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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
28/131

06:襲撃(2)

『だな。相変わらず性格最悪だアイツ』

 ぶすっとした声が頭の中に響き、セイルは「わっ」と思わず声を上げてしまった。それは、今まで沈黙を守っていたディスの声だった。セイルは一瞬驚いたが、すぐにこの機会を逃してはいけないと思い、ブランの背中を追いかけながら言葉を紡ぐ。

「ディス……その、ごめんな」

『何で謝るんだよ』

 返事がある、それだけでセイルの心はふっと軽くなる。けれど、これで安心してはいけない。頭の中に響くディスの声は、とてつもなく不機嫌だったから。

「ディスのこと、怒らせたっぽいから。俺、何かまずいこと言ったんだなって、思って」

『あ、いや、それは確かに手前も悪いが、手前だけのせいじゃないっつうか、主に奴のせいっつうか』

 何だ、その、とごにょごにょと何かを言っているようだったが、すぐに気を取り直したのか、ディスは低い声で言った。

『俺も悪かった。色々考えてみて整理がついた』

「どういうこと?」

『こっちの話だ。ただ、これだけは言わせろ』

 ディスの声が、鋭い響きを帯びて、セイルは自然と背筋を伸ばす。ディスは小さく深呼吸をして、きっぱりと言い放つ。

『俺は、現実を認めるのと、何もかもをすんなり受け入れるのは別だと思っている』

「ディス?」

『認めて、それでもはねつけるのは手前の勝手だろ。簡単に諦めてんじゃねえ』

「そんな、俺は諦めてなんてない!」

 セイルはとっさに反論するが、ディスはその言葉に噛みつくように畳みかける。

『諦めたじゃねえか! 手前、チェインに何て言ったよ! お前は一瞬でも、兄貴が人殺しで、だから殺されてもいいって認めたじゃねえかよ!』

 セイルは思わず息を飲んだ。

 ――兄が殺されてもいいと、言った。

 だからディスは怒っていたのだ。そう、セイルは初めて理解した。だが、それを理解したところで、余計にわからなくなる。

「……何で、ディスが、怒るんだ?」

『何?』

「確かに兄貴はディスの使い手かもしれないけど、ディスは、兄貴のことなんて知らないんだろ。なのに、どうしてそんなに怒れるんだよ」

『――ぁっ、わかってねえ!』

 ディスは今にもセイルの意識を乗っ取ってしまいそうなくらい、セイルの意識に迫る。もし、顔をつきあわせているならば、額をごっとぶつけていたに違いない。

『俺が怒ってんのは手前が諦めたことに対してだ! 俺はノーグに用はねえ、だが、手前が信じなきゃ誰がノーグを信じる! 手前はノーグに会うんだろ、ノーグと話をしたいんだろ! それは、お前の記憶の中の兄貴を、否定したくないからだろ!』

 ぶつけられるディスの言葉は、実際に耳を通してはいないが、耳を塞ぎたくなるほどに激しかった。けれど、不思議と、胸にすとんと落ちた。兄の演説を聞いた時に、チェインに言葉をぶつけられた時に、自分が彼女の言葉を認めてしまった時に覚えた、息苦しさ。それが何なのか、やっとわかった気がした。

「そっ……か」

 自然と、言葉が唇からこぼれた。

「俺、兄貴を信じていても、いいんだ」

 否定され続けて、「現実」を突きつけられて、もう、信じることなんて出来ないと思い始めていたけれど。信じること、思いを貫くこと自体を否定されたわけではないのだと、気づく。

 誰一人そこは否定できないと、改めて自分に言い聞かせる。

『やっと気づいたか、ボケナス』

「ごめん。何か俺、色々見失ってたみたい」

 でも、もう大丈夫だ。

 自分が何故、シュンランの手を取ったのか。『ディスコード』と共にいるのか、思い出すことが出来たから。それに、自分が何かを見失っても、ディスが教えてくれると、わかったから。

 セイルは、久しぶりに心から笑うことが、出来た。

「ありがとう、ディス」

 それは、セイルの素直な気持ち。

 だったけれど、ディスは『馬鹿じゃねえの』と意識でそっぽを向くだけだった。もちろん、それが彼なりの照れ隠しだということは、何となくセイルにもわかった。

 すると、いつの間にか横に立っていたブランがくすくす笑う。

「熱いねえ、『ディスコード』」

 ディスは『む』と唇を尖らせるような素振りを見せたが、すぐにぼそぼそと言葉を紡ぐ。

『もう二度と、間違えるわけにはいかないからな』

「そうね。ま、せいぜい頑張れよ」

『諦めた手前に言われたくねえ』

 ふふ、とブランは楽しげに笑う。セイルはブランの顔を見ていなかったし、ディスとブランの言葉の意味もわからなかったけれど、きっと、満足そうな表情を浮かべていたのだと、思う。

 その時、ふわりと何かを頭にかけられて、セイルは「わっ」と声を上げてそれを手に取った。

 それは、セイルが前に着ていたものと同じ型の、オレンジ色のラインが特徴的な白いジャケットだった。ただ、試しに袖を通してみると、少しだけサイズが大きい。

「ブラン、これ」

「成長期のガキには、少し大きいくらいがちょうどいいでしょ。どうせすぐにちょうどよくなるわよ」

 セイルの言わんとしたことを捉え、ブランがセイルの頭を叩く。セイルははにかむように微笑みジャケットの前を合わせた。

「同じこと、母さんにも言われたっけ」

 元々、あのジャケットは母がセイルのためにと買ってくれたものだ。空色の髪には似合うから、と見せられた鮮やかな白と明るいオレンジはすぐにセイルのお気に入りになった。ただ、当時はぶかぶかだったジャケットも、もう袖がぴったりになってしまった頃だったからちょうどよかったのかもしれない。

 セイルはブランを見上げて、笑う。

「ありがとう、ブラン。大切にする」

「んー、大切にしたいならディスに無茶な戦い方をするなと言い聞かせるのが一番じゃねえかな」

『ぐ……』

 そもそも、色々な過程はあったが、セイルの服がぼろぼろになった原因がディスにあるのは間違いない。反論できず黙り込むディスに、セイルとブランは一緒になって声を上げて笑った。

 この時ばかりは、ブランが「無理に笑っている」ようには見えなくて、不思議とそれが嬉しかった。

「さ、無駄話はおしまいだ。嬢ちゃんたちの様子も気になるだろ、宿に帰ろうぜ」

「うん、そうだね」

 来たときよりもずっと軽い足取りで、セイルはブランと並んで歩く。あの日兄の声を聞いて以来、こんなに体を軽く感じたのは、初めてだった。

 そうやって前を見れば、いつもよりもずっと世界が色づいて見えた。魔道機関が生み出すぼんやりとした魔力霧に包まれた町ではあるけれど、それでも今までセイルが見ていた重たい灰色の世界とは全く別の……明るく賑やかな世界がそこにあった。

 心一つでこれだけ目に映るものが変わるのだ。その事実すらも今まで気づかずにいた。

 さあ、顔を上げて。

 遠い日の兄の声が脳裏に蘇る。頭の片隅に今もなお響く高く澄んだ声が、セイルの背を更に押してくれているように感じた。

 そういえば――何となくではあるけれど、頭の中に聞こえるディスの声は兄に似ているかもしれない。少年のような声音も、ちょっと憂鬱そうな喋り方も。ディスは記憶の兄よりもずっと感情的ではあるけれど、少し厳しくて、それでいてとても優しいところも、また似ていると思う。

 そんなことを言ったら、ディスは嫌がるだろうか、それとも笑うだろうか。考えていると、自然と笑みがこぼれる。

『あん? 何笑ってんだよ』

「何でもないよ」

 笑いながら言って、少しだけ遠ざかってしまったブランの背中に追いつこうと小走りになった、その時だった。

 どおん、という大きな音が、背後から聞こえて。人々の金切り声が響きわたる。

「な、何だ?」

 セイルが慌ててそちらを向くと、通りを一本向こうに行ったところにある大きな建物から煙が立ち上っているのがわかった。屋根に飾られた、世界樹を象る十字が半ばから折れていて……

「神殿?」

 そうだ、あの建物はユーリス神殿だ。女神ユーリスを祭り、町の人々の心の拠り所ともなる場所。そこが、今や煙をあげて崩れ落ちそうになっている。

 いつの間にかセイルの横に並んでいたブランが、目の上に手をかざして、神殿の方角を睨む。

「ありゃあ『エメス』の襲撃じゃねえか?」

「『エメス』!」

 ニュースでも言っていた。兄が楽園に宣戦布告したあの日から、『エメス』をはじめとした異端研究者が神殿やユーリス信徒を襲っているのだと――

 思わず駆け出そうとしたセイルだったが、すぐにその襟元をブランに掴まれ、引き戻されてしまう。

「こーら。どこ行くのよ」

「どこって、決まってるだろ!」

「そりゃ聞くまでもないけど、お前さんが行ったところで何が出来る。逆にディスを奪われる危険性だって出てくるのよ」

「う……」

 それは、その通りだ。

 セイルが単身行ったところで、襲われている人を満足に助けられるわけでも、兄の手がかりが掴めるわけでもないだろう。それでも、意識は自然とそちらに向けられてしまう。こんなところで立ち止まっている気かと、心の中で強く強く、呼びかけるもう一人の自分がいるような気がして。

 ぐっと手を握りしめたセイルの頭の上から、声が落とされる。

「わかった。行くか」

「えっ、い、いいの?」

「ただし、一つだけ条件がある。まずお前とディスに守ってもらわにゃならん、絶対的な条件がな」

 セイルが顔を上げて銀色の瞳でブランを見れば、ブランは唇にうっすらと笑みを浮かべ、鋭くセイルを見据えていた。

「今だけは俺様に従え。俺様はお前や嬢ちゃんを守るべく動くし、そのための指示を下す。だから、お前もそれを守ってくれ」

「う、うん!」

 どのくらい、ブランの意に添うことが出来るかはわからないけれど。ブランが「守る」というなら、それは信じようと思う。我ながら不思議なことだと思うが、ブランの言葉を「疑いたくない」という思いが胸の中にある。これだけ胡散臭くて何を思っているのかもわからない相手だというのに……どうしても、疑ってはいけない気がしたのだ。

「ディスも、いいな?」

 ブランは確かめるように、もう一度呼びかける。セイルの心の中にいるディスはもごもご何かを言ったあと、『わかったよ』とふて腐れたように呟いた。すると、ブランは小さく溜息をついて、セイル……否、その奥に潜むディスの目を覗き込む。

「あと、今のお前さんは柄になく感情的だ。もうちょい落ち着いて周りを見渡せよ」

『っ、言われなくても!』

「ま、お前さんがそう言うなら大丈夫だ。それじゃ、行くぞ」

 話しているうちに、周囲の騒ぎも更に温度を上げているようだった。誰が襲われた、奇妙な甲冑が暴れ回っている、そんな話が走り出したセイルの耳にも飛び込んでくる。

『甲冑……あいつか?』

 既に二度対峙した、魔道機関の甲冑を纏うエルフ……ラグナ、と呼ばれていたか……を思い出して、セイルはぞっとする。ディスの力を借りてそのどちらも何とか撃退してはいるが、今度は同じように行くとも限らない。

 それに。

 きゅっ、と靴を鳴らして路地を曲がり、人が逃げる流れとは逆の方向を見ると、想像を遥かに越えた光景がそこにあった。

 神殿は屋根や壁を魔法か何かで爆破されていて、見るも無惨な状態になっていた。野次馬すらも逃げだした神殿の前の通りに人が倒れている様子はないが、先ほど憲兵らしき鎧の男たちが担がれてセイルの横を通り過ぎていったのはわかった。

 そして、通りに残るのは、無数の甲冑だった。

 どれもが魔道機関特有の魔力の煙を吐き、顔全体を覆う兜を動かしてきょろきょろと辺りを見渡しているが……何かが変だと思う。今まで対峙したあの甲冑の男が纏うものに似ているが、根本的に何かが違うような、気がする。

「へえ、あんな洗練された魔道機関ゴーレム、初めて見たかも」

 ブランが純粋な感嘆の声を漏らしたことで、セイルも違和感の正体に気づく。あの甲冑からは、人の気配が感じられないのだ。あれらもセイルの家を襲撃したものや、ラグナと共に現れたあれと同じ、魔道士の指示に従って動く魔道人形なのだろう。

 ただ、セイルが今まで見てきたものよりも遙かに精巧で、動きも人間に近く見える。ブランが感嘆するのもわからないでもないが、あれに群がられ、襲われるところを想像すると単にすごいと誉めているわけにもいかない。

「しかし自律行動っぽくはねえし、あれだけ多いなら術者もそう遠くにはいないはずだが……っと?」

 物陰からセイルの横に立って様子をうかがっていたブランは視線を少しだけ上に動かす。セイルもブランの視線を追ってそちらを見て、言うべき言葉を見失った。

 今にも崩れ落ちそうな神殿の屋根の上に、二つの影を確認したのだ。更に目を凝らしてみれば……それこそが、甲冑を身に纏ったエルフ、ラグナと、彼とよく似た白髪の魔道士だった。

 白髪の魔道士は、手にした杖を振りかざし、辺り一帯に響く声で……おそらく、己に『拡声』の魔法をかけているのだろう……言い放つ。

「虚飾の女神を崇める愚かなる楽園の民よ! 今こそ楽園の真実に目を向けるべきだ!」

 だが、その言葉の中身を聞くよりも先に、人は恐怖で逃げまどうことしかできない。もしかすると、きちんとその声を聞き取ったのはここに隠れるセイルたちだけだったかもしれない。

「異端と煙は高いとこがお好き、ねえ……よく言ったもんだわ」

 ブランは、呆れた声で言い放つ。『同意だ』とディスも溜息混じりに呟いた。

「さあて、どう出たものかね、っと?」

 ブランが言葉を止めて別の方向に目をやると、そこにはやはり騒ぎを聞きつけて来たのだろう、チェインと荷物を抱えたシュンランの姿があった。

「何だ、アンタたちもいたのかい」

 チェインはセイルとブランを眼鏡の下から一瞥し、すぐに神殿の上に立つ二人の異端に厳しい視線を向け、袖から鉤を展開して握りこむ。それを見て、セイルは思わず問うていた。

「行くの?」

 チェインは強い。それはセイルも昨日の対峙で嫌というほどに理解している。今までどんな相手でも余裕を崩さなかったディスをいとも簡単に打ちのめしたのだ、弱いはずがない。ディスは心の中で『相性が悪かっただけだ』と拗ねているけれど。

 だが、今度ばかりは相手は二人、それに通りにひしめく魔道機関のゴーレムたちだ。彼女の持つ二本の鎖だけでどうにかなるような相手だとも思えなかった。

 それでも、チェインは視線を逸らさず、きっぱりと言った。

「私は影追い、女神の命により異端を狩る者さ。何が相手であろうと、退くわけにはいかない」

 それに、と言葉を継ごうとして、しかしその言葉は彼女の喉の奥に飲み込まれた。その代わりに、視線に宿した強い光を少しだけ和らげて、セイルとシュンランを見やる。

「アンタたちは下がってなさいな。危ない真似をするのは、私一人で十分さ」

「チェイン……」

 シュンランはぎゅっと抱えた荷物を握りしめ、すみれ色の瞳でチェインを見上げる。セイルも同じようにチェインを見上げる。チェインの表情は穏やかだったが、その陰には悲壮なほどに強い決意が見えて。

 心が、強く握られるような、そんな錯覚を覚える。

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