出会い
少女は森の中で逃げていた。
生き延びるために、モンスターから。死から。
「はぁ、はぁ」
息なんてとっくに切れている。膝は震えて、今にも転けそうだ。酸素が足りず、どの方向に向かえば助かるのか頭が回らない。
遠くに明るい光が見える。
それに縋って走り抜けた少女を現実は嘲笑うかのように突き放した。
何のことはない。
ただ岩があるだけの行き止まりだ。
壁というほど大きくはないし、登ることも難しくなさそうな岩だ。登れなくとも回り込めば容易に向こう側へ行けるような小さな行き止まりでしかない。
それでも、少女を絶望に追いやるには充分だった。
もう、足が言うことを聞かない。動けそうではあるが、再びマラソンをするのは無理そうだ。
だから覚悟を決めた。
腰に提げたレイピアを握り締め、十秒ほど遅れてこの場所に着いた己の敵を見据える。
―――戦うんだ。
自分を奮い立たせた少女だが、
「グルォ!」
敵が現れて吠えられた瞬間、全てが吹き飛んだ。全身が震え、何も出来なくなる。所詮は虚空に向けてしか武器を振るったことのない少女がいきなり強敵と渡り合えるようになるはずもない。
「ゴァア!」
モンスターが再び吠えて、その牙が迫る。少女は死を感じることも出来ぬまま―――
カッ!
「きゃっ!」
「キャウン!」
しかし少女が喰い千切られる直前、閃光が走った。
(何?私どうなったの?)
疑問だらけの中、少女の前に現れた人を見る。
男の子だ。右手にはその人の口元まである木製の杖が握られている。ローブを纏ったその姿は正しく魔術師のそれだった。
(助かったのかな?)
そう気楽に考える少女に少年は言う。
「…犬っころか。おい。そこのあんた。俺がサポートするからこいつを倒せ」
最初は意味が分からなかった。
数秒経ってようやく理解した時、今度は混乱した。
「何言ってるのよ!無理に決まってるでしょ!!?」
自分にそんなこと出来るわけがない。当たり前だ。自分には生き延びるための力や経験が毛ほどもないのだ。
「お前、突き方分かってんだろ?なら後は適当に左右に動いて俺が合図したら突けばいい。それで勝つから」
なのに少年は無情にも言い放つ。しかも勝てるではなく勝つと言った。それが可能か不可能かではなく自然の摂理だとでも言う様に。
「ほら、さっさと行った行った」
気が付くと少女は再びモンスターと対峙させられていた。今度は身体はあまり震えなかった。恐怖よりも混乱が勝っていたのだ。
先ほどの獲物が再び出てきたので、モンスターは余裕を見せて飛び掛かってきた。
(あ、避けなきゃ)
と思った時には遅かった。モンスターもそう思ったに違いない。
「…《脚力総合強化付与》」
少年が何かを呟いたと思った瞬間、少女の足に力が宿った―――
左足に力を込めて。
大地を、蹴る!
すると、いとも容易くモンスターの攻撃を避けていた。
「え?」
何が起こったのか理解出来ない。それはモンスターも同じのようで警戒し始めた。
「グルァ!」
だが迷いは数瞬。
再三襲い掛かるモンスター。
「突け!」
「!」
少年の声が聞こえた。
咄嗟に少女は突き始める。
いつの間に強化したのか全身の素早さが上がっているらしく、その突きは速過ぎるタイミングで放たれてしまう。
少女は直感した。
この突きは躱される。
そして今度こそモンスターは自分を喰い千切るだろう。
(だめぇ…!)
「能力値操作・攻撃力一択………《一点突破》発動」
少年の声が再び聞こえた。
瞬間。
速度が落ちた。
急に減速してピッタリのタイミングになった突きがモンスターの鼻先に、
当たる。
爆ぜた。
実際は真後ろに飛ばされたのだが、そう錯覚するほどの何かが起きた。
レイピアの先端が触れた途端。モンスターは超強力な馬力を持つ何かに衝突したかの様に吹っ飛んだ。レイピアという力が一点集中する武器を使ったためか、鼻を中心に顔に穴を穿ちながら。
あっという間に木々を縫って見えなくなってしまった。
「……………………」
少女が茫然として突きを放った体制で固まる中。
「終わったな。あんたの家はどこだ?もののついでだ。連れてってやる」
あんまりにも少年が平然と言うので、急に力が抜けた。
と言うより、腰が抜けた。動けない。
「あはは…」
(私、生きてるんだ…)
けれど同時に自分が生きていることにようやく安堵出来て。
「あははははははは」
気の抜けた大笑いしか出来なかった。
この笑いはしばらくは止まらないな、と少女は思う。けど、それでも構わないと思う。
(そうだ、生きてるんだ!)
もうしっちゃかめっちゃか全部含めて。
自分は生きていると少女は実感したのだから。