表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
53/131

11:彼の来た道(2)

 言葉を失うセイルたちをよそに、ブランはあくまで淡々と、世間話でもするかのような軽さで言葉を紡ぐ。

「俺様一人で何とか賢者様からは逃げたんだけどな。自分だけ何で生きてるんだろ、こんな形で生きてるのに意味あるかな、とか色々考えたが」

 ――やられっぱなしは、悔しいじゃねえか。

 言って、ブランは微かに口の端を歪めた。

「だからまずは『エメス』の動向を監視できる場所に根を張ろうと思って、学院に居座ることにした。都合よく学院の籍もあったし、学院なら穏健派の異端には寛容で『エメス』と神殿双方の干渉も少ない。やることやってりゃ数ヶ月間留守にしてても疑う奴はいねえしな」

「……や、十分妙な噂を立てられてるぞ、セイル」

「知ってるけど俺様が気にしてないからいいの」

 ロジャーの言葉をあっさりあしらってしまうブラン。随分乱暴な理論ではあるが、これこそ空気を読まない俺様ブラン様だから出来る芸当、なのかもしれない。

「そうやって色々調べてるうちに、蜃気楼閣が襲撃されて『エメス』が求める歌姫と『ディスコード』が陸に上がったことを知ってな、これはいい機会だって知り合いのシエラちゃんに頼んで横取りしちゃろうと思ったんよ」

 歌姫についての知識は欠いているブランだが、『ディスコード』を横取りすることが出来れば『エメス』の取ろうとしている手を一つ奪うことが出来るのは間違いない。これも、『ディスコード』が持つ力をあらかじめ理解していたからこそ取れた行動だ。

 だが、結果的に歌姫と『ディスコード』を「手に入れる」までには至らず、今に至るというわけだ、というブランの言葉でセイルもやっと我に返った。手にしたトーストは半分くらい齧られた状態で、冷め切っていた。

 何を言っていいのか、わからなかった。

 シュンランやチェインもセイルと同様だったのだろう、何かを言おうと唇を動かしかけたように見えたが、その言葉を飲み込んでただブランを見つめるばかり。

 ブランは「何よう、辛気臭い顔しないでよ」とふざけた口調で言うけれど、空気は一向に重いままだ。ブランは軽い口調で喋っていたけれど、決してそんな簡単な話ではないはずだ。

 この沈黙をはじめに破ったのは、シュンランだった。

「ブラン。ブランは、まだ『エメス』に狙われてるですか?」

「んにゃ、今んとこ俺様自身が狙われてる様子はねえが……この前の道化の態度からするに、賢者様も俺様の動きには気づいてるかもな」

 この前シュンランがティンクルに攫われかけたとき、ブランはこう言っていた。

『俺様を見逃してくれるのも、賢者様の指示?』

 それに対してティンクルは肯定した。ノーグの言葉は絶対なのだといって。あの時はセイルには全くその問答が意味できなかったけれど、今ならばわかる。兄は、今もなおブランを「手に入れる」つもりなのだ。だからこそ、厄介な存在であるブランを未だに殺さずにいるのか。湧き上がる、苛立ちにも似た思いにセイルは小さく唇を噛む。

 兄の目的は、女神を倒す切り札であるディスとシュンランを手に入れる、それだけではなかったのか。そうまでしてブランの力を狙うのは何故なのだろう。

 考えてもわからない、ブランはそう言ったけれど考えずにはいられない。ブランを追い詰め、陥れた兄の姿を思い描くと同時に穏やかな声で物語る兄の姿を思い出し、セイルは小さく頭を振った。

 わかるはずもない、けれど。けれど。

 チェインはじっとブランの手元辺りに視線を彷徨わせていたが、そのまま唇だけを動かす。

「それじゃあ、さ。アンタは、もしシュンランと『ディスコード』を手に入れたら、どうするつもりだったんだい」

「聞かずともわかるでしょう? お前らを盾にして、賢者様を引きずり出そうと思ってた。すべきことは今と変わらない……最後を除いてな」

 最後? セイルはブランの言葉を飲み込みきれずに目を瞬かせるが、チェインはぴくりと眉を動かして、下を向いたまま低い声で言った。

「結局、アンタの目的もわたしと同じ、そういうことかい」

 チェインと「同じ」ということは、答えは一つ。

 ブランが、『機巧の賢者』ノーグ・カーティスを「殺す」ということだ。

 無骨な手に握り締めた『ディスコード』で兄の心臓を貫き、真っ赤な血に塗れてなお酷薄に笑うブランの立ち姿を想像して、セイルは恐怖に小さく震える。一番恐ろしかったのは、その姿を容易に想像できてしまった、自分自身だった。

 だが、セイルの想像に反してブランは軽く肩を竦めて言った。

「当初はね。今はガキどもが『話をしたい』って言い張るし、お前さんもいるからな」

 ブランの氷色の瞳が、チェインを真っ直ぐに見据える。ここまで凄惨な話をしていても、ブランの瞳はあくまで直線的な光を失ってはいなかった。チェインは顔を上げ、しかしその視線を真っ向から受け止めることはないままに言った。

「ノーグを殺すのは私だよ。それだけは、誰にも譲れない」

「わかってる。今の俺様にはそこまでの執念はねえもの。けど、その執念貫くなら、一つだけ約束してくれねえか」

「何をだい」

 チェインの表情が強張る。ブランがどんな無理難題を課してくるのかと思ったのだろう。だが、ブランは「何、簡単なことよ」と笑って、

「その時には必ず、ノーグの息の根を止めてくれ。必ずだ」

 静かに、しかし決然とした口調で言った。

 チェインはその言葉に苛立ちを覚えたのか、声に微かな棘を混ぜる。

「私がそんなヘマをすると思っているのかい?」

「はは、ま、姐御に頼んどきゃ間違いねえか」

 安心したよ、とブランは心底嬉しそうに笑って、ほとんど減っていない皿の上の料理を指す。

「じゃ、ひとまずつまらない話はこれでおしまいにして、飯に集中しねえか」

「あ……でも、もう一つだけ、聞いていいかな」

 セイルはぱっと顔を上げて、ブランを見た。ブランは冷たい色をした視線でセイルに応じる。いつ見ても何もかもを貫き通すような、鋭い視線だ。その鋭さたるや、全てを切り裂く『ディスコード』にも劣らないかもしれない。

 けれど、目を逸らさずに、銀の瞳で真っ向から視線を受け止めて。

「ブランは、何で、俺たちのことを守ってくれるんだ?」

 言葉は、思っていたよりもぽんと、口をついて出た。

 ブランはセイルの言葉の意味を掴みかねたのか、疑問符を飛ばす。確かに、言葉が足りないと思って付け加える。

「初めて会った時は俺のこと帰そうとしてた……でも、シュンランが一緒に行くって言ってからは、ずっと守ってくれてる。シュンランを守ってくれるのはわかるんだ、けど」

「お前のような、関係ないガキまで守る理由がねえってか? あるさ、嬢ちゃんがお前さんも一緒じゃないと嫌だって言ったから。お前さんが貴重な『ディスコード』の使い手だから。それに」

 柄じゃねえかもしれないけどな、と言ってブランは目を伏せる。

「この目に映るものは絶対に守ろうって決めてんだ。あの時俺様は、目の前でアイツが死んでくのを見てることしか出来なかったから」

 セイルはどきりとした。

 いつもへらへらしていて、何処までが本気かもわからないブランの「本気」を垣間見た気がした。口元は笑みを浮かべていたけれど……ブランがいつも本気では笑っていないことくらい、セイルもとっくのとうに理解している。

 言葉の奥深くに押し込められた強い力は酷く息苦しいものであったけれど、その強さが、今のセイルにはやけに眩しくもあった。

 ブランの言葉に嘘は無い。嘘をつけないブランが「絶対」と言葉にするのは、それだけの確固たる意志があってのことだ。自分はブランにはなれない、決してなれないけれど……そういう強さが自分に欲しいと思わずにはいられなかった。

 ブランは目を伏せたまま、小さく溜息をついて言った。

「それにな、俺様も『エメス』に目をつけられてる以上、俺様のせいでお前らに迷惑がかかる可能性も否定できねえ。そういう意味でも、俺様の手でお前らを守ることには意味と理由がある、だからお前さんは遠慮なく守られてていいのよ」

 意味と理由。適当に見えたブランの行動にここまでの決意が篭められているとは、未だかつてセイルも思ったことがなかった。きっと、シュンランも同じだったのだろう、目を大きく見開いてブランを見つめている。

「でも、でもさ」

 セイルは危うくブランの言葉をそのまま飲み込んでしまいそうになるも、何とか自分の思っていたことを言葉にしようと口を開く。

「俺、あれから色々考えてたんだ。けど……やっぱり、守られるだけじゃなくて。その、何て言えばいいんだろう」

 ただ「守りたい」という思いとはまた少し違うのだと、今のセイルは気づいていた。昨日、ブランによく考えるよう言われて。偶然ルクスと出会い、その姿に不思議な憧れを抱き、同じ目線で接してくれた彼の言葉に喜び。そして、ブランの「守る理由」を聞いて、不意に納得したことがある。

 それを、どう言葉にすべきなのかが、わからないままだったけれど――

「俺、きっと、これからもブランやチェイン、ディスを頼ると思う。頼らないときっと、ここから先にはついていけない。でも、少しでもいいから『追いつきたい』って思ったんだ」

 漠然と「変わりたい」と思うだけでは、何も変わるはずも無い。

 セイルの剣として激しくも優しく導いてくれるディス、己の戦う理由を掲げて真っ直ぐに進むブランやチェイン。彼らの遠い背中の後ろで隠れているのではなく、少しずつでいいから歩み寄りたい。彼らと同じ目線に立ちたい。

 それこそが、セイルの心に生まれた小さく、しかし熱い思い。シュンランを守るための根源的な力だと、今になって気づいた。

「でも、追いつくためには、やっぱり今のままじゃ駄目だと思った。気持ちだけじゃ、どうにもならないんだ。だから……」

「わかった」

 セイルの言葉を遮って、ブランは立ち上がった。

「お前さんが決めたなら、俺様が止める理由はねえ。付き合ってやるよ」

「ほ、本当?」

 セイルもつられて立ち上がりそうになるのを片手で抑え、ブランは台所の奥に消えると、見慣れたナイフを持って現れた。一日ぶりになる『ディスコード』だ。

「ディス! 大丈夫だった?」

「ああ、機能にも人格にも異常はねえよ。ただ『エメス』の連中の使ってくる武器にはこれからも要注意よ」

 言って、テーブル越しに『ディスコード』を手渡すブラン。セイルはその柄の感触を確かめ、これまた一日ぶりのディスの声を聞こうと意識を内側に向けるが……

『手前ブラン覚えてろいつか闇討ちしてやる三つ編み根元からぶった切ってやる円形ハゲにしてやる』

「……ブラン、ディスに何したの?」

 さあなあ、とブランはしれっとしたものだ。ディスはセイルが呼びかけても答えず、ブランへの恨み言を延々と繰り返している。よくあることではあるが、本当にディスとブランは水と油なのだなと再認識せざるを得なかった。

 使い手である以上ディスの呪詛が聞こえていないわけでもないだろうが、それらを華麗に無視してブランは部屋の扉へと歩みながら、淡々と言った。

「ディスと一緒に庭に来い。俺様、準備して待ってるから」

 セイルはその言葉に慌てて立ち上がろうとするが、ブランはセイルの方を見ようとせずに言葉を続ける。

「きちんと食って、片付けてから来いよ。俺様と違ってお前さんは食い盛り育ち盛りなんだからね」

 あ、それと……と言ってブランはそこで初めて振り返り、にやりと笑った。

「それきちんと拭いとけよ。パン切ったままだから」

 ――俺は包丁じゃない。包丁じゃないんだ。

 ぶつぶつ呟くディスの声を聞いて……手にしていたトーストは、皿の上に置いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ