二十話 裏切りの島
*1*
リリィと重傷を負ったセランを乗せたシドラ船は速度を上げてミレナスへ向かっている。
傷口が痛むのか、時折船が波を超えるたびにセランは顔をしかめて小さく声を上げていた。
「大丈夫か…セラン。もう少しでミレナスだから…。」
心配そうに見つめるリリィの頭の中で、何かモヤモヤした物がずっと引っかかっている。他の二人の行方。そしてこのセランの傷口。
野人に襲われたのであるならば、その傷口は鋭い爪で引き裂かれた様になる筈なのだが、セランの傷口は明らかに刃物による刀傷であった。
だがスラン率いる第五護衛部隊が、そう簡単にやられるとは信じがたい事である。何かしらの武器を使う敵となれば、考えられる正体は人間であり、そして恐らくゼオール兵だろう。しかし、ミレナスで一二を争う剣術の手練れであるスランやセラン程の者がゼオール兵などにやられるとは到底思えなかったのだ。
リリィは最悪の事態を予測しつつも、そうあってほしく無いと願っていた。
そしてリリィ達を乗せたシドラ船はミレナスに帰還し、慌ただしく船を港に付けた。
そこにはトルザや笠原、そしてミレナスの医療班と思われる者が数人いて、すぐ様傷を負ったセランを担架に乗せてばば様のいる中央本部の屋敷に搬送されて行った。
「セラン…。」
リリィは医療班を見送ると、トルザと笠原の元へ戻って来た。
「おいリリィ、あいつ大丈夫か?野人の仕業なのか?」
トルザの言葉にリリィは視線を逸らし、セランの血で真っ赤に染まった手をキュッと握りしめた。
「いや…野人じゃない。」
その言葉にトルザは大きく反応し、声を上げた。
「何だって!?野人じゃないって事は、ゼオール兵の奴らか!くそぉ…。」
だがリリィは視線を逸らしたまま、トルザの言葉に対して口を開く事は無かった。
笠原はそんなリリィの様子に気付き、静かに呟く。
「ゼ、ゼオールの兵士じゃない…?」
その笠原の言葉に対しリリィは目を瞑り、静かに口を開いた。
「今はまだ…何もわからないわ…。」
リリィはそう言うと静かにその場を立ち去った。残された笠原とトルザは一度顔を見合わせ、リリィの言葉が気になったがひとまずばば様の屋敷に行ってセランの容体の確認をしに行く事に決めた。
笠原とトルザは屋敷に入り、セランの手当てをしている部屋の外にある椅子に腰掛けた。
そこへゆっくりとばば様がやって来て、座っている二人に声をかける。
「おやおや、二人ともご苦労であった。リリィは…まぁ良いか。セランの傷は深かったが命の別状は無いから安心せい。もう時期手当ても終わる頃じゃ。」
ばば様はにっこりと笑い、セランの無事を二人に伝えた。
するとトルザが何やら深刻そうな様子でばば様に話をする。
「ばば様…セランは野人にやられたんじゃ無く、ゼオール兵にやられたんですかね…。それとも他の…いや、考えたく無いですが…。」
トルザは途中で言葉を切り、黙り込んだ。そんなトルザに、ばば様はにっこりと笑ったまま言葉をかけた。
「あの傷はまぎれも無い刀傷じゃ。お前さんの言う通り、野人の仕業じゃありゃせん。ならばゼオール兵によるものと考えるのが普通じゃがの、わしゃどうもそう思えんのじゃ。スランやセランともあろう者がゼオールの兵になどやられるとは信じがたい。つまり、油断していた所に不意を突く事が出来る者…。」
その言葉にトルザが核心を突いたような言葉を発した。
「ゼオール兵以外の人間…俺たちの仲間の誰か…。」
そう言った時、部屋の扉が開いて医療班の人間が笠原達の前にやって来た。
「もう大丈夫です。無事に縫合も終わり、一週間もし無いうちに傷は塞がるでしょう。意識はしっかりしてますので、お会いになってみますか?」
その医療班の人間の言葉にトルザと笠原は部屋の中に入って、ベッドに横たわるセランの傍にやって来た。
「セラン!大丈夫か!?一体…誰にやられた…。」
トルザは焦りを隠せずセランに問いかけた。だがそれと同時に、セランが言葉を話せ無い事を思い出し口を噤んだ。
だがセランは口を開け、何かを言いたそうにした。
「スラ…ン…こぉ…された…ペギ…うら…ぎた…。」
その覚束ないセランの言葉に、トルザと笠原は考えていた最悪の事態に陥ってしまった事を確信した。
すると二人の後ろからリリィの声がして笠原とトルザはすぐに振り返る。そこには部屋の入り口に寄りかかった姿のリリィがいた。
「…やはりそうだったのね。」
リリィも二人の後ろからセランの言葉を聞いていたようで、それを予想していたのかあまり驚いてはいなかった。
そんなリリィがセランの言葉を整理するかの様に話し始めた。
「スランはペギーの裏切りによって殺され、セランも深手を負った。恐らく、スランやセランもまさかペギーが自分達に刃を向けてくるとは思わなかったのでしょう。その不意を突かれた訳ね。」
笠原は思った。あのペギーがそんな事をするとは全く想像していなかったのだ。しかもペギーはまだ幼い少年だ。何故、彼がスラン達を襲ったのか、一体何が目的だったのか。それも全て謎であった。
「何で…あのペギーが…。」
笠原は一緒に剣術の訓練をした時の事を思い返し、悔しさと共に悲しみを覚えた。
そんな笠原の様子を尻目に、リリィは冷静な口調で話した。
「セランの話しは信じる。だけど、ペギーの目的は一体何なのかしら…。二人を出し抜いた後、ペギーは何処へ?」
セランもそれは分からない様であり、黙ったまま首を横に振るだけであった。
ペギーの裏切りの目的が分からず、そしてそのペギーの行方も知らぬまま謎は深まる一方であり、四人のいる部屋にしばしの沈黙が続いていた。
そしてセランはベッドに横たわったまま、静かに涙を流し兄スランの最後を思い返すのであった。
「スラン…にぃ…さん…。」
*2*
ーー遡る事4時間ほど前、スラン率いる第五護衛部隊は北東の孤島で資源釣りの任務を終え、帰り支度をしている時であるーー。
「ペギー、やるじゃないか!これだけ釣れれば向こうの部隊にも自慢出来るぜ!」
スランはこの日の収穫に満足している様子で、ペギーの初任務に労いの言葉をかけていた。
そんなペギーも褒められて少し照れた様子でいた。
「いやぁ、偶然ですよ。たまたまそこに魚が沢山いたから釣れた様なもんです。本当はもっと大きいの釣りたかったんですけどね。」
だがスランはそんな彼を気に入った様子で褒め称えた。
「そう謙虚になるなよ!初任務でこれだけの成績なら充分過ぎる。もっと自信持っていいぞ!」
そう言われてペギーはにっこり笑った。だがその時、ふと何かを思い出した様な素振りを見せて言葉を発した。
「あっ!いけない!向こうに釣りの仕掛けを置いて来ちゃいました。ちょっと急いで取りに行きます。すぐに戻りますね!」
そう言うとペギーは帰り支度をしているスランとセランの元から立ち去った。
「お、おい!気をつけろよ!」
ペギーは片手を上げ、小さな丘を越えた釣り場へと向かってその姿を消した。
だがその様子が気になったセランは、少し遅れてペギーの後を追ったのだ。
そのセランが小さな丘を越えた時、この辺りでは見慣れない一羽の鳥が飛び去っていくのを見た。
「…?」
するとその直後、ペギーがセランの元に向かって小走りで戻って来た。
「あっ、ごめんなさいセランさん。お待たせしました。さ、早くミレナスへ戻りましょう。」
セランは先ほどの見慣れない鳥が気がかりであったが、にっこりと笑ったペギーに促され帰り支度をしているスランの元に戻って来た。
「おぉ、二人とも。そろそろ日暮れだから急いでミレナスに戻るぞ。」
スランは帰り支度を終え、いつでも出航できる様にして待っていた。
セランとペギーは足早にスランの元に向かった。
そしてスランとセランが岩場にくくり付けたシドラ船のロープを解いている時、ペギーは腰の剣を静かに抜いた。
「…油断しちゃ、ダメだよね。」
そう言った瞬間、ペギーはスランの背後からその白銀の剣を突き刺した。
「ぐぁぁっ…!?」
そのスランの異様な悲鳴に気付いたセランがすぐに剣を抜こうとしたが、ペギーの素早い動きに追いつかず一撃を受けてしまう。
「…うぁっ!」
ペギーの剣はセランの脇腹を捉えたが、間一髪の身のこなしで致命傷は避けられた。だが、それと同時に激しい痛みと溢れる血にセランはその場に膝をついた。
「ちぇっ…惜しかったなぁ。でも、これで終わりだよ。セランさん。」
ペギーは冷たく微笑み、剣を振りかざした。その時、すでに虫の息だった兄スランがペギーの足を掴み思い切り引っ張った。
足元の悪い岩場だった為、足を引っ張られて体勢を崩したペギーはその場に倒れ込んだ。
「くそっ、まだ生きてやがったか…。」
スランはペギーの足を力一杯掴んだまま、最後の力を振り絞って叫んだ。
「…セラン!今のうちに行けっ!早くっ!」
ペギーは掴まれた足を振りほどき、既に血塗れのスランに対してとどめの一撃を加えようと剣を突き立てた。
「往生際が悪いと、嫌われますよ?」
そしてペギーはにっこり笑い、倒れているスランの背中に剣を突き刺した。
その様子をただ見ている事しか出来なかったセランは、兄の死にゆく姿に思わず声が出たのだ。
「…にぃ…さん!!」
だがその声は既に届かず、兄スランは剣を突き立てられてピクリとも動かなくなってしまった。
そしてペギーはスランに突き刺さった剣をズズッと抜き、セランの元にゆっくりと歩いて来た。
「さて、次はアナタの番です。兄弟仲良くここで死んでくださいね。」
そしてペギーは剣を構え、大きく振りかぶった。
だがその瞬間、セランは身を翻し岩場から海へ飛び込んだ。
「あれれ、逃げちゃったよ。まぁ、あのままじゃいずれ死んじゃうから、いいか。」
ペギーはそう言ってゆっくり剣を納めた。だがペギーはある事に気付いて思わず舌打ちをした。
「ちっ、やられた…。」
ペギーの視線の先には、先ほどまでいたシドラ船の姿が消えていたのだ。
すぐにセランが飛び込んだ海の方を見ると、遠くにシドラ船に掴まって沖へ向かうセランの姿があった。
そう、セランは海に飛び込んですぐにシドラを呼び、そしてセランは命からがら難を潜り抜けたのだ。
セランは激痛の走る体で船に乗り込み、シドラをミレナスへ向かわせた。
傷を押さえつけながらセランは船に横たわり、目に焼き付いた兄の最後の姿を思い浮かべては、歯を食いしばっていた。
「にぃ…さん…。」
そしてしばらく一人で船に揺られて次第に意識が遠のいて来た時、リリィの声が聞こえて来たのだ。
セランはその声が聞こえた時、心に誓った。
ーー必ず生き抜いて、兄の仇を取る。
セランはぐっと痛みを堪え、必死に意識を保とうとした。




