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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
77/131

16:絆の在り処(1)

 セイルは銀色の目を見開いて、窓の外に広がる森を見据えていた。セイルの目には、木々の他に木漏れ日の中で踊る妖精の姿も見えたけれど、それ以外には鳥や動物が行き交うのみで人の姿は無い。

 セイルの横では、毛布に包まったシュンランがセイルの肩に頭を乗せて、小さな寝息を立てていた。セイルも、そんなシュンランにつられるように大きく欠伸をしたが、その時外から声が聞こえてきた。

「おーい、空色の、そっちはどうだ?」

 少し身を乗り出して窓の下を見れば、魚の鰭のような意匠が施された赤い服を着た男が手を振っていた。セイルは手を振り返して声を上げる。

「異常ありませーん」

「そうか、続けて頼むぞー」

「はーい」

 答えて、セイルは再び見張りに戻る。ただ、ここで見張りを始めてから何一つ怪しげなものは見つけられていない、果たしてこんな見張りに意味があるのだろうか……とは思うけれど、居候の身であるセイルに出来ることといえば力仕事と人間離れした視力を生かした見張りくらいしかないのだから仕方ない。

 そう、ここはユーリス神聖国の辺境に位置する、空賊シエラ一味の拠点の一つ。

 シュンランとブランを連れて『白竜の翼』から脱出したセイルたちは、そのまま『紅姫号』と合流し、『エメス』の繰り出した機巧の鳥の追撃からも逃げ切ってこの拠点に辿りつくことができた。

 本来ならばすぐにでも兄の居場所を探しに行きたいところだったが、『白竜の翼』から脱出した後もブランの容態が回復しないために、シエラの厚意で近くの拠点に滞在させてもらうことになったのだった。

 ブランとやり合った当人であるセイルはまさか自分が原因でないかと不安になったが、『紅姫号』の船医はそれとは全く無関係で、おそらくは極度の疲労によるものだろうと断じた。少し休めば良くなるとのことで、以来ブランは奥の建物の一室でほとんど眠って過ごしている。

 そういえば、ブランが眠っているのは始めて見たかも知れない、そんなことを思う。

 ブランの家……フレイザー邸に滞在していた時は同じ部屋に寝台があったものの、実際にその寝台をブランが使っていたところは見たことがなかった。そして、旅をしている中でも、必ずセイルの方が先に寝て後に起きていたものだから、ブランが眠っているかどうか己の目で確かめたことは無いのだ。

 もしかすると、ほとんど睡眠らしい睡眠なんて取っていなかったのではないか、とも思う。それならば、あの顔色の悪さも納得がいくというものだ。

 セイルが眠っている間、何をしていたのかはセイルの知るところではないが……せめて、今くらいはゆっくり休んでほしいと思う。

 ここから先は、きっと、今まで以上に過酷な旅が待っている。

 ブランは『エメス』の動きがもはや止めることの出来ないところまできていると判断し、誰よりもセイルとシュンランの安全が確保できる手段を選び取ろうとした。だが、セイルはブランに従わず、シュンランと共に兄と対峙する道を選んだのだ、それが過酷でないはずがない。

 それでも……まだ、諦めたくはなかった。

 そのために、ブランとの対峙を乗り越えたのだ。これで終わりではない、ここからが本番。そして、ここから先に待ち構える困難を乗り越えるには、必ずブランの力も必要になる。セイルは、そう、確信していた。

『……手前も、随分と前向きになったじゃねえか』

 セイルの思考の流れを読み取ったのか、内側でディスが嘆息する。「え?」と問い返すセイルに対し、ディスは軽く肩を竦めて言った。

『ちょっと前までの手前なら、こんなの無理だ、出来るはずないって思考停止してただろ』

 ――ああ、そうかもしれない。

 セイルもディスの言葉に否定はしない。出来るはずもない。

 今までのセイルは、どうにかしたい、自分も役に立ちたい、そう思いながら、自分にはどうにかするだけの力も正しく考えるだけの頭もないと決め付けて、ただただ目の前を歩くブランやチェインの背中を追いかけていた。

 そして、実際に自分の前に困難が立ちふさがれば、どうしようもないと立ち止まってしまっていた。

「でも、初めから出来るわけないって決め付けるのは早いって、今回のことでわかったから。これからは、少しずつでも、変えていけるって思ってる」

 小声で答えて、シュンランの髪にそっと触れる。

 かつて流水のように肩から流れ落ちていた純白の髪は、ブランが切り落とした一房に合わせて短く切りそろえられていた。これはこれで可愛らしかったけれど、手がけたシエラは鋏を片手に「女の子の髪を傷つけるなんて最低ね」とか何とかぶつぶつ言っていた。

 そして、短くなった髪には飾りの紐も結べない。片方だけ残された花飾りも、今はシュンランの手の中に無かった。

「……ごめんね、シュンラン」

 自分があの瞬間、きちんとブランを止められていればシュンランを悲しませることもなかっただろうか。そんなことを思いながら白い髪に指を通したその時、シュンランが長い純白の睫を揺らして、目蓋を開いた。

「どうしましたか?」

「あ……起こしちゃったかな」

 微かに潤んだすみれ色の瞳に見上げられ、セイルの胸は自然と鼓動を早める。シュンランはむぅと声を立ててごしごしと目をこすり、それからちょっとだけ申し訳無さそうに微笑んだ。

「ごめんなさい。わたし、眠っていました」

「ううん、いいよ。シュンランも、他のところの手伝いして疲れてるだろ。もうちょっと寝ててもよかったのに」

「だいじょぶです。お仕事しないとですから!」

 シュンランは俄然張り切った様子で、窓から顔を出す。セイルもシュンランの横から窓の外に広がる森に目を凝らして……

「あれ?」

 何かがいる。妖精や、動物ではない……かなり距離は遠いけれど、セイルの目は確かにそれが数人の人影であることを掴んでいた。

「セイル、何か見つけましたか?」

「うん……こっちに、向かってくる……!」

 セイルは慌てて見張り台の下に待機していた『紅姫号』の船員たちに向かって声を張り上げる。

「東の方角から誰かが来てる!」

「本当か! おいお前ら、ぼさっとしてんじゃねえ、すぐに向かうぞ!」

 にわかに階下が慌しくなる。何しろ『紅姫号』は神殿の船を襲撃したばかりなのだ、ここで神殿の騎士や影追いに見つかってはたまらない。

「空色の、お前は見張りを続けてろ!」

「はい、わかりました!」

 セイルは大声で返し、他に怪しげな動きが無いか森を見渡す。先ほどの人影は真っ直ぐにこちらに向かってくる。そして、人影に向かって『紅姫号』の船員たちが駆け出したのが見て取れた。もし、敵であったら自分も戦わなければならないだろうか……セイルは己の右手に視線を落として、ぎゅっと手を握り締める。

 けれど、それは杞憂に終わった。

 半刻もしないうちに、飛び出していった船員たちが帰ってきたのだ。

 別行動をしていた船員と……待ちに待った赤毛の女を連れて。

 セイルはシュンランと一緒に思わず窓から落ちそうになるほどに身を乗り出して、叫ぶ。

「チェイン!」

 片手に大きな鞄を提げたチェインは、セイルとシュンランを鼈甲縁の眼鏡越しに見上げて、安堵の表情を浮かべる。

「よかった、元気そうじゃないか!」

「うん、ちょっと待ってて、すぐそっちに行くよ!」

 二人は連れ立って見張り台から駆け下り、チェインの前に立った。チェインは荷物を置き、セイルとシュンランの頭を優しく撫でた。普段ならば子ども扱いされているようでこそばゆく思うところだったが、今この瞬間だけは、その暖かさが純粋に嬉しかった。

「『白竜の翼』が『エメス』に襲撃されたって聞いてね。アンタたちも巻き込まれたんじゃないかって心配してたんだ。けど、本当に無事でよかったよ。それに……その様子だと、随分上手くやったみたいじゃないか」

 微笑むチェインを見上げて、セイルは力強く頷く。

「うん! あ、あとブランもいるんだけど……ちょっと体調が悪いみたいで、ずっと向こうの建物で休んでるよ」

「そうかい。あの馬鹿の顔見たら一発殴ってやろうと思ったんだけど、どうやら後の方がいいみたいだね」

 チェインは明らかに残念そうな顔を浮かべ……すぐに表情を引き締める。

「ま、冗談は置いておいて。アンタたちとブランには話したいことが色々とあるんだ。今、ブランは話せる状態かい?」

「多分、そのくらいなら大丈夫だと思う。案内するよ」

 セイルはチェインから荷物を受け取り、チェインの前に立って歩き出す。チェインはシュンランを伴って歩き出しながら問いかける。

「そういえば……その髪、どうしたんだい?」

 シュンランは、ほんの少しだけ言葉に詰まって、それでもつとめて明るい声で答えた。

「ブランに切られました。セイルとおそろいの髪飾りも、壊されてしまいました」

 わたしを脅かすつもりだったと、思います。

 そう付け加えて俯くシュンランの頭をそっと撫でて、チェインは重たい声で言った。

「あの男……最低だね」

 ああ、やっぱり、皆考えることは同じなんだな。

 チェインの言葉を聞いたセイルは、何となくそんなことを思わずにはいられなかった。

 

 ブランがいるのは、船員たちが寝泊りする建物の一室だった。そう広いわけではないが、質のいい寝台をはじめとした調度品が揃えられ、過ごしやすい空間が作られている。

 窓から差し込む明るい光に包まれた部屋に入ったセイルたちを、ブランは寝台の上に身を起こして迎えた。

「……あら、チェインも来たのか。わざわざご苦労さん」

「ご苦労さん、じゃないよ。アンタのせいで、この子達がどれだけ辛い思いをしたと思ってるんだい」

 チェインは怒り半分、呆れ半分の声を上げる。相変わらず緊張感の無い笑みを浮かべたブランは、「まあまあ、とりあえず座れよ」と部屋の中に用意されていた椅子とソファを指す。

 チェインは納得のいかない表情ながらも、どうにせよ長い話になると踏んだのだろう。深く椅子に腰掛けて、ブラン、そしてソファに並んで座ったセイルとシュンランに眼鏡越しの視線を向けた。

「とりあえず、話は色々とあるんだけどね。まずはどうしてこんなことになったのか、きちんとアンタの口から話を聞かせてもらいたいね、ブラン」

 猫を思わせるチェインの青い瞳が、すうっと細められる。それに対し、ブランは少しだけ困ったような表情を浮かべた。

「色々と言われてもな。俺様から語れることはそんなにねえよ? シュンランを神殿に保護してもらおうとしたけど、セイルに殴られて、結局俺まで一緒に連れ戻された」

 それだけ、とブランはあっさり言い切った。確かに、出来事だけを言えばそういうことになる。なる、けれど。

「『それだけ』? アンタ、自分が何しようとしたのかわかってるのかい! アンタの行動で、セイルやシュンランがどれだけ悲しんだと思ってるんだい!」

 チェインはブランの胸元を掴み、食って掛かる。当然と言えば当然の反応だとセイルは思うけれど、対するブランはぎょっとした表情でチェインを見上げ……やがて力なく苦笑した。

「ああ……そう。そう、だな。今回は俺が根本的に間違ってたんだろうってことだけは、何となく、理解した。悲しい、そうだ、悲しかったんだよな、きっと」

 その言葉は、いつものブランらしからぬ曖昧さに満ちていた。チェインも、ブランの様子が奇妙であることは感じたのだろう、襟元を掴んでいた手を離し、奇妙なものを見るような目で寝台の上のブランを見下ろした。

 この酷く不安定な感覚は、セイルが飛空艇でブランと対峙した時に味わったものと、全く同じだった。

 そして……そんなブランの態度の理由は、既にセイルの中で答えが出ていた。

 チェインがぎり、と歯を鳴らすだけで何も言わないのを見て、セイルはおずおずと口を挟む。

「あの、さ、ブラン。もし間違ってたらごめん、だけど」

「……?」

 ブランは微かに眉を寄せてチェインからセイルに視線を移す。これを言葉にしてよいものか、考えなくもなかった。けれど、ここで明らかにしておかねばならないことでも、ある。

 セイルは下がりかけていた顔をあげ、意を決して、言った。

「ブランは、『悲しい』っていう気持ちがわからないんじゃないかな?」

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