十六話 初任務、異世界での釣り
*1*
険しく立ちはだかる黒い岩壁の孤島。そこはミレナスより東の海を渡った所に在った。
三人を乗せたシドラ船を岸際の浅瀬に停泊させ、一人ずつその孤島に上陸した。
笠原は初めての釣り場にキョロキョロと辺りを見渡した。釣り師としての本能か、その絶好のロケーションについ気持ちが昂ぶってしまった。
「すごい所だな…。」
複雑に入り組んだ岩石の岸際には、あたかも魚の住み着きそうな流れの淀みがあちこちにあり、時折小魚が水面を逃げ惑う様子も伺えた。
「さあ、ここからはカサハラの腕の見せ所だ。私とトルザはカサハラのサポートに回るから、好きな場所で釣って構わないわ。」
笠原はリリィに対し、無言で頷いた。だが、いくら釣りが得意な笠原でも彼にとっては初めての魚なので、その魚がどんな生態をしているか全く分からないでいた。
「あ、あのさ、リリィ。鋼魚って、どんな所にいて何を食べてるかわかるかな?」
笠原のその問いかけに、リリィは困った表情で返事をした。
「うーん、ゴメンなさい。私、お魚の事はあまり詳しくないの。あ、トルザなら何か知ってるかも。」
リリィはそう言ってトルザに視線を向けた。
「俺が知っているのは…”鋼魚は食えない”と言う事だけだ。」
三人のいるその場に、僅かな静寂が訪れた。
「ま、まぁ、何とか釣ってみせますよ。」
そして笠原は今までの経験をフルに活かし、鋼魚の狙い方をリアルタイムで構築する事にした。
そうと決まれば笠原は慣れた手つきで釣り竿に糸を通し、その先にルアーを取り付けた。
「何それ?すごく綺麗な色…。」
そのルアーにいち早く興味を示したのは魚では無く、人間のリリィであった。
「あぁ、これはルアーって言って、俺のいた世界で使われている疑似餌だよ。これを泳がせる事によって、魚が餌の小魚と間違えて喰いついて来るんだ。」
リリィは物珍しそうにそのルアーを見ていた。
「へぇ、何か面白い。そんな宝石みたいな色した物でお魚が釣れるなんて思えないわ。」
確かにそうかもしれない。この世界の魚は違う世界のルアーに反応するかどうか全く分からなかったからだ。だが、一つ言える事は、この世界ではルアーを使って釣りをしていないと言う事だ。つまり魚にとっても初めて見る物なので、興味本意かもしくは威嚇して喰いついて来る可能性もある。笠原はそれに賭けた。
「とりあえず、やってみるよ。」
笠原はそう言って岩石の岸際に立ち、潮の流れをじっくり観察した。
そして狙いを定め、しなやかに竿を振った。
ルアーは綺麗な放物線を描いて飛んで行き、そして潮の淀みの少し奥の方へ静かに着水した。
笠原は頭の中で”来い、来い”と囁きながらリールを巻いた。
だが残念ながら最初の一投目では魚の反応が無かった。
だが臆する事無く、再度ルアーを投げる。今度は先ほどの位置より少し右側を狙った。だが今回も無反応であった。
笠原はそれを何回か繰り返し、その間に少しずつ投げる位置とリールを巻くスピードを調整した。
すると、竿を握る手にコツンと言う小さな感覚が伝わる。
「来たっ!」
それと同時に笠原の竿が大きくしなり、綺麗な弧を描いた。
グイグイと引っ張られる竿から、かなりの大きさだと推測できる。笠原は慎重にその魚とのやり取りをした。
そしておよそ五分程度経った頃、とうとう魚が笠原の足元までやって来た。
「すみません、タモ網お願いします!」
笠原はタモ網を持つトルザに声をかけた。トルザはその合図に合わせ、笠原の元に駆け寄り無事に魚を網に入れた。
その魚を見てみると、ルアーをバクリと咥えた青と黄色の縞模様の大きな魚だった。
「や、やったぁ…!!これが鋼魚ってやつですか…。」
初めて見る変な魚に、笠原は手を震わせ興奮を抑え切れずにいた。
「あ、いや、これは鋼魚じゃないぞ。」
鋼魚を釣ったと思い喜んでいる笠原を尻目に、トルザは真顔で言った。
その言葉を聞いた笠原は一気にテンションが下がり、その場で項垂れてしまった。
「えぇ…これが鋼魚じゃあないんですか。」
「あぁ、そうだ。こいつはここら辺の海で良く獲れる毒魚の一種だ。その名の通りこの魚の身には毒があって食う事も出来ん。」
笠原は鋼魚でも無ければ食べる事もできない魚だったにも関わらず、子供のように喜んでいたのが恥ずかしくなった。
そんな笠原を励ますかの様に、トルザは笑いながら声をかけた。
「はははっ!まぁそう気を落とすな!毒魚でもこんなにデカイのは珍しいんだぞ?素直に喜んでいい!はははっ。」
確かに笠原は普段から食べる為の魚を釣っている訳ではないので、目的の魚で無くても大物なら喜ばしい事だ。だが、やはりプロの釣り師としてのプライドがそれを許さなかった。また、リリィやトルザに鋼魚を釣ってカッコイイ所を見せたかったと言うのもあった。むしろ、それの方が大きかった。
笠原はチラリとリリィの方を見ると、彼女は笑いながら小さな拍手をしていた。
「(く、くそぉっ…完全にバカにしてる…。絶対釣ってやる…絶対釣ってやるからな…。)」
笠原は無言で誓いを立てた。
*2*
それからと言うもの、釣れるのは毒魚ばかり。笠原は毒魚を釣る事だけがかなり上達していた。
もちろん、全く釣れないよりは釣れた方が楽しい。だがこれは遊びじゃない。笠原は資源釣り師としての仕事に責任を感じているのだ。
そして笠原は考えた。鋼魚が今、一体何処で何を考えているのかを。そしてある一つの話を思い出した。
「そうだ、確か前に鋼魚の様な資源魚は群れをなしてい無くて網にかからないって言ってたな。という事は…。」
笠原は辺りを見渡し、何処か影になっていそうな場所を探した。
「あそこだ…きっとあそこにいる。」
笠原が見つけたのは、岩壁がせり出して海面に影を作っているポイントだった。
そしてその影になっているポイントへルアーを投げる。
ゆっくり、ゆっくりとリールを巻いたその時。
ガツン!と言う今までに無い強烈なアタリが笠原の腕に伝わって来た。
「ヨシッ!来たぞっ!」
その魚が水中で頭を振って暴れているのが良く分かる程の強い引きに、笠原の体温は一気に上がった。
ドラグが音を立て、糸がキリキリと出て行く。
魚の引きが弱くなった瞬間に合わせ、リールを巻く。
汗をかいた手が思わず滑りそうになるが、神経を集中して魚とのやり取りを行う。
掛かった魚はまだ弱ってない。それどころかどんどん深い方へ潜ろうとする。
だが笠原はプロの釣り師。巧みに竿を操作し、魚の動きをコントロールした。
その後も慎重にやり取りを繰り返し、そしてとうとうその魚が水面に姿を現したのだ。
目が異様に大きく、口は上向き、そして黒鉄色の鈍く光る鱗がその存在感を現していた。
大きさはおよそ50センチ程、一見すると黒っぽいアロワナの様な魚であった。
「トルザさん!タモ網お願いします!は、早くっ!」
笠原は急かす様にトルザに言った。
そして、無事に魚を網に入れてトルザに確認を取る。するとトルザは親指を立ててニカッと笑った。
「おめでとう!コイツが目的の鋼魚だ!」
そのトルザの言葉に、笠原は大きなガッツポーズをして喜んだ。
「よっっしゃぁぁっ!!やった!ついにやったぞ!」
笠原のあまりの喜びように、トルザも笑いが止まらなかった。
そんな二人の様子を見ていたリリィも、今度は笠原の功績を祝うように、優しい笑顔で拍手をしていた。
「やるじゃないアンタ。初めての資源釣りでこんな大きな鋼魚を釣るなんて凄い事よ。」
リリィもその鋼魚の大きさに満足していた様で、彼女自身も喜んでいた。
リリィの喜ぶ様子を見て、笠原は更に嬉しい気持ちになった。
「まだまだ釣ってみせるよ!何か掴んだ気がするし。」
笠原は鋼魚の生態が少し分かった気がして、岩壁の孤島ん隅から隅まで歩き回った。
そんな笠原の予想通り、影になっているポイントを狙うと面白い様に鋼魚が釣れ続けた。
それから釣り続ける事数時間、気が付くと既に18尾の鋼魚を釣り上げていたのだ。
その大量の鋼魚をトルザは船に乗せ、笠原に向けて大声で合図をした。
「おーい!カサハラ!もう鋼魚は充分だから、こっち戻って来ーい!」
そのトルザの声に気付いた笠原は、ヒョイヒョイと岩場を駆け下りて来た。
「あれ?まだ釣れそうですけど、良いんですか?」
まだ釣り足りないと言わんばかりの笠原に、トルザは満足気に言った。
「はははっ!これだけ釣れればもう充分だよ。それにそろそろ時間だ。次の孤島に行く準備をしなくちゃな。」
そう言われて、笠原は忘れていた不安が蘇ってきた。
「次の島には、野人がいるんですよね…。」
すると笠原の後ろからリリィが現れ、彼女は小さく口を開いた。
「ええ、そうよ。だから次は今みたくのんびりとしてられないわ。けど必ず襲って来る訳じゃない。奴らは襲う相手を良く見てるの。隙があればすぐに襲って来るけど、警戒を怠る事なく隙さえ見せなきゃ何もして来ないわ。」
そのリリィの言葉に、笠原は気持ちを入れ替えた。
「よしっ、じゃあ俺も油断しないで頑張るよ。」
「ええ、よろしくね。怖くても逃げ出したりしないでよね。」
そう言って、岩壁の孤島での資源釣りを終えた三人は、浅瀬で待っていたシドラ船に乗り込んだ。




