十四話 帝都ゼオール
*1*
ーー地殻変動が起きてこの世界の陸地の殆どが海に沈んだ時、海上都市ミレナスが誕生した。
だが、この世界の全ての陸地が海に沈んだ訳では無く、幾つかの大陸はかろうじて僅かな面積のみが残り、今もなお陸地として存在する。
切り立った山々の頂上は人が住めない程の小さな島となり、各地にその姿を現した。
その一方、ミレナスから遥か西の大陸に、海に沈む事の無かった比較的大きな陸地が存在した。
そこには沈没から逃れてきた人々が集結し、後に新しい都を築く事になる。
それが西の都、『帝都ゼオール』なのである。
その名の由来は、初代の王ゼオランから来ていると言われている。
この世界で唯一、陸地に都を築いて暮らす事が出来る帝都ゼオールは、その豊富な資源から世界沈没後も何不自由無い暮らしが出来た。その為、各地からの移民が多く毎日の様に助けを求められていた。
初代の王ゼオランは心優しい男であった為、助けを求める移民を全て受け入れたのだ。王は信頼も厚く、誰からも好かれる存在であったが、その王の息子であるゼオラスはそんな父に対して反抗心を抱いていたのだ。
息子ゼオラスはこれ以上移民を受け入れては、元からいた帝都の民の暮らしが厳しくなり、また資源の存続も危うくなると危惧した。
だが王はそのゼオラスの言葉を聞くこと無く、今まで通り移民を受け入れる体制を維持する事に決めたのである。
それに納得いかなかった彼は、秘密裏に反対派の人員を半ば強引に集め、父である王ゼオラン暗殺の計画を練った。
そしてとうとう、その時が来たのだ。
息子ゼオラスは移民の船が沈没しかけていると嘘をつき、その救出の為にと王ゼオランを海へ連れ出した。
救助艇に乗り込む王を確認した息子ゼオラスは、その救助艇が都から離れた後に実の父である王ゼオランを海に突き落としたのだ。
その後、王ゼオランの死により政権が交代され、二代目の王ゼオラスが誕生したのである。
彼は自分の理念を貫き通し、もうこれ以上移民を受け入れる事はしないと決め、助けを求める移民を追い返したり時には殺害していた。
そしてゼオラスは一度受け入れられた移民ですら、厳しく手を下しこの帝都ゼオールからその権力を振りかざし力で追い出した。
それからと言うもの、ゼオラス政権の帝都ゼオールは兵士の育成や高い城壁を建設し、そこに見張り櫓や砲台などを設置し、完全たる武装を施した。
そして来る者を問答無用で蹴散らし、何人たりとも城壁の中へ入れる事は無かった。その豊富な資源を独占する為にそれは徹底され、言わば帝都ゼオールは鎖国状態であったのだ。
そんな中、ゼオラス政権の力でゼオールを追い出された移民達は、あても無く小舟で大海を漂流していた。
ある者達はそのまま船上で力尽き、またある者は孤島に漂流しそこに住まう野人の脅威に晒された。
だが、命からがら生き延びた幸運な者達は、海上に浮かぶ都市に流れ着いた。そう、そこは海上都市ミレナスであったのだ。ミレナスはそんな不運な漂流者達を受け入れ、共に暮らす事となった。
当時からミレナスは海上生活に適応した文化を築いていた。雨水を貯蓄し真水として使う事や、資源の確保の為に資源魚を獲る。そして何よりその海上生活に欠かせなかったのが、海に住まう海竜シドラとの共存である。そのシドラが居たからこそ、ミレナスの住民は孤島へ向かい資源を確保出来たのだ。
そしてミレナスは移民達に仕事を与える為、野人の襲撃に対応する兵士と資源を確保する為の特別な技師、資源釣り師を確立させたのである。
移民の中には、世界沈没前に元々島暮らしの人間が居たり、広大な大地の狩猟民族であった者などがいた為、その者達は特殊な漁法や武術などを有していた。
彼らはその持ち前の技術をミレナスに提供し、それが今のミレナスにも伝承されている。
一方、帝都ゼオールは着々と領地を拡大し、一つの大陸を掌握する迄になった。
ゼオールは豊富な資源を独占する為、移民のみならずその大陸に元から暮らしていた原住民ですら虐殺した。
森を切り開き、山を削りゼオールは膨大な資源の確保に成功し、とうとう大陸自体を巨大な城壁で囲んだ。
そしてゼオールは更なる領地拡大の為にと、巨大な船を建造し大海原へ出航した。
その船は東西南北の各地を数週間に渡り調査し、資源の採取が可能な孤島を次々と占領して行ったのだ。
そんな時、遥か西へ航路を取ったゼオールの船は海上に浮かぶミレナスを発見した。
王ゼオラスは見た事も聞いた事もないこのミレナスに興味を示し、その強欲さからミレナスさえも己の領地にしようと考えたのだ。
そして数百人にも及ぶありったけの兵士を小舟に乗せて海上都市ミレナスへ侵攻する事にした。だが、ミレナスもそれを黙って見ているだけでは無かった。
明らかに交戦体制のゼオール兵に対し、ミレナスは数十名のシドラに乗った戦士達を向かわせ、ゼオール兵と対峙した。
何も知らないゼオール兵は、ミレナスの戦士の数が少ない事に余裕の表情を見せ中には笑い出す者もいた。
だが、地の利はミレナスにある。シドラの機動力とその力を持って、海上戦ではもはや敵無しと言ったところであったのだ。そしてミレナスの戦士達は小舟に乗ったゼオール兵を瞬く間に沈めて行った。ゼオール兵は不意を突かれたかの様に、先ほどまで笑っていた者も悲鳴を上げて溺れていく。
シドラによるあまりの脅威に、残った小舟は急いで母船に逃げ帰ろうと必死になっている。だが、ミレナスの戦士はそれを許さ無かった。
何故ならその戦士達こそ、ゼオールに迫害を受け、島流しにされた移民達からなる物であったからだ。
シドラに乗った戦士達は逃げ帰ろうとする小舟を次々と沈め、あっという間に海の上からはゼオール兵が消え、小舟の残骸だけが無残に浮かんでいた。
その様子を母船から見ていた王ゼオラスは、あまりの悔しさに奇声を上げた。だが、これ以上打つ手もなくゼオール船は尻尾を巻いてミレナスの海上から去って行き、水平線の彼方へ消えて行った。
これが帝都ゼオールと海上都市ミレナスの対立の始まりであったーー。
*2*
ーーそれから数百年が経った今、ゼオールとミレナスの当主が数回変わるも両国の対立は以前のまま強く根付いていた。
だが、この長きに渡る両国の対立に終止符を打とうと試みたのが、現在のミレナスの当主であるカシン、つまりばば様であった。
ばば様は若い頃からこの争いによって無駄な犠牲者が出る事を忌み嫌っていた。
それは自国であるミレナスの民だけに留まらず、敵国のゼオールに対してもだった。文化や思考が違えど、同じ人間同士が争い命を落とす事があってはならいと言う、ばば様の考えに、当初ミレナスの民は反対した。だが、思いがけない者達が次第にばば様の考えに賛同し始めたのだ。
その者達とは、かつてゼオールに迫害を受けこの地にやって来た移民達の子孫であった。
その移民達の子孫は代々、ミレナスの当主に命を救われ今もこうして暮らせているのだと言い伝えられて来た。その為、移民族の子孫達は現在の当主であるばば様の考えを尊重し、協力する事に決めたのだ。もちろん、彼ら自身も命を落とす様な争いを嫌っていた。それはミレナスの民全員が思う事であった。
そして今から四年前の事、ミレナスは帝都ゼオールに対し和平交渉を行う事に決めたのだ。
ばば様の元に集まった数名の護衛戦士達は、元から和平など求めていないゼオールに対し、こちらの誠意をどう伝えるかの話し合いをしていた。
その話し合いは深夜まで及び、そしてとうとうゼオールに向かう三人の護衛戦士が決まった。
その三人とは、リリィ、トルザ、そしてこのミレナス護衛部隊の総隊長でありリリィの実の兄であるフィリィであった。
そう、リリィには兄がいたのだ。
リリィの三つ歳上の兄であるフィリィと言う男は、非常に優しくそして誰よりも強かった。剣術、体術その双方で右に出る者はいなかったと言う。
フィリィはその優しい性格から、このミレナス護衛部隊の誰からも愛され、そして信頼されている良い男であった。そんな兄の事をリリィはいつも皆に自慢げに話しており、リリィ自身も兄の事が大好きであった。
まだ16歳であったリリィは、それは活発で明るく元気な女の子であり、いつも調子に乗り過ぎて兄のフィリィに叱られていた。だがリリィにとってはそんな兄とのやりとりが楽しかった様で、時にわざとふざけたりもしていた。
そんなリリィも護衛部隊としての自覚を持ち、今回の和平交渉に同行すると立候補したのだ。
そしてリリィ、トルザ、フィリィの三人はシドラ船に乗り遥か西の都、帝都ゼオールに向かった。三人は一晩を船上で過ごし、次の日の朝に帝都ゼオールに着いた。
そこには切り立った崖の様な城壁があり、その壁に開いた幾つもの穴からは大砲の先端が顔を出していた。
三人は向こうから発見されるであろう距離で、大きな白旗を振りかざし敵意がない事を示した。
それが功を成したのか、ゼオール側からは一切の攻撃を受ける事は無く、城壁の門を開けてもらえた。
三人は船からシドラを切り離し、備え付けのオールを漕いで門をくぐる。そしてその場にいたゼオール兵の指示に従い船を桟橋に停めた。
そこで武器を持っていない事を確認した後、帝都ゼオールの本部へと連行された。
帝都ゼオールは、大陸を囲う巨大な外壁と都市を囲う内壁の二重構造になっていた為、しばらく三人は久しぶりの広大な大地を踏みしめて歩いた。
内壁の門の前に到着すると、ゼオール兵の合図と共に大きな音を立ててゆっくりと門が開いた。
その門の向こう側には、丈夫な石造りの建物が幾つも連なって建造されていた。帝都という事もあり、それは巨大な都であった。
その都の中央に見えたのが、帝都ゼオールの中枢本部、ゼオール城である。三人はそのゼオール城に案内され、現在の王であるゼオリウスの元へ向かう事になった。
そしてとうとう三人は敵国の王、ゼオリウスと対面したのであったーー。
*3*
ーー現在のゼオール王、ゼオリウスはまだ若い男だった。
その玉座に座ったゼオリウスの前に三人は腰を低くして頭を下げた。
ゼオリウスはそんな三人を見て、手短かに要件だけ伝えるようにと促した。
そしてリリィの兄、フィリィが顔を上げミレナスの思いを伝え、和平交渉の嘆願を王ゼオリウスに申し出た。
それを聞いたゼオリウスは声高く嘲笑し、この国に和平などは無いと真っ向から拒絶した。
だが、これをいい機にと思ったゼオリウスはある条件を出したのだ。その条件とは、ミレナスの武装解除とその中心となる戦士の処刑であった。
つまり、ミレナス護衛部隊の総隊長であるフィリィの命と引き換えに和平交渉を結ぶと言う、残酷な条件であった。
もちろん、リリィやトルザはそんな条件を飲むはずが無いと怒りを露わにした。
だが、それを制したのはフィリィだった。
フィリィは自分一人の命でこれ以上多くの人間の命が犠牲にならないと言うのであれば、それで構わないと言った。そして、リリィがこれ以上危険な目に遭わなくて済むのなら…と言う思いがあったのだ。
そんな兄フィリィをリリィは泣きながら必死で止めた。もちろんトルザもリリィと同じ気持ちであった。
だがフィリィの意思は固く、ミレナスの皆の将来と愛する妹リリィの将来を考えた末のの決意であった。
そしてフィリィがその決意をゼオリウスに伝えると、ゼオール兵がリリィとトルザを拘束し、その場でフィリィの処刑を行う事になった。
フィリィは一度、二人の方へ振り返りいつもの彼らしい優しい笑顔を見せた。
拘束されて身動き出来ないまま、トルザは歯を食いしばり、そしてリリィは泣き叫んだ。
フィリィはゼオール兵に捕らえられ、ゼオリウスの前に膝間付いた。
そしてゼオリウスは自らの剣を腰から引き抜き、リリィとトルザの目の前でフィリィの首を落としたーー。
*4*
すっかり冷えた食事を前に、トルザと笠原の間には重たい空気が漂っていた。
「…そして俺とリリィは両手を縛られたまま海に放り出されたんだ。」
笠原はトルザの言葉に、ただ沈黙を守るだけしか出来ずにいた。
「俺とリリィはもう死ぬかも知れないと思った…その時だ。城壁の外で離したシドラが助けてくれたんだ。そして俺たちは何とか生き延びてミレナスに戻って来れた。その時のシドラが、あのヒューイだよ。」
笠原は俯きながら、小さく口を開いた。
「そう…だったんですか…。」
トルザは拳を強く握りしめ、心の底から悔しそうな表情を浮かべた。
「…それからだ。フィリィが殺されてからリリィは変わっちまった。前はあんなにお転婆で可愛い子だったのによ…。今じゃ口数も少ないし、敵とみなした奴らを躊躇なく切り捨てちまう。」
その言葉の後、トルザは固く握りしめた拳で大きくテーブルを叩いた。ガチャンと言う食器の跳ねる音が店内に響き渡る。周りの客も、何事かと言わんばかりの視線で二人の事を見てきた。
そしてトルザは怒りを露わにした声で叫んだ。
「クソッ!それと何よりも許せねぇのが和平なんてあったもんじゃねぇって事だ!フィリィが命をかけて交渉したっつーのによ、アイツら…帝都の奴らは未だに交戦して来やがる!フィリィの死は…フィリィの死は何だったんだよ…チクショウ…。」
トルザはあまりの悔しさに、震えながら
歯を食いしばっていた。ゴーグルをしていて分からなかったが、きっと泣いていたのであろう。
笠原はそんなトルザの話を聞いて、帝都
ゼオールに怒りと憎しみを覚えた。
「俺も…許せません。」
トルザはハッと何かに気付いたような素振りで、顔を上げた。
「すまん…つい思い出しちまってよ。お前にまでそんな思いをさせちまって、悪かったな。」
トルザは頭を掻きながら笠原に向けて反省の色を見せた。
「いえ、話を聞かせてくれてありがとうございます。それに、俺たちは仲間ですしね。」
その言葉に、少しだけ二人の間の空気が軽くなった様な気がした。
「でもな、お前が来てから少しだけリリィの様子が変わった様な気がするんだ。あんな笑顔、ここ数年一緒に行動してるが一度も見なかった。それでな、俺は思うんだ。お前がこっちの世界に来たのは何かの意味があるんじゃないか…ってな。」
「何かの意味…ですか…。」
笠原は全く思い当たる事はなかった。だがよく考えてみると、この海上都市ミレナスを建造し民を救ったのは、笠原と同じ世界にいて、そしてこちらの世界に来た人間によるものであった。
その人物がこの世界の歴史を変えたと言う事は、こうしてまたこの世界に来た笠原にも何かの意味があるのではないか。そう思うのは不自然な事ではなかった。
そして、その鍵を握るのが”刻操魚”である事に間違いは無い。そう、笠原は思ったのであった。
「刻操魚…。必ず釣ってみせます。」
「あぁ、頑張れよ。釣り師さん。」
そう言って、笠原とトルザは冷え切ってしまった食事に再度手をつけた。




