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三十話 漆黒の飛竜

 

 *1*


 帝都ゼオールの中枢である巨大な城壁に囲まれた城砦、ゼオール城。王ゼオリウスの側近であり相談役でもあるセスはその城砦の西側にある塔に向かった。


 彼は薄暗い塔内の階段を登って行き、最上階に辿り着く手前で重厚な鎧を身に纏った二人の守衛と顔を合わす。


 すると二人の守衛は背筋を伸ばし、その動作と共にガチャリと言う鎧の擦れる音が塔内の階段に響き渡った。


「暫くだな、お役目ご苦労であった。」


 セスは二人の守衛に向かい、穏やかな表情を見せ声をかけた。すると二人の守衛もセスに向かい忠誠の意を露わにしてビシリと敬礼をする。


「セス様、ご用件は王から伺っております。故、ヒドラの準備は既に整っておりますので、いつでも出撃が出来ます。」


 セスは仕事の早い守衛の言葉に対し、また穏やかな表情で笑って応えた。


「ほほぅ、それはそれは。むしろ急がせてしまって済まなかったな。だがまだ私が出るには早い。まずは先遣隊をミレナス近郊の島々へ向かわせる。その準備が整い次第、我々も出向くとしよう。その前に、少しばかりヒドラの様子を…。」


 そう言うと二人の守衛は今一度背筋を伸ばし、セスに敬礼をして最上階にある一室へと案内した。


 セスと二人の守衛の前に、いかにも堅牢な作りをした鋼鉄の扉が現れた。その扉を守衛の一人がゆっくりと力を込めて開く。


「さっ、どうぞセス様。何か御座いましたらお声を掛けて下さい。」


 そう言う守衛に軽く会釈を交わし、セスはゆっくりとその一室に足を踏み入れた。


 塔の最上階にあるその部屋の天井は格子状の作りになっており、外の明かりが直接差し込む為思いの外明るく開放感があった。


 だが、その部屋の半分を隔たせる様にして、天井と同じ作りの格子がセスの前にある。


 その目前の格子の向こうの壁際に、黒く大きな物が(うずくま)って僅かに動き出した。


「ヒドラよ、久しぶりだな。」


 セスは静かにそのヒドラと呼ばれる物に声を掛け、さらに格子の前に近づく。


 するとそのヒドラと呼ばれる蹲った黒い物がムクリと顔を上げ起き上がった。


 空の光に照らされ全身に黒く艶めく鱗を纏ったその外殻、巨大なコウモリの様な翼。鋭くしなやかな長い尻尾(おび)に強靭な四股を持ち、金色に輝く二つの目。その姿はまさに翼竜その物であった。


「ヒドラよ、これから少しばかり仕事をしてもらうぞ。存分に大空を羽ばたくと良い。」


 セスの静かな言葉に、ヒドラは両翼を大きく広げ天に向け雄叫びを上げた。



 *2*


 この世界では二種類の竜が存在しており、一方は海中を自由に泳ぎ回る事が出来る海竜のシドラ。この海竜シドラは主にミレナス近郊の海域に生息しており、その大きな躯体と遊泳力を持って人々からは”海の王”と称されている。


 このシドラは古くからミレナスの民とのみ心を通わせる事が出来、今も尚一部の民との共生を続けている。だが、何故シドラはミレナスの民とだけ心を通わず事が出来るのかは謎であった。


 それと対照的であり、強靭な翼を携え空を縦横無尽に飛び回る事の出来る翼竜のヒドラが存在する。だがこの翼竜ヒドラは個体数が極端に少なく、現在では大陸の山岳地帯でのみ僅かに確認される程であった。


 比較的温厚な性格の海竜シドラに比べ、個体数が少ない事とその凶暴で狡猾な性格から人間によって手懐けることはおろか、古くから人類の敵として忌み恐れられていた。


 だが現在の王ゼオリウスはその凶暴さと圧倒的な力を求め、数百にも及ぶ兵士と共にヒドラの生息する山岳地帯へ侵攻した。その際、たった一匹のヒドラによる猛攻を受け兵士の大半を失う事になった。しかしそんな窮地に陥った状況の中、奇跡的にもヒドラの卵を発見しそのヒドラの卵を一つだけ持ち帰る事が出来た。


 そして王ゼオリウスは多くの兵士の血と引き換えに持ち帰る事の出来たヒドラの卵を孵化させる事に成功させ、その生まれたばかりのヒドラの世話係をセスに託したのであった。




 *3*


 セスは西の塔を後にし、再び城内へと戻って来た。薄暗い階段をゆっくりと登り、城内の中心部にある広い会堂へと向かう。そして間も無く大きな木製の扉がセスの目前に現れ、彼はその扉を静かに開き室内へ入った。


 するとそこには数十名のゼオール兵が綺麗な隊列を成しており、セスの姿を確認すると全員が同時に背筋を伸ばし、ピタリと揃った敬礼をした。


「皆の者、よくぞ集まってくれた。これより本作戦の任務内容を伝える。」


 普段は温厚な性格であまり声を上げることが無いセスだが、今回は部隊の上官と言う立場から一際凛々しく威厳ある態度を示した。


「皆の者、心して聞け。今回の任務は大規模な戦闘ではなく、あくまで調査と対象人物の確保が目的である。従って、諸君には先遣隊としてミレナス近郊にある彼らの漁場となっている孤島付近に停滞し、対象人物の存在を確認して貰いたい。」


 そのセスの言葉に兵士一同は僅かに騒めき出した。だがそれもそのはず、ここにいる兵士達はミレナスとの戦闘を予見しつつその心構えをしていたからだ。


 その兵士達の様子を伺いつつも、セスはまたゆっくりと口を開く。


「諸君らが戸惑うのも仕方あるまい。だが良く聞いてくれ。君たちはこの国の兵士である以前に、我々の家族である。私は避けられるものであれば出来る限り戦闘は避けたいと願う。無論、戦闘は兵士としての役目の一つであるが、無駄な血を流す事は誠に愚かな考えだ。だがいずれミレナスとの全面戦争となれば、その兵士としての役目を果たす事が最重要である事は言うまでも無い。しかし、それは今では無いのだ。」


 セスの真摯な眼差しとその言葉に、兵士一同はまた静まり返った。そして兵士一人一人のセスに向けられた眼差しが、彼への忠誠心を表していた。


「良いか、今回の任務は隠密かつ深追いしない事が最重要だ。よって先遣隊としてミレナス近郊の海域に三名一組の小規模隊を十二部隊派遣する。この偵察部隊はミレナス側から気づかれない様にある程度の距離を保持しつつ、彼らの動きと対象人物の有無を確認して貰う。そして私は各部隊の中心海域に停泊し、対象人物の確認が取れ次第私が直接そちらへ向かう。恐らく、対象人物の周りにはミレナス随一の手練れの戦士が護衛に付いているであろう。その兵士の相手は、私が受け持つ。」


 するとつい我慢しきれなくなった一人の若い兵士が言葉を発してしまった。


「し、しかしセス様!あなた一人でなんて…わ、我々も共に……」


 そこでセスは若い兵士の話を切る様に声を上げた。


「ならぬ!これはあくまで無駄な戦闘を避ける為の作戦なのだ。それに私は、一人では無い。」


 セスの強い言葉に、若い兵士は口を閉じてしまった。だがまだ心から納得出来てはいない、そんな不服な表情を浮かべていた。


 そんな若い兵士を半ば心配しつつ、セスは今回の任務説明を切り上げる事にした。


「よし、それでは諸君。先遣隊の任務決行は明朝の日の出と共に行う。暫くの間海上での生活になるであろう、入念に準備をして出航してくれ。以上!解散!」


 兵士一同は再度背筋を伸ばし、ビシリと敬礼をして部屋を出て行くセスの後ろ姿を見送った。



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