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依頼主の話

上座に座る種村洋子の前に青砥を中心としたメンバーが背筋をのばして正座をした。



「ようこそおいで下さいました、種村洋子でございます」



指先を揃えてたおやかに下げた頭は小さく、きれいにまとめられた前髪の一房が少し乱れたのがなんとも言えず艶めかしい。



「お電話いただきました青砥哨一郎です」



「後ろの方々は奇怪研究会の?」



「はい、右から副部長の薄氷真実君に真澄君。更に床波明博君、芦刈文泰、大野馳平君。」



名前を呼ばれ一礼をするメンバーは大学構内で奇人変人集団と影で囁かれる面影は微塵もない。



「ご足労おかけしました。」



洋子が頭を下げて、ゆっくりとその細い首を元の位置に戻した時、失礼しますと声がして先刻案内をしてくれた女性がお茶とお茶受けを持って来て丁寧においてゆく。



「おくつろぎ下さい、長い話になりますから。」



白魚のような手が優雅に宙を舞い、それと同時に室内にいた者達を目線だけで引かせた洋子は微笑む。



「藤堂さん、どこまでお話になりました?」



「ほんのさわりです、あまり深くは…」



「そぅ、では早速ですがまずこのような異様な遺産相続になるきっかけよりお話致します。」


















それは溯れば何百年という月日。



種村家は代々お城蔵の管理が職務だったという。



特に歴史に名を残すような者もおらず、ただ受け継がれる蔵の宝物の管理や研究をただただ行っており、現在でもその様子を書き記した日誌が伝わっている。



天保の飢饉の折も喰うに困らず、明治維新の際も蔵ごと華族に召し抱えられ、日清戦争時もただただ蔵の宝物の管理と研究を続けていた。



それが崩れたのは太平洋戦争末期。種村家男子は例外的に兵隊にとられず、世間の情勢より研究三昧の種村家にも危機が訪れた。



空襲である。



人も物も焼け出され、何百年という月日をかけて守り通した財宝の三分の一がこの時失われたと聞く。



更に、アメリカの行った財閥解体により種村家は主人と出資者を失い路頭に迷うかに思われた、が。



そんな時、ある日突然十代後半の種村貴寿氏いなくなり、その四日後千両箱抱えて玄関に現れた。



どうしたのだと問うと種村貴寿氏は満面の笑みでこう言った。




「公が教えて下された。これから先は私が外で財を得るので皆は残っている財の管理と研究を続けて欲しい。」



その言葉通り種村貴寿氏は瞬く間に財を築いたのだ。



その種村貴寿氏は金山も掘り当てたらしく、どこからか持って来た財宝など微々たるものになり,当初貴寿が持って来た千両箱の行方を問うていた一族はやがてその事を忘れた。



日本中が飢えていた事は恐らくわからなかったであろう。



邸内では連日のように宴会が開かれ政界の重鎮も世界の珍味を種村邸で口にした。



だが、血筋なのかはたまた種村という遺伝子に組込まれた何かなのか。



一族の誰一人として飽食にも美麗な衣装にも女色にも、酒色にも溺れなかった。



ただ、祖先と変わりなく…言うなれば知識欲にとりつかれたようにひたすら耽溺していったのだ。



一代で国家予算にひってきする財をそっくりと甥に渡し、八年前名だけの会長職にうつりその後経営に一切携わる事なく先日末に死去した…




と世間ではいわれているのだが。









秘められた事実が一つ。



老衰と報道された死因について。



「遺言書は…紙に記されていたわけではありません。」



薄い唇が弧をえがく。



「この度5名の宝物保持者が指名されたわけですが、これは法律的に完全に有効とは言い難いのです、その会社をお継ぎになられた種村舵様は会社以外の遺産は受け取れず、

他の三親等までの遺族は法律にのっとり遺産を継ぐ事。ただし、本家は家宝を手にしものが継ぐ事。とこのような遺言を遺されたのです。」



藤堂が冷や汗をかきつつ目を何度も瞬かせながら言う。



「では五つの宝物に関する遺言はどちらですか?」



芦刈の穏やかな声を耳にいれ、弾かれたように洋子は顔を上げた。



「そうでしたわね…これを。」



合わせからそっと取り出した写真がまるで悪夢のように一同の目に焼き付く。



白い羽二重の布団の上に俯せになった小さな老人の背に切刻まれた、文字。







『継ぐ




種村流、渓一、洋子、泡、洪利の五名は五つの宝物の所有を三か月以内に決め、決定後の変更は不可とする。



また、宝物の所有者に不幸ありし場合は家宝をみつけし者の所有となる。』



赤い文字が踊る。



その文字は小筆で和歌を書いたかの様に美しい文字であった事がなおの事恐怖を煽った。



「助けて、戴きたいのです。」



洋子は青砥の手に冷たい掌を重ねて疲れたように呟く。



目尻にうっすらと浮かんだ涙が滑り落ち、二人の手を濡らす。



そんな洋子に口を開こうとした青砥を制して歩み出たは真実。



「一つ、お伺いを…宝物の保持は早々と決まったそうですが何故です?」



「他の方は存じ上げませんが、私は言われていたからです。」



「誰に何をですか?」



「貴寿叔父様に必ず数珠をとるように、と。」



「ヒントももらいましたね?」



青砥の冷たい低い声に洋子が手を離す。



「え…ええ。何があるとはおっしゃいませんでしたが,この数珠の中央部分にある透かし彫りが私に幸運をもたらすものを指し示すのだと数珠を手にして生前おっしゃってました。」



洋子が悲しそうに目線を下げる様子は真実、貴寿の死を悼んでいるかのように見える。



「貴女は種村貴寿氏と親しかったのですね、まだ悲しいでしょうにこんな風に無調法しまして…申し訳ありません」



芦刈の揺れる瞳に洋子が一筋の涙を流した。



「私こそ、失礼しました。叔父様とは個人的に親しくさせていただいていましたの。私が大学で研究をしている事も喜んで下さって…援助もして下さいましたの。

人にとっては厳しい方でしたけれど私にとっては優しい人でした。それがあんな亡くなりかたで…」





崩れ落ちそうな肩が震える。



「そうでしたか…洋子さん、今日はもうゆっくりなさって下さい。私達は貴女を苛めたいのではなく助けたいのですから」



温かい吐息の言葉に洋子は頷き、ゆっくりと研究会のメンバーを見渡す。



「よろしくお願い致します、ではまた夕食の時に…」



一礼をして音も立てず洋子は退出をして、後姿を見送った青砥が立ち上がる。



「さぁ我々も行こうか」



案内をした女性が立ち上がった青砥に向かう。



「夕食は七時にここでしますので」



愛想はなく、無表情で退出をした彼女に続き一同も無言で部屋を去った。



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