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三十一話 こころの声

 

 *1*


 リリィはまだ、ばば様の屋敷の一室で身体を休めていた。寄りかかる様にしてベッドの上に座り、少し俯いて何かを考えている様子でいる。


「あれは…夢…なのかな…。」


 すると突然、部屋の扉の方からノックをする小さな音が聞こえ、リリィは顔を上げてそちらに目を向けた。


「ど、どうぞ…起きてます…。」


 扉が開くと、そこにはニッコリと笑ったばば様の姿があった。


「リリィや、具合の方はどうじゃ?」


「えぇ、もう大丈夫です。ばば様、心配掛けて…ごめんなさい…。」


 リリィはまだ少し元気が無く浮かない表情ではあったが、顔色も良く意識もはっきりとしている。


「ふむ…その様子を見ると、話しくらいは出来るようじゃな?どれ、少しばかりお前さんの覚えてる事を話してくれんかのぅ。」


 するとリリィは、自分が意識を失った直前の記憶と夢の話を断片的にだかばば様に話した。


「…これが、私の覚えてる限りの事です。」


 リリィはそこで話を終わらせ、ばば様の様子を伺っている。


「そうか…ふむ、まだ何とも言えんなぁ。ただ、お前さんが見た夢の事はそれ程気にする事はせんでええぞ。夢は夢…現実はここにある。その証拠に、お前さんもワシも、ここの皆もいつもの通り生きておる。」


 ばば様の言葉に、リリィは小さく笑って応えた。


「えぇ、そうですね。ばば様、ありがとう。」


 そう言うと、リリィはベッドから出て大きく背伸びをして少し元気な姿を見せた。


「ん〜…っと!あ、それじゃあ私、ちょっとセランの様子を見てきますね!もう大丈夫だから。」


 リリィはいつもの様な可愛らしい笑顔を見せ、ばば様に挨拶をして部屋を出て行った。


「リリィ…とりあえずもう少し様子をみるとするか。」


 まだ少しばかり何かを気にしている様子のばば様も、その部屋を静かに後にした。




 *2*


 先の孤島での任務中、ペギーの裏切りによって重症を負ったセランは、数日の間意識を失ったままばば様の屋敷で治療を受けていた。


 深傷を負って非常に危険な状態ではあったが、適切な処置と治療の甲斐もあり、何とか無事一命を取り留める事が出来たのだ。


「…に…さん…スラ…にぃ…さん……。」


「セ、セラン?あなた大丈夫っ!?」


 か細く消えそうな声であったが、丁度その時彼を看病していたリリィがセランの声に気付き、彼が意識を取り戻した事をばば様に伝える為に急いで部屋を出る。


 長く薄暗い廊下を慌てながら走り、そしてノックもせずにばば様の部屋の扉を勢いよく開けた。


「ばば様!ばば様っ!!今、セランが目を覚ましました!」


 ばば様は突然のリリィの登場に、大きく吸い込んでいたキセルの煙を咽びながら苦しそうに吐き出した。


「グォッフォッ…グォッフォォッ!な、何じゃ?いきなり入ってきおって…心臓が止まるかと思ったわい!」


 リリィは一度申し訳無さげに頭を下げ、そしてすぐに声を上げてばば様に伝えた。


「す、すみません…セランが、セランが目を覚ましました!だからばば様、早く来てくださいっ!」


 リリィはその事をばば様に簡潔に伝えると、またすぐに部屋の扉を閉めて薄暗い廊下を走って戻った。


「…まったく、あの娘は。ゲホっゲホっ。」


 そしてばば様もセランのいる病室に向かう為、ゆっくりと腰を上げ、もう一度キセルを大きく吸って吐いた。




 *3*



 それから間も無く、セランが目を覚ましたと言う事を聞き付けた笠原とトルザも病室に集まった。


 この二人も、セランの回復に肩の力が抜け安堵の表情を浮かべていた。


「おい、セランよぉ。だ、大丈夫か?」


「ま、まだ傷は痛むかい?」


 笠原とトルザが恐る恐る声を掛けると、セランは小さく頷き右手を上げた。


「すま…なかっ…あ…らい…じょう…ぶ」


 セランは”済まなかった、大丈夫”と言いたかった様であるが、まだ声を出して喋る事が難しいのであった。


 だが、あの生まれつき喋る事が出来なかったセランが声を出して喋った事に一同は驚いていた。


「セ、セラン?あなた、確か、喋る事が出来なかったはずでしょ…?でも、一体どうして…?」


 リリィはそんな疑問を投げかけると、セランの代わりにばば様がゆっくりと口を開いた。


「ふむ…恐らくじゃが、セランは今までにない程の精神的衝撃を受けたのであろう。きっと、兄スランの死…じゃな…。彼の心の叫びが、そして兄に対する思いの強さが、今まで出す事の出来なかった”声”として現れたのじゃな。」


 そのばば様の言葉に、セランを始め病室にいる一同は口を閉ざした。


「セランよ、辛かったであろう…。兄を救えなくて本当に済まなかった…。」


 そう言うばば様に対し、セランはゆっくりと首を横に振り、無言で小さく応えた。


 そしてベッドに横になっていたセランは、重たそうに身体を起こし、大きく息を吸って静かに吐いた。


「ペギ…うらぎた…あいつが…にぃさ…を…。」


 セランが覚束ない声で話をしようとすると、ばば様が優しく彼の肩に手をやり、それを制止して静かに声を掛けた。


「そう慌てるでない、セランよ。お前さんはまだ意識を取り戻したばかりじゃ。混乱もあるであろう。少し落ち着いてから、皆とゆっくり話を聞こうではないか。今はひとまず、心を落ち着かせるんじゃ…よいな?」


 セランは少し俯き、そして一度だけ小さく頷いた。


「…ありが…おぅ…ござ…ます…。」


 その様子を見て、ばば様はまた優しく彼の肩をポンと叩き、それから一同を連れて部屋を出て行く事にした。




 *4*


 それから丸一日経った頃、セランはすっかり歩ける様になり、順調に回復した事の兆しを見せた。


 彼の傷と精神の回復を確認したばば様は、一同を自分の部屋に集め、今回の事件の話を始める事にした。


「はて、困った事になったのぅ…。まさかあの少年、ペギーがワシらを裏切るとは…。」


 皆の様子を伺いながら、今まで黙っていた笠原が口を開いた。


「あの…ペギーは一体何者なのでしょうか…。僕と訓練をしていた時は、ごく普通のおとなしい少年としか思えませんでした。」


 確かに、笠原の目にはそうとしか映らなかった。いや、彼だけでは無くいつも一緒の部隊で任務をしていたスランやセランですら、ペギーの事を疑う余地は無かったのだ。


「あの子…ペギーは何の為に私達を裏切ったのかしら。何の為…誰かの命令…?もしかして、ゼオール…!?」


 リリィの発言に、皆は目を丸くして顔を合わせあった。


 だが、ばば様は驚いた様子も見せず、キセルを大きく吸い込んでゆっくり頷きながら吐き出した。


「恐らくじゃが…リリィの予想通りであろう。」


 ばば様の吐く煙がそれの様に、一同の居る部屋には正しく暗雲が立ち込めたのであった。

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