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空色少年物語  作者: 青波零也
第一部 空色少年と賢者の行方
128/131

26:結末には早すぎる(2)

 先に報告に向かったクラウディオを追って、重たい足で向かった玉座の間では、クラウディオと向き合っていた竜王ガブリエッラが、仮面越しにもはっきりとわかる沈痛な表情でセイルたちを待ち受けていた。

「話は聞かせてもらった。リーワード博士は……世界樹に還ったそうだな」

 それでも、若き竜王は誤魔化しようもない事実をセイルたちの前につきつけた。喉に何かが詰まったように、言葉を放つことの出来ないセイルの代わりに、チェインが一歩前に出て言った。

「ああ。ブランは、『エメス』を率いていた偽ノーグ・カーティス――使徒アルベルトと名乗った男が操る、赤い獣に殺された。海底の塔にいたと思われる『エメス』の構成員も、全員アルベルトと獣に殺されていたよ」

「海に沈んだ使徒と赤き竜、か。この国を築いた賢者が、まさか、そのような愚かしい凶行に走っていたとはな」

 溜息混じりに呟くガブリエッラを見て、チェインは少しだけ意外そうな表情を浮かべ、問いを投げかける。

「竜王陛下は、神話の時代の存在である使徒が、現在の楽園に存在したことを信じられるとでも?」

「……十分あり得る話だとは思う。この世には『存在しない時代』から生き続ける不死の魔女もいれば、このように古代の城が変わらず動いてもいる。使徒の一人や二人、現代に蘇っても不思議はあるまい。その方法はともかくとしてもな」

 事実、アルベルトがどのような方法で、蜃気楼閣に保管されていたという『義体』を使って蘇ったのかは、セイルたちにも結局わかっていない。いくつもの謎を抱えたまま、使徒アルベルトは旧い塔と共に海の藻屑と消えたのだ。

 眼鏡の下で瞼を伏せていたチェインは、「もう一つ」と言って顔を上げた。猫を思わせる釣りあがり気味の目が、竜王を射る。

「アンタたち竜王の一族は、最初から、ブランが本物のノーグ・カーティスであることを承知していたのかい?」

 その問いは、セイルが思いもしなかったもので、思わず目を見開いていた。それに対し、ガブリエッラとクラウディオはさほど驚いた様子もなく、チェインの言葉を受け止めた。そして、口を開こうとしたクラウディオを片手で制したガブリエッラが、ゆっくりと、首を横に振った。

「いや。私もクラウディオも、ブラン・リーワードがノーグ・カーティスと同一人物だとは知らなかった。リーワード博士を目にした時点で確信はしたがね」

「確信していながら、私たちにはそれを伝えなかったんだね」

「博士自身がそれを望まなかったからな。彼は、いつだって君たちに己のことを明かすことはできたはずだ。それをしていない以上、我々から明かすことでもあるまい」

 詰問とも思われるチェインの言葉に、ガブリエッラはあくまで静かに答えた。

 そう、ブランはいつだって、本当のことを言えたのだ。それでも、最後の最後まで、それこそ己の名前を奪った男の前に立ったその瞬間まで、真実を己からは語らなかった。

 チェインは、小さく息を付いて、緊張を解いた。そこに浮かんだ感情は、諦めのような、寂しさのような、セイルには上手く感じ取ることのできないものであった。

「そうだね、陛下の言うとおりさ。アイツは……どうしても、言えなかった。言えないだけの、理由があった……か」

 ぐっと、チェインの白い指が握り締められたのが、わかった。だが、その拳にこめられた力が、どこかに向けられるわけでもないことも、わかってしまった。

 ブランは言っていた。この関係を終わらせたくなかったのだ、と。

 とんでもなく本末転倒な言葉、だが、それが何処までもブランの心からの願いだったのだと、今ならセイルにだってわかる。四人と一振りの関係が、ノーグ・カーティスが現れればあっけなく終わってしまうものであることは、セイルも、チェインも……そしてブラン自身が一番よく知っていたはずだから。

 重苦しい沈黙が、場に流れた。

 その沈黙がどれだけ続いたのか、鼓膜が痺れるような感覚に囚われ始めたその時、ガブリエッラが凛とした声で言った。

「君たちの活躍によって、楽園を混乱に陥れんとした『エメス』の首領は倒れた。その事実を表沙汰にすることはできないが……この後の処理は蜃気楼閣に任せてほしい。神殿との調整、『エメス』の残党の追撃などは、我々の役目だ」

「ああ、よろしく頼むよ。私はともかく、セイルとシュンランを、これ以上『エメス』や異端研究者と神殿とのいざこざに巻き込んでおく理由もない」

「それはこちらも全く同じ意見だ。セイル、シュンラン、今までよく頑張ってくれた」

 ガブリエッラの言葉に、セイルの心の内側が小さな反発を覚える。

 まるで、ここで、何もかもが終わってしまうかのようではないか。

 いや、本当に、終わってしまうのだ。

 ガブリエッラが、玉座から立ち上がり、赤い絨毯の敷かれた階段をゆっくりと下りてくる。赤いドレスの裾がふわりと揺れたと思った次の瞬間には、ガブリエッラの姿はセイルとシュンランの目の前にあった。

「だが、全てはこれで終わり。君たちは、君たちの日常に戻るべきだ」

 日常に、戻る。

 そう言われても、すぐにはその「日常」がどんなものなのか、思い出すことができなかった。今まで十五年の間、ほとんど変わらぬ毎日を送り続けていたはずなのに、その自分の姿が頭の中から完全に消え去っていた。

 そのくらい、この旅での経験が、セイルの心の多くを占めていたのだ。

 だから、セイルはガブリエッラの言葉に、すぐには答えられなかった。その代わり、シュンランがきっとガブリエッラを睨みつけて、凛と響く声で言う。

「戻るなんて、無理です! まだ、何も終わってなんかいません!」

 今にも泣き出しそうな顔で、シュンランは叫ぶ。

「アルベルトのこと、失われた時代のこと、ブランのこと、それにわたしのことも! 何もかも、わからないままです。このまま終わらせることなんてできません!」

 その言葉には、ガブリエッラも微かに唇を歪めて「それはそうだろうな」と重たい声で呟き、シュンランの肩に触れた。シュンランはびくりと震えたが、すみれ色の瞳に強い意志を篭めてガブリエッラを見つめ返す。

「わたしは戻りません。戻りたくないです」

「それでも、戻るんだ。旅を続けたところで、君が知りたいことを答えてくれる人がいるとも限らない。それに……シュンラン、この旅で『歌姫』の力が楽園でも特別であることを理解しただろう。『歌姫』がそこにいるというだけで、君にも、そして君以外の誰かにも危険が及ぶ可能性がある」

「……!」

 シュンランの表情が、硬くなる。

 シュンランもわかってはいるはずだ。『歌姫』の力は、この世に存在するどのような魔法とも違う、まさしく「奇跡」と呼ばれるべき力であるということ。その力は、世界樹を制御する『ディスコード』と同じく、本来誰の手に渡ってもよいものではない、ということ。

「蜃気楼閣は君の自由を奪いたいわけじゃない。『エメス』の嵐が去れば、『棺の歌姫』の力が求められることもなくなるだろう。だから、その時までは、どうか耐えてくれないか」

「それがいつになるかなんて、わからないです。『エメス』がいなくなっても、危険が終わるとは限らないです。それなら……わたしは、立ち止まりたくないです。立ち止まったら、もう、二度と歩き出せなくなる、そんな気がするです……!」

 シュンランの両手が、服の裾を掴む。そして、その大きく見開かれたすみれ色の瞳が、セイルに向けられる。

「セイルはどうなのです! このまま終わるなんて、おかしいと思わないですか!」

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