第二話 “上級学校”
「どういうことですか?」
ミレイラの“あまりにも”な発言に、俺はついそんな言葉を発していた。
おっと。
あまりにぶっ飛びまくっていることを言われたので、柄にもなくこいつに対して素で敬語を使ってしまった。
てことは、素の俺って実はジェントルマンだったのね!やっぱり男は紳士であるべきだよね!
待てよ、それだと普段の俺の立場が無くなるな。それは困る。
……いかん、また横道に逸れるところだった。
今、問題にすべきはそこじゃない。
ミレイラの爆弾発言について考えるべきだ。相当量の火薬が詰まってたぞ。
俺の耳がちゃんと側頭部付近にあって機能しているのなら、上級学校生になるとか言っていたが。
「おいおい、何言ってるんだ?壮大なボケなら着地地点はしっかり決めておくべきだ。じゃなきゃ取り返しがつかなくなるぞ。お兄さんまだ許してあげるから、ちゃんと本当のこと言いなさい!」
「ちょ、なんでそうなるのよ!?私は正真正銘、本物の上級学校生になるの!」
「そんなこと言ったって、今の時期は受験期じゃないだろ。学校に入る方法が無いんじゃどうしようもない」
確か受験日はもう少し後だったはずだ。
もうしばらくすると、中級学校生はそわそわしだすのだろう。
少なくとも昨日や今日じゃない。
「え、エルム知らないの?」
ミレイラがきょとんとした顔でこっちを見てくる。
俺は、その挑発的ともとれる言葉の先を促した。
「何を知らないって言うんだ?」
「上級学校って、ただえさえ在籍人数少ないじゃん?学校も人数が少なくなりすぎるのは困るらしくて、自分から志願すれば基本いつでも試験が受けられるの」
「んで、私はそれに受かったって訳!」
胸を張り、鼻息を荒くしながらミレイラが説明する。
そんな制度があったのか。初耳だった。
てか、生徒数減少に困ってるんならもっと根本的な問題を改善しようぜ……。
にしてもあいつ、最後の部分だけいやに強調してたな。むしろそこだけ聞いてもらえれば、それより前はどうでもいいって感じだったな。
おかしいぞ。俺はミレイラに誘導される形で尋ねたはずなんだが。まぁいいか。
とにかく、ここまで言われたら信じない方がおかしいだろう。
「すげえな、マジで上級学校生になるのか。おめでとう」
そんな、当たり障りのない賞賛の言葉を送る。
本当は結構感動していたりするのだが、ここで俺が興奮して捲し立てたりしたらキモチワルイでしょ?
ミレイラはようやく俺に信じてもらえたことに安堵したようで、俺の言葉に快い返事を返してくれた。
「うん!ありがと!」
そう言って無垢な笑顔を見せるミレイラの姿には、やっぱりまだあどけなさが残っていた。
「だからか。そんな服着てるのは」
合点がいった俺は、ミレイラに尋ねる。
「そーゆーこと。初登校日くらいオシャレしないとね」
ミレイラの服装は、俗に言うよそ行きの服だった。
いわゆる装飾性を追求しているジャンルだ。少なくとも俺はそう把握している。
彼女は普段、もっと機能性重視の服を着ている。
それ以外のジャンルの服を着なさすぎて、もはや機能性以外とは絶交しているレベルなのだが……俺も人の事を言える服装じゃないのでこれ以上言うのはやめておこう。
あ、後これも一応聞いておこうか。
「なあ、お前はどこに通うんだ?パロールか?」
上級学校はナウラル内に指定されている地区ごとにいくつか存在していて、その中から、ある程度自由に通う学校を選ぶことができる。
学校ごとに設備やら何やらが違うようなのだが、俺は迷わず最寄りであるパロール地区の学校を選択した。
いやー、あの時の俺はよくぞパロールを選んでくれた。
今改めて振り返れば、わざわざ遠くまで生き地獄を体験しに行く必要なんか無いからな。
もし今より少しでも学校が離れていたら、俺は間違いなく学校を辞めていただろう。命賭けてやる。いや安いな俺の命。
「あ、うん。私もそこにしたの」
ミレイラはゆっくりと首肯しながらそう言った。
「やっぱりか。近いってのはデカいからな。分かる分かる」
「まあ、それもあるんだけどね……。って………あああ!!!」
「今度はなんだ!?」
またも大声でミレイラが叫んだため、俺も思わず大声をあげてしまった。
ホント止めてくれよ…俺無理なんだよそういうの。そういうドッキリする時は事前通告して欲しいもんだわ。人はそれをドッキリとは呼ばないがな。よって俺にドッキリを仕掛けることは不可能。QED。
一方、当の仕掛け人であるミレイラはさっきの絶叫の後から、全く動かなくなってしまった。
「おーい!聞こえますかー?聞こえたら返事してくださーい」
……………。
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
完全にフリーズしてるな。
こうなると外部から衝撃を与えないとどうにもならんぞ。
「おい、起きろ」
ポンポンと軽く頭を叩くとようやく再起動したらしく、状況確認のためか目をパチパチ瞬かせる。
しばらくして状況を把握したのだろうか、今度はミレイラの顔から徐々に血の気が引いていくのが見てとれた。
まさかまたフリーズするんじゃないのか。もう再起動させるのはごめんだぞ。
だってまた頭叩かないといけないじゃん!ぼくやさしいから、そんなことできません!
俺の願いが届いたのだろうか。ミレイラはフリーズすること無く、血の気を引かせたまま涙を滲ませた目で俺を見据え、縋るような声で喋り始めた。
「エルム……上級学校の授業って何時スタートだっけぇ………?」
なんだ、そんなことか。その時間なら何度も確認したぞ。
実はもっと遅くからじゃないかっていう期待を込めながらな。最近じゃ呪ってたような気もする。
「8時5分からだ。絶対に間違いない」
俺の自信満々な答えを聞いたミレイラは、糸が切れたようにその場にくずおれてしまった。もはやその目に生気は感じられない。
ちょっとミレイラさん、情緒が不安定じゃないですかね……。
「だからってどうしたんだ?今の時間は……」
そう言って腕時計を見やる。
「8時丁度だろ」
………ん?はちじちょうど?
何度見ても、時計の針は一定のリズムで時を刻み続ける。
あれれー?あと5分で授業始まっちゃうなあ?気のせいかな?
どうやら、こいつと話し込んでるうちにこんな時間になってしまったらしい。
ここから学校までだとどれだけ急いでも15分はかかる。
早い話が、始業時間にはもう間に合わないですよってことだ。
俺は元々、今日は学校をサボ……アレルギー抑制の為に行かないつもりだったんだけども。あいつはそうもいかんだろう。
登校初日にして遅刻とか、それどこの不良だよ。ワイルドにバーンアウトしちゃってるな。
「エルム!」
ミレイラが叫びつつ怒気の籠った目で俺を睨む。やべえこいつ実はもうバーンアウトしてたわ。めっちゃ怖い。
「エルムと話してたからこんな時間になっちゃったのよ!」
……なんとなく言われる気はしていたが、ちょっと理不尽じゃないですかねえ。
「それはおかしいだろ。俺は元々家に向かうつもりだったのに、そっちが止めてきたんじゃないか。そもそも俺なんか無視してさっさと学校に行けば良かっただろ?」
「そ、そんな屁理屈を聞きたいんじゃないの!とにかく、ちゃんと責任取って一緒に学校に来て!ほら!」
「え、ちょ、待ってくれよ。離してくれ!俺には還るべき場所があるんだ!」
そんな俺の魂の叫びは当然のように無視され、ミレイラに引きずられながら学校への道を進んでいくことになってしまった。さらばだ俺のユートピア……
学校への道中、2人の間に会話らしい会話は無かった。そんな雰囲気じゃなかったというか、時々振り返る度に見せたミレイラの眼光が凄まじかったので話しかけようがなかったのだ。
このまま殺されるのかと何度思ったことか。正気を保ち続けた俺の精神力を褒めてあげたい。
俺が抵抗しなかった、と言うより出来なかったせいで、比較的早めに学校に到着した。大体20分程度と言ったところか。
ミレイラの目にはこの校舎がどのように映っているのだろう。彼女の表情に先程までの凶暴さは見られない。ただじっとくすんだ白色の壁を見つめ、口を真一文字に結んでいる。
希望や期待、それに不安が入り混じっているのだろうか。
その気持ち、俺も経験あるよ。一年前くらいに。
今は憎悪と嫌悪が感情の大半占めちゃってるけどな。
一年ちょっとでこんなにも人の心変えちゃうとか、この学校実は凄いんじゃね?洗脳でもしてるのかよ。
衝撃の事実を突き止めた所で、俺は帰るとするかな。あいつからの依頼はちゃんと果たした訳だし。
「んじゃ、あとは頑張れよ」
緊張気味のミレイラに激励の言葉を送り、俺は家への針路をとる。やっぱり人の役に立てると心が洗われるものだ。よーし、待っていろよマイホーム!
「なに帰ろうとしてるの?まだ居てもらわなきゃ困るに決まってるじゃん」
「あ、ですよね」
うん、ここで帰れるとは思ってなかったよ、元々。
俺も今回の件について責任を感じていない訳じゃない。今回はこいつに協力して、さっさと用事を済ませてしまおう。そうすれば俺も早く帰れるはずだ。
それに、こいつにとって今日は記念の日になるんだろうしな。ここは男として、そして幼馴染みとして、手を貸すべきだ。
そう自分に納得させた後、俺はミレイラに言葉をかける。
「それで、お前は自分がこの後どこに行けば良いか分かってるのか?」
俺は、学校に編入する際の手順は全くと言っていい程知らない。
そもそも編入の存在自体を知らなかったのだから、当然だ。
「あっ……ちょっと分かってるような、分からないような……。で、でも、中に入ればなんとなくいけるよ!きっと!」
この受け答えの仕方は、まず間違いなく知らないということだろう。
なんとなくそんな気はしてたが、まさか的中してしまうとは思っていなかった。
「なんでそんな大切な情報を知らないのに、自信満々でここまで来れたんだよ。逆にすごいぞ」
「だって、そこまで考えてなかったし。とにかくここに来るのが大事だと思ってたから……」
ミレイラが申し訳なさそうに俯く。
もし、俺が一緒に居なかったらどうするつもりだったのだろう。このままここで野宿でもするつもりだったのだろうか。
……まあ、今更そんなことを問いただすつもりは無いけどな。
「ほら、行くぞ。お前より校内のことは知ってる」
俺はミレイラの一歩前に出て、そう声を掛ける。
「うん!」
少し後ろで声がして、次いで少し速めの足音も聞こえてきた。
どうやら、ちゃんと付いて来てくれているらしい。
俺は歩きながら、これから行くべき場所に当たりをつけていく。
今日も長い一日になりそうだ……。