろにいた仲間の兵士がもぞもぞと身を屈めながら若い兵士の元に近づく。


「あぁ、お前の言いたい事はわかるよ。セス様のことだろ?」


 その仲間の言葉に、単眼鏡を覗いていた若い兵士がびっくりした様なそぶりで仲間の兵士の方を振り返る。


「やっぱり…お前も同じ事思ってたか?何かこう、セス様の様子を見てると、この任務はあまり気が進まない様に思えてくるんだよなぁ…。」


 仲間の兵士も無言で相槌をうつ。


 今回の任務について、少なからず疑問や違和感を持つ兵士は彼らだけでは無く、やはり皆何かしらセスの様子が腑に落ちない所がある様だった。


「セス様はさ、確かに優しい人だよ。だけどさ、その反面ゼオールの繁栄や民の事になると凄く厳しい。国や民の為なら手段を選ばない所もあるしさ…。」


 そう、セスと言う人間は真面目で義理堅く、聖人の様な優しさを持ちながらも国や民の為ならば鬼となる心も持ち合わせているのだ。


 それにて兵士やゼオールの民からの信頼も高く、中にはセスがゼオールの王であれば、、、と思う者もいるとか。しかしそれは王であるゼオリウスへの反逆とみなされるので誰も口には出さないでいる。


「それにしてもさ、セス様が言うおかしな格好した男って何なんだろうな?ミレナスの兵士ってわけじゃ無く、資源釣り師って言ってたけど…。」


 単眼鏡の兵士がそう言うと、腰につけた小さなポケットから任務使命の書かれた一枚の紙を取り出して復唱した。


「対処人物の名前は…カサハラ。異国よりミレナスに漂流した風変わりな釣り師…か。何でこいつが最重要人物なんだ?」


 紙に記載されている笠原の情報は、先日ゼオール城に投獄されたペギーからによるもので、今回の任務での対象人物情報として兵士全員に配られたのである。


 だが何故、この様な特殊な兵士でも何処かの国の王でもない、訳のわからない男を連れ帰るのかと言う理由までは説明されていなかった。


 無論、セス本人からも笠原についての事を兵士達に何も説明してはいなかったのだ。


 笠原と言う男が、別の世界から来た人間だと言っても兵士の混乱を招くだけ。


 いや、セス本人も心の何処かではまだ全て信じきれていなかったからでもあった。


 笠原と言う男が、遥か高度な文明社会である別の世界から来て、この世界の行く末を揺るがす程の人物だと言うことが。

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