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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
63/131

13:この背を押すのは(2)

『わ、悪い。だがこいつは俺の勝手な思いだ。お前に押し付けるのも違うじゃねえか』

 ああ、本当に、ディスはいつもそうだ。

 自分にもそういうところはあるけれど、ディスは自分以上に己の「思い」を言葉にするのが苦手なのだ。こうやって、必要に迫られなければ己の本当の思いを語ろうともしてくれない。

 けれど、言葉にしないとわからないことだって多い、むしろ言葉にしなければ何も伝わらない。セイルは涙を零しながらも、腹に力を込めて言い放つ。

「でも、でもさ! ディスだって、苦しいんだろ? 不安なんだろ? 『エメス』の奴らにやられて、自分だけじゃシュンランを守れないってわかったから、俺が戦うって言い出しても反対できなかった!」

 ひゅっ、とディスが意識の息を飲んだ。

『……お前、そこまでわかってたのか』

「そのくらいわかるよ! 確かに俺、ディスのこと本当には信じてなかったかもしれない。けど、ずっと一緒にいたんだよ。ディスが辛いって思ってることくらい、伝わってたよ……」

 ただ、ディスが辛そうにしていることには何となく気づいていたけれど、自分が、その意味を深く考えようとはしなかった。シュンランのために、ディスのためにも自分が強くならなくてはと、それだけを考えて周りが見えなくなっていた。

 そんな心で、何が守れるというのだろう。

 うな垂れるセイルの頭の中で、ディスが小さく息を付いた。地面に跳ねる雨粒を見つめることしか出来ないセイルに対して、ディスは『ごめん』と言った。

『本当に、悪かった。俺も、現実をまともに見てなかった。手前のシュンランを守ろうっていう思いを信じて、少しでも手助けをすべきだったんだな。そうすれば少しはブランを止められたかもしれなかったのに』

「え……?」

『ブランは、俺らを見限ったんだ。今の俺らじゃ「エメス」には、ノーグには遠く及ばない。そう判断して神殿側についたってこと』

 そういうこと、だったのか。

 セイルは全身の力が抜ける思いだった。頼みの綱であったブランにまで自分が進む道を真っ向から否定されたのだということを、改めて思い知らされた。

 打ちひしがれるセイルに対し、ディスは軽い口調で言い放つ。

『で、お前はこれからどうしたい?』

「どうしたい、って?」

『シュンランは奪われて、裏切り者ブランと一緒にお空の上だ。取り返すのは現実問題ちょっと難しい。一応「エメス」への切り札である俺はまだここにいるが、ブランが取りに来るのは時間の問題だろうな』

「そのくらい、わかってる。わかってるよ」

 セイルは言って、膝を抱える。

「俺なんかじゃ、ブランには届かない。ブラン一人にシュンランを奪われるようじゃ、兄貴に会うなんて夢のまた夢。帰った方がいいことくらい、わかってる」

『馬鹿、んなわかりきったこたあ聞いてねえよ』

 ディスは呆れた声を上げる。セイルは「へ?」と顔を上げた。そこに、ディスが立っているわけがなかったけれど、何となく、目には見えない誰かが小憎らしい笑みを口元にこちらを見下ろしているような気がした。

『俺が聞いてるのは出来る出来ないじゃねえ、お前が「どうしたい」かってことだ』

「そりゃあ」

 決まりきっているじゃないか。

 でも、そうか。これはディスなりの意趣返しだ。自分は散々ディスに思ったことを言えと叫んで、ディスはそれに応えてくれた。だから今度は自分の本当の気持ちをディスに伝える番だ。

 すっかり冷たくなってしまった手で、雨と涙を拭って。なおも雨を落としてくる空を見上げて、声を上げる。

「ブランを一発殴って、シュンランを助けたい。まだ見限るのは早いって、思い知らせてやりたい!」

 言葉にした瞬間に、胸に詰まっていた熱くもやもやした嫌な感情がすっと抜けていった。これが自分の本当の気持ちだったのだ、そう、自分自身でも素直に納得することが出来た。

 いい答えだ、そうディスは言って笑う。その笑い声で、セイルははっと我に返る。

「でも、そんなの無理だよな。今からブランに追いついて、神殿からシュンランを取り戻すなんて……」

『無理かどうかは、試してみないとわからねえだろ』

 ディスはさらりと言い放った。セイルはまさかあのディスがそんなことを言い出すとは思わず、目を丸くした。ディスはきっと、セイルの言葉を笑い飛ばすと思っていたから。

 だが、ディスは何処までも本気のようで、低く静かな声を響かせる。

『俺もまだ有効な手段は思いついてない。だが、このまま奴にやられっぱなしってのも癪だ。それに』

 ディスは言って、何処となく複雑な感情を示した。怒りと、苛立ちと、それを上回るほどの……これは悲しみか。ディスがブランを語る時によく見せる独特の感情を込めて、言葉を紡ぐ。

『奴の、計算に囚われた未来を、ぶっ潰してやりたい』

「計算に囚われた、未来?」

 セイルはディスの言葉の意味がわからずに、首を傾げる。ディスは知らないのも当然だ、と説明を加えた。

『奴の持つ未来視「アーレス」。こいつは本当の意味で未来を見るわけじゃねえ、「最も起こり得る確率の高い可能性」を算出する能力だ。それに頼り切ってる奴は、偶然を信じない。可能性を上回る奇跡って奴を、信じてねえんだ』

「……それって、何か、寂しいね」

 セイルはぽつりと呟いた。その「計算」の末にブランはシュンランを神殿に引き渡す道を選んだのだろうか。セイルたちの思いを完全に無視して、笑顔でシュンランを騎士たちに引き渡したブランの姿が蘇る。

 そこに――ブラン自身の思いは、あったのだろうか。

 そんなことを考えていると、ディスが大げさに溜息をついた。

『お前は優しすぎるだろ、セイル』

「そ、そうかな」

『さっきまで殴り殺しそうなほどに怒ってたってのにな。現金な奴っつか』

 う、と先ほどまでの自分を思い出して黙りこんでしまうセイルに対して、ディスは『それが手前らしいとこだけどな』と微かに笑ってみせる。

 ディスは、そうやってセイルを笑うけれど。そのディスも、ブランに対しては何処か特別な感情を抱いているに違いない、とセイルは言葉にしないまでも思う。ブランについて語る時、ブランの手に渡る時、いつもディスは妙な感情の高ぶりを見せてセイルを困惑させる。

 ただ嫌いなだけなら、関わらなければいい。無視でも何でもすればいい。

 けれどディスは出会ったときからずっと、ブランを意識し続けている。嫌いだ何だと散々喚きながらも、今この瞬間もブランのことを考えていた。

 それは、ブランがディスの使い手だからだろうか。

 何となく気にはなったが、今はそれよりもまず、やらなければならないことがある。セイルはゆっくりと立ち上がる。服は水を吸ってすっかり重たくなってしまっていた。雫を滴らせる空色の髪の先端を摘み、言う。

「ディス」

『何だ』

「シュンランを助けるために、力、貸してくれるかな」

 すぐに自分を見失う、こんな俺だけれど。

 呟くセイルに、ディスは『はっ』という笑い声と共に応えた。

『手前が自分を見失うのなんていつものことじゃねえか。言われなくとも、俺はお前の剣だ、何処までも付き合ってやるよ』

「……ううん、そうじゃなくて」

『あ?』

 上手く言えるかわからなかったけれど、言葉を選びながら、唇を動かす。

「俺にとっては、ディスは誰のものでもなくて、俺のものでもない。だから、その……仲間として、相棒として。俺に、力を貸して欲しいんだ」

 ディスは己を『剣』という。それは確かな事実で、覆しようもない。ただ、ディスが自分のことをセイルの所有物のように言うのは何となく違う気がしていた。ディス自身が望んでいることとはいえ、セイルの意識としてはディスはセイルのものではない。

 ディスは、ディス自身のものだ。

 所有物などではない、人と共鳴する優しい心を持った、かけがえの無い相棒なのだ。

 言われたディスは絶句した。人の体があるならば、口をぱくぱくさせていたに違いない。ディスにとって、そうやって言われるのは嫌なことだっただろうか。実際、元々は『ディス』という「人につけるような」略称で呼ばれることも嫌っていたディスだ。一体何が彼の逆鱗に触れるかわかったものではない。

 けれど、ディスは軽く舌打ちするだけで、怒ったりはしなかった。その代わりセイルには上手く受け止められない感情が流れてきた。恥ずかしいのだろうか、それとも……何かに、迷っているのだろうか。そんな、いくつかの色を混ぜ合わせた感情。

 一体、何を思っているのだろうか。少し緊張するセイルに対し、ディスは『そうだな』と存外明るい声で言った。

『剣だから、ってのは違うな。俺は俺として、手前に力を貸す。だから』

 ――どうか、俺にも力を貸してくれ。

 その言葉は、ディスがセイルを本当の意味で『使い手』として認めた、証でもあった。

 胸の奥から湧き上がってくる思いに、鼻の奥がつんとする。でもこの泣きたくなるような感情は、悲しいからでも悔しいからでもない、初めてディスと対等の位置に立てた、認めてもらえたという喜びからだ。

 もちろん、まだこれは始まりに過ぎない。

 本当に認めてもらうためには、お互いに示さなければならない。自分の思いと、それを叶えるための行動を。

 セイルは水溜りを踏んで、一歩を踏み出す。

 まずはフレイザー邸に帰ろう。チェインが戻ってきているかもしれないし、きっとロジャーもいる。そこできちんとシュンランを助けるための方法を考えよう。その前に、チェインに謝って、自分を止めてくれたことへの礼も言わなければならない。

 しなければならないこと、考えなければならないことは多い。困難なのは目に見えている。しかし、その足取りはここまで逃げてきた時よりもずっと、軽い。

 セイルにとって、未来はこの空のように見通すことが出来ないものだけれど、見通せないからこそ、踏み出せる一歩もあるはずだ。

 そう信じて、今はただ、前へ進もう。

 改めて結び直した絆を、胸に抱いて。

 セイルは濡れた石畳を踏んで、大通りに出た。色とりどりの傘が通りを埋めていて、灰色の世界に花が咲いたようだ。その中で、傘も差さない空色のセイルは人の目を引いていたが、構わず力強い足取りでフレイザー邸への道を進む。

 その時、水の音とはまた違う音が、セイルの耳を突いた。

「あれ、セイル? セイルだよね?」

 その声にはっとして顔を上げると、そこには真っ赤な傘を差した女の姿があった。目立つ真紅の飛行服こそ着ていなかったけれど、気の重くなるような雨を撥ね退けるような明るい表情ですぐにわかる。

「シエラさん! 無事だったんだ!」

 そう、それは『エメス』の襲撃で墜落したはずの空賊船『紅姫号』の船長、シエラだった。

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