十七話 ルアーケース
*1*
岩壁の孤島での資源釣りを終え、再び船に戻って来た三人は次の目的地の孤島に向かう為の航路を取った。
風も無く、穏やかな海をシドラはスイスイと勢い良く泳いで進んでいた。
三人は船上で昼食を取りながら、次の孤島での資源釣りに備えて打ち合わせをし始めた。
「次に向かう所は、さっきよりも少しだけ大きな島よ。小規模だけど、森や池があってその池に資源魚である燃油魚が生息してるの。今度は危険も伴うから、なるべく早めに島を出る事にするわ。」
そう言ったリリィに、笠原は不安そうに質問をした。
「あのさ、リリィ。野人って、そこら辺をウロウロ歩いてたりするのかな?」
リリィは小さく首を振り、野人の事について話した。
「いいえ、奴らは普段洞窟などの暗所にいて、長い時間太陽の光を浴びてられない体質らしいの。もちろん、太陽の沈んだ夜なら自由に動けるから、そこら中が野人だらけになる事もあるわ。」
リリィはその話を続けた。
「でね、奴らは獲物の匂いと音を感知して静かに忍び寄って来るの。だから私達が島に上陸した時点で奴らは気付いてるはず。それでもいきなり襲って来る事は今までに無かったわ。」
そう話すリリィに、笠原は納得した様に言葉を発した。
「なるほど。つまり奴らは確実に仕留められる獲物かどうかを見極めて、襲うか襲わないか決めてるのか。まるでハンターみたいだ。」
そう、野人はれっきとしたハンターなのである。決して知能が低い訳で無く、野人同士が意思の疎通を交わし、独自の狩猟方法で獲物を仕留める、生まれながらの狩猟生物なのであった。
未だに種の根源は解明されていないが、その生態から予想すると遥か太古の時代から生き永らえていると推測されていた。
だが、地上に多く現れ出したのは世界沈没後の数十年後だと言われている。
元々地底で生息していた野人達は地殻変動によりその地底の住処の殆どを無くした。
それにより生息数も激減したが、運良く沈没から逃れた野人達が、現在の孤島の洞窟などに生息していると言う。
「まぁ、出来るなら野人に会いたくないケドね。」
リリィは小さく笑って言った。
そして陽が少し傾き始めた頃、遥か前方の海に島が見えて来た。まだ距離はあるが先ほどの岩壁の孤島よりも広い面積を持った島の様であった。
するとリリィが突然話を変えて笠原に尋ねてきた。
「そう言えば、あの”るあー?”って言うのか?それをちょっと見せてよ。」
笠原はそんなリリィの言葉にキョトンとして返事をした。
「あ、あぁ。いいよ。」
そして笠原は徐にフィッシングベストのポケットから二つのルアーケースを取り出し、蓋を開けて見せた。
「へぇ、こんなに沢山持ってるのか。どれも綺麗な色をしてる。あ、普通の小魚みたいな色もあるんだね。」
リリィはその色とりどりのルアーに興味を示していた。それはまるで宝石でも見ているかの様に。
「何なら、一つあげようか?」
笠原のその言葉にリリィは目を丸くして声を上げた。
「ホントにっ!?い、いいのか?」
笠原はそんなリリィに笑って答えた。
「ああ、いいよ。沢山あるしね。じゃあ、この綺麗なやつを…。」
そう言って笠原はまだ使っていない新品のルアーをケースから取り出してリリィに差し出した。
それを受け取ったリリィは満面の笑みで喜んでいた。
「やったぁ!ありがと!綺麗な色…痛っ。」
リリィはルアーに付いている針に軽く指を刺してしまった。
「あ、針は危ないから外しておくよ。ちょっと貸して。」
リリィは刺してしまった指を咥えながらルアーを笠原に渡した。
「これでよし…と。ハイ、どうぞ。」
「へへっ、ごめんね。でもありがとう。」
リリィは針の無いルアーを陽にかざしてまじまじと見つめて微笑んでいた。
笠原はそんなリリィの様子に、少しだけ見惚れてしまった。戦士とは言え、やはりまだ年頃の女の子なのだな…と。
普段から一見クールな表情をしているリリィだが、こんな可愛らしい一面を持っている事に笠原は少しばかりの安心感を覚えた。
そんな時、笠原の後頭部から物凄く熱い視線を感じた。
恐る恐る振り返ると、そこにはトルザの顔があった。
「…ト、トルザさんにもあげましょうか?ルアー…。」
そして笠原はまたルアーケースから新しいルアーを一つ取り出して、針を外しトルザに手渡した。
するとトルザもニッコリと笑って喜んでいた。
「いやぁ、何かスマンな!別に欲しいと言ったつもりは無いが、せっかくなので有難く頂く事にするぞ!はははっ!」
それを手にしたトルザも、笠原から貰ったルアーに興味を示して色んな角度から眺めたりしていた。
するとリリィは、腰から細い紐を取り出して短く切った。
「よし、これをこうしておこう。」
リリィはルアーに紐を通し、それをネックレスの様にして首から下げた。
「お?それはいいアイデアだな!俺もやるぞ!」
それを見たトルザも、リリィから紐を貰ってルアーをネックレスにした。
こうして二人ともルアーのネックレスをつけて、その場はいつに無く和やかな雰囲気になっていた。
*2*
しばらくして、三人は次の目的地である孤島に到着した。
先ほどと同じ様に船を浅瀬に停泊させ、三人は森の広がる島に上陸した。
辺りを見渡す限り、野人の気配は無く至って平穏な雰囲気が広がっていた。
森の上には小鳥が飛び、ウサギだかネズミだかよく分からない小動物の姿があるくらいだった。
するとリリィは先ほどまでの和やかな雰囲気を一切見せず、ピリピリとした緊張感を持った表情をして腰に携えた剣を抜いた。
「ここからは気を抜いたりしちゃ駄目よ。トルザ、カサハラ、準備はいい?」
リリィの言葉に合わせトルザも背中の大剣を手にした。
「はい、隊長。いつでも準備は出来てます。」
急なトルザの態度の変貌に笠原は驚いていた。
トルザは任務の中ではきちんとした上下関係を築いている様で、歳下のリリィに対してもこうして隊長と副隊長の関係をわきまえている。
それを気にした笠原も、トルザと同じ様に振舞ってみせた。
「た、隊長。俺も準備出来てます。」
すると、そをんな笠原の態度にリリィは戯けた表情で笑った。
「ふふっ。トルザの真似しなくてもアンタはいつも通りで良いのよ。」
「そ、そうなのか…。」
笠原は苦笑いをして頭を掻いた。その様子にトルザもにこやかに笑っていた。
「もちろんお前は俺達の仲間だが、資源釣り師はまた別格なんだよ。むしろ、ミレナスでは俺達よりも高い地位にいるんだぞ?良かったな!カサハラ!あ、カサハラ”さん”だな!はははっ。」
笠原はトルザの話を聞いて資源釣り師がいかに重要な役割かという事を思い知った。だが、いかに高い地位に居たとしても決して高慢な気持ちになる訳ではなく、命を守られる側として護衛部隊の二人に感謝しなくてはならないと言う気持ちであった。
「じゃ、じゃあ俺はとりあえず今までと同じこの感じで行くよ。」
そして三人は再度気を引き締め、次なる資源魚の確保に向かう事にした。
*3*
三人は島の中央にある森を目指して歩き出す。この島は元々普通の陸地にだったようで、砂浜や岩壁などは無く海岸かすぐに背丈ほどの雑草が生い茂った藪の平地があった。
トルザを先頭に笠原を挟むようにした陣形を取り、その藪の中を掻き分けながら三人は進んだ。
時折掻き分けた藪が頬に当たったり、足元に絡んだりして、慣れない笠原は思う様に進む事が出来ずにいた。
先の見えない藪の中、二人に挟まれ歩く笠原はこんな所で野人に襲われたらどうするのかと、不安を抱いていた。
「あの、トルザさん。何でわざわざこんな身動きの取りにくい場所を進むんですか?もしここで野人が出てきたら…。」
笠原の言葉にトルザはチラッと後ろを向いて藪を掻き分けながら答えてくれた。
「何でこんな所か?って言うのはな、奴らの習性を逆手に取った方法なんだ。野人は残忍かつ凶暴だが、基本的な身体能力は俺達人間とほぼ同じ。つまり奴らもこの藪の中じゃ動きにくいって事だ。それに陽の光に弱い奴らがこんな所で時間をかけて襲うのは、奴らにとっても不利な条件なんだよ。だからあえて動きにくく時間の掛かるこの藪のルートを取る訳なんだ。」
笠原はそのトルザの説明を素直に納得した。確かにその通りだ。どんな動物でも、獲物を取るのに不利な条件では逆に自分の命の危険にも晒されてしまう。良く考えられている方法であった。
「なるほど。それならこの藪の中なら安心して先に進めそうだ。」
そうしてしばらく三人が藪の中を進み続けると、とうとう森の近くの開けた牧草地に出た。その牧草地の先に、何やら薄気味悪い森の入り口が見える。
ひと段落して、リリィは この後の行動について説明し出した。
「この先の森の中に、目的地の池がある。だが、ここからが本当の任務だ。森の中は陽の光が届きにくく、奴ら野人が行動し易い環境になる。従っていつ襲われてもおかしく無い状況だ。だから今以上に警戒を怠らない様に。」
そしてリリィは一息ついて、ゆっくり口を開いた。
「それじゃあ、行くわよ。」
こうして三人は野人が待つであろう薄暗い森の中へと足を踏み入れるのであった。




