二十二話 セス
*1*
ペギーと世話役のセス、二人は思い出話などをしながら城内を歩いている。
度々ゼオール兵とすれ違うが、少し大人びたペギーに気づかない者もいた。だが彼は久しぶりの故郷に気分が良かったのか、特に気にする事は無くセスとの会話を楽しんでいた。
すると一瞬の間を置き、セスがペギーに問いかける様に口を開く。
「そう言えば、迎えによこした兵が一人いなかった様だがいかがなされたかな?」
セスの問いかけに対し、ペギーは言葉を詰まらせるも、笑顔で答えた。
「あ…一人はミレナスのシドラにやられて海に落ちちゃったんだ。助けられなくて残念だったよ。」
「そうか…それなら仕方ないのぉ。」
何の屈託も無いペギーの笑顔に、セスはそれ以上何も問うことは無かった。
しばらくして二人は城内の談話室に入り、そこでセスはペギーにここでしばらく待つ様にと言い部屋を出て行った。
ペギーは談話室に設置された果物や飲み物が沢山置いてあるテーブル席に着き、一人で飲み食いを始める。
「久しぶりだなぁ、こんなの食べるの。…うん、やっぱ美味い!あのミレナスは魚とか野菜ばっかりで飽きちゃうよ、ホント。」
ペギーはミレナスの食事に文句を言い、一人でテーブルの上の食べ物を頬張っていた。
するとペギーのいる部屋にドアをノックする音が響きわたる。
「ん…どーぞ?入って入って!」
ペギーの声に合わせ、一人のゼオール兵が談話室に入って来た。
「あ…お、お食事中失礼します。ゼオリウス様がお呼びですので、王の間へいらして下さい。それでは、失礼します。」
ゼオール兵は背筋をピッと伸ばし、要件だけを伝えてその場から去って行った。
「なんだぁ、もうお呼びですか。まだ食べたかったのになぁ。」
ペギーはまだ食べ足りないと、重い腰を上げて渋々王の元へ向かうことにした。
*2*
談話室を出たペギーは、慣れた足取りで迷路の様な城内を早足で歩き、そして軽いステップで階段を登って行く。
「よっ、よっ、よっ、よっ…っと!」
階段を登りきったペギーの目の前には、普通のゼオール兵とは違う重装備の護衛兵が二人で大きな槍を構えて立っていた。
「うわっ!びっくりしたなぁ!…そこ、邪魔だからどいてくれる?」
ペギーはその二人の護衛兵を鋭く睨みつけ、今にも斬りかかるかの様な殺気を醸し出していた。
その殺気を感じたのか、二人の護衛兵は素早くペギーの前から退き、王の間の扉を開けた。
「うん、よろしい…でも次、僕の邪魔したら殺すからね。」
ペギーはニコッと笑い、二人の護衛兵に向けて言い捨てる。そして彼は悠々と王のまの扉をくぐった。
「だだ今戻りました、ゼオリウス様。」
玉座に座る王ゼオリウスの前に、ペギーは小さく畏まって跪く。その様子に、久しぶりの再会にも関わらず王ゼオリウスは表情を変えず静かに口を開いた。
「潜伏任務、ご苦労だったな。では、その違う世界から来たと言う男の話を聞かせろ。」
王はペギーに対してこれと言った労いの言葉もなく、至って事務的で簡潔な物であった。
何年もの間、敵地に忍び込みスパイとしての任務を果たして来たペギーは、その王ゼオリウスの冷めきった態度に下を向いたまま不服の表情を浮かべ歯を食いしばった。
「…はい、ゼオリウス様。」
幼いながらも大人顔負けの戦闘術を持ったペギーであるが、それでもまだ少年である事に変わりは無い。ペギーは久しぶりの故郷に戻り、成長した自分の事を見てもらい、そして慕っていた王からの温かい言葉をほんの僅かだが心の何処かで期待していた。
だがその期待は微塵も無く消え去り、王の冷めた言葉だけが突き刺さった。
ペギーは心の奥底から湧き上がる”何か”を感じたが、王の前ではなす術もなく、その感情を表に出さぬよう、ぐっと堪えた。そしてペギーは今にも動き出そうとしている心を沈鎮め、ミレナス潜伏期間の事と違う世界から来た人間、笠原の事を静かに語り出した。
*3*
「…なるほど。つまりそのカサハラと言う男がもう一つの世界からやって来て、今も尚ミレナスで暮らしていると言う事か。そして元の世界に戻る為にその刻操魚と言う魚をを探し求めている訳だな。それならば…。」
王ゼオリウスはペギーの話を聞いて、何かを企んでいる様子を浮かべた。
「はい、ゼオリウス様。カサハラと言う男は向こうの世界で釣り師として生計を立てる程、釣りの技術に長けています。まぁ、武術はまだまだど素人ですが。」
ペギーは笠原の釣り師としての腕前は認めている様であった。だが、それが帝都ゼオールの脅威になるとは思っていなかったのである。
そんなペギーの言葉に、王ゼオリウスは威圧的な低い声で跪く姿のペギーに言い放った。
「…ペグリウスよ、武力が無いからと言ってその者の力を見誤るな。必要なのは武力や技量だけでは無い。」
王の重たくのしかかる様な声に、ペギーは息を飲み黙り込む。
そしてそんなペギーに追い打ちをかけるかの様に王は口を開く。
「それにペグリウスよ、お前はミレナスの戦士を一人取り逃がした様だな。」
その言葉にペギーはビクリと肩を震わせ、苦し紛れな言い訳を口にした。
「そ、それは…。あ、でも相当深手を負わせたし、あのままじゃ助かるはずもないと…。それに、僕の正体も知られてないし、奴は喋れないからもし助かったとしても説明する事は出来ないから…。」
まるで子供の言い訳を言っているかのようなペギーの様子に、王ゼオリウスは深く溜め息をついた。
「はぁ…もう良い。話はこれまでた…下がってよろしい。」
王はペギーの失態と、それを誤魔化そうとした態度に呆れ返り話を終わらせた。
「は…はい。失礼します…。」
そしてペギーは一度深く頭を下げ、王の前から去って行った。
王はペギーの姿が消えたのを確認した後、静かに口を開く。
「セスよ、そこに居るか。」
すると今まで姿を見せなかったペギーの世話役である老人セスが、王の座る玉座の裏の物陰からスッと現れた。
「はい、ゼオリウス様。」
礼儀正しく畏まったセスは、王ゼオリウスの座る玉座の横に立った。
「ペグリウスはもう使えん。我々ゼオールの者だと知られてないとは言え、ミレナスには既に顔が割れている。それに…お前の息子の事は聞いた。」
王の言葉に、セスは表情すら変えなかったが小さく肩を震わせ、そして静かに口を開く。
「仕方ありませぬ…。あの子は私の息子の事を知っておりませんでしたし、きっと息子が何かあの子の機嫌を損ねる事をしてしまったのでしょう…。あの子がここに戻って来た時、迎えに行かせた兵の中に私の息子の姿だけがありませんでした。その時に…私も気付きました。」
セスは言葉の途中、僅かだが声を震わせた。それは、王の前で何かを必死に堪えている様だった。
セスの息子はゼオールの兵士であり、今回のペギー帰還任務に就く事になった。そして、彼はペギーの手によって殺された。何の躊躇も無く、首をはねられて。
そう、セスの息子とは先ほどペギーを迎えに行った兵士の一人で、あの無残に殺された一人の兵士であった。
セスはそんな息子の敵であるペギーに対し、いつも通り優しく接していた。だがセスの心は複雑に思いが交錯していたのだ。
そんなセスの心情を悟るかの様に、王ゼオリウスは声をかける。
「無理はしなくて良い、セスよ。お前は私の側近であり、このゼオールで一番信頼の置ける人間だ。そして私の唯一の友でもある。だからこそ言おう。お前が息子の無念を晴らしたいと願うのならば、私は止めん。ペグリウスの事はお前に任せる。」
そして王ゼオリウスはそれ以上何も言わず、静かに口を閉じた。
王の言葉に、無言で深く頭を下げたセスはまた足音も立てずに王の元から去って行った。




