突破!
遅くなりました(土下座
「行くぞ!!」
ヤマトの声を合図に同時に動き出す。
「禍罪災催・火行―――《竜王炎牙》!」
呪文を唱えると、ヤマトの杖から黒い炎で出来た竜が女性を飲み込もうと向かっていく。
上級攻撃魔法が女性を簡単に飲み込んだかに見えたが、
「温いのぅ」
右手から発した光によって全ての炎がかき消された。
「なに!?」
ダメージを負っている間に一気に通り抜けようとしたエリーゼだが、一度止まらざるを得なくなる。
「おい、あの女性は何者だ!?あれだけの魔法を赤子の手を捻る様に」
聞くエリーゼにヤマトは静かに答える。
「あいつは、ピクシーだ」
「ピクシー?」
その解答にはさすがに納得できず、聞き返してしまう。
当然である。本来ピクシーとは、森の奥に住み滅多に人の前に現れることはない。人間に対する被害もイタズラ程度のもので、触れた人間の道具を奪うというただそれだけである。その道具は攻撃すれば取り返せるし、反省の結果として特有のアイテムを渡すという変わったモンスターのはずである。攻撃を当てるのもさして難しいわけではなく、遭遇できたら幸運とすら言われるほどだ。
それに比べて目の前のピクシーは、エリーゼの目から見ても―――あまり認めたくは無いが―――魔術師として決してレベルの低くないヤマトの上級攻撃魔法をあそこまで簡単に打ち消せる力を持っている。
にわかには信じられない話である。
「そう思うのも無理はねぇが、あいつは確かにピクシーだ。バグってっけどな」
「なに?」
「だからバグだよ、バグ。あいつはここがデータ世界であるが故に生まれた『バグモンスター』なんだよ」
バグモンスター。
設計の段階で何らかのミスが生じ、プログラムに異常が生じてしまうこと。その影響を受けたモンスター。
「何を言っている?この世界は以前の世界にあったと言われるゲームではない。そんなことあるはずが―――
「あるんだよ。忘れたのか?ここはB.W.O.。0と1の組み合わせで出来たデータ世界だ」
どこか諦めの感情を含んだ声で告げる。
「俺たちの現実世界は完璧なプログラムではできてねぇんだよ」
「うそ…」
「ば、ばかな…」
ショックを受ける二人。
「まぁ、心配すんな。それでも世界は廻ることをやめねぇからよ」
そんな二人に安堵させるように声をかける。
「そら、ぼぉっとしてる暇ぁねぇぞ。次で抜かせてやるから走る準備しとけ」
「…そうだな。世界がどうであろうと、生きることに変わりないな」
聞いて気を引き締めるエリーゼ。
「ほぅ。次の一手で妾を倒せると?舐められたものよのぅ」
今まで余裕綽々で構えていたバグピクシーの雰囲気が変わった。緩んだ糸をピンと張ったように遊び半分なものから真剣なものへと。
(俺が合図したら迷わず進め)
(了解した)
小声でのやり取りを終えると再び杖をバグピクシーに向ける。
「ふむ、やはりこれは邪魔じゃのぅ」
ヤマトの本気を警戒したのか、指を鳴らした。すると手に持っていた蕾が消えた。
「!今のは?」
「…おそらく、逆召還だ。あらかじめマーキングしたところに持っていた蕾、もっと言うと閉じ込めたハベルを送ったんだろう」
「それじゃぁ、お父様はまだあの中に居たの!?」
シェリルの質問に首肯で返す。
「どうして!?もしかしたらまだ助かったかも―――」
「無理を言うな。代わりにお前を死なせることになる」
シェリルの言葉を静かに遮り、現実を認識させる。
「はっきり言っておくが、あいつと対峙した時点で詰んでいるに近い。その上であいつに捕まったんだ。助けることを諦めなければ俺たち全員漏れなく死ぬ」
「でも、だって―――!」
「大丈夫ですよ、お嬢様。旦那様の代わりにはなれませんが、私がちゃんと生きてお嬢様を支えますから」
言われても止まりそうも無い文句を、今度はエリーゼが止める。
「エリーゼ?」
「安心しろとは言いません。しかし、私が絶対にお嬢様を死なせません」
「…うん」
エリーゼの言葉に安堵したのか、シェリルの顔から絶望の色が薄れた。
「話し合いは終わったかえ?」
いい加減退屈だとでも言いたげにバグピクシーが声を掛ける。
その言葉にヤマトがバグピクシーを睨む。
緊張と静寂が続いてわずか五秒。
「行けっ!!!」
ヤマトが叫ぶ。
その言葉を合図にエリーゼが駆ける。
「《竹林槍》!」
呪文を唱えると同時、ヤマトの元からバグピクシーに向かって地面から竹槍の剣山が次々と生えて行く。
「はっ、この程度か。先のものと大差ないではないか」
至極つまらなそうに攻撃を弾こうとする。
瞬間――
「もっ発!白天導瞠・水行―――《絶氷界》!」
今度は巨大な氷塊がヤマトの足元を起点に竹の左右から発生。
バグピクシーに向かって突き進む。
さらに、氷塊から発せられる極寒の冷気の波が先程の竹にまとわり付き、氷の棘や茨を新たに増やす。
「多少の工夫程度で妾を突破出来るとでも?」
しかし、それでもバグピクシーには届かない。
「登れぇえええ!!!」
「!?」
バグピクシーが気付いた時には氷塊の上をエリーゼが登って今にも自分の左上を通り抜けるところだった。
油断したバグピクシーの不意を突いた!
「させぬわ!!」
氷塊を壊そうとするバグピクシーだが、
「それこそさせっかよ!《ニードルレイン》!」
それを阻むためにヤマトがさらなる攻撃を仕掛ける。
だが魔法の針の雨がバグピクシーに届く寸前、
「くっ!」
氷塊が壊される。
バランスを崩しそうになるエリーゼに、
「跳べぇぇええええええ!!!!」
ヤマトが叫ぶ。
「ぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!」
応えたエリーゼが思いっきり跳び、着地。
「おのれっ!」
バグピクシーを越えた。
逃がすまいと一歩踏み出したバグピクシーの足元からいくつも火柱が挙がり道を塞ぐ。
「何じゃと!?」
「火炎罠・《火々幟六連》」
「…いつの間に」
「お前が氷塊を壊すのに夢中になってた時だ」
正確には氷塊を壊してからエリーゼを逃すまいと上を向いていた間である。
「あの刹那によくこれだけの設置型魔法を…」
「この程度、造作もねぇよ」
ヤマトは氷塊を壊させないためではなく跳ぶエリーゼへの追撃を防ぐと同時、足元に罠を張るのを悟られないようにするためにニードルレインの魔法を使ったのだ。
まんまとヤマトの戦略に引っ掛かったバグピクシーは歯噛みする。
が、すぐにその表情に余裕を取り戻す。
「まぁよい。妾は男が捕まればそれで構わぬからの」
「男漁りたぁ、いい趣味だな」
皮肉を込めて返すヤマトにバグピクシーの笑みは深くなる。
「そうじゃ、男から搾り取る精は本当に美味での。しかしここ最近はあの壁のせいで男が喰えぬ」
そうして今度はバグピクシーが臨戦態勢をとる。
「じゃから今夜は決して逃がさぬぞ、我が獲物」
言った瞬間、大量の白い球体を生み出してヤマトへと飛ばす。
そのうちの一つが途中で地面へ当たり、そこにちょっとしたクレーター並の穴を作った。
(こりゃ、一発でかなりヤバイな。二発もらったら確実にK.O.だ)
「白天導瞠・水行―――《絶氷界》!」
もう一度冷気を生み出し、今度は分厚い氷の壁を形成する。
だが、球体は次々と氷の壁を削っていく。
「水生木!白天導瞠・木行―――《神鳴雷》!」
ヤマトの杖から大きな雷撃魔法が放たれる。
この世界の属性システムには陰陽五行思想が関係する。
陰陽五行思想とは万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からなるという考えである。また、5種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する」という考えが根底に存在するという思想。
その中で、相生という関係がある。順送りに相手を生み出す関係だ。分かりやすく言うと、木は火を生み、火は灰として土になり、土からは金属が採れ、金属が冷えると水分が付き、水は木を生長させるといった関係である。逆に相手を殺す相克の関係もある。
つまりこの世界の属性システムには異なる属性を連続して使う場合、相生ならば威力が増し、相克ならば威力が減るというものだ。
それを今ヤマトの放った魔法に割り当てる。
水行の絶氷界に木行の神鳴雷。すなわち水生木の関係。
ルールに則り、氷の壁を雷が飲み込む。
すると、氷の壁が消えた代わりに先程の二倍から三倍に膨れ上がった。
ドォォオオオオオオオ!!!!
神の怒りの如く雷鳴を響かせて放たれたエネルギーが全ての球体を相殺する!
「!」
パシュゥ…、と自慢の球体が音を立てて消えたことに驚きながらも次の攻撃を放とうと右手に力を集中させる。
「喰らうがいい!」
三秒と掛からずに今度はビーム状に魔法を放つ。
「《脚力強化付与》」
だが、その直後にはスピードを上げたヤマトが後ろに回りこんでいた。
「なっ!?」
「悪いが、急がなきゃなんねぇんだ。…《ヒュプノミスト》、眠れ」
バグピクシーがそれに気付いた時には既にヤマトは、霧状に広がっていく催眠魔法を発動した後だった。
「う、く…せっかくの馳走が」
「諦めな」
その言葉を最後に、バグピクシーは眠りについた。
「ふぅ…」
とりあえず生き残れたことにほっとするヤマトだが、気を入れなおす。
(急がねぇと、まだ脅威は残ってる)
まだ強化の消えない足で、シェリルたちの元へと急ぐのだった。
タッタッタッタッ、と軽快な足で街へ向かっていく音が響く。
「はぁ、はぁ。あと少しですよ、お嬢様」
「うん、エリーゼ大丈夫?」
「はいっ、問題ありません」
息は上がっているがペースは落とさず、寧ろ上げて走るエリーゼの顔色は悪い。
「心配、なさらないで、ください。…はぁ、私が付いて、ますから!」
だが、そんなことはお構いなしに声を掛け、ペースを上げてシェリルを励ます。
「…ねぇ、エリーゼ」
不意に。
先ほどまでエリーゼを心配する言葉を掛けてばかりだったシェリルが、問いかける。
「はぁ、はぁ…何で、しょうか?」
「私たち、これからどう生きて行けばいいのかな?」
「ですから、心配なさらなくても―――
「じゃぁ!じゃあどうするのよ!?家も無い!お金も無い!能力も無い!なにより、生きていく力が何にも無いのよ!!」
同じように励ますエリーゼの言葉を遮って怒鳴る。
抱えた不安と感情を全て吐き出すように。
「そんなもの!後で、いくらでも!なんとでも、なります!!」
負けじとエリーゼも叫ぶ。
楽観的でも、僅かばかりでも、希望があると。
「でも、だって!ヤマトくんの言った通りだった!!危険だからって止めたヤマトくんに無理にお願いして!それでこうなった!」
今まで生きてきた、その総てを後悔するかのように怒鳴る。
「私が生き残るための力を何も身に付けてなかったから、お父様も助けられなかった!!もう嫌!もう嫌よ!!この先だってどうなるか分からない!それならいっそ―――
「だから何だと言うんですか!!私たちはそれでも生き残らなければならないんです!」
シェリルの発する負の感情を断ち切るように、エリーゼが割り込む。
「どうしてよ!?この先に何があるって言うのよ!!?」
「人生がある!!」
「え?」
その言葉に一瞬詰まる。
「この先にあるのは、ただあなたの人生です!私の人生です!それがあるなら、もうそれだけで生きていくには充分過ぎます!」
込められたのは、最早激励でも説教でもなく純粋な想い。
「例え何があろうと、あの魔術師に何を言われようと、生きればいいんです!それでいいんです!ですから、」
だから。
「生きましょう!お嬢様!!」
その言葉は届く。
「…私は生きて、いいの?」
「いいんです!」
「…本当に?」
「当たり前です!!」
力強い言葉を聞いたシェリルの目から、ポロポロと涙が零れる。
「うん!うん!!」
泣きながら必死に頷くシェリルを見て、
(もう大丈夫そうですね)
「さぁ、ゴールはあそこです。生き残れましたよ、お嬢様!」
ラストスパートをかけたエリーゼの後ろ…
「そうは問屋が卸さないぜぇ」
声が、聞こえた。