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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
47/131

10:見知らぬ旅人(1)

 セイルたちが学問都市ワイズを訪れ、セイル・フレイザー博士……ブランの家に匿われてから、一週間が経とうとしていた。

 だが、セイルたちを匿った当の本人であるブランは、ティンクルによって破壊されてしまった家や時計塔の修理の手配をしたり、学院に呼び出されたりと忙しく、ほとんど家には帰ってこない。

 それもあって、セイルたちは聞きたいことを満足に聞くことも出来ず、何とも煮え切らない一週間を過ごす羽目になってしまった。とはいえ、フレイザー博士の弟子たる兎人ロジャーに徹底的にこき使われ、家の修繕まで手伝わされていたから決して暇というわけではなかったのだが。

 果たして、いつになれば落ち着いて話を聞けるのだろう。ベッドに横たわったまま、まだ半分まどろみの中にある思考でそう考えていたが、誰かの気配を感じてふと目を開けた。

 セイルに与えられた部屋は、元々セイル一人で使うはずの場所だったが、家が破壊された結果ブランの寝室が見事に大破したため、一応ブランのために簡素な寝台が用意されている。ただ、そこをブランが利用しているところを見たことは、無かったわけだが。

「おはようさん」

 しゃがれた声と共にセイルの視界に入ったのは、氷の色をした瞳。セイルは体を起こして、何だか久しぶりにすら思えてしまうブランをまじまじと見つめてしまった。

「お、おはよう、ブラン」

 ブランは軽く肩を竦め、いつもどおりのニヤニヤ笑顔を深めて言った。

「ガキのくせにのんびり寝てんじゃないわよ、もう八時も回ったぜ?」

「……ご、ごめん」

 しかし、朝から夜まで動きっぱなしなのだ、少しくらいの寝坊は許してほしいと頭の片隅で思う。家を壊していったのがあの『エメス』の道化である以上、その愚痴を何処にぶつけていいのかはわからなかったが。

 セイルは寝台から降りると、ぐーっと背伸びをする。まだ少し眠いけれど、深呼吸をして眠気を無理やりに追い出して。そして、頭一つ以上背の高いブランを見上げた。

「ブラン、今日もまた学院に泊まりなの?」

「や、後はロジャーに押し付けた。俺様、久々の自由なんよ」

 ふはー、と大げさに息を付くブランに対して、セイルは何げなく言った。

「でも、ブランって本当は偉いんだね。だって、本当はあのフレイザー博士なんだろ?」

「その通り。ふふん、敬う気になったか?」

「うーん」

 セイル・フレイザーといえば、世間知らずのセイルですらその功績を知る超有名人だ。確かにそれだけ見れば敬うにも値するかもしれない人物だ、が。

『手前みたいな人格破綻者、敬ったところで毒にしかならん、だとよ』

「ほほう、ガキんちょったら可愛い顔してんなこと考えてたのねえ、俺様初耳ぃ」

「そんなこと考えてないってば! ディスも適当なこと言わないでよ!」

 むしろ、先ほどの言葉は、他でもないディスの本音だと思う。そして、ブランもそれには気づいていたのかもしれない。にっこりと笑ってセイル、ではなくその銀色の目の奥に潜む機巧の剣に向かって言った。

「さて、『ディスコード』。お前さんにちょっと積もる話があるんだが?」

『げっ』

 ディスがあからさまに嫌そうな声を上げた。ブランは構わずセイルに向かってちょいちょいと手を動かす。どうやらディスをこっちに渡せ、という意味らしい。『やめろ絶対に渡すなマジやめろ変態がうつる』とディスはいつも通りの抵抗をするものだから、ちょっと躊躇ってしまうのだが。

 ブランは、口の端に浮かべた笑みこそそのままながら、少しだけ声を下げて言った。

「お前、この前動作不良起こしてただろ。少し、様子を見ておきてえのよ。気づかんところで異常が出てても、俺様じゃなくてこのガキんちょや嬢ちゃんが困っちゃうぜ」

『う……』

「特に、お前さんは自分で思ってる以上にお前自身のことを理解できてねえんだしさあ」

『んなこと、言われなくてもわかってるっつの! くそっ、行けばいいんだろ行けば!』

「そうそう、素直になるのはいいことよ」

 言って、ブランはセイルに目配せした。ディスもブランの言葉を納得こそしていなかったようだが、抵抗は止めていた。セイルが小さく頷いて体の中から指先へと意識を持っていくと、右手がぐにゃりと姿を変えて、次の瞬間には一振りのナイフが元の形に戻った右手に握られていた。

 いつ見ても不思議な、そしてちょっと不気味な光景だ。

 抜き身の『ディスコード』をブランに手渡し、セイルは少しだけ表情を曇らせた。

「その……ディス、大丈夫なの?」

「あくまで確認よ。十中八九異常はねえと思うけど、念のためって奴さ。ほーら、んなしけた面すんじゃねえって」

 ブランは『ディスコード』を持っていない方の手を伸ばしたかと思うと、ぐしゃぐしゃ乱暴にセイルの空色の髪をかき回した。セイルは「や、やめろよ」と慌ててぼさぼさになってしまった髪を整えながら、頬を膨らませてブランを見上げる。

「何だよ、人が真面目に心配してるのに」

「ははっ、とにかく数日ディスは預かるぜ。しばらくは『エメス』の連中も大人しくしてるだろうが、ディスがいねえんだから無茶はすんなよ」

 ブランに言われて、セイルはブランに言いたかったことを不意に思い出して「あっ」と声を上げた。ブランが「どしたん?」と首を傾げる。

 これを言うべきか、否か。あの日からずっと迷っていたし、言おうと心が傾いた時にはいつもブランの姿が無かったから、結局言わずじまいだったけれど……今なら言える。いや、今この時に言わなければならない。小さく深呼吸して、少しだけ上ずった声で言う。

「あのさ、ブラン。俺に、戦い方を教えてくれないかな」

 その瞬間、ディスが小さく息を飲んだ気配が伝わり、ブランの目がすっと細められた。ただでさえ冷たい色の瞳が、急激に温度を下げる。セイルは得体の知れない恐怖にびくりと震えたが、ここで目を逸らしてはいけない、と銀色の目を見開いてブランの視線を真っ向から受け止める。

「俺、シュンランと一緒に家を飛び出してから、ずっと、ディスに頼りっぱなしだった。頼りっぱなしなのが、当たり前だったんだ。けど、ディスが戦えなくなって、この前はシュンランが危なくて。その時に、思ったように動けない自分が嫌だった。だから」

「シュンランを守る力が欲しい、そういうことか?」

 言うブランの目は、何処までも冷ややかにセイルを見下ろしている。けれど、セイルは強く、頷く。

「ディスやブラン、チェインみたいに上手く戦おうとは思わない。付け焼刃で簡単にどうにかなるとも思ってないよ。でも、少しでもいいから変わりたい。変わらなきゃいけないって思ったんだ」

 これから先、シュンランと一緒に兄を探す旅を続けるならば、尚更。

 ディスに頼ってばかりではない、自分の力でシュンランの手を引けるようになりたい――その思いが、セイルの胸を一杯に満たしていた。

 ブランはそんなセイルの真っ直ぐな思いを、「ふうん」と軽く受け流し、手の中でくるくる『ディスコード』を回した。そんなブランの不真面目な態度にセイルは少しだけ苛立ったが、直後に放たれたブランの言葉に、喉元まで出掛かっていた抗議の言葉は引っ込んだ。

「今日一日、ディスのいないところでゆっくり考えな」

「……え?」

「話はそれからだ。いいな、ガキんちょ」

 ぴしゃりと言い切られてしまって、セイルはぱくぱくと口を動かしていたが、こうなってはこれ以上何を言っても無意味なのは、何となくわかった。それに、ブランはセイルの話を聞かないとは言っていない。一日セイルが考えた末の答えを聞いてくれると言ったのだ。それだけで、十分すぎるではないか。

「わかった。ありがとう、ブラン」

「まだ何もしてないわよ。それじゃ、ちょいと俺様は出かけてくらあな。昼には一旦帰る」

 暇になったんじゃなかったの、という問いには答えず、ブランは『ディスコード』をくるくる回しながら部屋を出て行ってしまった。一人取り残されたセイルの頭の中に、ふと、ブランの残した言葉が蘇る。

 ――ディスの、いないところで。

 そういえば、さっきセイルがブランに「戦い方を教えて欲しい」と言った瞬間、ディスが微かに息を飲んでいた。それは、離れたセイルにも伝わっていた、けれど……その後、ディスが何も言ってこなかったことが、気にかかった。

 ディスは、セイルがシュンランを守るために戦うことに、反対なのだろうか。

 いや、そんなはずはない。そう、セイルは思う。

 戦うのは自分の役目と言っていたディスだけれども、セイル自身で戦えるようになれば、当然ディスの負担だって減る。『エメス』のように、ディスの弱点を持つ相手からシュンランを守って逃げることだって、出来るようになるかもしれないのだ。それが不満なはずは無い。シュンランを守る、という目的はディスだって同じはずなのだから。

 けれど……きっと、ディスは喜んでくれない。

 何故か、そんな確信めいた思いが胸の奥にちらつく。果たして、ブランはセイルやディスの思いを知っていて、そんなことを言ったのだろうか。

 一度は固まったはずの決意が微かに揺らぎかけたのに気づき、セイルはぶんぶんと首を横に振る。

 ディスの思惑は気になるところだけれど、今日一日が終わった後に、ブランにもう一度きちんと思いを伝えられるようでなければならない。

 セイルは、軽く頬を叩いて「よし」と顔を上げる。今日はセイルたちにとっても久々の予定のない日、朝食を食べたらシュンランと一緒に町に出かける約束をしているのだ。シュンランとも色々な話をして、自分の今の思いを伝えてみよう。不安と期待を込めて、自分にとって大切な一日のために部屋の扉を開けて――

 

 それから数時間後、何もかも、思い通りには行かないものだと思い知ることになる。

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