二十三話 夢見る青年、悪魔の子
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十数年前、帝都ゼオールの城門に今より少し若いセスと一人の青年の姿があった。
その青年は大きな荷物を抱え、港に停泊している蒸気船に乗ろうとしている所だ。
「親父、しばらくの間ここを離れるけど元気でいてくれな。帰って来たら立派な兵士になってみせるよ。」
そう話す青年の名は”セト”。つまりはセスの息子である。
彼は今17歳であり、まだまだ新米のゼオール兵であった。もちろん階級は一番低い地位であり、これからしばらくの間ゼオール近郊の孤島や陸地の調査、そして帝都ゼオールの外大陸の警備兵として派遣される事になったのだ。
「セトよ。長い航海や未開の孤島では常に危険が付いて回る。だがな、お前達のよ様な兵のお陰でこのゼオールは守られている。だからこの任務に誇りを持って良い。そして、くれぐれも気をつけるのだぞ。」
心配そうにも優しい笑顔を見せるセスに、息子セトは一度だけ頷いた。その顔はどこか凛々しくもあり、これからゼオールの兵士として立派に成長して行く事を心に決めた、青年から大人へと変わるそんな自信を持った表情であった。
そしてセトは大きな荷物を抱え直し、セスの元を後しにして蒸気船のタラップを登って行った。
セスは少しだ成長した息子の後ろ姿を見つめ、優しく微笑んで見送った。そしてその後セスもゆっくりと振り返り、息子セトの無事を祈りながらゼオール城へ戻る道を一人で歩く。
セスはゼオール城に着いた頃、一人の兵士が彼に声をかけてきた。
「セス様、ゼオリウス王がお呼びです。ご子息様のお見送りがお済みでしたら、王間へといらして下さい。」
その兵士は言伝を終えるとピシッと背筋を伸ばし一度セスに頭を下げてその場から去った。
そしてセスはゼオール城へ戻り、ゆっくりと王間へ向かう城内の階段を登る。王間の扉の前には二人の重厚な銀色の鎧を身に纏った兵士がいた。セスはその二人の兵士に軽く目で合図をし、それに合わせ二人の兵士は王間の扉を開け、セスは王間へと足を踏み入れる。
「セスよ、急に呼んで済まない。セトの見送りは無事に済んだか?」
そこにはまだ王位に就いたばかりのゼオリウスが玉座に腰を掛けていた。だが既に一国の王としての風格と気品に溢れ、それは先代の王達と遜色の無い程であった。
「はい、ゼオリウス様。まだまだ兵士として未熟な息子ですが、このゼオールにとって少しでも力になれる兵士になれると良いのですが…。」
セスは我が息子の任務と、この先兵士としてどれだけ成長出来るかを半ば不安そうに思っていた。
そんなセスの表情に対し、王ゼオリウスは笑って言った。
「ははっ。まぁ、そう案ずるな。セトはなかなか良い男だ。お前に似て礼儀もなっているし、何より意思が強い。任務から戻って来た際には、きっと良い兵となっている事だろう。」
そんなゼオリウスの言葉に、セスは深く頭を下げて礼を言った。
「ありがとう御座います、ゼオリウス様。そのお言葉だけで、息子の帰りを安心して待つ事が出来ます。」
深々と礼を言うセスの言葉の後、王ゼオリウスは先ほどまでと少し違う声色で話し始めた。
「そこで何だが、セスよ。息子の帰りを待つ間、お前に頼みたい事がある。」
「私に…?頼みたい事ですか?」
セスは王の様子が少し変わった事を察し、手を前に組み肩を落とした姿勢で話を聞く心構えをした。
そしてゼオリウスは王室の使いの女性に合図をし、女性が王間の奥から小さな子供を抱えて二人の前にやって来た。
「単刀直入に言う。セスよ、お前にこの子の面倒を見て欲しい。」
そう落ち着いて話す王の言葉に対し、セスは目を丸くし驚きを隠せなかった。
「わ、私に?この子の面倒を…ですか?」
その問いに王ゼオリウスは無言で一度頷き、静かに口を開く。
「この子の親は移民の家系であったが、私と親交の深い者達だった。だが父親は任務中に殉職、母親は先日病に倒れ命を落とした。つまりこの子は身寄りのない子なのだ。」
そう淡々と話を続ける王に、セスは黙って聞いているだけであった。
「だが私も王として情だけで動ける立場ではない。このゼオールには他にも両親のいない孤児がそこらにいる。この子だけ特別と言う訳にはいかんのだ。その為私の側で、私の手で面倒を見る事になれば他の民からの反感を受けるであろう。」
ゼオリウスの言い分として、他の孤児がいるのにも関わらず、この子供だけを特別に育てる事は出来無いと言う事である。その王の話を聞いていたセスも、王の言い分に理解を示した。
「左様で御座います、ゼオリウス様。貴方はこれからこの国ゼオールの全てを負って担う立場にあります。今まさに王位に就いた時期に、民からの不信感を買う様な行いは避けたい所存で御座います。」
セスの言葉に、ゼオリウスは腕を組み深く頷いた。そしてゼオリウスはセスの目を見て再度嘆願を申し出た。
「セスよ…我が友として、そして元ゼオール兵隊長としてのお前に頼みたい。すでに息子がいるお前にとって、もう一人の自分の子として育てると言う事が無理なのは承知だ。ならば、私の子だと思ってこの子の面倒を見てもらいたい。そして行く行くはこの子をお前の弟子として鍛え上げてくれ。」
王ゼオリウスはこの国で唯一の信頼出来る友人でもあるセスに対し、真剣な眼差しで語った。
そしてセスは暫く口を閉ざしたが、我が国の王でありそして友人でもあるゼオリウスの頼みを断る事は出来なかった。
「…かしこまりました、ゼオリウス様。この役目、私が請け負いましょう。この子を”あなたの子”として、我が国を担う様な兵になれる様鍛え上げます。」
その言葉に、王ゼオリウスは大きく息を吐き安堵の表情を浮かべた。
「感謝する、セスよ。これから暫くの間、宜しく頼んだぞ。」
そう言って小さな子供を抱き抱えた使いの女性がセスの元にゆっくりとやって来た。そしてその子供を優しくセスに受け渡す。
その子供はまだ1〜2歳程の小さな男の子だった。セスは自分の息子であるセトの幼い頃を思い出さずにはいられなく、抱き抱える腕に妙な懐かしさを覚えた。
それを見ていたゼオリウスがセスに向けて話しかける。
「その子の名はペグリウス。これからは王家の人間としてこの城で皆と暮らして行く事になる。」
セスはまだ小さなペグリウスを抱き抱えたまま、和かに笑いかけた。
「はい、それではペグリウス”様”ですね。」
ーーこうして両親を失った幼いペギーは王家の人間としてセスに育てられ、彼から学術や武術を学び、瞬く間にその力を発揮するのであった。




