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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
130/131

26:結末には早すぎる(4)

 その後のことは、よく覚えていない。

 あれよあれよという間に準備は整えられ、セイルはドライグが用意した船に乗り込んでいた。見送りの中にチェインの姿はなく……ただ、シュンランの姿はクラウディオの後ろにちらりと見えたことを、思い出す。

 その時、クラウディオは、困ったような顔をして、シュンランにこう呼びかけたものだ。

「シュンラン、セイル君に挨拶はいいのかい?」

 すると、シュンランはびくっと体を震わせた後、セイルに向かって思い切り歯を剥いてそのまま走り去ってしまった。

 どうして、シュンランがそんなに怒っているのだろう、という思いと、怒って当然だ、という思いがないまぜになって、すぐに考えるのをやめた。考えたところで、シュンランと一緒にいられるわけではないのだ。それならば、考える必要もない……そう思い込むことで、胸をちりちりさせるものを、全て捨て去った。

 かくして、セイルはたった一人で、船の上にいる。

 セイルの住む町まで、あと少しだという声を聞きながら、握った手を持ち上げてみる。

 血まみれになっていたリボンは、セイル自身の手で洗った。だから、今はただ褪せた緑色を湛えてセイルの手の中に握られている。

「……どうして」

 無意識に、言葉が口をついて出た。

 けれど、その言葉の続きを言うのは何とか堪えた。言ってしまえば、認めてはならないと思っていることを、全て、認めてしまうことになるから。

 無心に、揺られ続けていればいい。そうすれば、家に帰れる。何もかもを忘れて、ぐっすり眠れるのだ……そんな風に思うことで、頭に浮かびかけるものを心の奥に押し込める。そんなことは絶対に無いと、頭ではわかっているのに、そうせずにはいられなかったのだ。

 そうして、己の思いを押し殺しているうちに、陸地が見えてきた。外から町を見たことが無かったために、あまり実感は湧かなかったが、島の上にこんもりと茂った林が、カーティスの屋敷を包む林であることは、何となくわかった。

 船は、ゆっくりと島の唯一の港に入ると、煙突から煙を上げて停止した。そして、その桟橋に見覚えのある姿があるのを、セイルの目は捉えていた。

 その瞬間に、船員が止めるのも構わず、桟橋に飛び降りていた。

 そこに待っていたのは、白い髪と長いスカートを潮風に揺らすセイルの母と、セイルよりも頭二つ分くらいは背の高い、砂色の外套を羽織った色眼鏡の大男。

 そう、長らく楽園を巡る旅に出ていた、セイルの父だった。

「父さん、母さん!」

 声の限りに叫んで、腕を広げた父の手の中に飛び込む。太い腕が、力強く、それでいて優しくセイルの体を包み込む。ずっと、忘れていたぬくもりに、空っぽになったと思っていた心が激しく揺さぶられる。

 そんなセイルの頭を、大きな手がそっと撫でる。見上げれば、父は厳つい印象に似合わぬ穏やかな笑顔を浮かべ、セイルを見下ろしていた。母もまた、灰青の目に涙を溜めてセイルをいとおしげに見つめている。

「おかえりなさい」

「おかえり、セイル」

 父の、母の、温かな声。

 それは、セイルの凍りついた心を、ゆっくりと溶かして――

 溶け出した思いが涙となって、銀の目から零れ落ちた。

 ぼろぼろと流れる涙と共に、ずっと閉じ込めていた思い出が次々に飛び出してきた。シュンランとディスとの運命の出会い、ブランとの邂逅、チェインとの対峙。そうして出会った四人と一振りの旅の記憶が、とめどなくセイルの脳裏に溢れてくる。

 自分が辿ってきた何もかも、何もかもを確かめながら、嗚咽と共にセイルの喉から零れ落ちたのは、たった一つの思い。

 

 

「どうして……どうしてここにいないんだよ、ブラン……!」

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