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十二話 少年ペギー

 

 *1*


 笠原リリィとの剣術訓練を終え、昼の休憩を取った後トルザとの体術訓練をした。


 基本的な身のこなし方、背後を取らせない陣形などの作法、そして何故かトルザのリクエストで行われたちょっとしたレスリングの様な訓練。


 トルザはそのレスリングの様な訓練が楽しそうであった。それはきっと、女性であるリリィとはなかなか出来なかったからだと思った。


「ふぅ…とりあえず、今日はこれくらいにしとくか!久しぶりにいい汗かいたぜ!はははっ!」


 トルザはまだまだ元気だったが、笠原は彼とのレスリングの様な訓練で既に限界を迎えヘトヘトだった。


「ハァ…ハァ…。そ、そうしましょう…ハァ…ハァ…。」


 時刻はもう日暮れほどで、この訓練広間の窓からは夕陽の濃いオレンジが見えていた。


 びっしょりと汗をかいたトルザと笠原の前に、サラッとしたリリィがタオルを持ってやって来くる。


「お疲れ様。アンタ達、ずいぶんと楽しそうだったわね。」


 リリィは軽く微笑んで汗塗れの二人にタオルを投げた。


「いやぁ、やっぱり男同士の取っ組み合いは楽しいですよ!隊長も今度やってみますか?なんて、はははっ。」


 トルザの冗談めいた言葉に、リリィは真顔で答えた。


「イヤ、私は結構よ。」


 だが、笠原は何だかその関係が微笑ましく思え、この第三護衛部隊の中にいることが嬉しく思えてきた。


 そしてこの日の訓練が終わり、リリィとトルザは各々の自宅へ戻る為にこの屋敷を後にした。


「今日はお疲れ様。また明日も朝から訓練だから、今日はゆっくり休みなさいね。」


 リリィはまたマントを羽織り、この日の別れを告げ去って行った。


「それじゃあ、カサハラ。またな!明日も頑張れよ!」


 そしてトルザも元気に笠原の元から去って行った。


 一人になった笠原が屋敷の中で休んでいると、同じく訓練を受けていたペギーが笠原の元へやって来た。


「あ、カサハラさん。お疲れ様です。どうでした?そちらの訓練は。僕はもうヘトヘトですよ。」


 ペギーがニコニコしながら話しかけて来たので、笠原も笑顔で答えた。


「いやぁ、俺ももうヘトヘトだよ。手もマメだらけだし、トルザさんとの体術訓練で体があちこち痛いしね。ペギー君…だったよね?あと三日、頑張ろうね。」


 すると、ペギーはニコニコしながら笠原に質問を問いかけてきた。


「そう言えば、さっき耳にしたんですがカサハラさんってこの世界の人間じゃないんですって?その話、僕にちょっと聞かせて貰えますか?同じ釣り師としてお互いの事を知っておきたいので。」


 ペギーのその問いかけに笠原は一瞬ドキっとしたが、確かに同じ釣り師であり仲間であるのなら、自分の事を知っておいて貰いたいとも思ったので、笠原はペギーに自分がここに来た経緯と向こうの世界の事を話した。


「…へぇ。なるほど、そりゃすごい話ですね。」


 ペギーは笠原の話に興味津々であった。まだ幼さの残る彼にとって、笠原の言う事は夢見る少年が描いた空想の様な

 話である。だがそれが彼の興味を引いたのだと笠原は思った。


「あぁ、だから俺は刻操魚(こくそうぎょ)を釣って元の世界に戻らなきゃいけないんだ。でも、本当に戻れるかは分からないけどね。」


 笠原は少し不安気に話したが、ここの暮らしもまんざらでは無かったのであまり深刻にならずいる事にした。


 するとペギーは何かを思いついたかの様に声を上げ、その場で立ち上がる。


「あっ!僕、家に忘れ物しちゃいました。ちょっと取りに戻るのでスランさんに何か言われたら伝えといて下さい。」


「あ、あぁ。分かった。伝えてとくよ。」


 そう言ってペギーはニコっと笑いこの屋敷から出て行った。


「はぁ、一人になっちゃったな。」


 笠原は話し相手のペギーがいなくなり、少しシュンとしてしまった。少年とは言え、同じ命懸けの仕事をする仲間である為、ペギーに対して笠原は親近感を覚えていたのである。


 そんな時、部屋の奥からスランとセランが現れた。その兄のスランは気前よく笠原に話かけて来た。


「おっ?カサハラさん、お疲れ様。今日の訓練はどうでした?リリィさんはともかく、トルザさんの訓練はキツかったでしょ。ははっ。」


 まだこの部屋に誰かがいる事に安心した笠原は、ホッとした表情でスランと話をした。


「あ、スランさん。お疲れ様です。いやぁ、トルザさんの訓練はキツかったです。毎日あんな事したら体が持ちませんよ。でも、ちょっとだけ楽しかったですよ。いい汗かけたし。」


 笠原のそんな様子にスランは笑って答えた。


「やっぱねぇ。トルザさん、取っ組み合い好きだからなぁ。俺も昔よくしごかれましたよ。あ、風呂はその奥の扉の向こうにあるから自由に使って構わないよ。汗流してサッパリしてきな。」


「あ、はい。ありがとうございます。それじゃあ、後で入らせて貰います。」


 そんな話をしていると、スランは辺りを見回しペギーの姿を探していた。


「そう言えば、ペギーの奴見なかったか?」


 笠原はペギーが忘れ物を取りに一度家に戻った事を伝えた。それを聞いたスランは何やら険しい顔をし出した。


「そうか…分かった。じゃあ、アイツが戻って来たらもう忘れ物とかしないように伝えておいてください。」


「あ、分かりました。きちんと伝えておきます。」


 そしてスラン兄弟は笠原と別れ、屋敷を出て行った。


 その数時間後、笠原が風呂から上がって屋敷の広間で寛いでいると忘れ物を取りに行ったペギーが戻って来た。


「あ、ペギー君。さっきスランさんに会ったよ。もう忘れ物しないように!だって。」


 ペギーは頬を掻きながら軽く笑って答えた。


「あ、すみません。スランさん、怒ってなかったですか?」


「あぁ、大丈夫だったよ。あ、でもちょっとだけ怒ってたかな?はははっ。」


 その言葉にペギーは苦笑いをし、寝泊まりする部屋に戻る事を笠原に伝えた。


「それじゃあ、カサハラさん。僕ちょっと疲れちゃったので今日はもう寝る事にしますね。また明日も頑張りましょう。」


 笠原は軽く右手を上げ、ペギーに向けて笑顔で返した。


「あぁ、そうだね。俺も疲れたからそろそろ寝るよ。今日はお疲れ様。また明日頑張ろう。」


 そうして笠原とペギーは屋敷の広間で別れ、この屋敷内のそれぞれの部屋に戻った。


 笠原達が寝泊まりに使う部屋は仮眠室の様な小さな部屋で、ベッドと机が置いてあるだけの簡素な造りだった。


「まぁ、ベッドがあるだけでも満足かな。」


 笠原は自分の剣を机の上置き、そのままベッドにドサッと横になった。そして今日の訓練で疲れていたせいか、笠原はすぐに眠りについてしまった。



 *2*


 訓練二日目の朝、笠原はまた扉の叩く音で目を覚ました。


 だが昨日とは違い、扉の向こうからはあの騒がしいトルザの声では無くリリィの声であった。


「おい、起きてるか?そろそろ訓練の時間だ。さっさと支度して訓練所に来なさい。」


 笠原はまた慌てて飛び起き、そのまま扉を開けた。するとそこにはやはりリリィが立っていた。


「あ、おはようございます。リリィさん。」


「”おはようございます”じゃ無いわよ。のんびりしてる暇はないのよ?顔でも洗って早く来なさい。ペギー達はもう訓練始めてるわよ。」


 そう言われて笠原は少し申し訳ない気持ちになった。普段は釣りに行く時などで早起きが得意なのに、何故かこの世界に来てからは寝起きが悪い。ましてや誰かに起こされる事なんて殆ど無かったのだ。


「い、今すぐ行きます!」


 そして笠原は机の上に置いた剣を手にし、屋敷内の洗面所へ向かった。


 軽く顔を洗い、寝癖を直して急いでリリィの元へ戻ると、そこにはトルザの姿もあった。


「よう!体は痛くないか?今日もビシバシしごいてやるからな!はははっ。」


 相変わらず威勢の良いトルザだが、彼がいると場が和む。そんな雰囲気を持ったいい男であると笠原は思っていた。


「トルザさん、おはようございます。今日はお手柔らかによろしくお願いしますね。」


 そして訓練二日目が始まり、この日も朝から晩まで剣術と体術の訓練をした。


 訓練二日目、三日目とも無事に終え、笠原はだいぶ剣術の腕前が上がって来た。だがやはり体術に関してはまだまだと言った所である。


 そんな中、とうとう四日目の訓練最終日となり、この日はスラン達と合同で訓練する事になった。


 広間に集まった皆の前で、リリィが言葉を発する。


「カサハラ、ペギー。今日までよく頑張った。スラン兄弟とトルザにも協力してもらい感謝している。今日は訓練の総括として、カサハラとペギーに実践型の模擬試合をしてもらう。」


 そうリリィが言うと、スランが二本の同じ剣を持ってきた。


「今日使うのはこの剣だ。万が一の事も考えて刃が切れない様になっている模造刀だ。だがお前達の使う本物の剣と重さも長さも同じ。今まで通り扱えるはずだ。」


 そう言ってスランは笠原とペギーにその模造刀を手渡した。


 そしてまた、リリィが模擬試合の説明をし始めた。


「今回の模擬試合のルールとして、今までに学んだ剣術・体術を駆使して相手を淘汰した者が勝利とする。だが、これは模擬試合であり勝利を目的とはしない。あくまで自衛の為に、相手の出方を見極め、それに対応する術を学ぶ為だ。いいか?お前二人は戦士では無い。だが、丸腰で敵にやられるのだけは私達としても避けたい。…生きていて欲しいのだ。」


 その言葉の中に、リリィの強い思いが詰まっているのを笠原は感じた。アルノを死なせてしまった責任や、他の部隊の人間の死が彼女にとってどれ程悲痛な思いなのかを考えると、笠原は胸が締め付けられた。


「それでは、これより模擬試合を始める。カサハラ、ペギー。そこに向き合え。」


 リリィに促され、笠原とペギーは2メートル程の間隔を取って向き合った。


 笠原はペギーがどれ程の実力か想像する事が出来無かったので、少年とは言え油断しなかった。


 そんなペギーは軽く笑みを浮かべ、何故か余裕の表情をしていた。


「それでは、模擬試合始めっ!」


 リリィの合図に、笠原は模造刀を抜く。

 それに合わせペギーもスルリと模造刀を抜いた。


 お互いジリジリと間合いを詰め、相手の出方を窺う。


 すると、スッと素早くペギーが動き模造刀を横から素早く振り抜く。


 笠原はその素早い動きにギリギリの所で合わせ、ペギーの剣と自分の剣がキンっと言う甲高い音を上げ響き渡った。


 手に痺れるような剣同士のぶつかる感覚が続き、笠原とペギーは鍔迫り合い(つばぜりあい)をしている状態だ。


 まるで少年とは思えない程にペギーからは闘志が感じられる。それに負けじと笠原も対抗した。


 身のこなしの素早さではペギーの方が上だが、力では笠原に軍配が上がる。


 何せあのトルザとの体術訓練をして来たお陰で、ペギーくらいの力なら何ともなかった。


 笠原は一度ペギーを薙ぎ払って、間合いを取った。


 ペギーもその笠原の力に驚いた様子で、次の出方を考えているよ様だった。


 そしてまた、ペギーは素早く間合いを詰め、その身の軽さから笠原の隙を突く様な剣術を見せた。


 それはリリィに教えて貰った剣術とは違い、素早く何発も相手の隙を斬りつける剣術だった。


 その止まらないペギーの剣術に、笠原は防御措置をするのに精一杯であった。


 きっとこれがスラン流の剣術なのだろう。と、笠原は感じた。


 軽くしなやかな手返しで、相手の反撃を与えない。そんな剣術だ。


 だが、笠原がリリィに教わったのは剣術だけでは無かった。


 相手の攻撃が何処に向かって来るのかを見極め、それに対応出来る目を養う事。つまり観察眼だ。これは普段から笠原が釣りでもよく使う物で、一番得意としている物でもあった。


 釣りではその日の潮の流れや水面にいる小魚の様子など、様々な情報を観察する事から始まる。そしてその日の釣り方を自分なりに組み立てるのだ。


 笠原はその持ち前の素晴らしい観察眼のお陰で、ペギーの剣筋(けんすじ)が何と無く読めてきたのであった。


 右、右、下、左……上、右。


 そして笠原はある一定の所でペギーの剣の隙が出来るのを見極めた。


 それはペギーが左側を斬りつけて来た後に、一度僅かな間が空くことであった。


 一見、防御だけしかしていない様に見える笠原だが、彼はペギーを観察しその一瞬の隙を狙っていたのだ。


 これがリリィに教わった相手の出方を見極め、一撃で仕留めると言う彼女特有の剣術だ。


 そしてその時はやって来た。


 ペギーの連撃を交わし続け、左側から剣を振って来たその後。


 笠原はペギーの動きを完全に読み、渾身の力で剣を振り抜いた。


 ガキンっ!と言う音と共に一本の剣が勢い良く宙に舞い、数秒の沈黙の後それが訓練所の床に突き刺さる。


 そして何が起きたか分からずに呆然としていたペギーの手からは、剣が消えていた。


「勝負…あったな。」


 そうリリィが静かに言い、この模擬試合は笠原の勝利で終わった。


「いやぁ、負けちゃいましたね、僕。カサハラさん、凄いです。」


 ペギーの顔には悔しさなどは一切無く、むしろ笠原の事を尊敬する様な眼差しで見ていた。


 また笠原も、ペギーに対して勝負の健闘を讃えるかの様に接した。


「俺の方こそ、ギリギリだったよ。君の速さに付いていくのが精一杯だった。」


 笠原は右手を差し出し、ペギーもそれに合わせて笑顔で手を差し出した。


「ありがとう、ペギー君。」


「こちらこそ、ありがとうございます。」


 こうして二人は四日間に渡る訓練を無事に終えたのであった。



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