二十八話 混沌の前兆
*1*
ーーリリィ!おい、リリィ!
その呼び声にハッと狐につままれたかの様な仕草で突然意識が戻ったリリィ。そして何故か辺り一面が騒がしく、そのリリィを呼ぶ声も掻き消されてしまう程だった。
すると突然、リリィの背後から空気を震わす程の轟音が鳴り響き、その直後辺り一面に激しい爆発が起きた。
「一体…何が起きたの…?」
リリィは身を屈め混乱している自分の意識を整理しようとした。
リリィの目前には、轟々とした煙があちこちから上がり、逃げ惑うミレナスの住民や剣を手にしてゼオールの兵士と戦う護衛部隊の姿があった。
ミレナス港の沖目の海上には未だ見たこともない程の巨大な船が鎮座しており、真っ黒な煙を吐き出しながら船体の側面をこちらに向けている。
その巨大な船からは先程と同じ轟音を発し、数発の大砲を撃つ音が聞こえ、さらに発射した砲弾は着弾した海面や港に巨大な水柱を作り、また凄まじい破裂音と共にミレナスの港を破壊して行く。
「何で…どうして?何があったの?」
突然の出来事に為す術もなくただその場に身を屈めているリリィ。
すると先程と同じ自分を呼ぶ声が聞こえ、リリィはその方へと顔をあげた。
「おいリリィ!何やってんだ!そんな所にいたら死ぬぞ!」
その声の主は額から血を流し、体中傷だらけになったトルザであった。
「ト、トルザ!?一体何が起きたのっ!?」
するとトルザはゴーグル越しに目を丸くして半ば呆れかえるように言葉を投げた。
「な、何言ってるんだ?見ての通り戦争だ。奴らが攻めてきたんじゃないか…。」
トルザの言う事が理解出来ず、リリィは言葉を失った。
「…戦争…奴らが攻めて…?」
とうとうリリィは混乱の渦に飲み込まれてしまい、激しい頭痛と嗚咽感を覚えていた。
「…どうして…だって私はさっきまでカサハラと…?そう、そうよ!カサハラは?」
リリィはほんの数分前まで笠原と共にミレナスの港にある桟橋で釣りをしていたのを思い出した。
だがその時、リリィとトルザのすぐ側で激しい破裂音と衝撃が同時に広がり、二人は爆風に巻き込まれた。
木造の桟橋や港の一部が粉々に砕け散り、リリィは咄嗟に身を屈めたがその衝撃に数メートル程吹き飛ばされてしまう。
砕かれた木片があちこちに飛び散り、小さな物は宙を舞っている。
その一瞬の静寂に、リリィは恐る恐る顔をあげ辺りを見渡した。
そしてリリィは破壊された港の隅に、無残に横たわるトルザの姿を見つけ、覚束ない脚で彼の元へ駆け寄った。
「…トルザ!しっかりしろ!トルザっ…うそ…そんな…。」
横たわるトルザの腹部には砲撃によって砕け散った港の木片の一つが突き刺さり、背中まで貫通していた。
そこからは夥しい血が溢れ出し、辺りを赤黒く染めていた。
そんな姿のトルザからは返事すら無く、リリィの声にピクリとも反応しなかったのだ。
「やだ…やだよ…トルザ。トルザ…!」
リリィはそのか細い腕で大男のトルザを抱きかかえ、必死で彼の名を呼び続けた。
だがそれも虚しく、トルザからは生気を感じることはなかった。
ただ生暖かいトルザの血だけが、リリィの手に彼が今まで生きていたと言う証だけを残していた。
「トルザ…。」
リリィはトルザをその場にそっと寝かせ、スッと立ち上がる。
トルザの血で真っ赤に染められた服とその手で、リリィは腰の剣を抜く。
「戦わなきゃ…。」
そしてリリィはトルザの亡骸を背に振り返り、巨大な船がある沖を睨んだ。
すると沖の巨大な船から数隻の小舟がこちらに向かってやって来るのが見えた。
リリィは剣を更に固く握り締め、沖から来る敵の増援を迎え撃つ為に辛うじて残った桟橋へと向かった。
すると突然、こちらに向かって来る数隻の小舟から甲高く乾いた破裂音が鳴り響き、その直後リリィは未だかつて感じた事の無い鋭い衝撃を受けた。
それと同時に、固く握り締めた剣がスルリとその手から離れリリィは膝から崩れ落ちる。
「…何…?ど、どうして…。」
リリィの腹部からはじわじわと血が溢れ出し、それと同時に激しい痛みを覚えた。
だんだんと薄れ行く意識の中、リリィはとうとうその場に倒れ込んでしまう。全身が麻痺してしまった様に手足が動かなくなり、己の最後を悟った。
「私…死ぬの…?」
すると沖にある数隻の小舟のうち、一回り大きな舟がリリィのいる桟橋へと近づいて来る。
しばらくしてその舟が桟橋に着き、一人の男が船から降りてゆっくりとリリィの元へ歩いてやって来た。
その男はゼオールの王、ゼオリウスであったのだ。
「リリィ…と言ったかな。驚いたであろう?」
ゼオリウスは薄っすらと笑みを浮かべ、その手に持つ細長い筒状の物を差し出し自慢げに言った。
「これはな、銃と言って別の世界の武器だ。そして我が戦艦には原動機と言われる機械を取り付け、今までに無いより強力な力をもって高速で移動する事が出来るようになった。無論、これも別の世界の技術だ。」
ゼオリウスの言葉を聞き、リリィは死の間際にも関わらず底知れぬ胸騒ぎがしていた。
「別の…世界…?どうして貴様が…うぅっ。」
そしてゼオリウスは自らの剣を抜き、倒れ込んでいるリリィの首元へ切先を向け言い放つ。
「全てはお前のよく知る”あの男”のお陰だ。私は別の世界の技術と知識を用いて、この世を掌握する。その第一歩がお前たちミレナスだ。」
リリィは動かない体で必死に抵抗しようとしたが、それも虚しくただゼオリウスを睨みつける事しか出来なかった。
「カサハラ…カサハラをどうした…?くっ…。」
その問いに答える事も無く、ゼオリウスは剣を振りかざしリリィに向けて無情な言葉を最後に言い放つ。
「もう良い…お前の兄を斬ったこの剣で、お前も共に逝くがいい。」
そう言って、ゼオリウスはリリィに向けて剣を振りかざした。
「…兄さん…ごめんなさい…。」
*2*
ーーリリィ!…おい、リリィ!
(…誰の声?…私は…死んだの…?)
リリィはゆっくりと目を覚まし、何処か懐かしい煙たい匂いを感じた。
「…ばば様の、キセル…?」
僅かだが意識を取り戻したリリィを囲む様に、笠原とトルザ、そしてばば様が大きく息をついて安堵の表情を浮かべた。
「おぉ、リリィや…やっと意識を取り戻したか。」
ばば様はキセルを大きく吸って、それをもくもくと吐き出しながら言う。それに続き、笠原とトルザもリリィに声を掛けた。
「リリィ、大丈夫かい?釣りの最中、急に意識を失ったからびっくりしたよ。」
「俺もカサハラからリリィの事を聞いて心臓が止まっちまう程焦ったぜ。もう大丈夫か?リリィ。」
すると突然、リリィが慌てて起き上がり声をあげた。
「戦争…戦争はっ!?ゼオール軍が攻めて来たんじゃ…!?」
そのリリィの慌てふためく様子に、一同は困惑の表情を浮かべ、互いに顔を合わせては首を傾げる。
「はて?何のことじゃ?もしや、夢でも見とったのかのぅ?」
ばば様はニッコリと笑いまたキセルを大きく吸って煙を吐いた。
「夢…夢なのかな…。でも、みんながいて私も死んでないから、そうなのかな…。」
リリィは例え夢だったとしても、それが単なる夢として捉える事が出来ず、胸の奥に何か大きな不安を抱えている様子を見せた。
そんなリリィを見て、笠原は普段と変わらない様子で声をかける。
「なんか嫌な夢でも見ちゃったんだね。とりあえず、今はまだゆっくり休んでなよ。そうだ、また良くなったら釣りでもしようか!はははっ。」
だがリリィは思い詰めた様子で頷くだけであった。
「えぇ…そうね。」
リリィの浮かない様子を気にしながらも、笠原達はその部屋を後にした。
「それじゃあ、俺たちはそろそろ行くよ。ゆっくり休んで。」
「うん、ありがとう…。」
一同がリリィのいる部屋を出て、何か思い当たる節がある様子で、笠原はばば様に声をかける。
「あの…ばば様。ちょっといいですか?」
「うむ、何か話しがあるようじゃな。ならばワシの部屋で話しを聞こう。トルザ、お前も一緒に来るんじゃ。」
笠原の様子に何かを悟ったのか、ばば様は笠原とトルザを自室に招いて話を聞く事にした。
そして三人はゆっくりとばば様の部屋へと足を運んだ。




