二十五話 少女の夢
*1*
再び王間へとやって来たセス。そこには王ゼオリウスがいつもの様に玉座に腰を下ろしている。ゼオリウスはやって来たセスに向けて無言のまま彼の目を見つめ、小さく息を吐いた。
浮かない表情のセス。自身の不甲斐なさに自ら哀れみを覚えているかのようである。そんなセスとゼオリウスの無言の隔たりを優しく解く様にして、王ゼオリウスは口を開く。
「セスよ、お前は心の優しい人間だ。今は亡き息子も、そんなお前の人間性を尊敬しているであろう。」
そのゼオリウスの言葉に、セスはゆっくり顔を横に振った。
「…いえ、とんでも御座いません。私はただ、息子の仇を取った所で何も変わらない…息子が戻ってくる訳でも無い。そう思っただけです。」
セスの言葉には、これ以上表現する事の出来ない哀しみが隠れていた。だが、それを出すまいとセスなりに自らの思いに杭を打ち込んで言葉を切った。
その様子を伺って、王ゼオリウスはそれ以上問うことを止めた。そして話を変える様に淡々と話をし始める。
「セスよ、ペグリウスは同胞を殺めた事による殺人罪でこれより牢獄での禁固刑となる。だが、それに伴いペグリウスの穴埋めをせねばならぬ。そして何よりも、私達一族が永きに渡り機会を待っていた”あの計画”を遂行する事になる。」
そう言って王ゼオリウスは懐から一冊の古い書物を取り出した。
「これには帝都ゼオールがいかにして発展したかの秘密が記されている。そしてあの海上都市ミレナスとの親密な関係もだ。」
その言葉にセスは疑問を浮かべる様な表情で問いかける。
「帝都だけでは無く、ミレナスとの関係もですか…?」
王は深く頷き、手にした古い書物のあるページを開いて見せた。
「ここに書かれている内容とこの絵。これが我が帝都ゼオールが生まれた鍵となる。」
セスは王の側に寄り、古い書物を覗き込む。そこには子供の描いた様な絵と短い文章が記されていた。
ーー風も無く、穏やかな日。突如として一人の少女がこの地に現れた。記憶は曖昧で、ある日の事、湖にいた時に気を失い気が付いた時にこの地にいたと言うが、定かではない。その少女は”トウキョウ”と呼ばれる未開の地で暮らしていたと話す。この大陸のどこか、あるいはこの海の向こうかは分からないが、人が多く豊かな暮らしをしている巨大な都市であると言う事である。その少女はその”トウキョウ”と呼ばれる都市の絵と、一匹の魚に似た生物の絵を描き残したーー
セスはその謎の少女の描き残したと言う絵を見ると、目を丸くして驚いた。
「こ、これは…ゼオール?」
その少女の描いた絵は、長方形に伸びた幾つもの建物が建ち並ぶ都市の絵であった。
つまりは、現代文明のビル群が建ち並ぶ東京の街並みだ。だがこの世界の文明では想像もつかない都市の風景である。
「そうだ、ここ帝都ゼオールはこの謎の少女の絵を基にして建造された。高い石造りの建物により、限られた少ない土地により多くの人間が生活出来る。これは私達では思いもつかない発想であった。」
セスはこんな子供の描いた様な絵が、このゼオールにとって多大なる影響と革新がもたらされた事に驚きを隠せずにいた。
「まさかとは思いましたが…しかし、この書物が何故ここに?そしてその謎の少女とは一体…。」
疑問を投げかけずにはいられないセスに対し、ゼオリウスは落ち着いて説明し始めた。
*2*
ーー遡る事、初代の王ゼオランの死後、ゼオラス政権の頃の話である。心優しい初代の王ゼオランとは真逆の性格であった二代目の王ゼオラスは、更なる資源の確保の為大陸侵略を目論んでいた。
地殻変動によりこの地球の大陸の殆どが海に沈み、残された土地や大陸に人々は逃れて行った。だが地殻変動から運良く残った大陸に住まうゼオールの者達は、限りある資源を確保する為に他の大陸や島国の侵略を始めた。
ゼオールの人間は無慈悲にも他の大陸や島国の資源を我が身の物にする為に、小国の民やそこに住まう原住民などを力で抑えつけ、抵抗する者には死を与え、それ以外の者を奴隷として扱い、全てを奪っていった。
その無慈悲な侵略行為の最中、ゼオールの者は小さな島国の民家で一つの古い書物を見つけた。
そこにはこの島国で起こった事や、その日の出来事などを記載している言わば日記の様な書物であった。だが、その日記の様な書物の中に、謎の少女が現れたたと言う事と不思議な絵が記されていた。
だがそれを見つけたゼオールの者は、特に気に留める様子も無く他の略奪品と共にゼオールに持ち帰った。
そして月日が経ち、ゼオールは残された大陸や島国の侵略を終え、膨大な資源と奴隷による人材を確保した。
そんな時、二代目の王ゼオラスが一冊の書物を見つけ、そこで謎の少女の話と不思議な都市の絵を見つけたのだ。
王ゼオラスはこの謎の少女の絵を基に、帝都ゼオールの再構築を目論んだ。
王は侵略により確保した土地からありったけの石材や木材を調達し、奴隷としてさらって来た者達や移民を使い一気に都市の改築を行った。
そして王ゼオラスの目論み通りに完成したのが、現代の都市を模した造りの”帝都ゼオール”なのであった。
だが王ゼオラスはこれで満足した訳では無かったのだ。謎の少女の事、そしてもう一つの絵の事が気に掛かっていた。
*3*
ゼオリウスとセスは古い書物に描かれたもう一つの絵を見ていた。
「これが何だか分かるか?セスよ。」
ゼオリウスは書物に描かれた不思議な魚の様な絵を見せた。それを見たセスは首を傾げるだけで何も言わなかった。
「私は父の意思を継いでいる。生前、父ゼオラスは私にこの謎を解き明かすと語って死んでいった。もちろん、父も私も今まで全くこの絵の意味と謎の少女の事が分からずにいたのだ。だが皮肉にも、ペグリウスのお陰でこの謎の少女と絵の秘密が解けそうでいる。」
セスはペギーの名を聞いて、ピクリと小さく肩を動かした。
「ペ、ペグリウス様が…?」
王ゼオリウスは気にするなと言わんばかりに首を振って答えた。
「何、ペグリウスは己の任務を果たしたに過ぎん。その功績がどうであれ同胞を殺めた事の罪は重い。」
僅かの間、二人に沈黙が訪れる。
「…まぁ、その話はもう済んだ事だ。良いか?よく聞け、セスよ。」
セスは一度頷き、再度ゼオリウスの話を聞く姿勢を取った。
「ペグリウスの話では、あの海上都市ミレナスが誕生したのは、何処か見知らぬ世界からやって来た男の力による物と言っていた。その謎の男によって、地殻変動で海に沈みかけたミレナスを救ったとも。」
そしてまたゼオリウスは話を続けた。
「私は思うのだ…この謎の男と少女の共通点があると言う事。我が帝都ゼオールは、謎の少女の絵によって多大なる変化と革新をもたらした。そして、同じくミレナスも謎の男によって救われ、革新をもたらした。これは私の予想だが、恐らくその男と少女は同じ所からやって来た者達だろう。そして私達では想像も付かない様な発想や技術を有している。」
「そ、それで…ペグリウス様は何と…?」
セスはペギーの名を自ら発する事に少しばかりの抵抗を感じたが、ゼオリウスはそれを気にする事もなく話を続けた。
「ペグリウスの話では、ここ最近ミレナスに何処か違う世界からやって来た男がいると言う事だ。そしてその男は世にも不思議な魚を釣り上げた後、意識を失い気づいたらこの地にいたと話したそうだ。」
そこでゼオリウスは話を切った。
「謎の男…不思議な魚…もしや、その古い書物の絵の魚とは…?」
ゼオリウスの話にセスは堪らず口を開いてしまう。まさに今、ゼオールとミレナスの両国に革新をもたらした過去の出来事が今起ころうとしている事に驚きを隠せずにいた。
「セスよ、私はこのゼオールに更なる革新をもたらしたい。…いや、ゼオールだけでは無い。私は世界をこの手に収めたい。その男のいた”もう一つの世界”とやらの事を知れば、恐らく我々の知らない技術で出来た武器や兵器をも開発出来るはずだ。」
そしてゼオリウスはセスに新たな任務を伝えた。
「良いか、セスよ。これよりお前に新たな命を下す。今、ミレナスにその男がいるのであれば、ミレナスに新たな革新が持たされ我々ゼオールよりも遥かに強力な力と技術を身につけてしまう。そうなる前に、その男を我がゼオールに連れて来るのだ。」
セスはその命を受け、半ば不安そうな表情を浮かべた。それは新たな任務の成功や失敗を伺う物では無く、自身の予想を超えたゼオリウスの欲望の大きさによるどこか恐ろしい胸騒ぎの様な物であった。だが、セスはそれに従った。
「畏まりました、ゼオリウス様。では、今回はゼオール兵の手練れと共にこの私も。」
ゼオリウスは大きく腕を組み、玉座の背もたれに寄り掛かった。
「ほう…お前も行くと言うのか。ならば心配はいらぬな。ペグリウスの話ではその男の側にはミレナスきっての戦士が護衛に付いていると言う。恐らく、リリィとトルザと言う者達であろう。だがこのゼオール史上最高の剣士であったセスの前では赤子の手をひねる様な物だ。よろしく頼んだぞ、セスよ。」
ゼオリウスの言葉にセスは謙遜した様に言葉を返した。
「いえいえ、私もすっかり歳を取りました。昔の頃の様には行きません。ですが、お任せ下さい。この任務、私が責任を持って遂行させていただきます。では、早速任務の計画を立てますので私はここで失礼致します。」
そう言ってセスは一度頭を下げゆっくりと振り返り、王間を出て行った。
王間の扉が閉まり、セスはゆっくりと階段を降りていき、近くを歩く一人のゼオール兵を呼び止めた。
「もし、そこの方。すまんが急いで集めて欲しい者達がいる。」
そう言ってセスはゼオール兵に今回の任務で必要な人材のリストを伝えた。
「はっ!畏まりました!それでは、急いでセス様の元へ集まる様にと伝えます。」
ゼオール兵は一度ピシッと敬礼をして小走りでその場を去って行った。
それを見送り、セスはまた城内の廊下をゆっくりと歩き、小さく呟いた。
「…出来るだけ無駄な血は流したく無い。”ヒドラ”を使うことにするか。」
そしてセスは廊下の角を曲がり、突き当たりの部屋の重たい扉を開け、その部屋へと入って行った。




