十話 第五護衛部隊
*1*
だいぶ日が暮れた頃、笠原はカルノの工房の前でその日の別れの挨拶をしていた。
「今日はご馳走さまでした。お魚、凄く美味しかったです。あ、この釣り竿もとても気に入りました。本当にありがとうございました。」
笠原は直してもらった釣り竿を片手に、深々と感謝の挨拶をした。
工房の主人のカルノも、笠原との楽しいひと時に満足していた様で、とても明るく穏やかな表情をしていた。
「いやいや、こちらこそありがとう。長い時間付き合わせてしまってすまんな。でも、本当に嬉しかった。…アイツが生きていたら、カサハラさんと仲良くなれただろう。どうか、息子の分まで頑張っておくれ。それと、くれぐれも気をつけてな。」
カルノは笠原の身を案じ、自分の息子を見る様な目で優しく微笑んだ。そして二人は固い握手を交わし、笠原は家に戻る為この工房を後にした。
夕暮れ間近のミレナスの街を笠原はのんびりと歩く。濃いオレンジ色に染められた街は、どこか懐かしい風景にも思えた。
「何だかいい所だな…ここも。」
違う世界であり、文化も歴史も異なるが根本的な人と人との繋がりは一緒だ。話し合えば分かり合える。そしてお互いに気の合う人間もいる。不安や迷いは、これから少しずつ減らして行けば良いのだ。
そう思いながら、笠原は夕暮れの帰路を辿った。
しばらく歩き、すっかり日も暮れ空には星と月が輝き出した。そして笠原は以前までアルノの家だった自宅に戻ってきた。
扉を開け、そしてゆっくり締める。部屋の中は薄暗く、外から差し込む光を頼りに笠原はどこかに灯りが無いか探して回った。
「あ、これかな?」
笠原は部屋の四隅にあるランタンの様な物に気付き、それに備えられている手のひら大の二つの塊を見つけた。
「火打ち石…みたいな物かな?とりあえずやってみるか。」
笠原はランタンの蓋を開け、その芯に向けて見よう見まねで二つの塊を軽く擦ってみた。すると思った通り、パチパチと火花が散りランタンの芯に火が灯った。
「やっぱり火打ち石だったか。初めてやったなぁ。」
火打ち石の存在は知っていたが、実際にそれで火を起こすのは初めての事だった。
そして笠原は火の灯ったランタンを手にし、残りの三つにも火を灯した。
そのランタンの明かりで部屋の中は淡いオレンジに染まり、木造の壁や柱が落ち着いた良い味を出していた。
「こう見ると、なかなか良い部屋じゃないか。」
笠原は部屋の中を見渡し、ふとカルノの事を思った。
そして亡くなったアルノが使っていた釣り具を見つけると、その釣り具の前で立ち止まり笠原はおもむろに口を開いた。
「アルノさん…。今日、お父さんに会いましたよ。」
笠原は亡くなったアルノの遺品である釣り具の前で屈み込み、両手を合わせて拝んだ。
「これからこの家を使わせてもらいます。アルノさんの分まで、頑張りますね。」
そして笠原はスッと立ち上がり、カルノに直してもらった釣り竿をアルノの釣り具の隣に立て掛けた。
「ん〜〜、何だか今日は疲れたな。明日の為に、早く寝るとするかな。」
笠原は大きく伸びをし、明日に備えてこの日は眠る事にした。
亡くなったアルノが使っていたベッドにそのまま横になったが、何故かそれ程気にする事は無かった。そして笠原はゆっくりと目を閉じ眠りについた。
*2*
明くる朝、家の扉をドンドンと叩く大きな音で笠原は目を覚ました。
「おーい!カサハラ、起きてるか?」
その扉の叩く音の向こうでトルザの声がし、笠原は慌てて飛び起きて返事をした。
「は、はーい!い、今行きます!」
笠原は顔を洗う為に急いで台所へ向かい、そこで二つの蛇口の様な物をを見つけ片方をひねった。
その蛇口からは弱い勢いで水が出てきたので、とりあえず両手に水を汲み顔を洗った。
「うぇっ!?なんだこれ、海水だ!」
その片方の蛇口からは何故かしょっぱい海水が出てきた。
「じゃあ、こっちか?」
笠原はもう一つの蛇口をひねると、今度は勢い良く水が出てきた。試しにその水を舐めてみると、それは真水であった。
「よかったぁ。真水もあったんだ。」
ここミレナスでは海水の他、雨水を屋根の貯水槽に溜めて真水として使えるようにしたシステムなのである。また、海水は主に食器や洗濯などに用いられ、溜められた雨水を飲用水や食用水として使われている。
そして笠原はその雨水を溜めて出来た真水で顔をサッと洗い、すぐに蛇口を閉めた。
するとまた、扉の向こうでトルザの声が聞こえた。
「おーい?何やってんだ?早くしろっ!」
その声に急かされ、笠原は急いで釣り竿を手に取りフィッシングベストを着て扉を開けた。
「す、すみません。今さっき起きたばっかりでして…。」
その笠原の姿を見たトルザは軽く笑っていた。
「何だその格好?今日はまだ資源釣りには行かないぞ。とりあえずその竿と変な着衣を脱いで一緒に来い。」
笠原はてっきり今日から資源釣りに行くのだと思っていたので、トルザの言葉を聞いてポカンと口を開けて唖然としていた。
「えっ?今日は資源釣りに行くんじゃないのですか?」
するとトルザは腕を組み、ムッとした表情で笠原に言った。
「事情は後で話すから、とりあえず早くしろ!遅れると俺が怒られちまうからよ。」
笠原はまた急いで部屋に戻り、釣り竿とフィッシングベストをドサっと置いてトルザの元に戻って来た。
「じ、じゃあ早く行きましょうか。遅くなってすみません。」
そして笠原とトルザは早朝のミレナスの街中を早足で歩いた。
*2*
この日二人が向かったのは港では無く、中央本部のばば様のいるあの屋敷であった。
「いいか?今日は本部で訓練がある。資源釣りはそれが終わってからだ。」
トルザの言葉に笠原は疑問に思って問いかけてみた。
「く、訓練ですか?一体何の…。」
だがトルザは何も教えてくれず、ただ早足で笠原の前を歩いているだけであった。二人は黙ったまましばらく歩き、本部の前に辿り着くとトルザは振り返って笠原に言った。
「さあ、早く中に入るぞ。説明は中でするからな。」
その言葉に急かされて、緊張しながら屋敷の扉を開けた。
屋敷の中に入ると、昨日とは違って数人の人の姿があり、その中にリリィもいた。
笠原とトルザが来たのに気付くと、腕と脚を組みながら椅子に座っているリリィが小さく喋った。
「お前達、遅いぞ。」
そのリリィの低いトーンに、笠原とトルザはビシっと背筋を伸ばし、遅れた事に謝罪した。
「すみません、隊長。カサハラが寝坊しました。」
「ちょ、ちょっと!?トルザさん!?」
笠原は前日、トルザからは”朝に迎えに来る”としか聞いていなかったので、自分のせいにされた事に心底慌てた。
だがトルザそんな笠原の頭をグッと抑えて無理矢理お辞儀をさせられた。
「ホラ!お前も謝れ!」
そんな様子を見ていた一人の男が笑いながら二人の元へやって来た。
「まったく朝っぱらから騒がしいっすねぇ。まぁ、トルザさんらしいって言えばそうっすけどね!」
その男はトルザに比べまだ若く陽気な感じで、笠原と同じ歳かもう少し下の様な顔立ちであった。
背丈は175センチ程で、トルザやリリィと同じマントを羽織っている事から護衛部隊の一人だという事が汲み取れた。
「初めまして、カサハラさん。俺は第五護衛部隊の隊長をしているスランって者です。で、向こうにいるのが俺の弟で同じ部隊のセラン。アンタの話はリリィさんとばば様から聞いてるよ。」
そのスランと言う男は気さくな感じで、誰とでもすぐに打ち解けるような性格の持ち主であった。そして部屋の隅にある椅子に腰掛けているのがスランの弟のセランと言う寡黙そうな若者だ。
「あ、弟のセランは生まれつき言葉が喋れないんだ。だから話しかけて無視されても悪く思わないでくれな。」
「そうなんですか…分かりました。あ、こちらこそよろしくお願いします。」
笠原はスランとセランに挨拶をした。それに対して、部屋の隅にいるセランは小さく片手を上げて挨拶を返してくれた。兄のスランとは間逆の性格の様だったが、悪い人間では無さそうに思えた。
するとスランはポンと手を叩き、もう一人の男を紹介し始めた。
「おっと!そしてもう一人、こいつがアンタと同じ資源釣り師だ。ほら、自分で自己紹介しな。」
そのスランの後ろから、15〜16歳くらいの少年が恥ずかしそうに出てきた。
「あ、あの、僕は今度から第五護衛部隊の資源釣り師をやる事になったペギーです。よ、よろしくお願いします。」
その少年はまだ垢抜けていない幼い顔立ちであったので、笠原は驚いた。
「まだこんなに若いのに…。あ、俺は笠原って言います。君と同じ資源釣り師として、これからよろしくね。」
笠原は右手を差し出し、同じ資源釣り師の少年ペギーと握手をした。
その様子を見ていたリリィが椅子から立ち上がり、皆の前にやって来てゆっくりと話し始めた。
「さて、皆の自己紹介も終わった所で今回新しく決まった資源釣りの規定を説明する。難しい話ではないが、今後のミレナスにとって重要な事だ。特にカサハラとペギーは良く聞くんだぞ。」
そのリリィの言葉に、笠原とペギーは背筋をピッと伸ばし、姿勢を正した。
そしてリリィはそんな二人の様子を見て、また静かに話し始めたのであった。




