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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
29/131

06:襲撃(3)

 だが、そこに割って入る声があった。

「あら、一人でカッコつけないでよ。俺様も加勢するわよ?」

「……アンタが?」

 チェインが訝しげにブランを見やる。

「異端って言っても、『エメス』のような馬鹿ばかりじゃねえって、お堅い影追いさんにわかってもらわにゃならん」

 ブランはにっこりと微笑んで銃を抜いた。握りに填められた蜻蛉の意匠が煌めく。

「それに、俺様は『エメス』が大嫌いでね。その頂点に座る、あの腐れ外道もだ」

 言葉通りに腐っちまえばよかったのに。ぶつぶつとどこか横に逸れたことを呟くブランを異様なものを見る目で見つめてから、チェインは小さく溜息をついた。

「わかったよ、勝手にしな」

 そこで、セイルも慌てて声を上げる。

「俺も行く! 俺も『エメス』は放っておけないから……戦うのはセイルじゃなくて俺だがな」

 セイルの言葉を、ディスが当たり前のように継いで肩を竦めた。チェインは驚いたようだったが、すぐに相手が自分と戦った『ディス』だと気づいたのだろう、少しだけ眉を寄せて言う。

「別に構わないけど、アンタは『世界樹の鍵』そのものだと言ったね。一体、何が目的でその子に宿っているんだい」

 ディスは一瞬「何を言い出すんだ」とばかりにきょとんとした表情でチェインを見てから、苦笑した。

「俺は『エメス』も女神も気に食わない。だから誰に対しても抵抗してるだけだ」

「『世界樹の鍵』なのに、女神が気に食わない?」

「俺が何なのか知りゃ、んな言葉は出なくなるぜ……ま、その話は後だがな」

 ディスはチェインを遮って、なおも演説を続ける魔道士を指した。チェインは納得のいかない面もちではあったが、ディスの言葉ももっともだと思ったのか、「そうだね」と鎖を構え直す。

 すると、シュンランがその袖をそっと掴んでチェインを見た。チェインは驚いたように目を丸くしたが、シュンランは真っ直ぐにチェインを見据え、強い声で言った。

「わたしも、ついていくです」

 セイルは思わず『えっ』と声をあげてしまった。その声は当然、チェインとシュンランには届かなかったが、セイルと同じように考えたのだろう、チェインが珍しく困った顔をした。

「けれど……アンタはアイツらに狙われてるじゃないか」

「はい。しかし、一人で待つのは、嫌です。それに」

 シュンランはにこりと微笑んで、両手を胸に当てる。

「わたしも、自分は守る、です。だから、お願いします」

「ん、まあいいんじゃねえの?」

 そう答えたのは、答えを探しあぐね黙り込んだチェインでなく、銃を手の中でくるくる回していたブランだった。「何言ってんだよ」とディスまでもが訝しむが、ブランはけろっとしたもので、笑いながら言った。

「嬢ちゃんには不思議な『歌』もついてるじゃねえか。それに、嬢ちゃんが出てくりゃ、奴等も気を取られるだろ。その分俺らには有利になる」

「ブラン、手前」

 まるで、シュンランすらも駒の一つとしか考えていないようなブランの発言に、ディスが微かに苛立ちのような感情を吐き出す。セイルも少なからずブランの言葉にかちんと来たが、ブランが次の瞬間に放った言葉で、その意気は削がれてしまった。

「ま、嬢ちゃんには指一本触れさせねえさ。そのためにお前さんがいるんだろうが、『ディスコード』」

「う……うるせえな、わかったよ! ただ、無茶だけはするんじゃねえぞ、シュンラン。やばくなったらとっとと逃げろよ」

「はい。ありがとうございます、ディス」

 シュンランはディスに向けてふわりと微笑んだ。ディスは小さく舌打ちして、ブランに視線を戻す。

「で、どうすんだよ、自称天才様」

「『自称』は余計よ。とりあえず、お前はあの甲冑野郎を、チェインと俺で魔道士を叩く」

「アンタに指示される覚えはないんだけど?」

 チェインが不機嫌そうに言うが、ブランは笑みを返すのみ。

「何、俺様は作戦をご提案しているだけよ。正直、あの魔道機関人形全部を相手にするのは三人じゃきつい。だが、お前さんの聖鎖はリーチがあるし、自身も魔道士だ。屋根の上の馬鹿を狙うにはもってこいだろ」

「アンタは?」

「俺様はサポートに回る。背中を守るってやつだ。お前さんが魔道士を狙う間、周りの人形を引きつける」

「信じられないね」

「俺様は詭弁は使うが嘘はつかん。約束を破ったらいつでもこうしてくれて構わないぜ。抵抗はしないからさ」

 ブランはあっさりと、親指で首をかききる仕草をしてみせた。本来、俺様は真っ先にお前さんにこうされてもおかしくないしねえ、という冗談すら付け加えて。

 チェインは「不可解な奴」と吐き捨てるように言ったが、それ以上は反論せずに「それで?」とブランに言葉の続きを促す。

「で、ディスに甲冑馬鹿を相手してもらう。いけるな?」

「奴とは何度かやり合ったから、一対一でも、ゴーレムを加えたとしてもおそらく問題はねえが、シュンランを守りながらだときつい。ゴーレムどもまで気が回らねえ」

「意外と素直に認めたじゃないの」

「冷静になれっつったのは手前だ。俺の戦い方が守るには向かねえのも知ってんじゃねえか」

「そうだな。だから、お前は『守らなくていい』。俺様が全部何とかする」

 全部、と言い切るブランに、ディスはもはや苛立ちを通り越して呆れたようだった。セイルも、一瞬ブランが何を言ったのか理解できなかったのだから、その反応は当然だろう。

「何とかって、手前なあ」

「俺様がお前さんの戦い方を知ってるように、お前さんも俺様の力は『知ってる』でしょ?」

 ブランが微かに目を細める。多分に含みのある言葉に、ディスはぐっと息を飲んだが、すぐに「はっ」と息を吐き出し、皮肉に歪んだ笑みを作る。

 セイルはブランの言葉の意味も、ディスが何故笑うかもわからず心中で首を傾げたが、ディスは笑みを崩すことなく言った。

「せいぜい頼りにさせてもらうぜ」

「可愛くないことで。それじゃ、行きますか」

 ブランはけらけら笑いながら、無造作とも思える動きで一歩を踏み出した。物陰から姿を現したその姿をゴーレムの一体が捉えたのだろう、首をぐるりとこちらに向ける。

「走れ!」

 ブランの唇から放たれた鋭い声、それと同時に全員が石畳を蹴った。ディスは左手を刃へと変化させ、ブランとチェインに併走する。背後からは、シュンランの足音が追いかけてくる。

 前を見れば無数のゴーレム、そして屋根の上のラグナがセイルの耳にも届くほどの歓声を上げる。

「はっはぁ、獲物の方からやってくるたぁ好都合だ!」

 ラグナの横に佇む魔道士もまた、口元に笑みを浮かべる。この布陣だ、負けるはずはない。そう確信している表情で、セイルはむっとする。ただ、不安なのも確かだ。ブランは「何とかする」と言ったが、本当に三人だけでこのゴーレムたちと屋根の上に立つ二人をどうにかできるのか……?

「空色のは俺がやる。邪魔すんじゃねえぞ、キルナぁ!」

「ええ、構いませんよ。『鍵』は任せました」

 『拡声』の魔法がかけられているからだろう、白い髪の魔道士キルナの声も、はっきりと耳に届いた。その瞬間、ラグナが宙を舞い、石畳の上に着地する。機巧仕掛けの甲冑からしゅうしゅうと魔力の煙を上げながら、ラグナは高い声で笑う。

「来い、空色の! 今回は今までの俺とはひと味違うぜぇ?」

「その三流台詞に違いは無さそうだがな」

 ディスは冷笑を浮かべ、口の中で呟く。だが、気になるのは今までの対峙では徒手だったラグナが、見慣れぬ武器を握っていたことだ。手から肘くらいの長さで先端が丸い刃を持った、やけに持ち手の部分がごつごつした……剣、だろうか。

 ディスも目を凝らしてみるが、いくらセイルの目がいいといっても、見たことのない武器を判別することは出来なかった。

「馬鹿ですね、『歌姫』まで連れてくるとは。鶏が腹に香草を詰めてきたようなものですよ」

「蜂蜜に釣られた熊は谷底へ、っていう言葉もあるわよ?」

 ブランは笑顔を浮かべ……もちろん屋根の上のキルナに届かなかっただろうが……呟き、足を止める。ゴーレムたちが、キルナの指示を得て動き始めたのだ。チェインもブランの横に並び、猫を思わせる目でブランをちらりと見る。

「どうするつもり?」

「チェインは左、ディスは嬢ちゃんと一緒に右だ。俺は留まる」

「行けるか?」

「行くんだよ」

 ディスの問いに、ブランはとても簡潔に答えて銃を構えた。ディスは「そうかい」と呆れたように呟いて、ラグナを誘導するように右へ走った。ラグナが「邪魔するな」と言っていただけに、直接ディスの方に向かってくるゴーレムはいない。ただ真っ直ぐに、ラグナだけがこちらに向けて駆け寄ってくる。

「踊ろうぜ、空色のぉ!」

「ディス」

 シュンランがセイルの前よりも少しだけ大きなジャケットの裾を引っ張る。助けは必要か、という意味合いなのだろう、シュンランの瞳は可憐な色ながら、強い意志の力を湛えていた。

 ディスは一瞬シュンランの目を見据え、それからすぐに視線を逸らして呟いた。

「奴一人に遅れは取らねえ。ブランを信じて下がってろ」

「わかりました。無茶はしないで、くださいね」

「ああ、反省はしてる」

 シュンランの言葉が昨日のチェインとの戦いを指していることくらいは、セイルにもわかった。いくらシュンランを守るためといえ、あの時のディスはらしくなかった。今回も同じように振る舞うならば、今度こそセイルも本気で止めにかからないとならない、とは思ったけれど。

「焦るな、余計な思考は後でいい」

 ディスはシュンランを下がらせ、向かってくるラグナを睨む。

「今はただ、今の俺にできる、全力を」

 自分に言い聞かせるように唇から漏れた言葉。それが、セイルの心にも響き渡っていく。セイルが感じ取るディスの心は、常になく凪いでいた。何もかもを拒絶する、嵐のように激しい……しかし共にあるセイルには正体が掴めずにいる……感情を今だけは奥底に押し込めて、怜悧な銀の瞳でラグナを見据える。

「しばらく借りとくぞ、セイル。任せてくれるか」

 今まで散々勝手にセイルの体を使っていたディスが突然そんなことを聞いてきたものだから一瞬面食らったが、今回は一人で無茶をしないという、決意の表明だとセイルも気づいた。

『うん。こちらこそ、頼むよ』

 大丈夫だ。

 今のディスになら、任せても大丈夫だ。素直にそう思う。ディスは微かに口の端を歪め、『ディスコード』の刃を構える。

「行くぜ、三流野郎! 響け『ディスコード』っ!」

 辺りを満たす、耳を塞ぎたくなるような金切り声。何かもを斬り裂く『ディスコード』の鳴き声を聞きながら、ディスは地を蹴った。ラグナもまた、己の不可思議な武器を構えて笑う。

「何でも斬れるのが、手前だけだと思ってんじゃねぇぞ!」

 武器から垂れた細い鎖を勢いよく引いた途端、ラグナの手に収まる武器も吠えた。だが、『ディスコード』の音とは違う、低く唸る音と金属を擦り合わせる音の二重奏、そして刀身が震えながら動いている……セイルには、それが何を表しているのかわからなかったが、「げ」と駆け出しかけたディスの足が止まる。

「あれ、チェーンソーだろ! 人に振り回すもんじゃねえよ!」

『チェーンソー、って』

「回転鋸! 機巧で鋸の刃を回転させて相手を引き裂く、物騒極まりない代物だっ!」

 鋸とは通常ぎざぎざの刃を持ち、人の力で引くことでただの刃では切れないものを切る道具だが、その刃が自動で動いているとなれば、触れただけで人の体など両断されるだろう。

 そう思うと、セイルの背筋にも冷たいものが走る。

「お前を殺せば、『鍵』は手に入るからな。これでいいんだよ!」

 ラグナはぐん、と踏み込みディスに向かって刃を振り下ろす。だが、ディスも焦るような素振りは見せたが、実際には相手の動きを子細に観察している。少し横に体をずらすだけで、一撃目は回避することに成功する。ラグナの持つ鋸の刃が、石畳を削り破片をまき散らす。

 そして、お互いの刃が放つ音にかき消されそうになりながらも、ディスは右手を胸に当てて声を上げる。

「いいのかよ! こいつは、お前等の親分の弟だぜ! 勝手なことしたらやべえんじゃねえの?」

 自分を引き合いに出されるとは思わず、セイルは心の中で息を飲む。そうだ、兄は自分がここにいることを知っているのだろうか。知っているならば、何を思っているのだろうか……いくつもの可能性が浮かんでは、消えていく。

 だが、ラグナはその全てを否定するかのように笑う。

「ははっ、知ったこっちゃねぇ! 俺はただ、『鍵』の使い手をぶちのめして『鍵』を手に入れろとしか言われてねぇからな!」

「は、手前マジに三下なんだな。話通じねえの何の」

 ディスも嘲るように笑い、説得は無理と判断したのだろう、改めて距離を取って『ディスコード』を構え直す。

 ちらりと視線を逸らしてみれば、ブランの姿が目に入った。ブランはゴーレムたちのただ中に飛び込みながら、傷一つ負った様子もなく立ち回っている。時に相手の攻撃を避け、時には向かってこようとするゴーレムの弱点を一撃の下に撃ち抜き。

 決して、ディスのように素早い動きで翻弄するのではない。ブラン自身はその場からほとんど動くことはなく、相手の動きに合わせて優雅にも見える動きで体を捌いているだけに見える。

 そういえば、ブランがまともに戦っているところを見たことがなかったセイルは、思わずその華麗な動きに見とれてしまう。ディスはすぐに視線をラグナに戻しつつも、口の中で呟いた。

「……やっぱりか。あいつ、見えてやがんな」

 何が、と聞こうとしたセイルの先手を打って、ディスが解説を加える。

「『ディスコード』の使い手、ってところで気づくべきだった。奴の目は『アーレス』だ」

『「アーレス」?』

 聞きなれない単語に、セイルはディスの言葉をオウム返しにする。ディスはラグナがどう動くかその一挙一動に意識を向けながらも、早口に説明する。

「未来視。とはいえ一瞬先が見える程度だがな。それでも奴の目には、相手がどう動くのか完璧に『視えて』るに違いない」

 その力を利用して、ブランは目に映る全てのゴーレムの動きを読みとり、相手の動きを牽制しているのだとディスは言う。

 そんな能力が存在するのか、という言葉をセイルは意識の表層に上らせる前に飲み込んだ。確か、シュンランは兄を指して「未来が見える」という表現をしていたはずだ。それも、実はブランの持つ力と同じものなのではないか?

「だな。『アーレス』は俺の使い手特有の能力だ。手前の兄貴が持ってても不思議じゃねえ。全員が持ってる、ってわけじゃねえがな、っと」

「ぐちゃぐちゃ独り言喋ってんじゃねぇ!」

「独り言じゃねえよ、っても手前にゃ独り言にしか見えねえか」

 ディスは振り回される鋸の刃を、軽いステップでかわす。武器のリーチがある分近づきづらくはなっているが、動きが大味なのは前回の戦いから変わってはいない、とセイルは思う。

 ラグナの動きでは、ディスには到底追いつけない。回避に重点を置く戦い方をするディスとは、相性が悪すぎるはずなのだ。

 だが、何度ディスが一撃をかわし、時に甲冑を狙った攻撃が当たったとしても、ラグナの表情から笑みが消えることはない。セイルは嫌な予感を覚えていた。ディスも同様だったのだろう、慎重に距離を取り、相手の出方を窺っていた……その時。

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