永遠に、尽きることなく(改作)
タイムマシンの出発を迎え、全太陽系で歓声が沸いた。その声の約九割が女性だった。五百年前から男性の出生数が急激に減り始めたからだ。人類は消滅の危機に直面していた。
原因はY染色体が持つ遺伝子数のコピーエラーによる激減だった。女性は二つのX染色体で構成されるため、一方の遺伝子数が欠けても、もう一方が正常なら修復できる。だが男性はXYのために修復できず、遺伝子の数は減る一方なのだ。人工精子で生まれた子供の免疫力は通常より低いままで、実験段階にとどまっていた。
危機を脱するために、空間を飛び越えるワープ宇宙船で全宇宙を巡った。野生のホモサピエンスの探索である。人の歴史でいえば現生人類の祖先であるクロマニョン人以降の、新鮮なY遺伝子を入手するのだ。同時に知的生命体との接触も期待された。解決できる知恵をもらえるかも知れないからだ。
しかし期待外れに終わった。確かに有力な野生種族を幾つも発見した。いずれも遺伝子構造が微妙に違うため、組み換え作業が行われた。が、生まれた子供は人類そのものにはならなかった。毒性のある体液を発したり、鉄分を受け付けない体質など、何かしらの問題を抱えてしまうのである。知的生命体との接触もなかった。
最後の手段は時間移動だった。過去の地球へ行き、現生人類の祖先と接触する。過去を変えるリスクも指摘されたが、百年後に迫った男性消滅の問題が優先された。
「これが五万年前の地球か!」
タイムマシンで荒涼とした大地に着いた隊員全員が感嘆した。地平線の彼方ではマンモスを追う集団がいる。これから地球中を調べ、優秀な遺伝子を持つ男性を最低でも一万人探し出す。彼らの精液の確保には人間そっくりの女性アンドロイドを使う予定だ。
「空から光る物体が近づいて来ます!」
作業を始めようとしたとき、一人が裏返った声で叫んだ。見上げるとアダムスキー型のUFOである。地上に到着し、中から地球人と同じ姿の者が現れた。
「我々は君たちから神と呼ばれている存在だ。君たちの目的は分かっている。残念ながらこの宇宙は我々のものだ。よって君たちは目的を断念せねばならない」
衝撃的な発言だった。『神』もまた自分たちの宇宙でY染色体の消滅に悩んでいた。ブラックホールを抜けられる宇宙船でこの宇宙に到来し、Y染色体が完全に合致する野生のホモサピエンスを発見した。その場所こそ、五万年前の太陽系第三惑星だったのである。
「『神』はなぜ、もっと早く教えてくれなかったんだ? 宇宙中でY染色体を探していたのを知っていたんだろ」
「甘やかすのは良くないと考えたんだろ。『神』と我々との関係は、言ってみれば親子のようなものだからな」
「複雑な親子関係だな。だって、我々の五万年前の先祖の精子が、『神』の女性の子宮に授精されて新たな男性が生まれたんだから、その子は『神』と野生児の混血みたいなもんだろ。で、その混血の末裔が我々なんだし」
「精神的に、という意味だよ。タイムマシンの開発だけでなく、様々な分野で影ながら色々と助けてくれていたかも知れないし」
「時間移動ではアダムスキー型UFOを使っていた……。まさかそれが『神』による過去からのタイムマシンだったとは」
「まさかと言えば、今我々が乗っているこの宇宙船だよ。 これでブラックホールを抜けて別宇宙へ行くなんて、誰が想像した?」
「『神』もまた、彼らの神から我々と同じように教えられてこの宇宙船に乗った。こうして今の我々と同じような会話をしていたかも」
「そして我々は別宇宙へ行き、『神』と同じように、理想的な野生のホモサピエンスに対し神として君臨する。もっとも我々男の神は一代限りで消滅だけどな」
「その野生人も進化し、Y染色体を求めて宇宙中を巡り、最後はタイムマシンに乗って我々と遭遇する……」
「逆に言えば、『神』が彼らの神から教えられたとすれば、彼らの神もまた更に別の神から教えられたかも」
「延々とそれが繰り返されるわけか……。もしかすると我々の『神』は、我々の祖先であると同時に末裔かも」
「つまり時間と空間は永遠に循環している?」
「じゃあ一体、この宇宙船を作ったのは、誰なんだ?」
沈黙が続き、誰かがぽつりと言った。
「きっと、この宇宙船は、大宇宙の子宮なんだよ……」
かつては月と呼ばれ、選ばれし乗員乗客八百万人を内部で抱えた宇宙船が、別宇宙へ通ずるブラックホールに迫りつつあった。