出発…まで
ヤマトと名乗った少年は、さっさと森を抜けようと歩き出すが、
「ヤ、ヤマトく~ん。置いて行かないで~」
情けない声が耳に入る。
振り返ると、シェリルと名乗った少女は未だ立っていなかった。
「どうした?」
ヤマトは予測できているがあえて聞いてみる。
「こ、腰が抜けて、その、立てなくなっちゃった」
はぁ~~~、とシェリルと出会ってから何度吐いたか分からないため息を吐く。
えへ、と笑うシェリルだが、その裏では冷や汗が止まらない。ここで見捨てられたら今度は確実な死が待っているので、ヤマトに立ち去られるわけにはいかないのだ。
ヤマトとしては大変に面倒だったが、乗り掛かった船と言った手前連れて行かなければならないし、やはり見殺しにするのは夢見や後味が悪くなる。
「ったく、ほら」
シェリルに背中を向けてしゃがみこむ。
シェリルとしてはお姫様抱っこを所望したいのだが、この状況で我が儘は言えまいと背中に寄りかかろうとする。
「あ?もうちょい左だ」
だが、位置を訂正させられる。
「え、でもだっておぶるなら背中じゃ…」
「誰がおんぶって言ったよ?肩に担ぐんだよ」
「えぇぇえええええ!!」
文句あんのか、早くしろと催促するヤマトだが、女性として乙女として納得できない。
(そりゃ、私はまんまお荷物かもしれないけど、それにしたって担ぐのは無いよね?いくら何でもそれは無いよね!?)
頬を膨らましていると、ヤマトが正面に向き直った。
「あのな、こっちだって単にお荷物だから担ぐってんじゃねぇんだぞ。ちゃんと訳があんだよ」
「訳?」
一体どんな理由があれば乙女を米俵よろしく担ぐ必要があるのか、というジト目で見ながら話を聞く。
「お前、この先の道中でモンスターに襲われた時どう対処するつもりだ?」
「え?それはだって足で逃げ切ればいいんじゃ…」
はぁ~、と今度は小さいけれどどこか諦めの入ったため息が零れる。
「この辺のモンスターは足が速いのが特徴なんだよ」
ヤマトが言うには。
この辺りのモンスターは基本的に足が速く、気配を消すのが上手い。その上モンスター同士の生存競争の中では一撃で相手を狩らないと自分が死にかねないので攻撃力もかなり高いとのこと。そもそもヤマトがここに来たのも、そういったどうしようもないほど速い敵との対処方法を見つけ出す修行のためだと言う。
「あれ?じゃぁあの犬のモンスターは?」
「あぁ、ベアウルフの子供か」
ベアウルフ。
成長した姿は狼人間のそれで、森の王者と呼ばれるモンスターのうちの一体に数えられるほどの強さを持っている。ともかく攻撃力と素早さが尋常でないほど高く、他の王者と呼ばれるモンスターに比べれば防御能力は低いが準最高クラスとでも言うのだろうか、決して底辺ではない。体力も高く、一筋縄で倒せるモンスターではない。
だが、生まれて数ヶ月の子供なら普通の狼の姿の上耐久力も低い。攻撃力も脅威とは程遠いからモンスターの中ではかなり倒しやすい部類に入る。
「しかもお前、遊ばれてたしな」
「?」
モンスターと言えども野生の獣となんら変わりない。この世界で生き残るのに経験と研鑽が重要なのは同じなのだ。先程の子供は狩りの練習をしていて、その最中にシェリルに出くわしたというわけだ。
「あれは雑魚だから対処にも苦労しなかったが、あのレベルのモンスターがいつも出ることは無いんだ。絶対にな。その対処にはそれなりの魔法が必要になる。そのとき杖を構えられなくて上手く狙いがつけられなきゃ、俺たちは共倒れだ。それが嫌なら我慢しろ」
「ま、またあんなモンスターが?」
「アホ言うな。ほぼ例外なくあれ以上だ」
サーっとシェリルの顔から血の気が引いていく。あの犬型モンスターより恐ろしい存在など、想像もつかない。
「分かったらさっさと乗れ。夜になったらとてもじゃないが少なくとも無傷で街には着かねぇ」
そこまで言うと、シェリルは渋々納得した様子でヤマトに身体を預けた。
ようやくか、と思いながらも勢いよく立ち上がる。
「うっし。行くぞ、にも―――シェリル!」
「今荷物って言おうとしたでしょ!?」
そのまま二人は騒がしく進んで行くのだった。