二十四話 冷めた食卓
*1*
セスは薄暗いゼオール城の廊下をゆっくりと一人で歩きながら考えていた。
我が弟子であるペギーとの久々の再会を果たす事が出来たのだが、セスにとっては非常に複雑な思いであった。
「…私の育て方が間違いであったかもしれんな。」
ーーペギーを幼い頃から弟子として迎え、セスは自分の持つ全ての知識と武術を彼に教え込んだ。
当初、内向的な性格のペギーであったが、彼自身が成長して行くに連れそれは大きな変化をもたらした。
剣を握ればそれは目を疑う様な身のこなしで、訓練相手の兵士を次々と薙ぎ倒す。無論、模造刀での訓練なので死人は出なかったが大人の兵士ですらペギーに敵うものは誰一人としていなかった。
それからと言うもの、ペギーは幼いながら己の力が誰よりも凌駕している事に高揚を覚え、内向的だった性格は次第に薄れて行き彼の中に潜む傲慢な人格が露わになって来たのだ。
セス以外の人間に指図される事を嫌い、自分の思い通りに行か無いことがあればそれに対して自らの力を振りかざした。
そんな傲慢なペギーにゼオールの兵士達は恐れ、そして不満を抱き始めた。
それを察した王ゼオリウスとセスは、ペギーに特殊な任務を課す事にした。それがミレナスへの潜入任務であった。
だがまだ幼いペギーはゼオリウスとセスに”ペギーにしか出来ない国の重大な任務”だと上手く口車に乗せられ、ペギーは自分の力が認められたと気分を良くしてこの潜入任務を喜んで承諾した。
もちろん、それは言うまでもなくペギーに不満を抱いていたゼオールの兵士達の為でもあった。
ゼオールの兵士達の中には幼いペギーの傲慢さに嫌気をさして退役する者までいたのだ。
王ゼオリウスはゼオール兵の士気の低下に危惧を感じ、やむなくペギーを城外任務に就かせた。
だが、王ゼオリウスの企みはそれだけでは無かった。ペギーをミレナスに潜入させる事で、ある事実の確認と野望を胸に秘めていたのである。
そのペギーに課せられた潜入任務の内容とは、ミレナスの軍事力の調査と、海上都市ミレナスが誕生した秘話を知る事でもあったーー。
*2*
セスは廊下の突き当たりにある部屋の中へ入った。
そこは湯気が立ち込み、鍋やその他の調理器具が忙しそうに音を立てていた。
そう、セスがやって来たのはこのゼオール城の厨房である。セスはその厨房の奥に立つ大男に声をかけた。
「もし…忙しい所、申し訳ない。少々時間をもらえるかの?」
その大男はセスの声に気がつき、調理の真っ最中であった手を止めてピンと背筋を伸ばして振り返った。
「セ、セス様!?ど、どうしてこんな所にいらしたのでしょうか…?」
その大男はまさかセス程の地位の高い人間が厨房の中に入ってくるとは思いもしなかったので、何か重大な過失を犯したのではないかと内心恐れていた。
だがセスはその大男に対し、冷静かつ丁寧にある事を依頼したのだ。
「すまんが、料理長である貴殿に頼みたい事がある。」
そう言ってセスは懐から何やら透明な液体の入った小瓶を取り出した。
「これからペグリウス様との食事を用意して欲しい。そして、ペグリウス様の料理にコレを入れて貰いたい。」
そう言ってセスはその小瓶を料理長の大男に差し出した。
「…こ、こ、これは…一体…?」
料理長の大男は恐る恐るセスの目を見た。そのセスの目を見た時、大男はこれ以上何も聞いてはいけないと悟った。
「何も聞かんでくれ。何も知らなければ貴殿の心も穢れる事は無い。ワシに頼まれてその通りにしただけの事だ。」
セスの言葉に、料理長の大男は無言で頷く事しか出来無かった。
「では、宜しく頼んだぞ。ワシは先にペグリウス様と一緒に食堂で待っておる。こんな役割を課せて申し訳ない。だが貴殿に罪は無い。」
そう言ってセスは静かに振り返り、厨房を後にした。
*3*
ペギーは久しぶりに帰ってきた城内を駆け回っている。
「ったく、セスはどこに行ったのかなぁ。…あっ!ちょっと!どこかでセス見なかった?」
城内のあちらこちらを駆け回っていて、少し息を切らしたペギーはたまたま通りすがった城の使用人である女性にセスの事を尋ねる。
「ペグリウス様、ご無沙汰しております。セス様でしたら、先ほどお会いしましたよ。確か…お食事の用意をなさると申しておりました。食堂の方へ行って見てはいかがでしょう?」
その女性はニッコリと笑い、ペギーに小さくお辞儀をしてその場を去って行った。
「なんだ、セスのやつ。食事なら食事って言ってくれればいいのに。」
ペギーは食事と聞いて急ぎ足で城内にある食堂へと向かった。
慣れた足つきで階段を駆け上り、廊下を走る。そして食堂の扉を勢い良く開けた。
「おや?ペグリウス様。ずいぶんとお早いですな。相当空腹でいらしたか?」
ペギーの登場に、セスは落ち着きにこやかな表情で迎えた。
「さっきそこで食事の用意が出来てるって聞いたもんでね!丁度お腹も空いてたから走ってきたよ。」
そう言ってペギーは久しぶりの豪華な食事が並べられたテーブルに着き、早く食べようとセスに促した。
「ほら!セスも座って!久しぶりに一緒に食事しようよ!」
豪華な食事を前にして、まるで子供の様にはしゃぐペギーにセスも合わせる様にして席に着いた。
「そう慌てなくても食事は逃げたりしませんぞ。はははっ。では、久しぶりの食事としましょうか。好きなだけ食べて良いですぞ。」
そのセスの言葉と同時に、ペギーはナイフとフォークを両手に持って並べられた食事を次々と食べ始めた。
「久しぶりの肉は美味いなぁ。それにこの野菜も果物も、アッチにいた時は無かったからな!魚とかばっかりで飽きちゃったよ、ほんと。」
セスも食事を美味しそうに食べるペギーをチラチラと様子を見る様に食べ始めた。
そして二人でしばらく食事を食べていたその時、ナイフとフォークを持つペギーの手がピタリと止まった。
セスはその様子に気づき、彼も同じく食事を運ぶ手を止めた。
「なんだ…これ…。」
ペギー突然、全身に走る痺れを感じナイフとフォークをテーブルの上に落としそのまま動きを止める。
セスは黙ってペギーを見つめているだけであった。
「…セス…これは…ど…どう言う…事…?」
その言葉と同時に、ペギーの体は食事の上に覆い被さる様に倒れ込んだ。
セスはゆっくりと立ち上がり、倒れ込んだペギーに近づき耳元で静かに口を開いた。
「ペグリウス様、申し訳ありません。あなたは暫くの間動く事は出来ません。私があなたの食事に毒を混ぜました。でも安心して下さい。ただの痺れ薬ですのでしばらくしたら動ける様になります。」
そう言い、セスはテーブルにある呼び鈴を一度チリンと鳴らした。
すると食堂の扉が開き、三人のゼオール兵が部屋にやって来た。
「では、よろしく頼んだぞ。ペグリウス様を地下牢に運んでくれ。」
そのセスの言葉に三人のゼオール兵はペギーを抱え上げ、部屋を出て行った。
一人食堂に残るセスは、開いたままの食堂の扉を見つめ、思い耽った様に言葉を残す。
「これで良かったのだ…これで。何があっても、やはり私はペグリウス様を殺す事は出来ません…。」
そしてセスも、その開いたままの扉を抜けて食堂を後にし、そこには食べかけの料理だけがテーブルの上でまるで作り物の様に静かに残っていた。




