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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
93/131

19:作戦会議(2)

 ――時は、数日前に遡る。

「じゃ、作戦会議を始めようか」

 ブランは、まるで世間話をするかのような気安さで言ったものだった。

 ティンクルとの対峙の後、シエラ一味の隠れ家に戻ってきたセイルたちは、一通り夕食まで済ませたところで、ここ、会議室の巨大な机を囲んでいた。と言っても、座っているのはセイルとシュンラン、チェイン、そして今会議の開始を告げたブランの四人だけだった。

 いや、正確には、もう一人そこにいたのだが。

『本当に、手前はやる気があんのか……?』

「十分あるつもりだが、やる気を上手く表現する方法があるならご教授願いたいね、ディス」

『……や、うん、いいよ、そのまま続けろ』

 セイルの中に潜んでいたディスは、即座に己の言葉を撤回した。ブランにそのような微妙な「表現」を求めるのが極めて難しいということは、セイルにもわかる。シュンランも、ディスの声は聞こえなかったにせよ、ブランの言葉で何とはなしに察したのか、セイルと目を合わせてお互いに苦笑した。

 「なら続けるけど」と言い置いたブランが、日に焼けた紙を二枚、机の上に広げる。片方は、楽園全土を描いた地図であり、もう片方には何も書かれていなかった。

 ペンを手に取り、ブランはユーリス神聖国に属する島の一つに丸をつける。

「俺たちは今、ここにいる。で、あの道化の嬢ちゃんが言ってた、クラウディオ・ドライグが捕まってる『世界樹の苗木』は、この辺にあるらしい」

 ブランのペンが、北のテレイズ連邦領の一角に丸をつける。

「……アンダーシュ、か」

 腕を組んで椅子に腰掛けていたチェインが、唸るように言う。

「嫌だね。一番物騒な地域じゃないか」

 セイルも、北方出身である母から聞いたことがある。アンダーシュ、というのはテレイズ連邦を構成する公国の名前であり、ある時代にはテレイズ一帯を支配下に置くほどの力を持っていたと言い伝えられている。だが、内部分裂や隣国からの侵略など戦に事欠かない土地柄であり、結果的にアンダーシュがテレイズを統一する夢は絶たれ、なし崩し的に五国の連邦体制になった、のだという。

 だが、未だにその火種は完全に消えたわけではなく、連邦内での内乱が勃発することはよくあることで、内乱とまではいかなくとも、現在の体制に反発する者による「抗議活動」――『ぶっちゃけて言うならテロってやつだな』とはディスの談だが――は日常茶飯事らしい。

 これらを考えるに、楽園の中でも、最も危険な場所のひとつと言えるだろう。

「ま、近頃はある程度落ち着いてるらしいけど、未だ上層の連中が色々企んでるとは聞くわね。神殿としても、下手にちょっかい出したくない場所ではある」

 だが、それ故に『エメス』にとっては限りなく有利な場所でもある。ブランはそう言った。

「入りこむのは難しいが、一度根付いちまえば、容易に周囲から干渉されねえ。そもそも、テレイズは世界樹大戦時にレクス側についてたことからわかるとおり、異端にはそれなりに寛容な土地柄だ。『エメス』の拠点があっても、全くおかしくはねえって次第」

「そこに、クラウディオが囚われている、ということでしたね」

 ぽつり、とシュンランの声が落ちた。地図を見つめていた全員の視線が、シュンランに向けられた。シュンランは俯き、切実な声で言う。

「クラウディオ、無事ならよいのですが」

「命まで取る、ってこたねえだろうな。『エメス』も、今この瞬間に、ドライグと真っ向からぶつかりたいとは思ってねえだろ」

 シュンランはブランの言葉の意味を掴みかねたのか、首を傾げる。そこで、ディスが『ちょっと貸せ』とセイルに言った。こういう話を纏めるのはディスの方が得意だろう、と判断して、セイルはすぐに体を空け渡した。

 セイルの体を借りたディスは半眼になって……単純に、それは彼の癖でしかないのだが……シュンランの肩の辺りを見つめながら、言った。

「それは、俺……『ディスコード』とお前が、蜃気楼閣にいないからだろ。『エメス』がドライグを敵に回したところで全くうまみがねえ。それどころか、手痛いしっぺ返しを喰らいかねん。そういうことだろ、ブラン?」

「ご名答だ、ディス。事実『エメス』は一度ドライグを攻めて失敗してる。ここで蜃気楼閣の要人、クラウディオ殿下を殺しでもすりゃ、今度はドライグから攻められる番。蜃気楼閣は争いを嫌うが、それは決して『苦手』ってことにはならねえ。『エメス』も無傷じゃいられねえはずだ」

 蜃気楼閣ドライグ。異端研究者の理想郷である幻の王国、海を行く機巧の要塞。セイルはその存在を目にしたことはないが、そこに住まう人々は決して争いを好まない、と言う話は既に聞いている。息を潜め、海に潜っていたからこそ、機巧を禁忌とする女神の楽園でも、かろうじて存在を許されていたのだと。

 それでも、彼らが脈々と受け継いできた異端の力は、同じく異端の技術を扱う『エメス』にとっては十分な脅威になるに違いなかった。

 そして、一旦言葉を切ったブランは目を細めて息を付いてから、乾いた唇を開く。

「特に……ドライグの連中は、二十年前から来るべき時に備えてたはずだしな」

 その言葉を聞いた瞬間、ディスがひゅっと息を飲んだ。握った手に汗が滲み、背筋に冷たいものが流れる。内側に潜むセイルにも伝わってくるこの感情は……恐怖?

『ディス? どうしたの?』

 ディスは応えない。ブランは、声になっていないセイルの声を聞いて、ちらりと冷たい色の視線をディスに走らせてみせるが、それ以上何の反応も示さなかった。ディスの異様な反応に気づいていないのか、横に座るシュンランが質問を投げかける。

「それは、クラウディオたちが『エメス』の動きを知っていた、ということですか?」

「動き全てを掴めてたわけじゃねえだろうが、警戒はしてたはずだ。だからこそ、『ディスコード』とお前さんを奪いにやってきた時も、即座に『外に放つ』って判断を下せたんだろうしな」

 そして、クラウディオは『エメス』の追手を足止めし、シュンランに『ディスコード』を預けて言ったのだろう。『ノーグ・カーティスを探せ』、と。未だ、その言葉の真意は見えていない。ノーグは『エメス』の長であり、容易に近づける存在ではない。むしろ、クラウディオたちから見ても敵であるはずのその男に接触しろという指示が、相変わらずセイルにとっては不可解なものだった。

 だが、シュンランは、もはやそのことについて深く問う気が無いらしい。首を傾げて何かを考えるような素振りを見せた後、言った。

「……『エメス』がクラウディオを殺さない理由は、わかりました。しかし、どうして、ブランはクラウディオを助けようと思う、ですか?」

「人道的理由、とは程遠いだろうしね、アンタの場合」

 チェインの冷静にして冷酷な補足に、ブランは流石に「ひどっ」と声を上げたが、すぐにがりがりと頭をかいて微かに眉を寄せた。

「確かに、俺様がクラウディオを助けようとしてるのは人道的理由じゃねえ。あの道化の嬢ちゃんの言ってることが正しけりゃ、どうしても蜃気楼閣ドライグの協力が必要になるんだ。ここでクラウディオを見捨てりゃ、恩を売るどころか蜃気楼閣へ至る手がかりすら途絶える」

「どうして、ドライグの協力が必要なんだい」

「チェインさんよ、神殿には、『自在に海の底に潜る』技術があるか?」

「……!」

 チェインは、ここでブランの言わんとしていることを察したらしい。眼鏡の下で目を見開き、口を噤む。まだ、よくわかっていないらしいシュンラン……そして、おそらくセイルのために、ブランは言葉を付け加える。

「道化の嬢ちゃんは言った。賢者様の居場所は『遠い時代のお話、海に沈んだ世界樹の苗木の奥の奥』だってな。そこに到達するには、蜃気楼閣の持つ『海底に潜る』技術が必要不可欠なんだ」

「確かに、魔法じゃ長時間海底に存在するのは難しい。ここはドライグの持つ技術に頼るしかない、ってことかい」

 そゆこと、と言ってブランは紅茶のカップを手にして、その中身を一気に呷る。それを横目に見ながら、チェインは言った。

「ただ、どうしてもわからないのは、『世界樹の苗木』って言葉だよ。それは一体、何なんだい。アンタやディスはわかってるみたいだったけど」

「そうだな。こいつはきちんと説明しなきゃならねえ。異端に精通してない連中にとっては、ちょいと刺激的な話にはなると思うが」

 刺激的、という言葉の選び方が妙に引っかかったが、ディスに体を渡し、内側に潜むセイルがそれを指摘することは出来ない……いや、ブランには声が届くと思うが、それ以上の説明をしてくれるとも思いづらかった。チェインとシュンランも、ブランが何を言おうとしているのかさっぱり想像できなかったに違いない、お互いに顔を見合わせている。

 ブランは、「どっからどう説明すべきかねえ」と腕を組んでから、セイル……否、ディスに視線を向けて言った。

「とりあえず、お前から苗木についての概説を頼む」

 ブランの言葉に、はっ、とディスが我に返る。今の今まで、ディスの意識が全く違う方向を向いていたことだけは、セイルにもわかった。ただ、それでもブランの声それ自体は聞こえていたらしく、少しだけ唸ってから、唇を開く。

「待てよ、俺が説明していいのか? あれについてはお前の方が……」

 ディスは確認するようにブランに問い、ブランは軽く肩を竦めることでそれに応えた。

「実は、あれについての知識は俺様も聞きかじっただけで、お前さんの方が正確なはずなんだ。補足があれば都度言うさ」

 俺も別段詳しくはねえんだがな、と眉間に皺を寄せながらも、ディスはぽつぽつと言葉を選びながら喋り始めた。

「世界樹の苗木、『シルヴァエ・トゥリス』ってのは、楽園創世以前からこの世界に存在した塔のこと、だと俺は思ってる」

 両肘を机について話を聞いていたチェインの眉が、軽く持ち上げられる。

「楽園創世以前ってことは、アンタ……『世界樹の鍵』と同じく『世界樹』とはいうけど禁忌の一種、ってことかい」

「ああ、神殿側からすれば禁忌の塊だ。何せ塔の中には現代じゃ絶対に用途のわからねえような禁忌機巧が詰まってんだ。そんな塔が、五つはあったと見ている。現存してるかどうかは別としてな」

『五つ……?』

 セイルは思わず意識の奥底で首を傾げてしまう。禁忌の塊といえる塔がそんなにたくさんあるのか、と思わずにはいられない。それほどなら、既に影追いに知られていてもおかしくないではないか。だが、チェインの反応を見る限り、神殿側はその事実を知らないように思えた。

 ディスもセイルの質問をもっともだと考えたのだろう、少し考えてから付け加えた。

「あー……俺の見たことある『シルヴァエ・トゥリス』が、『第五番塔』って名付けられてたんだ。もしかするともっと数があるのかもしれん。だが、こいつらは、楽園創世時にほとんどが地中に埋まったか、海の中に沈んだと俺は考えてる」

「俺様も同じ意見だな。俺ら異端研究者の間じゃ、楽園創世時に大規模な地殻変動と気候の変遷があった、ってのが定説だ」

 それに、あの道化の嬢ちゃんも『海の底』の苗木に賢者様がいるって言ってたしねえ、とブランが言う。

 確かにそうだ。ティンクルは、『エメス』の拠点として、二つの苗木を挙げていた。ノーグが潜むという海底の苗木、そしてクラウディオを捕らえているという、アンダーシュの苗木。

 チェインは唇に指を当てて何かを考えていたようだったが、やがてセイル……というよりその体を借りたディスを見据えて、言った。

「そういう禁忌の塔が存在する、ってのはわかったよ。それが今の『エメス』の拠点だってことも。だが、それが何でアンタや異端の間で『世界樹の苗木』なんて呼ばれるんだい? 一体、その塔はいつ、何のために造られたものなんだい」

 ディスは、軽く唇を噛んだ。微かな痛みがセイルにも伝わってくる。だが、それは唇の痛みというよりも、胸を締め付ける何かの痛み。

 ディスは何かを隠して、わざと曖昧な言い方をしている。それがセイルにはわかった。だが、チェインにそう問われては、答えないわけにはいかなかったのだろう。しばしの沈黙の後、セイルの……ディスの唇が、小さく動いた。

「それは、俺の口から言っていいのか?」

 その言葉は、先ほど『シルヴァエ・トゥリス』について話し始めた時の「確認」とは違い、ディスの明白な躊躇いを示していた。

 ブランも、わずかな迷いを示すように氷河の瞳を虚空に投げかけてから、軽く舌打ちして言った。

「ま、ここまで来たら黙ってるのもフェアじゃねえよ。信じるか否かは聞き手に任せて、俺らは俺らの信じるところを語るしかねえ」

「……そうか。そう、だな」

 ディスは拳を握りしめ、一旦俯いた後に顔を上げ、真っ直ぐにチェインを見据えた。

「世界樹の苗木こと『シルヴァエ・トゥリス』は、楽園創世以前に生きていた人類が、とある研究を行うために造った塔だ」

「研究……? いやちょっと待って、それ以前に、楽園創世以前の人類、っていうのは」

「認めるかどうかは別として、創世以前にも人が住んでて、そいつらが禁忌機巧を操ってたらしい、ってのは影追いの知識として知ってるだろ。そいつらには、どうしても成さなきゃならねえことがあったんだ」

 成さなきゃ、ならないこと?

 セイルも、内側からディスに問いを投げかける。

 ディスは軽く唇を噛んで、言葉を選んでいた。ディスの中には、もう、言うべき言葉は浮かんでいるようではあったが、それが正しく伝わるかどうか、もっといい言葉があるのではないか、それを悩んでいるように見えた。

 すると。

「『シルヴァエ・トゥリス』……それは、『森の塔』を意味する、失われた言葉です」

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