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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
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幕間:記憶回路、記憶の回廊

 闇の中を、駆ける、駆ける。

 息は切れ、足は痛みを訴え、これ以上は速く走れないと体が悲鳴を上げる。それら全てを心の力で押さえ込み、飛ぶように駆ける。

 ――何故?

 視線も通らぬ黒の世界のところどころに灯るのは、赤や青、緑の非常灯だ。時折影法師のように浮かび上がる人の姿が目の前に立ちはだかって何事かを喚くが、その全てを突き飛ばして、更に奥を目指す。

 どれだけ走っても終わりが無いように見える回廊。見知った場所であるはずなのに、今や自分の脳に焼きついた記憶とは全く別の顔を見せるそこは、まるでこちらの足掻きを嘲笑っているかのようでもあった。

 それでも、この目で全てを確かめるまでは、何もかもが信じられなかった。不安と焦燥を抱えたままに、落ちかけていた眼鏡を押し上げて、最深の扉目指して走り続ける。

 ――何故、俺は、走っている?

 ちらつく疑念。体と意識とが乖離する感覚。己の理解を超えたままに、体は一直線にある箇所を目指していた。その場所は、知らない場所ではない。知らないはずはない、記憶が正しければ、自分はいつもそこにいた。そこにいることを義務付けられていたのだ。

 それならば、何故自分は今、そこにいないのだろう。

 回廊の奥深くにあるその場所に向けて、永遠とも思える暗闇を駆け続けているのだろう……?

 その時、現実の非常灯に照らされて、過去の光景までもが幻影として闇の中から飛び出してきた。それは人の姿をしていて、花の姿をしていて、翼の姿をしていた。自分の肩を押さえる誰かの気配であり、こちらを見つめる銀色の視線でもあった。

 そのどれもが、自分を責めるかのように、言葉にならない声を耳の側で囁き続ける。どれだけ走っても辿りつけやしない、お前のしていることは全て無駄なのだと。

 無意識に、首から下げたペンダントを握る。そのペンダントトップはロケットになっていて、一枚の写真が収められている。この闇ではそれを見ることも出来なかったが、脳に焼きついた記憶は闇の中に写真に写されている像を結ぶ。

 その像は……はにかむように微笑む少女の姿をしていた。

 脳に収められた記憶は他の記憶と結びつき、きらきら輝く羽を散らしながら展開し、そっと細い指先でこちらの手を包み込む温かな感触までもが、鮮やかに蘇る。

 それらは闇の中に閃く光のようであり、神話の時代、全ての災厄を吐き出した後の箱に残されていた「何か」であり、自分にとっての全てであった。

 祈るようにロケットを握り締め、足を止める。

 目の前には扉があった。赤い、血のような光を投げかける灯りに照らされた、のっぺりとした扉。これもまた、見慣れたものだというのに……自分を拒むように無言で立ちはだかる。

 冷たい板に手を触れれば音もなく扉がその場から消え去り、

 刹那、光が目を焼いた。

 そこは、今までの闇が嘘のように、眩い白い光に満たされた部屋だった。言葉を失って呆然とする彼の耳に、穏やかなようでいて、全く温度の感じられない声が響き渡る。

「遅かったな」

 白い世界に存在を許されているのは、人形のような顔をした数人の男。そして。

「あ……」

 男たちに囲まれた透明な棺の中に眠る、少女。

 

 

 全身から力が抜けて、膝を折る。

 同時にもう一つ、何かが折れた音がした。

 それは、きっと――

 

 

 ――目を開く。

 目の前の鏡に映し出される己の姿を見据え、唇を歪める。

 そうして、記憶回路に焼きついた、黒い回廊と白い部屋の記憶を片隅に追いやる。やっと、この記憶を再生し続ける日々も終わろうとしていた。あの日、壊れて消えてしまったと思っていた全てを取り返す日が来る。

「もうすぐだ」

 あの頃と変わらない、少年のような声で己に言い聞かせる。焦ってはならない、そう思いながらも笑みがこぼれるのを抑えられない。その先に待つ、鮮やかな色の未来を思い描けば、これまでの絶望と怒りが何だというのだろう。

 もちろん、ここまでたどり着くまでに必要だったのは、他でもないその絶望と怒りだったのだけれど。

 椅子にかけていた上着を羽織り、そっと横の扉に手を触れる。記憶と同じように、のっぺりとした扉は音もなくその場から消え去り、その先の回廊を晒し出す。そこに立っていた数人の男たちが、驚愕に目を見開く。

「の、ノーグ様……!」

「お体に障ります、どうかお休みになっていて下さい!」

 慌てて部屋に押し返そうとする『エメス』の幹部たちを眼鏡越しに一瞥する。

 愚かな連中だ。こちらの本当の願いなども知らないままに、真理と真実、なんて形のないものを盲目的に崇め奉る阿呆ども。けれど、連中の阿呆さが今の自分にとって都合が良かったことも確かだ。

 あともう少しは利用させてもらおう、思いながらふと笑みを浮かべる。

 幹部たちはこちらの思惑など全く理解出来ていないのだろう、戸惑い、目を白黒させながらも肩を抑える手をそっと外した。

「もう、出歩かれて大丈夫なのですか?」

「ああ、何も問題ない」

 呼吸は正常、足の痛みも、全身の悲鳴もない。あの頃の愚かな自分とは違うのだ……今度こそ、この狂った運命を捻じ伏せてみせよう。この長い長い回廊を駆け抜けて、あの白い部屋の幻影をぶち壊してみせよう。

 ――それが、唯一、彼女に報いる方法なのだから。

 見当違いの期待を抱く幹部たちの視線を受け止めながら、腕を上げる。

「伝令を。塔を起動し、攻勢に移る」

「つ、ついに!」

「ああ……我々の力を、あの狂った女神に思い知らせてやろう」

 この言葉が、引き金となる。

 楽園、と名づけられたこの世界を、あるべき形に戻すための戦いは、今、この場所から始まる。

 回廊の始まりで、もう一度、目を閉じれば。

 記憶回路の片隅で、高い音色と共に金色の羽が瞬いた。

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