学校にテロリストが現れたけど、先生たちが強すぎる件について
俺の名は山田一郎。
なんの特徴も無い平凡な高校生である。
なんの変哲もない日常って、ふとした瞬間に唐突に終わることってあるんだよな。
そう、例えば学校にテロリストが現れたりしたらさ……。
「えー、であるから、えー、角度と一辺の長さから、えー、他の辺の長さを求めることが……」
今日も数学の山本の授業は退屈だ。
学年主任って肩書で偉いのかもしれないけど、声は小さいし「えー」が多すぎて何を言ってるのか聞き取りにくいし。
周囲を見渡しても、きちんと授業を受けているのは少数だと言うことが分かる。
寝てる奴、スマホでこっそりLINEをする奴、教科書に落書きする奴、山本の「えー」の回数を数える奴……。
真面目にノートを取っているのはクラス委員長くらいじゃなかろうか。
そんな俺も、ボケーっとしながら窓越しにグラウンドを見る。
今日の体育は屋内なのか、グラウンドには誰も居ない……いや、草むらに何か居るぞ?
人……? それも結構たくさん居る……!?
ドーン!!
思わず窓から草むらの人影をもっと見ようと身を乗り出したとき、激しい爆発音がした。
窓ガラスがビリビリ震え、クラスの女子たちの奇声のような叫び声が響く。
そして、それと同時に草むらの集団が一斉に飛び出してくる。
全身黒ずくめのその姿は、まさにテレビや映画の中で見るテロリストそのものであった。
くそっ! この平和な日本においてテロなんて冗談じゃない!!
しかし、俺だっていつかこんなことがあろうかと日々妄想をし、通信カラテだって習っては居る。
ついに、俺のチカラを使う時が来るのか……。
「ついに、我々のチカラを使う時が来たのか……」
おう、俺たちのチカラを使う時……ってあれ? これ言ってるの俺じゃないぞ?
慌てて声のする方を振り向くとそこには指示棒を持ったまま静かに立つ数学の山本の姿があった。
「山本……先生……?」
俺と同じく山本の様子の異常に気付いたクラス委員長が声を上げる。
それに気づいた山本は、俺たちの方を見るとニコリと笑い掛ける。
「えー、みんな、聞いてほしい。今テロリストが我が校に害をなそうと攻め込んできているようだが、先生たちは強い。君たちは大人しく教室で待機していてくれ」
いつもと違い「えー」をほとんど使わない山本の言葉は、何故だか分からないが凄い安心感を与えた。
さっきまで大騒ぎだったクラスメイトたちも静かにうなずく。
俺たちが落ち着いたのを見ると、山本は胸元から無線機を取り出す。
「さて、と。 学年主任の山本から教師一同に告げる! 非常事態である! ただちに授業体制から防衛体制へと切り替えよ! 本部は私が授業をしていた2-4組教室とする!」
いつもの山本とは思えないほど大きく、はっきりした声で呼びかける。
その威圧感に驚きつつも、うちの教室を本部にすんのかよ、と俺の脳内は冷静に考える。
「あの、先生……。防衛って言っても、先生たち武器とか無いですよね……?」
クラス委員長がビックリしながら質問する。
たしかに、テロリストに先生がどうやって戦うと言うのだろうか。
山本の方を見ると、顎で教室の入り口を指してくる。
「ふぉっふぉっふぉ、彼を知り、己を知れば百戦危うからず、じゃよ」
「正木先生……!?」
入り口に居たのは、定年を過ぎて非常勤で働いている古文担当の正木先生だ。小柄で好々爺といった姿は学年問わず人気である。
いや、たしかにお爺ちゃん先生ってみんなに言われてるけど、「ふぉっふぉっふぉ」とか言うの聞いたことないぞ?
「まさか戦国策……だと!?」
「知っているのか、雷電!?」
気が付くと後ろでクラスメイトの二人が謎の寸劇をしているが、それは捨て置こう。というかあいつは決して雷電なんて名前ではない。
しかし、古文の正木先生はそちらを向くとニコリと笑う。
「古文漢文は知恵の倉庫。兵法の一つや二つ、お茶の子サイサイじゃよ」
あごひげを撫でながら笑う正木先生。あれ、あごひげあんなに長かったっけ?
俺の疑問を無視し、正木先生は諸葛亮孔明が持つような羽扇を広げると無線に指示を出す。
「蒼天既に死す、黄天立つべし」
それ黄巾党じゃね? という誰かの声を無視し、指示と同時に、学校中の窓という窓から無数のチョークが飛び出していく。
グラウンドを突っ切ろうとしていたテロリストたちが次々と倒れるのが分かる。
「す、すごい……チョークで人が倒せるなんて……」
「要は遠心力の問題だよ」
学年主任であり、数学教師の山本が解説をしてくれる。
「このチョーク攻撃は、数学教師たちが微分積分その他諸々をなんやかんやで計算し、日本史教師たちによる日露戦争時の日本海軍の砲撃調整法を取り入れ、体育教師に投擲させているのだ」
なんだかよくわからんが、すごいことのようだ。
「ぐっ、正面からの侵入は不可能! 総員、散れ!」
テロリストたちも速やかに号令を出し、散り散りになる。
「マズい! 少人数ずつ学校に入ってきちゃいますよ!」
俺が慌てて声を上げると、正木先生が再び笑う。
「ふぉっふぉっふぉ、これも想定内。奴らは既に我が術中。世界史の先生たちに頼んで八陣は仕組んでありますよ」
「八陣だと……!?」
「知ってるのか、雷電!?」
雷電の解説によれば八陣とは、孫氏の兵法にもある八つの陣を活用し、なんやかんややって相手の陣営を分断、個別撃破していく戦法らしい。
なんやかんやってすごい。
「ぬおお、どうなっているんだ!?」
世界史の先生たちによって築かれた八陣に迷い込んだテロリストたちが、科学の先生たちがぶっ掛けてる謎の液体によって次々に潰されてく。
科学の先生たちが恍惚とした表情に見えるが、気のせいだろう。
「す、すごい……」
「あーあ、私が攻める方だったらオスマン艦隊の山越えしたかったのにぃ」
新しい声に振り向くと、そこには小柄な女性が立っていた。
世界史担当、先月結婚したばかりの田中先生(旧姓:宮本)だ。
「ふぉっふぉっふぉ、さすがは世界史界のハンニバルと呼ばれたお方よ」
「んもう、正木先生ってば無茶ばっかり言って。八陣すぐに組むの大変なんですから」
田中先生はプリプリ怒りながら正木先生をポカポカ叩いている。
どこからツッコむべきか悩んでいると、クラス委員長が声を上げる。
「あ、先生たち! 一部のテロリストが学校内に入ってきてます!」
「さぁて、仕上げのディナーってところかな。じゃあ我々は学校中に仕組んだカメラで高見の見物と行きますか」
山本がニヤリと笑い、教室の隅にある赤い謎のスイッチを押すと、黒板が裏返り、学校中の様子が分かる大量のモニタが現れた。
「い、いつの間に……」
「鈴木先生が一晩でやってくれました」
鈴木先生とは、情報の先生のことである。
一晩でやってくれた、って昨日の時点では分からないはずでは……?
俺の疑問を放置して、みんなが画面にくぎ付けになっている。
「ふぉっふぉっふぉ、奴らどうやら、西側から来るようじゃの」
「えっ! なんでわかるんです!?」
「テロリストの無線を傍受するくらい、鈴木先生が一晩でやってくれますよ」
なるほど、鈴木先生がやってくれたなら仕方ない。
「ちなみに、我々の無線は英語の先生たちがインディアンのナヴァホ族の言語に訳してやり取りしているので、そう簡単には読めませんよ」
「ナヴァホ族だと……!?」
「知っているのか、雷電!」
雷電が解説してくれたところでは、第二次世界大戦の折にアメリカの無線ではナヴァホ族の言語が使われており、日本軍も傍受は出来ても解読できずに居たらしい。
そんな言語を操れる英語の先生ってすごい……。
ぼんやりし始めた頭でそんなことを考えていると、正木先生が立ち上がる。
「さて、では上条先生に向かってもらいますかの」
「えっ、かみちゃま戦うの?」
かみちゃまこと上条先生とは、家庭科の担当をしているおばちゃん先生だ。
クッキーづくりが上手で、みんなからは「かみちゃま」と呼ばれて好かれている。
俺たちの驚きの声に、山本がニヤリと笑う。
「まぁ君たちは見ててご覧ならい。ほら、始まるよ」
慌てて指で示されたカメラを見ると、テロリストたちが走っているところで急に白い粉が舞っている。
「うわ、なんだ!? 白い粉が……まさか、小麦粉……!?」
画面は真っ白になっているが、テロリストの声と影がその場の混乱を表している。
と、そこで別の女性の声が響く。
「おまえら、粉じん爆発って知ってるか?」
この声、まさか……。
「ふぉっふぉっふぉ、そう、上条先生じゃよ」
画面が真っ白で見えないが、慌てている声が聞こえる。
「ま、待ってくれ、粉じん爆発はヤバい、やめてくれ!」
「こんな幻想、俺がぶっ飛ばす!!」
かみちゃまの声と共に、カメラの先で大爆発が発生する。
霧が晴れると、やけに髪の毛がトキトキに尖ってはいるが、いつものかみちゃまが映っていた。
「ああ見えて、上条ちゃんって昔は拳でなんでも解決してたのよねー」
世界史の田中先生の呟きにぎょっとする。
まさかそんな武闘派だったとは。
「あ、先生! 美術教室の方にもテロリストが向かってますよ!」
もはや進行役と化したクラス委員長の発言である。
しかし、それを聞いて山本はむしろ哀れみの表情を浮かべる。
「あぁ、舟木先生のところに行っちゃうのか、可哀想に」
「ふぉふぉ、いつまで正気で居られるかのう」
なにやら聞いちゃいけない言葉を聞いた気がするが、そんなことも知らずテロリストは美術室に入っていく。
「な、なんだこの部屋は!? どうなっているんだ!!??」
部屋に入ると同時にテロリストたちが声を上げるのも無理はない。
先日まで普通の部屋だったはずの美術室は一変していた。
溶ける時計の絵や立体感を失った女性の絵など、ダリやマグリット、ピカソのような世界観が広がっているのだ。
「ようこそ、わたしのキャンパスへ」
突然の声が出た方向にテロリストたちが向くと、白髪の中年が立っている。
美術担当の舟木先生だ。
「わたしの美術作品は如何ですかな?」
「この頭のおかしい絵のどこが美術だ!!」
テロリストの一人が叫ぶと、手元の銃で舟木先生を撃ち抜く。
……はずが、舟木先生はその場に立ったままである。
「な、なぜ当たらない!?」
「皆さま、トリックアートはお好きですかな?」
「トリックアート……だと?」
「知っているのか、雷電!?」
何故かうちのクラスの雷電コンビが反応していた。
雷電によれば、トリックアートとは色んなジャンルに及ぶものの、最も有名なところではエッシャーによる無限に上り続ける階段のような、視覚的に見る者を騙すもののことである。
「ふざけるな! トリックアートごときでなんでお前に銃が当たらないはずがない!」
テロリストが再び銃を撃つが、また弾丸は素通りする。
「皆さま、既に私のトリックの世界に入り込んでいるのですよ」
舟木先生はニヤリと笑う。
そして、忽然と姿が消えたと思ったら突然テロリストの一人のすぐそばに現れ、耳元に語り掛けた。
「|ようこそ(ウェルカム)|私の(トゥ)|不思議な世界へ(トリックワールド)」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
思わず画面から目を背ける。
すでにテロリストたちは精神錯乱状態に陥っているようであった。
「さて、と。おお、鏑木先生のところにもテロリストが向かっておるの」
「え、書道の鏑木先生のところですか?」
何も見なかったことにして話を進めているが、鏑木先生とは書道の先生のことである。
実家が名家で華道・茶道など様々なお稽古事に精通しており、見た目も大和撫子そのものの美人な先生である。
「鏑木先生が危ないんじゃ……」
「いや、あの子は大丈夫よ」
クラスメイトの男どもが心配するなか、世界史の田中先生が発言する。
「あの子、たぶん私たちの中じゃあ『最強』だから」
「それはいったいどういう……」
「あ、テロリストが書道室に入ってきた!」
画面を見ると、数人のテロリストが書道室に入り込んできている様子が映っている。
鏑木先生は着物姿で落ち着き払った様子で書道をしている。
「動くな女! 抵抗すれば女だろうが容赦なく撃つぞ!」
「あらあら、それは恐ろしいですわ。そんなことよりお茶でも如何でしょう」
「ああ、かたじけない」
鏑木先生は落ち着き払い、抹茶をテロリストたちに振る舞う。
「お味は如何でしょうか?」
「ええ、結構なお点前で……」
清楚な着物美人にニコリと微笑まれ、テロリストたちもつられて正座し頭を下げる。
すると、鏑木先生の表情が一変する。
頭を下げた状態のテロリストの一人にお茶をたてるために煮詰めた釜の湯をぶちまける。
「ぐあっつぅぅぅ!!!」
「このアマ、なにしやが……ぐは!」
熱湯を浴びてのたうち回る仲間を見て立ち上がろうとするテロリストたちに、鏑木先生が口に含んだ墨を吹きかける。
吹きかけられたテロリストたちは目に墨が入ったのか顔を覆って倒れる。
「あれは、まさか毒霧!」
「知っているのか、雷電!?」
毒霧とは、悪役プロレスラーが主に行う技の一つで、カラー塗料のようなものを口から吹きかけ、相手の視界を奪うという恐ろしい技である。
「はん、わたくしを相手に油断したのが敗因ですわよ」
そう言いながら、鏑木先生は手にした硯や剣山でテロリストたちを行動不能に陥れていく。
「……」
「だから言ったでしょ、『最強』だって」
俺を含むクラスメイトの男どもと、ショックを隠し切れない表情の数学の山本を後目に、世界史の田中先生がホレ見たものかと言ってのける。
俺、明日からは書道の授業真面目に受けるんだ……。
「それにしても、もうテロリストの姿が無いんじゃないですか?」
「そうじゃの、そろそろ総仕上げの頃かのう」
場の空気を変えようと発言したクラス委員長に正木先生が乗ってくる。
たしかに、カメラを見てもテロリストは全て鎮圧されているようである。
すると、グラウンドから拡声器を使って大きな声が響いた。
「聞けー! この高校の者共―!! 我々は人質を取っている!!」
「助けてくれー!!」
慌ててグラウンドを見ると、普段から校舎裏でこっそりタバコを吸っていた不良数人がテロリストの人質となっていた。
テロリストは実力行使を諦めて、人質を使った作戦に切り替えたらしい。
「我々は、『冬の女子高生のスカート下にジャージを許さない同盟』原理主義過激派の者である! ただちに校則でスカート下のジャージを禁止にせよ! さもないとこいつらの命は無いぞ!」
「助けてくれー!」
なんと、テロリストの正体は変態だったのだ!
あまりの衝撃に声が出ない。
「あいつら私たちの寒さ知らないから言ってんのよ」
「一度自分で体験してみりゃわかるっつーの」
「やめてくれ、それは別の性癖を目覚めさせ、新たな犠牲者を産む」
「やったことがあるのか、雷電!?」
女子たちが口々にスカート下のジャージを批判するテロリストに罵声を浴びせる。
不穏な声も聞こえた気もするが、きっと幻聴だろう。
「それにしても、不良とはいえあいつら助けないと……」
「でも、人質に取られたらどうしようもないんじゃ…?」
流石に人質を取られては先生たちも動けないであろう。
ここはついに、俺の通信カラテが火を噴くか……とシャドウボクシングを始めようとしたら、学年主任の山本が声を上げた。
「安心してほしい。先生たちは君たちを確実に守るから」
山本が笑いながら言うと、正木先生の方を見る。
「東南の風を吹かせましょう」
山本の声に呼応するように正木先生が羽扇を揺らす。
すると、突然人質を取っていたテロリストの集団が崩れ落ちる。
「え!?」
「何が起きたんだ!?」
「……!?」
「知らないんだな、雷電!?」
突然の事態に俺たちが騒然としていると、倒れたテロリストたちのそばから蜃気楼のように人影が複数現れる。
「あれはまさか……事務員の皆さま……!!」
そう、そこに現れたのは普段何をしているか分からない集団、事務員の皆さんだったのだ。
「こんなこともあろうかと、身を潜んでいたのだよ」
突然後ろから声がする。
驚いて振り向くと、そこに居たのは普段何をしているか分からない頂点に立つ人、教頭先生だった。
「教頭先生……!?」
「さて、諸君は私たちの存在感が薄い、居なくても良いのではないかと思っているかもしれないね」
「!? そんなこと……!!」
「良いのだよ、私たちだってそれくらい把握してるさ。しかし、実はこの影の薄さはわざとやっているとしたら、どう思う?」
そう、教頭先生はわざと存在感を消していたのである。
考えてみれば簡単な話である。武闘派な先生たちの第二位に収まる人間がタダ者なわけがない。
クラスメイトたちと頷いていると、教頭先生が再び話し始める。
「さて、首謀者は捕まったようだね。あとはあの方のワンマンショーになるかな」
グラウンドには、各所で捕まったテロリストたちが拘束された状態で転がされている。
そして、正門から現れたのは校長先生その方である。
「くそ、離せ! 離しやがれ!!」
「無駄だよ。その結束バンドはホームセンターで購入した外の展示物用の物を使っているのだからね」
校長は冷静に首謀者の前に立ち、続ける。
「君たちの行為は愚かなものだった。もっと道は有ったというのに……」
「貴様らがそれを言うか!」
首謀者が叫ぶ。
「俺たちのことを変態扱いした貴様らが! それを言うのか! 陳情すれば変態扱い、街頭で女子高生に注意すれば事案発生扱い! 俺たちの言うことをお前らは何一つ聞かなかった!」
ひとしきり叫ぶと、急に冷静になったのか、淡々とした口調に戻る。
「しかし、もう遅い。既にこの動きは全国で動き出している。『スカート下ブルマ絶許同盟』『絶対領域守護連盟』ももう活動し始めた。この流れは誰も止められないだろう……」
すると、校長は申し訳なさそうに顔を左右に振る。
「残念ながら、すでにPTAと教育委員会が動いている」
「まさか、あいつらまで動かしたのか!! どこまでゲスなんだ、貴様らは!!」
首謀者は顔面蒼白になり暴れ始める。
「こんなふざけた世界で俺は生きていけない! 今すぐこの拘束を解け! 俺は二次元に行くぞー!!」
「見てられない……」
俺たち、クラスメイトたちは首謀者の落ち切ってしまった姿を正視することが出来なかった。
見苦しさもあったが、いつ自分があの立場に陥るか分からない怖さもその中にあった。
すると、校長先生がふいに首謀者に手を差し出す。
「落ち着きなさい、安藤くん。君のやったことは間違っていた。しかし、君の考え方を間違っているとは誰も言えない」
「え……!?」
首謀者がビックリして顔を上げると、校長が笑いかけた。
「まさか、担任だった伊藤先生じゃ……」
「そうだよ、安藤くん。君は真面目な生徒だったね」
なんとテロリストの首謀者はわが校の卒業生だったのか!
そして校長先生の担当した生徒だったようだ。
「先生、ごめんなさい……。俺、俺……」
「良いんだよ。君のような真面目な子がこんなことをするなんて、気づいてあげられなかった我々の問題だって大きいんだ」
泣きだす首謀者の肩を優しく擦ってあげながら校長は話を続ける。
「たしかに、スカートの下にジャージを履く姿は土偶のようであり、男として許せるものではないね」
「でしょう! そうなんだよ、見苦しいんだよ!」
「でもね、君は女性の気持ちも分かってあげなければいけなかったんだ。男はズボンで女はスカート、それじゃあ寒くて嫌になる気持ちも分かってあげてほしい」
校長の正論に、首謀者が再びシュンと縮こまる。
「だがね、我々だって君の気持ちは分かる。そこでどうだろう、折衷案を考えたんだ」
「折衷案……?」
「そう、女子生徒はみんなタイツの着用を許可しよう。ただし黒に限るがね」
「マジかよ、黒タイツとか悪趣味」
「校長の趣味なんじゃないのー?」
「黒タイツ、これはこれで興奮する……!?」
「知っているぞ、雷電!!」
クラスから様々な声が聞こえるが、彼らは話を続ける。
「黒タイツ……! 先生、最高です!!」
「ああ、君の気持ちを分かってあげられなかった我々を許しておくれ。そして、一緒に女子高生の黒タイツを愛でようじゃあないか」
「先生!!」
グラウンドではテロの首謀者と校長先生が抱き合っていた。
いつの間にか結束バンドが外れているが、この感動的なシーンには無粋というところだ。
また、一部の女子生徒が「ホモォ」と言っていたがそれもまた無粋というところだ。
半月後。
「えー、であるから、えー、サインコサインタンジェントでパスカルの法則を使うとだね、えー、辺の長さを求めることが……」
今日も数学の山本の授業は退屈だ。
学年主任って肩書で偉いのかもしれないけど、声は小さいし「えー」が多すぎて何を言ってるのか聞き取りにくいし。
だけど、それで授業をサボる奴は今は居ない。だって、あの日のテロとの戦いで勉強の大切さをみんなは分かったのだから。
あれから変わったことなんてほとんどない。
せいぜいアウトな発言していた校長先生がどっかに飛ばされたくらいだ。
あと、書道の鏑木先生が今ではザ・グレート・カブラギと呼ばれているくらいだ。
大した変化が無い中でも、みんなの気持ちは確かに前向きになっている。
大きな事件が、俺たちの気持ちを一つにし、より良い方向へと向けてくれたんだろう。
でも、またいつかテロリストが来たときは俺の通信カラテも活躍させたいな、って心の奥でこっそり妄想するのはやめられないんだよなぁ。
教師ってすごい。