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一話 笠原 修二

 *1*


「…で、あるからして魚はそこにいます。その魚にどうやってルアーをアピールし喰わせるかが一番重要なファクターなのです。」


 彼は一人話を続けた。


「ただ闇雲にキャストするのでは無く、潮の流れや目に見えないストラクチャーを意識し、しっかりと狙ったポイントにキャストする。そして、水中にあるルアーの動きを想像し、思わず魚が喰いつく様なアクションをさせる。」


 そして彼は、釣り上げた1メートル程の大物を自慢気に掲げた。


「それさえ完璧に出来れば、こうして必ず結果が出ます。」


 夜の都市の港湾部、背後にはビルや高速道路の灯りが眠らない街を照らし続けている。


 今彼がいる港湾部では、その白やオレンジ色の灯りを反射してキラキラと揺らめいている都市港湾部ならではの風景がある。


 その彼と釣り上げた大物のシーバス(スズキ)に向け、眩い光を放つライトが照らされていた。


 彼は釣り上げた大物のシーバスを海に還すと、今度はロッド(釣り竿)を掲げて話し出した。


「今回使用したのは、コレ。最新作の”カサハラモデル”のロッドです。僕自身が何度もフィールドテストをし、シーバスを釣り上げる為の設計をしました。良かったら是非、皆さんに使ってみてもらいたいと思います。」


「…。」


「…ハイ!オッケーです〜!」


 陽気な男の声に合わせて、彼を照らしていたライトが落ちた。


「いやぁ、笠原さん。今回もかなりの大物がつれましたねぇ!お陰様で良い画が撮れましたよ。」


 そう、この時は釣り番組の撮影であった。そして今回の番組の主役である男こそがプロの釣り師、いわゆるプロアングラー笠原修二(かさはらしゅうじ)なのである。


 笠原修二は現在32歳、まだまだ若い方だがプロとして既に10年以上の経験を積んでいる。


 彼は今よりもっと若い頃、その斬新な発想と思い切りの良い釣り方が特徴で、フィッシング業界から注目の的であった。


 そして彼は多くの大会に出場し、輝かしい成績を残す事で多くのスポンサーが付く程のプロアングラーとなった。


 そんな彼の腕は落ちるどころか今尚向上し続けている。常に新しい発想をし、マンネリ化しない釣り方が多くのファンを魅了しているのであった。


 そして彼は、撮影スタッフに謙虚に振る舞った。


「いやいや、今回も長い時間撮影して頂いてありがとうございます。最後に良いサイズのシーバスが釣れて内心ホッとしてます。」


 彼の人気はその独創的な釣り方だけでは無く、プロであっても謙虚さを忘れず礼儀正しい性格にもあった。


「ホント、笠原さんは人が良い。ここにいる撮影スタッフ全員がアナタとロケに行くのが楽しみなんですよ。他のプロとロケに行く事もありますが、結構クセのある人多いっすからねぇ。」


 笠原はそのスタッフの言葉に苦笑いを浮かべた。


「まぁまぁ、みんなプロになる為に必死で頑張ってきた人ですから…ね?」


「そう…ですよね。何かグチってスミマセン。笠原さんがそう言うなら、我々も頑張りますよっ!」


 そう言って、笠原とスタッフの陽気な男は次の撮影の成功を約束をし、この日のロケを終わらせた。




 *2*


 あくる日、笠原は撮影もイベントも無く完全にオフだったので、自宅近くの河川へ釣りに向かった。


 彼は根っからの釣り好きであり、時間さえあれば何時でも何処でも竿を振っていた。


 ある時は湖にブラックバスを釣りに、またある時は渓流や源流にイワナやヤマメなどの川魚を釣りに、そしてまたある時は海に出て様々な魚を釣る。プロとしてやっているシーバス以外にも、魚種問わず釣りをするのが好きなのであった。


 だがこの日はあいにくの曇り空で、予報では夕方から雨もパラつくとあったので近所の河川へ仕事外でのシーバス釣りを楽しむ事にしたのだ。


 時刻は17時を過ぎた頃、曇天の空が更に薄暗くなって来た。


 ポツリポツリと、川面に雨粒が落ちてきて小さな円形の波紋を描き出す。


「そろそろ上がるか…。」


 そう言って彼は最後に河川の真ん中へとルアーをキャストした。


 潮の流れに乗せるように、ゆっくり、ゆっくりとリールを巻く。


 時折、ロッドを小さく動かしルアーにアクションを付ける。


 心の中で、”来い、来い”と囁く。


 その時だった。彼は魚のアタリでは無く今いる空間の何かの異変を感じた。


「なんだ…?この感じ…。」


 空気はズンと重くなり、少しの風も吹かない。川面は鏡の様な凪となり、雨粒の波紋だけが静かに映る。空を見上げても鳥の一羽も飛んでおらず、辺りは何時の間にか静まりかえっていた。


 その異様な状況にいち早く察知出来たのも、普段から自然を相手にしている仕事柄の感覚なのだろう。


 彼は底知れぬ胸騒ぎがしたので、この日の釣りを終えようとリールを急いで巻いた。


 その時、巻いているリールが止まりズシンと言う重たいアタリがあった。


 早く戻ろう言う気持ちとは裏腹に、釣り師の性が全身を奮い立たせ思わずその重たいアタリに合わせてしまう。


「しまった…合わせちゃったよ。」


 ロッドは根元から大きくしなり、強烈な引きにドラグが轟音を立てリールからラインがどんどん出て行く。


「これはデカイぞ…。」


 もう先ほどの胸騒ぎなどはすっかり忘れてしまう程、その掛かった魚の引きに魅了されていた。


 あまりの強烈な引きに、何度と無く危機的状況に陥った。だが彼はプロだ。そんな危機的状況は今まで何度も味わっている。時に魚を走らせ、勢いが収まった瞬間に引き寄せる。そしてまた走らせる。その繰り返しを何度も何度も行う。


 しばらくして、掛かった魚が自身から数メートル程の距離まで近づいていた。


 彼はタモ網を用意し、その巨大魚の姿を確認しようと待ち構えている。


「さあ、もう少し。もう少しだ。」


 焦る気持ちを抑え、冷静に取り込む為に彼は大きく深呼吸をした。


 その時、急に魚が暴れ出し右へ左へと猛スピードで水中を泳ぐ。


 そしてその巨大魚は、水中から勢いを付け大きな水飛沫を上げ飛び出して来た。


「な…なんだ…アレ…。」


 まるでその瞬間、時間が止まった様になり、彼は目を丸くしてその飛び出して来た魚を見た。


 魚体は1メートルを軽く超え、ほのかに青白く発光している。


 頭は丸く、サッカーボールが入ってしまう程の大きな口を開けていた。


 背びれは大きな扇形で赤褐色。尾ひれは純白でまるで羽衣の様にふわりとしていた。


 その神々しい謎の巨大魚は、まさにこの世の物とは思えない姿であった。


 彼はその神々しい巨大魚を目にし、ほんの一瞬の出来事だが全く体が動かなかった。


 いや、動かなかったのでは無く全身から力が抜けて行ってしまったのだ。


 次第に意識も薄れ、彼の目はその神々しい巨大魚の姿を映し出したままゆっくりとフェイドアウトして行った。


「あれは…一体……。」


 そして彼は、”カサハラモデル”のロッドを握ったまま、小雨の降る河川敷で意識を失ってしまった。





*用語説明*


・ロッド……釣り竿


・リール……釣り竿に取り付ける糸巻き機


・ライン……釣り糸


・ドラグ……大きな負荷が掛かるとリールから糸が出て行く、リールに備えられている糸切れ防止の機能


・ルアー……樹脂や金属、木材などで出来た疑似餌


・キャスト……ルアーや仕掛けを投げる事


・アングラー……釣り師や釣り人の総称


・シーバス……魚の名前。出世魚である(スズキ)の呼び名


・アタリ……魚が仕掛け、またはルアーに喰いついた時の反応

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