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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
79/131

16:絆の在り処(3)

 それは、とブランは口を開きかける。

 それはお前のわがままじゃないか、とでも言いたかったのかもしれない。セイルだって、これが自分のわがままに過ぎないことはわかっている。それでも、どうしても、伝えたかったのだ。自分がどれだけブランを信じているのか。自分にとって、一緒に歩んできた時間と築いてきたものがどれだけ大切なのか。

 結局、否定の言葉がブランの唇から放たれることはなかった。唇を微かにわななかせて、微かに眉を顰めるという不可解な表情を浮かべる。酷く薄く、表情と言えるかもわからない表情だったけれど……何となく、助けを求めているような。それどころか、泣き出しそうな表情にも、見えた。

 どうしてそんな顔をするのだろう、と不思議に思いながらもセイルは問いかける。

「あのさ。ブランは、もう、兄貴を探す気はなくなったの? それとも……俺たちと一緒が嫌なのかな」

「そういうつもりはねえ。賢者様に一泡吹かせたいと思ってる、その気持ちは変わらねえし、お前らのことも認めてはいる。ただ、俺はお前らの足を引っ張るくらいなら……」

「それを言ったら、今まで俺だって散々足引っ張ってきたけど、ブランは嫌な顔一つしなかったじゃないか」

 ブランは「それはそうだろ」と当たり前のような顔をする。それを当たり前と思っているならば、どうして気づけないのだろう。ちょっとおかしくなりながら、セイルは言葉を続ける。

「なら、ブランが間違えそうになったら、今度は俺が助けるって約束する。今回みたいにわけわかんないことしたら、全力で殴ってでもわからせる。そういうものじゃないかな、『仲間』ってさ」

「……仲間?」

 うん、とセイルは手を差し伸べたまま微笑みかける。

 ブランは戸惑いの表情を消して、不可解だ、と今度こそはっきりと言葉にした。

「俺らはそういう関係性じゃねえだろ。最低でも、俺様はお前らの事をそう思ったことはねえ」

 きっぱりとセイルの言葉を切り捨て、伸ばされた手から視線を逸らす。

 あまりにはっきりとした拒絶の意志に、流石にセイルもたじろいで伸ばした手を引いてしまう。一瞬前までの明らかな動揺など嘘のように、氷のような無表情を取り戻したブランは吐き捨てるように言った。

「そういう大切な関係は、もっと違う奴と築いてくれ。俺以外の、誰かと」

「ブラン?」

「随分、変なところで頑ななんだね、アンタは」

 チェインが呆れた声を上げて、ブランの額を小突いた。ブランは微かに表情を歪めて、チェインを見上げる。チェインはそんな彼を見下ろして、眼鏡の下の瞳を細めてみせた。

「アンタ、何をそんなに怯えてるんだい」

「怯える……俺様が?」

 まさか、とブランは言うけれど、その表情は何処までも凍ったままだ。何処か哀れむような表情をその瞳に浮かべてチェインは淡々と言葉を紡ぐ。

「ああ。私には、アンタが怯えて震えてるようにしか見えないよ。それだけ、アンタが『仲間』ってもんを恐怖する理由は、想像出来なくもないけどね」

「恐怖? こいつが、恐怖だって、いうのか」

「ああ……それすらも自覚出来ないのかい、難儀なもんだね。でも、これではっきりしたよ。アンタがわからないのは、感情じゃなくて、感情の理由と意味なんだね」

 ああ、そういうことか。

 セイルもやっと合点がいった。感情が無いというブランが何故あんなに穏やかな笑顔を浮かべられるのか不思議だったけれど……ブランは何も感情そのものを失っているわけではない。ブラン自身も何故自分が笑っているのかわからないように、その心の動きがどうして起こったのか、どういう意味の動きなのか、そこがわからないのだ。

 実際、ブランはブランで「そういうものなのか」と納得したのかしていないのかよくわからないことを言っている。指摘されるまで、その事実に気づいていなかったのかもしれない。

 チェインは「きっとね」といい置いた上で、改めてブランの目を見据える。

「ここからは、私の想像に過ぎないけど。アンタは『仲間』ってものを、人と絆を結ぶことを恐れてる。正確には……絆を絶たれることを恐れてる、っていうのかもしれないね」

「……きずな」

 ブランの唇が放つ声には、力が無かった。チェインの言っていることがさっぱり伝わっていない、そんな声音だ。それでも、チェインは諦めることなくブランに言い聞かせていく。

「前から思ってたんだけど、アンタは、私たちにアンタ自身を理解させる気がないように見えた。でも、それは何もアンタが私たちの気持ちをわからなかったってのが理由じゃない、必要以上に関わりたくなかったからじゃないのかい?」

 チェインはブランの頭に指を伸ばす。前髪の間から微かに覗く傷跡を確かめて、静かに、言葉を放つ。

「『仲間』を失う瞬間を、アンタは今もなお鮮明に『記憶』してるから」

 突然、ひゅっ、とブランが息を飲んだ。その顔から、一気に血の気が引く。あまりに劇的な反応にセイルの方がぞっとさせられたが、チェインは冷徹なまでに淡々として、更に言葉を続ける。

「忘れられないってのは、一種の病気だよ。私でさえ、姉さんが死んだ頃のことを、全て思い出すことは出来ない。でも、アンタは違う。アンタはきっと、奴に殺された仲間の血の匂い、息遣い、その全てを思い出して」

「や、止めろ……っ、言うな、思い出させるな……っ!」

 ブランはチェインの声を遮って、彼女の手を強く振り払った。だが、チェインは言葉を紡ぐことを止めない。矢のような言葉を、ブランに向かって放つ。

「これは、今ここではっきりさせておきたいことなんだよ。アンタは、致命的に言葉が少ない。だから、セイルを傷つける。シュンランに疑われる。でも、アンタはただ失うことに臆病なだけなんだろ?」

「俺、俺は……守りたい、でも、死にたくない、違う、そうじゃない、俺は……っ」

 ブランは喘ぐように言って、焦点の合わない目でチェインを見上げた。助けを求めるように。チェインは小さく息を吐き、一度は払われた手でブランの肩をそっと押さえ、氷色の瞳を見据える。

「ごめん、辛いことを思い出させて。でも、私は、別にアンタの過去を暴きたいわけじゃないんだ。これから先、アンタがどうするのかが知りたいんだよ。アンタが、差し伸べられた手を握るかどうかが」

「……握れるはず、ないだろ」

 空っぽの声で言葉を吐き出したブランは、今度は壊れやすいものに触れるかのような丁重さでチェインの手を退かした。少しだけ目を見開いたチェインから視線を逸らしたブランの唇が、微かに笑みを模る。

 自嘲の、嗤いを。

「仲間なんて要らない」

 けれど――

「一人でいい、俺様はもう壊れちまってるんだ、なら俺一人で全てを背負っちまえばいい……そうすれば絶対に、お前らまで終わっちまわなくて済むじゃねえか。何も失わないで済むじゃねえか」

 セイルには、それもまた今にも泣き出しそうな歪な笑顔に、見えた。

 拳をぎゅっと握り締める。どうして……どうして、ブランがこうなってしまったのか、自分がブランを理解できなかったのか。もやもやしていた感情の正体が、やっとわかった気がした。

 悔しい。ただ、悔しかった。どうして気づけなかったのだろう、確かにブランの考え方、やり方は何処までも一貫していた。

 だからこそ……セイルは悔しさに唇を噛み、そして、言った。

「ブラン……ブランは、やっぱり間違ってる」

「何がだ?」

「確かに、ブラン一人が全部背負って行けるなら、俺たちは無事でいられるのかもしれない。『エメス』や神殿に悩まされなくても、済むのかもしれない……でも、でもさ」

 ぎゅっと締め付けられる胸の痛みに、涙が出そうになる。

「誰かを犠牲にして残された人の気持ちは、考えられないのか? ブランは仲間を殺されて取り残されたんだろ? ならアンタのやってることは、今のアンタと同じ思いを誰かにさせることなんだって考えてみたことはないのかよ!」

「……え?」

 その言葉は、完全にブランの中には無いものだったのだろう。一瞬呆けた表情を浮かべたブランは、小さく唇を震わせた。表情らしい表情は浮かべないままに、ただ、激しく瞬きをする。

 動揺。それだけは、伝わってきた。

 セイルは、そんなブランにもう一度手を差し伸べる。

「アンタは俺たちのこと仲間だって思ってないかもしれないけど、俺にとって、ブランは仲間だ。俺は頼りないかもしれないけど、それでも、もっと頼っていいんだ。俺たちは俺たちの理由があって、一緒にいるんだから。何も一人で背負うことなんてない、俺は、ブランにそんなことを求めてるんじゃない!」

 伝わるだろうか。伝わらないかもしれない。それでも、言わずにはいられなかった。手を差し伸べずにはいられなかった。

 このまま終わらせてしまえば、絶対に自分が後悔するから。

 そんなセイルを見上げていたブランは、ほんの少しだけ眼を細めて呟いた。

「そうか……俺一人で背負おうってのは、見当違いに過ぎるってか」

「そうだよ。ブランは大体見当違いなんだから、ちょっとは俺たちのやり方を見習えばいいんじゃないかな」

 少しだけおどけて言うと、ブランは「言うじゃねえか」と微かに笑みを取り戻し……そして、セイルに向かってそっと手を伸ばした。セイルはすぐにその手を取ろうとするが、ブランはそれを避けるように一旦手を引っ込めて、真っ直ぐにセイルを見据えた。

 ――その瞳は、いつしか鋭い意志の力を取り戻していた。

「今の俺に未来が見えなくても、これだけは言える。この手を取れば、きっとお前は後悔する。俺は出来うる限りお前らを守るが、同時にお前らを傷つけるはずだ」

 繰り返すつもりは無くとも、そうなってしまうだろう。ブランは、暗にそう言っていた。セイルの内側に沈んだままのディスも、その言葉を否定しようとはしなかった。それはきっと、ブランがブランである限り、避けられないことなのかもしれなかった。

 それでも、お前は俺の手を取るのか、と。ブランは氷の瞳で問いかける。

 けれど、その覚悟はとうに済んでいる。

 セイルは明るく笑って、一度は引かれたブランの手を、両手で握り締めた。

「何もしなくても絶対に後悔するんだ、俺は皆と一緒に前に進みたい。もちろん、ブランも一緒にだ」

「……本当、わかってねえなあ、お前は」

 ブランは低い声で呟き、しかし、確かに笑っていた。イビツで不敵な、彼らしい笑い方で。

「だが、そうだな。お前がそう言うなら、俺様の臆病もここまでだ」

 目蓋を閉じるには、まだ、早すぎる。

 ブランの薄い唇が、歌うように言葉を紡ぎ上げる。

「何もかも何もかも、奇跡は己の行動の結果。そう言った阿呆を信じてみることにしよう」

 ――奇跡は起きるものではない、奇跡を望んで行動した者にのみ与えられる結果である。

 初めてそう言ったのは、ユーリス神殿の司祭にして天才的な異端研究者であった『飛空偏執狂』シェル・B・ウェイヴであることを、セイルは知っていた。そして……セイルにとっては、母がよく口にしていた言葉であったと、思い出す。都合のいい奇跡は信じない、けれど行動を積み重ねた結果には、必ず何か素敵なことが待っている。そう言って豪快に笑う母が、セイルは好きだった。

 それに対し、兄であるノーグ・カーティスは奇跡という言葉そのものに否定的で母とよく言い争っていた。おそらく、今までのブランと同じように、未来が見えてしまうから。奇跡という「可能性」を信じていなかったのかもしれない……今となっては、そう、思う。

 ブランは、いつになく穏やかな表情でセイルを見ていたが、ふと気づいたようにチェイン、そしてソファに腰掛けて終始無言でセイルたちの話を聞いていたシュンランに視線を向けた。

「しかし……セイルはともかく、お前らはいいの? 俺様超恨まれてる気がするんだけど、色々と」

 チェインはすぐには答えず、シュンランに視線を向けた。シュンランは自分に振られるとは思っていなかったのか、すみれ色の目をぱちぱちさせて、それから微笑みを浮かべて答えた。

「恨んでいます。ブランは大嫌いです」

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