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十五話 いざ、大海原へ

 

 *1*


 あくる日、笠原は珍しく夜明け前に起きた。


 今日はとうとう初めての資源釣りの任務の為、知らず知らずに体が緊張していたのかも知れない。いつもの様な普通の釣りとは違い、命の危険がある重大な任務の釣りなのだ。


 笠原は眠気と不安な気持ちを断ち切る為、洗面所に向かい冷たい水で顔を洗った。


「よし、今日から頑張るぞ。」


 少しだけ気合いが入った笠原は、自分の剣を手に取って、スルリと鞘から剣を抜き、その刀身に思いを込めてまた鞘に収めた。


 そうこうしている内に、窓からは朝日が差し込んできて部屋に舞う埃をキラキラと輝かせた。


 笠原は剣を腰に携え、ミレナスの衣服の上からフィッシングベストの袖を通した。


「なんか…変な格好だな。まぁいいか。」


 確かに変な格好であったが、これが笠原の馴れ親しんだ仕事着である為、贅沢は言えなかった。そして工房のカルノに直してもらった釣り竿を手にして、家の扉を開けた。


「あっ!おはようございます。リリィ、トルザさん。今日からよろしくお願いします。」


 扉を開けた向こうには、すでにリリィとトルザの姿があった。


「あら、今日は早起きね。それとも緊張して眠れなかった?」


 確かに緊張して早起きしてしまったが、昨日は疲れていた為ぐっすりと眠っていた。


「まぁ、ちょっと緊張してるかな。」


 そんな笠原の様子を見て、リリィは軽く鼻で笑った。


「その調子なら大丈夫そうね。じゃあ、そろそろ行くわよ。」


 リリィはクイっと首を傾け、先を歩いて行った。


 するとトルザが笠原の耳元に小声で話しかけてきた。


「(…ほらな、リリィの奴なんか楽しそうだろ?前ははもっと低くドスの効いた喋り方だったんだぜ?)」


 確かに初めて会った時は男かと思うくらい低い喋り方であった。そんなリリィは最近声のトーンが上がった様にも感じた。


 だがこれは単純にいい事だと笠原は思った。トルザから聞いたあの話、兄のフィリィの事を知った後なら尚更だ。普通なら誰しも、自分の大切な人間が目の前で無残に殺されてしまうのを見たら…笠原はそれ以上考えたくなかった。


 だがそんな辛い経験をしたリリィがこうして今もなお、精神を崩さずしっかりと生きている。笠原はそんなリリィの心の強さと、それを支えて来たトルザに敬意を示した。


「俺は思うんです。リリィがこうしていられるのは彼女の強さと、トルザさんの思いがあるからこそだと。だから俺はそんな二人の事を尊敬します。」


 その笠原の言葉に、トルザは少し照れた様な素振りを見せた。


「い、いきなり何を言うかと思えばっ。やめてくれ、ガラにもない。さ、さぁ俺たちも行くとするか!早く行かねーとまたリリィに怒られちまう。」


 そう言って、笠原とトルザもリリィの後に続いて港へと向かうのであった。



 *2*


 三人が港に着くと、そこにはスラン兄弟とペギーの姿があった。


 彼らもこれから資源釣りの任務に出るところだと言う。


 その三人と軽く挨拶を交わし、リリィはまた海中に金属の棒の様なものを刺し、二度その棒を叩いた。


 するとしばらくの間を置いて海中からシドラのヒューイが姿を現した。


 リリィはそのヒューイの頬を軽く撫で、何かを言っていた。


「よぉし!それじゃあ、”カサハラ君”の初任務に出るとしますか!」


 そう言ってトルザは小舟をヒューイに引いてもらう為に、首元と背中にロープを(くく)り付けた。


「よぉし、よしよし。それじゃあヒューイ、今日もよろしくな。」


 トルザはヒューイの背中と首を撫でて言葉をかけ、ヒューイは気持ちさげにクゥーンと鳴き声をあげた。


「さ、カサハラ。お前もこれからお世話になるんだからきちんとヒューイに挨拶しときな。」


 トルザがそう促し、笠原は恐る恐るヒューイに近づいた。


 ヒューイは変な格好をしている笠原の事を物珍しそうに見つめていた。とりあえず笠原は自己紹介をし始めた。


「あ、あの。俺は笠原っていいます。こ、これからはどうぞよろしくお願いします。ヒュ、ヒューイさん。」


 するとシドラのヒューイは首を傾げてそっぽを向いてしまった。


「あ、あれ?嫌われちゃいましたかね…はははっ。」


 笠原はトルザの方に振り返り、残念そうに頭を掻いて笑った。すると、不意に彼の背中へドンっと言う衝撃を受け、笠原はよろめいてしまった。


 それに驚いた笠原が背中の方に振り向くと、ヒューイが鼻先で何度も笠原の事を軽く(つつ)いてきた。


「な、何だ何だ?急にどうしたんだ?」


 その様子をリリィとトルザはにこやかに笑って見ていた。そんなリリィが笠原に言う。


「フフッ、安心しろ。別に噛み付いたりはしないさ。それはヒューイがカサハラに友好の証を示してるんだ。」


 そんな微笑ましい朝の光景に、三人は穏やかな気持ちで任務の準備をしていた。



 *3*


 トルザは小舟に食糧や網などを積み、出航の準備を整えた。


 それに合わせリリィが軽い足取りでその小舟に乗り込む。


「さあ、カサハラも早く来なさい。」


 リリィの言葉に、笠原も慣れない足つきでその小舟に乗り込んだ。


 装備品に不備がないか最終確認をしたリリィは、船首に立ち指笛を鳴らした。


 するとヒューイは頭を海中に潜らせ、小舟が勢い良く発進したのだ。


「うわっ!け、結構速いんですね。」


 ヒューイに引かれ発進した小舟は、小型のエンジン付きボート並みのスピードで進んでいた。


 そしてリリィは船首から笠原達の元に戻り、腰を下ろしてこの日の任務の内容を説明した。


「さて、今日はまず東の孤島に向かう。そこは岩肌だらけの小さな島だ。そこでまず鋼魚(はがねうお)を釣ってもらいたい。その孤島に野人(のびと)はいないから安心していい。」


 三人を乗せた小舟は強い波で一度だけ大きく揺れた。笠原は振り落とされない様にしっかりと船の縁を掴んだ。だがリリィは慣れた様子で一切慌てず、さらに説明を続けた。


「そしてその孤島のでの資源釣りが終わり次第、別の孤島へ向う。そこで他の資源魚を何尾か釣ってもらいたいと思っている。残念ながら、その孤島には少数だが野人の生息が確認されている。」


 笠原は出来ればその二つ目の孤島に行きたくなかった。やはり訓練をしたとは言え、未だ見ぬ野人の襲撃に恐怖心があったからだ。


「大丈夫、そんな顔するな。私達が付いているから安心しろ。それにカサハラ、お前は強い。」


 リリィは不安そうにしている笠原に気づき、珍しく他人を励ました。それを見ていたトルザは、静かに気づかれぬ様にして微笑んでいた。


 そして一時間ほど波に揺られたのち、前方の水平線に何かが見えてきた。リリィはそれを指差し、笠原に向けて言った。


「あそこに見えるのが最初の漁場、岩壁の孤島だ。」


 笠原は目を細め、これから始まる資源釣りと、未だかつて見た事の無い魚との出会いに心を躍らせた。

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