武器に託す
連日投稿です(ドヤァ ←大したことやってない
声が聞こえてからのエリーゼの動きは迅速だった。
肩に担いだシェリルを目の前数メートルの壁に向けて力の限り全力で投げ込む。
「エリーゼ!?」
体力の限界だったにも関わらず、綺麗な放物線を描いてシェリルが壁を通過する。
だがシェリルを投げるために全力を注いだエリーゼは当然無防備で。
「!?」
そして、遮る物も無いシェリルの視界には。
「いやぁぁあああああああああああああ!!!!!」
決定的な結果が見えた。
「――――――――――――!!」
(今のは!?…くっ、間に合ってくれ!!)
悲鳴を聞き強化の切れた足で、しかし負けないほどのスピードで進んだヤマトの目に飛び込んだのは、
「!」
ベアウルフに胸を貫かれているエリーゼだった。
「ハハハ!久々にいい肉が手に入ったぜ!」
(ふっっっざけんな!!)
笑うベアウルフに怒りを込めて杖を振るう。
「禍罪災催!水行!―――《血海地獄》!!」
感情を叩きつけるように呪文を唱えると、ベアウルフの足下から鮮血のように紅い水が間欠泉のように吹き出て、ベアウルフの右腕以外を包む。
「なにっ!?」
驚くベアウルフにさらに魔法を重ねる。
「《害悪付与・凍結》!凍れ!」
先ほど吹き出た水が一瞬で凍り付き、人狼の氷漬けが完成する。
「変換魔法・金行!《アイアンソード》!」
続けざまに唱えた魔法によってヤマトの持っていた杖が白い両刃剣に変わり、
「ああぁぁぁああああああああ!!!」
全力で叩きつける!
ザシュッ!
鈍い音が響いて、
「くっ、はっ…」
エリーゼが解放された。
「エリーゼ!!」
シェリルが駆け寄ろうと魔法壁の外へ出る直前、
「来んな!《クレーロック》!」
制止の声と共にシェリルの足下にあった土が縄のようにシェリルに絡み付いて動きを抑え付ける。
「んんん!んんんんんん!!」
口も塞がれたシェリルは喋ることも出来なくなった。
「口、は…やりすぎ、だ」
死に際でなお、主を気遣うエリーゼ。その胸に開いた風穴からは夥しいほどの血が流れている。
誰がどう見ても手遅れだった。
「…すまない」
「何、が、だ」
「お前を、救えねぇ」
「ふっ、そんな…ことか」
エリーゼは自分が死ぬというのに、達成感すら感じるほど清々しい表情をしていた。
「お前は、ちゃんと依頼を…達成して、くれた」
「失敗だろ!二人も欠けちまって!これのどこが―――!
「お嬢様を、フォトスレーインに届け、た」
「!お前ら、まさか…」
「私の、私たちの目的は…いつも、お嬢様の…」
「っ!」
(本当に、馬鹿過ぎんだろ!!)
エリーゼもハベルも、もっと生きたかったに違いない。
だが、もし誰か一人しか助からないならシェリルを生きながらえさせる。
最初から死ぬことを覚悟でいたから、ヤマトが脅しても引かなかったのだ。
娘のため、守りたいもののために命を賭ける。
立派な親と真の騎士の姿だった。
「エリーゼ…」
「何、だ…?」
「最期の言葉を聞こう」
それは、エリーゼを心から尊敬しての提案。
「あぁ…」
エリーゼもそれを理解して言葉を紡ぐ代わりに自分の腰に手を伸ばす。
「お嬢様に、これ…を」
そのズシリと重たい剣をヤマトに渡す。
「鎧も渡したいが、お前に脱がされるのは、ゾッとしないので、な」
「…そうかい」
気楽な口調で返したヤマトだが、今エリーゼのした行動がどれほどのものかは分かっていた。
自分の命を預ける武器を他者へ渡す。
それは自分の魂を渡すに等しい。
「いいのか?」
だから、無粋だと思いつつもつい聞いてしまった。
「道の、一つとして、だ」
つまり、シェリルがエリーゼの武器を使うも捨てるも飾っておくも自由。どうするかも、その先もシェリル自身で考えて進むしかない。
何の力も持ってないシェリルには辛い現実になるだろう。
しかし、エリーゼのこれは紛れも無い優しさと愛情だった。
「分かった」
ヤマトは受け取った剣を離さないように握り締めた。
「最後に…」
先程よりも小さくなった声で、ヤマトに頼む。
「私を、お前の手で…」
このまま死ねたとしても、確実にベアウルフの腹の中に納まるのは眼に見えている。
それならいっそ、ヤマトに葬って欲しいと願った。
「…あぁ」
ヤマトは立ち上がって、杖を構える。
エリーゼの足元に赤い色の幾何学模様が浮かび、
「安らかに」
ボゥ!!
赤い紅い、炎が灯った。
自分が死ぬまで後ほんの数秒だというのに、エリーゼの中には色んな光景が、想いがよぎる。
ハベルに拾われたこと。シェリルと初めて会った日のこと。騎士として生きる決意をしたこと。
たくさんの、明るい思い出。
走馬灯というやつだろうか。本当に人生をもう一度振り返っているかのようだ。
だから、目の前のいけ好かない魔術師のことも思い出す。
初対面は最悪だった。
急にいなくなって探していたシェリルを泣かせた極悪人にしか見えず、いきなり攻撃してしまった。魔術師だからと低く見ていたが、自分でも信じられないくらいにあっさり負かされた。
認めたくなかった。だからその後もいい態度では接しなかった。
本当は、シェリルを助けてくれた礼を言いたかった。だがプライドが邪魔をした。ここで認めてしまえば、自分よりもシェリルの護衛としてふさわしいと、シェリルに、ハベルに、何より自分自身に言われる気がして。
ハベルが捕らえられた時、自分だってヤマトの言葉を否定したかった。しかし、ハベルにとって最も大事な存在であるシェリルに危険が及ぶであろうことは何となく分かっていた。ならばシェリルを優先する。
そうして、二人で生きるために覚悟を決めた。
生活は大変だろうけど、悪くはないとも思った。ヤマトがしばらく自分達と一緒にいるなら、より騒がしくなるかもしれないが、それも悪くないとも思っていた。
しかし、その未来も後ろの怪物のせいで断たれてしまった。
目標の最低ラインは守れたが、それでも良い結果とは言えない。正直、ヤマトがいなかったらと思うとゾッとする。確実に三人まとめて死んでいただろう。
この男の自分達に対する感情にそれほど大したものなど無いのだろう。そんな相手でも命を助けて、面倒を見て、守れなかったことを悔いる。
認めたくはない。絶対に認めたくないが、
(私よりもずっと騎士だったんだな…)
強く憧れてしまうほど、そう思った。
「…礼を言う、ヤマト」
だから、色々な感情を込めて、言ってやった。
チラ、と目線をやればシェリルがこちらへ来ようともがいているのが見える。おそらくずっと自分の元へ来たくて仕方なかったのだろう。しかし、ヤマトの魔法によって縛られているため身体を起こすことも出来ない。
自分の主。シェリル・ウィングフィールド。
最初は妹みたいな存在で、お姉ちゃんぶって色々頑張っていた。
一度誘拐されそうになってから、ハベルに頼み込んで剣の先生を紹介してもらった。シェリルを守るために騎士になる覚悟を持って。確か呼び方を愛称から『お嬢様』に変えたのもその頃だった。
最初は嫌がってたが、自分の決意を話すと受け入れてくれた。
いつも無防備で、危なっかしくて、目を離すだけで不安になる。そんなシェリルは、実は今でもエリーゼの中では妹のまま変わっていない。そんな妹を残していくのは心配だけど、
(これからは、自分の足で)
自分の人生のために、自分の幸せのためだけに生きて欲しい。その姿を見ることが出来ないのが残念で仕方がない。
そんな多少の未練を残して、それでも清々しい表情で、エリーゼが逝く。
「ごめんね、シェリー…」
その頬には、一筋の涙が伝った。