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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
58/131

12:ウラギリモノ(2)

 『エメス』の異端研究者たちは、ぱっと見る限りは何処で見かけてもおかしくないような格好をしていた。それはそうだろう、異端研究者というのは見た目でわかるようなものではない……ラグナのように、己が異端であるとその身をもって主張するような者はともかくとして。

 ただ、セイルの視線は自然と彼らの中心に立つ整った身なりの男に向けられていた。

 セイルよりも背は低いものの、がっしりとした体つきの男だ。年は四十後半から五十くらい、だろうか。目深に山高帽を被っていて表情が見づらい上、そもそも人間よりも寿命の長いドワーフだ。セイルの見立てが正しいかどうかはわからなかったが。

 ドワーフの男は杖をつき、セイルたちに向かって一歩を歩みだす。そして周りの男たちもセイルたちに向かって動き出すが、それを牽制するかのように、ブランが腰に手を当ててしゃがれた声を張り上げる。

「ご足労感謝するぜ、エリオット・レイド博士! どうやら、約束はきちんと守ってくれたみてえだな」

 エリオット・レイド――和解派の頂点、『エメス』では実質二番目の実力者。

 この男が、とチェインが呟いたのが聞こえた。ドワーフの男は山高帽のつばを上げ、初めてセイルたちの前にその顔を見せた。

 ドワーフ特有の骨ばった顔立ちではあるが、皺を深く刻んだ顔の中で、ひときわ小さな目は黒目がちで不思議と人を安堵させるものがあった。口元に浮かべる笑みも、少し困ったような、それでいて穏やかなもの。

「約束は守るさ。是非『歌姫』に会いたいとわがままを言ったのは私の方でもあるからな……しかし、罠であるとは考えなかったのか?」

「当然、考えはしたさ。それを覚悟でアンタと話がしたかったの」

「そうか。皆は少し下がっていなさい、我々は争いに来たのではないのだから、それでは話したいことも話せないだろう」

 殺気立つ『エメス』の男たちにかける声も、静かでかつ温かみのあるものだった。博士の言葉に、男たちは素直に一歩引いて遠巻きにする。セイルたちに向ける鋭い視線までは隠すことは出来ていなかったけれど。

 それにしても、『エメス』の偉い人と聞いて何処か酷薄で恐ろしげな人物を想像していただけに、セイルはただ呆然とレイド博士を見つめることしか出来なかった。ディスはそんなセイルの思考の流れを読み取ったのか、『む』と眉を寄せるような気配を見せる。

『油断すんなよ、セイル。これでも「エメス」の偉いさんだ、何企んでんのかわかったもんじゃねえ』

「でも、悪い人には見えないけど」

 実際、レイド博士はセイルたちとの間に一定の距離を保ったまま、ブランの次の言葉を待っている。何かを仕掛けてくるような様子は見られない。シュンランも、安堵したのか少しだけセイルの手を握る力を弱めた。

 ブランはそんなセイルたちを振り向き、笑みを深める。

「エリオットはクラスタ兄弟みたいに話のわからん奴じゃねえ。ただ周りの連中がどう出るかわからんかったからな。その点で疑うのは許してくれよ」

「あ、ああ。しかし、随分私を買ってくれているのだな。『魔弾の射手』ブラン・リーワードといえば、『エメス』を極端に嫌っていると聞いていたが」

 レイド博士は微かに不審げな表情をした。それに対してブランは一瞬眉を上げたが、すぐにへにゃりと表情を崩した。こんな場においても何処までも緊張感の足らない男である。

「もしかして、俺様のこと覚えてない? 昔、色々良くしてもらったと思うんだけど」

 セイルも、奇妙には思っていた。ブランは元々エリオット・レイド博士を知り合いのように語っていたし、この場でもそのように振舞っている。だが、当のレイド博士はブランの名前を知っているだけに見える。

 実際に、レイド博士はブランと面識が無いと思い込んでいたのだろう、更に眉を寄せてブランを小さな目で睨むように見つめ……不意に思い当たったのか、あっと声を上げた。

「まさか、生きていたのか?」

 ――生きていた?

 セイルは思わず息を飲む。ただ、ブランはその反応も予測していたのだろう、目を細め、大げさに肩を竦めてみせる。その態度だけ見れば何ということはないが、ブランの瞳は酷く冷たい光を帯びていた。

「あの腐れ賢者にコケにされたままじゃ、死んでも死にきれねえからな」

 レイド博士は微かに足を引いた。ただ、ブランに気圧されて下がったというよりも、いつブランが仕掛けてきても対応できるように手にした杖を構えたように、見えた。

 そして、『エメス』の面々もブランの「賢者」という言葉に反応し、敵意に満ちた視線をブランに送る。一触即発、といった空気だが……ブランは「あのねえ」と呆れた声を上げる。

「俺様、話がしたいんだって言ったじゃない。んな怖い顔すんなって」

 言いながら、自分に戦意が無いことを示すために、ひらひらと銃を握らないままの両手を振った。だが、レイド博士は緊張を崩すことなく、鋭くブランを見据え続ける。

「……君は、あのお方に近づくために、私を呼んだのか」

「実際それも無いとは言わんけど、本題は違えよ。伝えたとおり、アンタに用があるのは俺様じゃなくて『歌姫』ちゃん」

 言って、ブランはずいとシュンランの肩を押した。シュンランが一歩前に出ると、手を繋いでいるセイルも一緒に前に出ざるを得ない。その瞬間、辺りの空気が変わった。『エメス』の男たちは、シュンランを見て「彼女があのお方の求める『棺の歌姫』?」「普通の少女ではないか」などと小声で囁きあう。

 ただ、レイド博士だけは落ち着いた表情で、じっとシュンランとセイルを見つめていた。

 シュンランは胸を張り、耳に心地よく響く声で言った。

「はじめまして、エリオット。わたしの名前はシュンランといいます」

「シュンラン、あのお方から名前は聞いていたよ。奇跡の歌を持つ歌姫、君がこれからの『エメス』を導く者の一人であると」

「……わたしが『エメス』を? それを、ノーグが言ったですか?」

 シュンランが言うと、レイド博士は微かに苦い表情をして何故かちらりとブランの方を見た。ブランは何故レイド博士に見られたのかわからなかったのだろう、首を傾げて「どしたん?」と疑問符を飛ばす。

 レイド博士は小さくかぶりを振って、シュンランに視線を戻す。

「私も、詳しいことは知らない。『棺の歌姫』の秘密はあのお方一人が握っているからな。私が知っているのはただ、『棺の歌姫』がこの楽園を女神による支配から救う、一つの鍵であるということだけ」

 いきなり、話が大きくなった。セイルは軽い頭痛すら覚えながらも思う。

 シュンランが楽園を女神の支配から救う、なんていうけれど。誰も、支配されているなんて思ってはいない。女神ユーリスは、確かに間違ったことを言っているかもしれないけれど、それでも今まさに自分たちを守ってくれていて……

『セイル、惑わされんな』

 ディスが頭の中で静かに言ったことで、セイルの意識も現実に引き戻される。

『「エメス」の連中の言葉も一つの考え方ってだけだ。お前の常識が「誤ってる」ってことにはならねえ』

「ディス」

『ただ、確かにでかすぎる話だ……奴ら、何企んでやがるんだか』

 どうにせよ、今のセイルたちに理解できるのは、ノーグがシュンランを、シュンランの歌を渇望しているということだけだ。釈然としない気持ちでその場に立っていることしか出来ないセイルをよそに、シュンランが言葉を続ける。

「わたしは、あなたに会いたいと思っていました。わたしは、『エメス』についていくつか知りたいことがあります。あなたに話したいことがあります。お話をしてもよいですか」

「ああ、構わない、私もそのためにここに来たのだからね。ただ、こちらも君については知っておきたいことが多い。私の質問にもいくつか答えてもらっていいかな」

「はい……わたしは、何も、知らないですが」

 戸惑いがちにレイド博士の言葉に応じるシュンラン。レイド博士はそんなシュンランの戸惑いを緊張と警戒であると思ったのか、柔和な笑顔を深めて「では、先にどうぞ」とシュンランの言葉を促した。

 シュンランはまるでそこに求める言葉が浮かんでいるかの如く虚空にすみれ色の視線を投げかける。多分、聞きたいことはいくらでもあるはずだ。しかし、その思いを正しく言葉にするのは難しいのだろう、しばし、沈黙する。

 風が、足元の風を撫でて駆け抜けていく。もう、風が吹いても寒さを覚えることはなく、日の光が真っ向から照るこの丘は、軽く汗ばむような空気に包まれていた。

 やがて、シュンランはそっと、小さな唇を開いた。

「わたしにとって、『エメス』はただ恐ろしいものです。今まで、いくつも危険がありました。ここにいる、セイルたちを傷つけようとすることもありました」

「それは、こちらもすまないと思っている。しかし、私は君を力ずくで『エメス』に連れて行こうとは思っていない。『ディスコード』にしろ同様だ」

「違う、ですか」

 シュンランは微かな疑念を込めてレイド博士を見据える。ただ、セイルの目から見る限り、レイド博士が嘘をついているようには、見えなかった。

 レイド博士は杖に体重をかけ、深い憂いを込めた声で言った。

「君も彼――リーワード君に聞いているかもしれないが。現在『エメス』は二つの派閥に分かれている。力による女神との対立を望まず、神殿との認識のすり合わせを目指す『和解派』、神殿を武力で制圧し、女神の首を取ることによって楽園の変革を望む『打倒派』」

 それは、セイルもこの前、『エメス』の脱走者であるリステリーア・ヴィオレから聞いている。シュンランも「知っています。あなたは『わかいは』の人です」と言った。レイド博士は満足そうに小さく数度頷いて、言葉を続けた。

「その二つを束ねているのが、『エメス』の首領であるあのお方……『機巧の賢者』ノーグ・カーティス。彼は思想の異なる異端研究者に幅広く呼びかけ、結果的に『エメス』の規模を六年前から数倍に増やしてみせた。しかし、あのお方自身は打倒派に限りなく近い思想の持ち主であるのは、世間に知られている通りだ」

 シュンランは微かに首を傾げて眉を寄せたが、「どうした?」と問うレイド博士に対しては小さく首を横に振り、「何でもないです、続きをお願いします」と促すだけだった。

 何故今、シュンランが不思議そうな顔をしたのか、セイルにはわからなかった。わからなかったけれど……ディスが、小さな舌打ちと共に呟いた。

『もしかして、アイツ、気づき始めたか?』

「え、何に?」

 セイルは思わず問い返すが、ディスはそれきり自分の思索に入ってしまったのか、返ってきたのは深い深い沈黙だった。何だか近頃、ディスは妙に上の空なことが多くて、セイルはまたちりちりと苛立ちのような感情を覚える。

 もちろん、そんなセイルの何処かちぐはぐな気持ちは知られることなく、話は続いていく。

「あのお方は、『エメス』のためにどうしても君と『ディスコード』の力が必要だと言った。それは、女神を打倒するためにも……そして、我々の言葉が正しいものであると、神殿に示すためにも」

「つまり……和解派にとっても、シュンランと『世界樹の鍵』が切り札であることには、変わりないってことかい?」

 今まで黙っていたチェインが、口を挟んだ。チェインが神殿から放たれた影追い『連環の聖女』であることはこの場にいる『エメス』の面々にも知られているのだろう、微かな緊張が彼らの間に流れたのが見て取れた。だが、レイド博士は動じることも無くチェインの問いに対しても答えを返す。

「その通り。実際に、何をもって女神に示すのかは、私にはわからないがな」

「何もわからないのに、ノーグの言葉に従ってるのかい? そんなに馬鹿馬鹿しいことは無いよ」

 その問いに、レイド博士は苦い表情で沈黙した。痛いところを突かれたのだろうか、とセイルは思ったが、そうではなかった。レイド博士は何処か自嘲気味な表情を口元に浮かべて、目を細めた。

「そう、『エメス』でない君たちはそう言うだろうな。私もそう思うよ」

 それなら、どうして。

 セイルの頭に浮かんだ問いに答えたのは……レイド博士ではなく、後ろから聞こえたざらついた声だった。

「だが和解派の連中の大半は、賢者様の意味不明な話を鵜呑みにしちまってる。そういうことだろ」

 ブランの言葉に、レイド博士は沈痛な表情で頷いた。

 そして、ノーグの言葉に疑問を持ってしまった少数派は『エメス』に自らの位置を占めることが難しくなり、やがては『エメス』から抜け出さざるを得なくなる。その末路はほとんど定まったようなもの。リステリーアのように上手く逃げられる例は、さほど多くないのだろう。

 セイルも、ここまで言われればその程度は想像することが出来た。

「それだけ、『機巧の賢者』ノーグ・カーティスの言葉には力がある。人を惹きつけ、動かす力。それは今までの『エメス』には足らなかったものだ。そう、私や打倒派の長、ラースにも足らないもの」

 故に、決して『エメス』に所属する異端研究者の足並みが揃っていなくとも、ひとたびノーグが声を上げれば打倒派、和解派を問わず『エメス』は一つの方向に駆け出してしまう。彼の言葉に一時は疑問を覚えていたとしても、気づけばそちらの方へ意識を向けられてしまう。

 それこそが、『賢者』ノーグの持つ力なのだとレイド博士は言った。

 沈黙が流れる。ノーグの持つカリスマ性についてはブランやリステリーアからも聞いていたけれど……ここまでの影響力があるものだとは思っていなかった。

 兄はその力を持って、本当に女神に迫ろうというのか。シュンランと『ディスコード』をどうしようというのか。結局のところ何もわからないままで、セイルは小さく歯を鳴らす。

 繋いだままの手を強く握ると、シュンランはすみれ色の瞳でセイルを見た。無表情ながらもセイルの苛立ちや不安をそっくりそのまま映しこんだようなすみれ色の瞳に、セイルははっとさせられる。

 そうだ、不安なのは自分だけじゃない、シュンランはもっと不安に違いない。何もわからないままに、ただ自分が『歌姫』だからという理由でノーグに追われているのだから――

「私は、あのお方のやり方に不安を覚えている。故に何度もあのお方を諌めたが……それでも歩みを止めることはない。きっと、望んだ未来にたどり着けると信じて、疑っていないのだ」

 ――未来を話す時、あのお方の瞳はいつになく明るく輝いていたから。

 静かに語るレイド博士の瞳には、途方も無く遠くにあるものを見定めようとするかのような思いがちらついていた。

 ノーグが、未来視の瞳で見据える夢。

 楽園を根底から変えようとするノーグの描く未来は、それだけ明るく輝かしいものなのだろうか。

 それにどれだけの痛みや悲しみが伴うのか、考えたことがあるのだろうか。

 今この時ですら、『エメス』の襲撃で失われているものがあるかもしれないのに。

 シュンランは、レイド博士の言葉一つひとつを噛み締めるよう、小さく頷きながら聞いていた。そこには先ほど同様表情らしい表情は無く、一体何を思って聞いているのだろう、とセイルは思わずにはいられない。

 すみれ色の瞳や、繋いだ手からは微かな不安や緊張、恐れの色も伝わってくる。伝わってくるけれど……それ以上に、何か決然とした感情を宿しているような、そんな気がして。

 セイルの背中に、ざわざわとした感覚が走る。

 何故こんなに、不安なのだろう。わからない、わからない、けれど。

「エリオット。もう一つ、聞きたいです」

 シュンランの声が、凛と、ぬるんだ空気を貫く。

「もしも、わたしがノーグに会いたいと言ったら、会わせてもらえますか」

 そうだ、それを言うためにシュンランはわざわざ危険を冒して『エメス』の幹部に会おうとしていたのだ。セイルはやっとシュンランの思惑を理解した。

 元々、シュンランは兄に、ノーグに会うために蜃気楼閣を脱出したのだ。しかし『エメス』に投降したところで確実にノーグに会えるとは限らない。利用されるだけされて終わり、という可能性は未だに否定できていない。

 レイド博士はぴくりと太い眉を上げ、唸るように言った。

「もし君が『エメス』に来てくれるというなら、すぐにでも会わせることは出来るのだが」

 しかしシュンランは小さく首を振り、真っ直ぐにレイド博士を見据えて、言葉を紡ぎだす。

「わたしは、まずノーグに会いたいです。ノーグときちんと話をしたいです。何故わたしを求めるのか、わたしのこの力に何の意味があるのか。それを知るまでは『エメス』に行くことは出来ません」

「……それは、難しいな」

「何故です?」

「あのお方は数年前に大病を患ったことで、ほとんど動くことが出来ない。それ故に、君があのお方の下に赴かない限り、会うことは難しいのだ」

 兄が、大病を患っていた――

 その話もまた、リステリーアから聞いた。確かに兄は元々身体の強い方ではなかったと記憶している。今日は兄の具合が良くないから、無理に遊んでとお願いするのは駄目だ、と諭す母の声もはっきりと思い出せる。

 だから、今の兄がどう変わってしまったのかはわからなかったけれど。それでも、聞かずにはいられなかった。

「あのっ、兄貴は、大丈夫なんですか? 命に関わるような病気なんですか?」

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