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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
74/131

15:対峙(3)

 刹那、二人は同時に動いた。お互いの武器を構え、床を蹴って跳ぶ。

 そして、ブランは都度絶妙な間合いでセイルの足を止める。

 的確に、翼の盾がすぐには反応できない位置にナイフを飛ばし、そのリーチの長さを生かして、セイルの武器の間合いのぎりぎり外側から鎌を振るう。すると、投げナイフで逃げ場を奪われているために、セイルの取れる選択肢は自ずと限られてきてしまう。

 その選択肢を完全に刈り取ろうと、ブランは完全予測の刃を振るう。

 ディスの助けを借りながら、何とかその一撃を避け、再び距離を取り、踏み込む……セイルとブランの武器が空間に軌跡を描いては離れる、それを繰り返すこと、数度。

 ぎゅっと靴音を立てて床に降り立ったセイルは、左の手で額に浮かんだ汗を拭う。

 本当に――ブランは、強い。

 セイルは、肩で息をしながらも、段々と状況を判断できるようになっている自分を感じていた。

 ただ、突っ込むだけでは何も変わらない。ブランには未来を見る瞳『アーレス』もついている。闇雲に戦っていては、ブランに指一本触れることも出来ないのだ。

 事実、必殺と思われる槍の穂先は常にブランが半歩横に避けただけで避けられ続けている。

 だが、セイルとてただ押されているばかりではない。ディスの指示と自分の判断で、ブランのナイフを翼で叩き落し、鎌の一撃をあえて踏み込むことで槍の穂先で受けて、押し返す。掠り傷は増えるばかりだが、決定的な一撃は未だ喰らわないままに渡り合っていられている。

 そして――対峙するブランもまた、セイルと同様僅かに息を切らしていた。

 今まで何度か手合わせをしてきた中では顔色一つ変えなかったブランだったが、今やその顔色は蒼白で、見ているこちらが不安になるほどである。

 それで、手を誤ってくれればいいのだけれど。そんな弱気も脳裏を掠めるが、どんな状態になってもブランは決して己の手を誤ることはないだろう。セイルと『ディスコード』の性質を知っているだけに、ルクスのように隙をあえて作り出すことも出来ない。

 それとも。

 セイルは距離を取った状態で、己の目の横に手を当てる。

 突然、周囲の全てが速度を落とす感覚……正確にはセイル自身の「加速」。あの能力を今この場で呼び起こすことが出来れば、あるいはブランに届くのかもしれない。

 何度かブランと手合わせした結果、ほんの一瞬だけならば己の意志でも加速が再現できるようになってはいた。ただし、一度発動させてしまうと、その後酷い疲労感が襲い掛かってきて、ゆっくり休むまで使い物にならなくなるということもわかっている。

 チャンスは一度きり。そのチャンスを、どう、呼び寄せるか。

「……針を回す気か?」

 ブランもセイルの思考の流れに気づいたのか、淡々と言う。「針を回す」――時計の針のことを指すのであろうその呼び名は、ディスが名づけたものだ。

「よせ、俺の目はその上を行く」

 ――そう、なのだ。

 セイルは微かに唇を噛む。

 事実、一回目にセイルがブランに対して偶然針を回してみせた時も、ブランは反射的に『アーレス』を発動させてセイルの手を掻い潜った。セイルがいくら加速したところで、加速するという事実自体が読まれてしまえばブランに決定打を与えることは難しくなる。

 ブランは目を細めて、『アワリティア』の石突でとん、と床を叩く。

「だが、持久戦に持ち込まれても厄介だからな。そろそろ、けりをつけようか」

 その瞬間、『アワリティア』の刃の付け根にはめ込まれた緑色の石が淡い光を放つ。

 何かが来る――セイルが身構えた瞬間、ブランは後ろに跳び、聖鎌を間合いの遥か外から振るった。

 刹那。

 二枚の刃の間から現れた光り輝く鎌の刃が大きく膨れ上がり、セイルの真上から襲い掛かった。

 セイルは反射的に翼の盾でその刃を受け止めようとするが、

『セイル、逃げろ!』

 魔法的な攻撃に弱い『ディスコード』の盾はあっけなく切り裂かれ、切り落とされた部分はすぐに銀の粒子となって空気に溶けた。セイルもディスの指摘で受け止められるものでないと気づいてはいたが、反応が遅れ……右の肩口に、深々と刃が食い込む。

「……っつああああっ!」

 頭の中が焼け付くような痛み。だが、反射的にセイルは身をそらして、それ以上刃が食い込むのを避けた。勢いあまって床に倒れこむセイルの視線の先では、ブランが光を失った鎌を舌打ち交じりに見下ろしている。

「ちっ、一発限りか。もうちょい吸わせておくべきだったな」

 ――だが、大勢は決したか。

 言い放ったブランはゆっくり、ゆっくりと倒れこむセイルに向かって歩み寄る。セイルは痛みを堪えて立ち上がるが、右手の翼部分を再び構成するので精一杯だ。それでも、戦う意志だけは失わないままにブランを睨めつける。

「理解できねえな。そうまでして、あの嬢ちゃんを連れてかせたくねえのか」

「当然だろ! ブランだって、今まで、ずっと一緒にいたのに! こんな終わり方は悲しすぎるじゃないか、どうしてわかってくれないんだよ!」

 痛みもあったが、それ以上に何処までも淡々としたブランの言葉に怒りと、それ以上の悲しみが湧き上がって。再び喉の奥がつんとするのを感じながら必死に声を上げるセイルに対し、ブランは硝子のような目でセイルを見つめたまま、ぽつり、と言葉を落とす。

「悲しすぎる……悲しい、悲しい……って、何だ?」

「え?」

「悲しいってだけで、お前が、俺の行く手を阻む理由になるのか……知らないんだ、わかるはずないだろ」

 呟かれるブランの言葉は酷く要領を得ない。あまりにあやふやで、何処か薄ら寒い感情を呼び起こすようなもの。それでいて、淡々としていながら何かを訴えかけるような響きが混ざっているようにも……セイルには、感じられた。

 ――そういう風に、壊れちまったから。

 ディスの言葉が脳裏に蘇る。

 壊れている。人を「壊れている」なんて表現するのは間違っている、そう思いはするけれど、ブランの反応は明らかにおかしい。

 知らないんだ。そう、ブランは言った。

 何を知らないというのだろう? そうだ、それは……

『気づいたか』

 ディスが、脳裏で囁いた。痛む肩を左手で押さえながら、セイルは歯を食いしばって、目の前のブランを睨み付けたまま言葉を紡ぐ。

「ディス、もしかして、ブランは――」

「セイル!」

 だが、その声は、凍りついた空間に鮮やかに咲く声にかき消される。

 思わぬ鈴の音色にセイルは一瞬意識をブランから離し、そちらに視線を向ける。

 見れば、ブランが先ほど指してみせた扉の向こうから、白い少女が、見覚えのある女騎士の手を掻い潜って飛び出してくるところだった。

 きっと、ここまで来る間一睡もしていないのだろう、少しやつれたような顔のシュンランは、それでも決して輝きを損なうこと無いすみれ色の瞳を見開いていた。そこに見えるのは安堵と喜び。

「シュンラン! 無事だったんだね!」

 セイルも喜びの声を上げるが、次の瞬間、ブランの冷え切った声が部屋に響いた。

「動くな、嬢ちゃん」

 セイルは反射的にびくりと体を震わせるが、シュンランは臆することなくセイルに駆け寄ってくる。その足取りには、微塵の恐怖も迷いもない。

 だから。だから、セイルも安心していた。何も、もう恐れることなどない。この瞬間、シュンランさえ取り戻せればいいと、思ってしまった。

 だが、その刹那。

 セイルの前を、銀の光が行き過ぎて。

 次の瞬間、髪を留めていた片方の花飾りが散り、シュンランの髪が一房、切り落とされていた。

 雪のような銀糸の髪に混ざり、空色の花弁が床に落ちる、その音も。発動機の駆動音に満ちた部屋の中で、はっきりと、セイルの耳に届いた。

「動くな、と言ったはずだ」

 セイルの視界の外で、ブランの放つ声が淡々と響く。シュンランの背後の壁に突き刺さる、銀色のナイフが見えなかったわけではない。ない、けれど。

 セイルの瞳は、ただ、シュンラン一人に向けられていた。

 決して脅しに屈することの無かったシュンランの足は、完全に止まっていた。すみれ色の瞳を見開き、落ちた髪と花飾りだったものを凝視して、膝を、折る。

 床に手をついて顔を伏せる彼女の姿を、セイルはただただ見つめていることしか出来ない。

 本当は、駆け寄りたかった。けれど、視界の端に映るブランの視線が、それを許してはくれなくて。シュンランを捕らえようとしていた女騎士ですら、呆けた様子でその場に立っていることしか出来ないようだった。

 しばし、恐ろしいほどの静寂が、部屋に流れ。

 その静寂に、小さな、嗚咽が混じる。

 聞いているだけで胸が締め付けられて、息が苦しくなるような、押し殺した声。

 小さな肩を震わせて、シュンランは……泣いていた。

 突然刃を向けられたことに怯えたのか、ショックを受けたのか。そうセイルが考えたのもつかの間、シュンランは片手で涙を拭いながら、一つ、一つ、落ちた花飾りの破片を拾い集め始めた。

 砕けた破片は、元の形には戻らない。

 それでも、その全ての欠片を取り戻そうとするように、泣きながら拾い集める。

「……何してんだ?」

 不可解そうに、ブランが問う。

 シュンランは、両手に空色の欠片を載せて、顔を上げる。涙を溜めた真っ赤な目、左右で形の変わってしまった歪な髪。それでも……彼女は何処までも毅然として。ブランを、真っ直ぐに見据える。

「大切な、ものでした」

 涙を溢れさせながら。

「初めての、宝物でした。セイルとおそろいの、幸せの、色でした……っ!」

 ――ああ。

 セイルはぎゅっと胸を押さえずにはいられなかった。

 大切に、思っていてくれたのだ。空色に咲く花。セイルとおそろいだと言って笑ってくれた、あの花飾り。セイルにとっては初めてのプレゼントだったけれど。

 シュンランにとっても、きっと、特別なものだったのだ。

 それを、それを――

「どうして泣くんだ? 同じものなんて、いくらでもあるじゃねえか」

 ブランは、何処までも冷酷に、切り捨てる。

 

 その瞬間に、セイルの中で何かが切れた。

 

「ブラン……アンタって奴はああああっ!」

 頭の中が真っ赤に焼け付き、肩の痛みは吹き飛んだ。

 意識の集中を失い、先ほど受けたダメージもあって制御を失いばらばらと崩れ始める右の刃だったが、構わずセイルは床を蹴る。

 目標はもちろん、シュンランを泣かせた男、ただ一人。

 駄目だ、と頭の中のディスは言いかけたようだが、その言葉を飲み込んだ気配がした。

 そうだ、止める必要など何処にもない……その決断は、焼け付く怒りに支配されたセイルに対し、限りなく冷静な思考の上で下された。

 ――止めないのか、『ディスコード』……!

 ディスとの共鳴が進んでいるからだろうか、『ディスコード』を通してブランの思考までがセイルの心の中に流れ込んでくる。それに対し、ディスは『ははっ』と心底愉快そうに笑って言い放った。

『そいつが「怒り」ってやつだ、身をもって思い知りやがれ、馬鹿野郎!』

 ディスは、何処までも、何処までも、セイルの鏡だった。セイルの思いを全て映しこみ、それでいて己のままにたゆたう海だった。

 その上で、ディスはセイルを肯定した。

 セイルの怒りを、あるがままに表すことを、肯定した。

 ブランはちっと舌打ちして、銀の翼を撒き散らしながら迫り来るセイルの足元に投げナイフを放つ。足を縫いとめ、今度こそセイルの動きを完全に封じようというのだろう。

 ナイフが放たれる瞬間、ディス、とセイルは相棒の名を呼ぶ。

 その呼びかけだけでセイルが意図することを読み取ったディスは、心の更に奥深くに潜りこむ。

 そして、そんなディスの動きを最後まで確認することもないままに、セイルは真っ直ぐ前に突き進む。

 足に向かって放たれたナイフを、避けようともせずに。

 ブランは初めて、目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。

「……なっ」

 それは確かに、ブランの予測を超えた動きだったといえよう。

 これほどまでに愚かな判断、ブランが見出した未来の中で、真っ先に「起こりうる可能性か」ら切り落とされたものだったはずだ。

 次の瞬間、セイルが踏み出した足に、ナイフが突き立つ。

 ……そのはずだった。

 だが、ナイフはセイルの靴を貫いたのみで、振り上げた足に弾かれる。金属と金属が触れ合う硬質の音を立てて。

 その瞬間、ついにブランもセイルとディスの狙いを理解した。

 ――『ディスコード』で防いだか!

 ブランがナイフを放つ瞬間、セイルは「避けるべきでない」と判断した。その判断を受けたディスはセイルの体内に散らばった『ディスコード』の因子でセイルの足の表皮を硬質化させることでナイフの一撃を防いだのだ。

 その代わり、あまりに咄嗟でありながら精密さを要求される制御であったが故に、セイルの右手の翼と槍は完全に失われていた。

 そんな、むき出しになった手を、ぎゅっと握り締めて。

 セイルは、銀の瞳を見開いて、息を止めて、

 

 ――針を、回す。

 

 途端、世界は色と音を失い、停滞する。

 経験上、加速していられる時間は、セイルの実感にしてたった四拍。

 それでも、今のセイルには十分だった。

 焦り、左手で鎌を振るおうとするブランの腕の中に潜り込み、右手を振り上げる。

 ゆっくりと時間の流れる、音の無い世界の中で。

「うああああああああっ!」

 言葉にならない叫び声と共に、右の拳を突き出した。

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