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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
67/131

14:突入、天空戦艦(1)

 発動機に火が入り、魔力が動力に変換される。

 ごうん、という音と共に、船体が大きく震えた。

 それは呼吸や、心臓の鼓動に似ていた。船が一つの命として動き出す気配を感じて、セイルの胸も鼓動を早める。

 セイルは今、『紅姫号』の中にいた。

 『エメス』の襲撃を受けて墜落したはずだった船は、見事なまでに修復されていた。よく見れば継ぎ接ぎのようなものが見え隠れしているが、飛行には支障無いとシエラが請け負った。

 そして、空でも陸でも目立つ『紅姫』の名にふさわしい真紅の船体は、港においては何処にでもあるようなくすんだ茶色をしていた。

 陸に下りる際は光の屈折を操り、色を変える魔法を表面にかけて人の目を誤魔化すのだ、という説明を受けはしたが魔力を持たないセイルにはそれが魔法なのか塗装なのか判別することは出来ない。故に、そういうものなのだと己に言い聞かせるだけに留まった。

 もうすぐ出航だ。辺りを駆け回る船員たちの声が、段々と大きくなる。彼らに指示を飛ばす、シエラの声も。船を飛ばすことに関しては素人であるセイルは、シエラに言われたとおり椅子に座ってじっと彼らの様子を見つめていた。

 この船が飛び立てば、もう後戻りは出来ない。

 神殿へ向かう天空戦艦に突入し、シュンランを奪取する。それは神殿との明らかな敵対を意味するが……それでも、それでも諦めるわけにはいかない。最低でも、何も言わずにシュンランを攫ったブランにきちんと話を聞かなければ、納得することは出来ない。

 ともすれば弱気になりそうな心を叱咤して、セイルは窓の外を見る。窓の外に広がるのは、空一面を覆う暗い色を湛えた雲。まるで、見通すことの出来ないセイルの未来のよう。果たして未来を見るというブランの眼には、雲ひとつない青空のような未来が見えているのだろうか。それとも――

『セイル。緊張してんのか?』

 頭の内側から響く声に、セイルははっとして肩の力を抜く。気づけば、相当体に力が入っていたらしい。それを自覚して、こくりと頷く。

「……緊張するよ。神殿の船に攻め込んで、シュンランを取り返すなんて。いつもなら、出来ないって言い切ってる」

『でも、お前はやるって決めたんだろ』

「うん。やらないうちに出来ないって決め付けることは……今回だけは、しちゃいけないと思ったから」

 言って、セイルは手で己の膝を強く握り締める。ディスは『そうか』と、セイルの決意を笑うこともなく、何度も問い返すでもなく、ただありのままに受け入れてくれている。ディスの自分に対する信頼が静かな感情と共に伝わってくるのがわかる。

 ディスは、ディスなりに、覚悟を決めたのだろう。

 普段の何処か浮わついたような意識の波立ちは無く、何処までもディスは静かだった。

 そのディスが、ぽつりと言った。

『しかし……どうしても、懸念が無いとは言えねえな』

「どういう、こと?」

『ブランのことだ。奴は、当然ただでシュンランを俺らに返す気はねえだろう。己が神殿側であるってことを明らかにしたんだ、俺らが向かっていけば絶対に打って出るだろう』

 セイルはぐっと息を飲む。ディスはセイルの動揺を理解はしているのだろうが、淡々と続ける。

『神殿の連中なら俺が捌いてやれる。だが、ブランだけはまともにやりあったところで勝ち目は無え』

「ディスでも……勝てないの?」

『俺じゃ無理だ。相性が悪すぎる、一手目で潰されかねねえ』

 戦い慣れていないセイルはディスの言葉がまともに理解できなかったため、何故ディスとブランの相性が悪いのかと問い返した。ディスは少しだけ考えて、言った。

『ブランが俺の使い手なのは知ってるだろ。俺の使い手には、ブランみたいな能力を持った連中が多いってことも』

 セイルはこくりと頷いた。未来を見る瞳――『アーレス』。不可思議な呼び名で知られるその能力は、何もブランに固有のものではなく、『ディスコード』を操る才能『ユニゾン』を持って生まれた者に発現する能力だ。

 しかし、それがどうしてディスとブランの相性に繋がるのだろう、と思っていると、ディスが言葉を続けた。

『俺の戦い方は、かつての使い手が蓄積した戦闘経験を模倣してるに過ぎねえ。そいつは「アーレス」を併用した戦い方が前提になった、ちょっと特別な経験なんだよ』

「……そっ、か。そうだったんだ」

 セイルも、やっと合点がいった。セイルは『ユニゾン』こそ持つが『アーレス』を持たずに生まれた。そのセイルの体を使うディスは、彼本来の戦い方をすることは出来ないのだ。

 ディスの相手を翻弄するような戦い方はそれだけで十分強力ではあるが、『アーレス』があって初めて完成する戦い方である、ということを今更ながらに理解する。同時に、それはブランのやり方とも共通している、ということを。

「ブランには『アーレス』がある。でも、ディスには無い……」

『あったところで、ブラン相手だと勝率は五分以下だがな。奴は完全に「アーレス」を使いこなしてる。そんな奴とやり合うなんて狂気の沙汰だ』

「なら、ブランとやり合うことを避けてシュンランを助ける、ってこと?」

 セイルの問いに、しかしディスは意識の中で首を横に振った。

『それを許してくれるほど、奴は甘かねえ。やり合うのは確定だ。けど、無理だって言ってんのはあくまで「俺がブランと戦う」っていう前提の上で、だ』

 ディスは微かに笑うような気配をかもし出した。本当に笑っているのかどうかは、セイルには判断できなかったけれど。

『だから、ブランとやり合う時には、お前に俺の権限を全て譲り渡す』

「ディスを……俺が、操るってこと?」

『物分りがよくて助かる』

 まさか、と思った。

 まだ戦い方もろくに知らない自分が、ブランと対峙するというのか。本気を出していないブランにさえ、まともに一撃を加えられない自分が。

 ――それこそ、絶望的なのではないか。

 思うセイルに対して、ディスは『勝機はある』と言い切った。今回の条件はさほど悪くないのだ、と言って。

『まず、ブランが最も得意とする得物は、絶対に使ってこない』

「……銃? 遠くから撃たれないのはありがたいけど……どうして使わないの?」

『馬鹿。ちょっと考えればわかるだろ。今回、奴は神殿の虚絶ちとしてあの船に乗ってる。その奴が異端の武器である銃を神殿の船の中でぶっ放すと思うか?』

 確かに、その通りだ。相変わらずディスは冷静に物事を考えている。ただ、セイルはほんの少しだけ声を潜めて、ぽつりと呟いた。

「ブランなら、やりかねない気がした」

『……や、わかるけどよ』

 目的のためなら手段を選ばないというか、何というか。ブランの人物像に関して、その点ではセイルとディスの意見は一致していたと言えよう。それでも、ブランは銃ではなくあの巨大な鎌……『アワリティア』とブランが呼んでいたそれ……を使ってくるだろう、というのがディスの見解だった。

 不謹慎ではあるが、美しい武器だとセイルも思っていた。その美麗さの中に禍々しさも秘めた、処刑鎌。二つの刃を持つ凶悪な形状ではあるが、武器として扱うには難しそうだ、とセイルも思う。

『あの武器は「女神の剣」だ。虚絶ちの七人に与えられる、女神ユーリス自らの手によって創り出された七本の魔剣のうちの一つ。女神が創ったもんだから、一つ一つに特別な魔法が秘められてる』

「特別な、魔法?」

『俺が知ってるのは、「周囲の魔力の働きを無効化する」とか、「持ち手が傷つけられたら同じ傷を相手にも与える」とか。あの鎌がどんな魔法を秘めてるのかは知らんが、相当強力なんだろうってことは想像出来る』

「そんなすごい武器相手に、俺が太刀打ちできるの?」

 出来るさ、とディスはあっさり答えた。あまりに簡潔な答えに、セイルは呆気に取られたが、ディスは軽い口調で続ける。

『「女神の剣」の力は、形こそ異なるが魔力に干渉するものばかりだ。そもそも魔力を持たないお前に対してはほとんど効果を発揮しねえ。故に、今回は純粋に武器同士の勝負になるはずだ。そこに、勝機がある』

「でも、俺、『ディスコード』もまともに使ったこと無いだろ。ディスみたいに上手く扱えるわけじゃない……それで、ブランに勝てる?」

 セイルはにわかに不安になってきた。先ほどまでは根拠もなく何とかなるような気がしていたが、いざきちんと考えてみると足が竦んでくる。しかし、普段誰よりも悲観的なはずのディスは決然とした口調で言う。

『お前はブランと何度か手合わせしただろ。それでわかった。奴には致命的な弱点がある、そこを突けるのはセイル、お前だけだ』

「ブランの……弱点? そんなの、わからないよ」

 常にブランに打ち負かされ続けてきたセイルには、それが何なのかはすぐには理解できなかった。ディスも、すぐにセイルが答えを出せるとは思っていなかったのだろう、『まだ時間はある、ゆっくり考えるこったな』と言う。

『何も、俺やブランみてえな戦い方が全てじゃねえ……お前には、お前なりの戦い方があって、それに合った剣があるはずだ。お前自身が何をしたいのか、どんな形でブランと相対するのか。それを、よく想像することだ』

 想像――セイルの目蓋の裏に映るのは、銀の鎌を構えた雨の中のブランの姿。酷薄に笑う瞳は、何処までも、何処までも、冷たく、鋭く、真っ直ぐで。

 そんな彼に届く剣は、どのような形をしているのだろうか。

 それは、きっと……

 そんなセイルの考えを遮るように、船体が一際大きく揺れた。にわかに、辺りの人々が上げる声が大きくなる。そんな騒ぎの中を悠々と歩むのは、船長のシエラだ。シエラはセイルが初めて見た時と同じ、真紅の飛行服を身に纏ってセイルに歩み寄る。

「離陸するよ、ベルトを締めて大人しく座ってるか、その辺にしっかり捕まってなさい」

 ついに、後戻りの許されない追跡劇が始まる。不安は消えない、消えなかったけれど……それらを全て飲み込んで、セイルは強く頷いた。シエラは「よろしい」と満足げに笑い、船全体に響く声を張り上げる。

「『紅姫号』、発進!」

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