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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
82/131

17:俺が生まれた日(1)

 緑の月、八日――

 天空戦艦『白竜の翼』でフレイザー……ブランと刃を交えてから一週間が経過した今日、シエラ一味の隠れ家の一室で、セイルは未だ夢の中にいた。薄いカーテン越しに朝の光が差し込んでくるけれど、小さく呻いて寝返りを打つだけだ。

『セーイルー、おーきろー』

 その時、セイルの意識の片隅で気だるい少年の声が響く。

『朝だぞー、ブランはとっくに起きてっぞー、お前が起きないと俺が困るんだぞー』

 それはセイルの体の中に潜む『世界樹の鍵』……『ディスコード』の声なのだが、鼓膜を震わせることなく頭の中に直接響く声はセイルにとっては夢のようにしか思われなかった。だから、「ディスはうるさいぞー」とつられるように呟いてまた夢の続きを見ようとして。

 こつ、こつ。

 今度は現実の音が耳に届いて、不意に意識が覚醒して銀色の目を大きく見開く。

 こつ、こつ。規則正しい音は、寝台のすぐ横にある窓硝子を叩く音だと気づいてのっそりと体を起こす。窓を叩く音の背後で微かに響く流れる水の音は、扉の向こうの洗面台をブランが使っている音だろうか――そんなことを思いながらカーテンをそっと開ける。

 すると、そこには一羽の鳩がいた。

 頭の先から尻尾まで真っ白な鳩が、窓を嘴で叩いていたのだ。セイルが顔を覗かせたことで、鳩も顔を上げて真っ直ぐにセイルを見上げた。澄み切った緑の目は、単なる鳥とは思えない知性を湛えているように見える。

 賢者鳩だ、とセイルは目を丸くする。

 通常、人族を含む動植物は魔力を多く取り込みすぎると心も体も元の形を失い魔物と化してしまうものだが、中には意外な方向に魔力が働き、魔物とはまた違う、人族と共存可能な生物『魔種』になることがある。

 賢者鳩はその代表で、喋りこそしないが人語を解する知能を持ち、人の体内の魔力を与えることでその者に一生涯仕えるという従順さを持つ。その性質故に魔道士の使い魔、特に連絡役としてよく使われる。元々は突然変異で生まれたものだが、現在は賢者鳩同士を掛け合わせることで繁殖させ、人工的に数を増やすことに成功している……そう言っていたのはやはり兄だった、はずだ。

 賢者鳩はセイルの顔を見るなり、嘴を己の脚に向けた。脚には小さな金属の筒がくくりつけてあった。どうやら伝書鳩らしい。セイルは窓を開けて、鳩の体を抱いて脚の筒を開く。その中には、綺麗に巻きしめられた紙が入っていた。

「これ、俺宛てに?」

 問うてみると、セイルの両腕に抱かれた鳩はこっくりと頷いて、突然ばたばたと翼を羽ばたかせた。驚いて手を離してしまうと、純白の鳩は開いた窓から青い空に向かって飛び立ってしまった。セイルは呆然とそれを見送って……同じように呆気に取られていたらしいディスの声が、響く。

『何だったんだ、ありゃ』

「さ、さあ……」

 セイルも答えながら、握った手紙に視線を落とす。丁寧に折られた紙を、恐る恐る開く。何が書いてあるのか、誰からの手紙なのか。不安と、ほんの少しの好奇がセイルの胸に渦巻く。

 開かれた手紙に書かれていたのは、


『十五歳の誕生日おめでとう』


 宛名も差出人の名前も無い、たった一行のメッセージだった。

 果たして人の手で書かれたものなのか、と疑いたくなるほどに形の整った文字が、微かな歪みすら見せずに連なっていて……その奇妙ともいえる文字に、セイルは見覚えがあった。けれど、どうしてもそれが信じられずに紙を握る手に力が入る。

『今日、誕生日だったのか……っておいセイル、どうした?』

 セイルの心のざわめきを敏感に感じ取ったディスが、すかさず問いを投げかけてくる。セイルはごくりと唾を飲み込んでから、小さな声で呟く。

「兄貴の、文字だ」

『は? ノーグの?』

 ディスのすっとんきょうな声を聞きながら窓の外を見上げるけれど、手紙を届けてくれた鳩の姿はもう何処にもない。

「兄貴……どうして」

 六年もの間、全く音沙汰のなかった兄からの手紙に、セイルは何ともいえない気持ちになる。旅に出てからも、名前だけは嫌というほど聞きながら、決して自分からセイルに接触してこようとはしなかった兄……『機巧の賢者』ノーグ・カーティス。

 今更、何を言っているのだろう。おめでとう、だなんて。手紙越しにそんな言葉を投げかけてくるくらいなら、きちんと顔を合わせて欲しい。自分がどんな思いで兄を追っているのか、向こうはわかっているのだろうか。

 そんな反発も当然首をもたげるけれど、それ以上に――

「誕生日、覚えててくれたんだ」

 その事実が嬉しかったのもまた、本当だった。

 ぎゅっと手紙を握り締め、ふと唇を緩めて……

「なーに朝っぱらからニヤニヤしてんのよ」

「わっ」

 横から割り込んできた声に、慌てて手に握っていた紙をポケットに隠す。

 恐る恐るそちらを見れば、扉を開いた向こうに立っていたブランが、呆れたような視線をセイルに向けていて……セイルは驚きに目を見開いた。

 船上の戦いから一週間、当初はまともに立てないほどに消耗していたブランだったが、今は前よりも多少やつれてこそいるが普段通りの行動が出来る程度には回復していた。

 ただ、あの戦いと対話を経て、一つ変わったことがある。

 ブランは、今までセイルたちに見せていた作り笑顔を止めたのだ。だから、セイルを真っ直ぐ見下ろしている顔に感情の色は全く見えない。本当に、微かな「呆れ」の色が見え隠れする程度の、無表情。

 何かを誤魔化すようなあの笑顔が決して好きになれなかったセイルにとって、それは歓迎すべきこと……であるはずなのだが。実際にこうして相対してみると、その目の冷たさを改めて実感しないわけにはいかなかった。ブランに悪気が無い、というはわかっている。わかっているけれど、まだ、慣れない。

 しかし、今、セイルが驚いたのはそこではない。正直に言えば、目の前に現れたブランが、一瞬ブランであるとわからなかったのだ。もちろんよく見てみれば、それは昨日までと同じブラン・リーワードなのだが……

 先を濃い色に染めていた長い髪をばっさりと切り落としてしまったその姿だけは、セイルの全く知らないものだった。

 言葉を失って口をパクパクさせるセイルに代わり、ディスがやたら深刻な声で言う。

『……お前、髪何処にやった』

「何処にやったも何も、鬱陶しかったから切っただけだ。見りゃわかるでしょうに」

 対するブランはあっさりとしたもので、セイルのそれよりも遥かに短くなった自分の髪に指を通す。自分で切ったのだろうが、それにしては綺麗に切りそろえられている。流石に器用なものだと思いながらも、何故あそこまで伸ばしていた髪を突然切ってしまったのかという疑問が浮かんでくる。

 ――もしかして。

 セイルの脳裏に閃いたのはシュンランの姿だった。船上で対峙した時、ブランはセイルの目の前でシュンランの綺麗な髪を切り落とした。その時は己の行動に何の感情を抱いているようにも見えなかったブランだが、今になって何か思うところがあったのでは、と思いかけて……

『この阿呆に限ってそれはねえだろ』

 ディスにばっさり否定された。ディスの声だけ聞こえたのかもしれないブランが、「何よ阿呆って」とディスを半眼で睨む。とはいえ、本人に睨んでいるつもりも怒っているつもりもないのは声音から明らかだ。そもそもブランは「怒り」という感情を表現することも、それ以前に理解することも出来ないのだから。

『や、何でもねえよ』

 と低い声で答えたディスは、改めて問いを投げかける。

『で、だ。ブラン、今日セイルの誕生日なんだってよ。知ってたか?』

 ブランは微かに目を見開いてセイルを見て、それからほんの少しだけ笑った、ように見えた。

「そりゃあめでたいじゃねえか。シュンランと姐御は知ってんのか?」

「言ったことないから、多分、知らないと思うけど……」

「折角の記念すべき日なんだ、盛大に祝ってもらえよ。自分から言うのがアレなら俺様から言っちゃるよ」

 言って、唐突に部屋を出て行こうとするブラン。セイルは慌ててその手を掴んで引き止めた。

「い、いいって! 何か、恥ずかしいし……それに、こんな時にお祝いなんて、する気分じゃないよ」

 今はブランのこともあって、休息の日々を過ごしていたけれど。今、こうしている間にも兄ノーグが率いる『エメス』は何処かで誰かを傷つけているかもしれない。そう思うと、自分一人の誕生日を祝ってもらうことも躊躇わずにはいられない。

 けれど、ブランはしれっとした顔で言ってのける。

「こんな時だからこそ、じゃねえか。幸せな日を祝福する、その当然の権利を奪う資格が『エメス』の馬鹿野郎どもにあるとでも思ってんのか?」

「え?」

「今日一日くらい肩の力抜いて楽しんだって誰も咎めやしねえ、ってこと。十五の誕生日おめでとうだ、セイル」

 そのまま、ブランはつかつかと廊下を歩いていってしまった。セイルとディスは、何も言うことが出来ないままにただただその細い後姿を見送ることしか出来なくて……やっとのことで我に返ったセイルがぽつりと言葉を落とす。

「ちょっと、意外だったな」

『ブランが、あんなこと言うとは思わなかった、ってか?』

「うん。ブランって、無駄なことを嫌ってると思ってたから、誕生日とかお祝いとか、好きじゃないのかな、って」

『正直、俺もだ。けど、ま……要するにとんでもない「馬鹿」なんだな、アイツは』

 馬鹿、という言葉をやたら強調して、ディスは深々と溜息をつく。セイルはディスの言わんとしていることがわからず首を傾げるが、ディスがそれ以上の解説を加えることはなかった。とん、とセイルの背中を押すようなイメージが伝わってきて、何処か笑いを堪えているようなディスの声が聞こえた。

『ほら、早くブランを追いかけっぞ。幸せな日を無駄にしてる場合じゃねえだろ』

「……うん!」

 頷きながら、ポケットの中の手紙の気配をもう一度確かめて……勢いよく部屋を飛び出した。

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