昼前の嘆き
ガチャ。
「!ヤマトくん、戻ったか」
「何でもいいけど、説明してくんないか?脱け殻みたいに生気が無かったあの娘のことをさ」
ヤマトが帰ってきたと同時に質問するエルバ。
「分かった」
頷いて、ヤマトの知るシェリルの全てを話した。
調査中に出会ったことから、昨夜あったことまでバグピクシーも含めて全て。
たった一日の出来事だ。大して長い時間を掛けずに話を終える。
だが、短くても重かったらしい。
「…また、なのか」
ゴランがため息を吐くとエルバがビクッと肩を震わせる。
「安心しろとは言わねぇよ。けど不安がる必要もねぇ。防壁がある以上は入って来ることは無い」
その言葉に二人の不安は多少和らいだ。
「そう、だったね。今はもう怯える必要はないんだ」
まだ震える声でそれでもホッと息をつくエルバ。
「…悪い。思い出させちまったな」
ヤマトの謝罪に首を振るゴラン。
「いや…あれは仕方のないことだよ。もう取り戻せは、しないんだ」
いろんな感情を無理やり飲み込んだような平坦な声で言う。
ヤマトがフォトスレーインに来て絶対魔法防壁を張るまでこの町は、常にモンスターの危険に晒されていた。なぜかこの町は『町という一種安全フィールド』にも関わらずモンスターが侵入してくる。それも堂々と。昼間はめったに来ないが、夜になると絶対に出てくる。基本は家の中に入れば大丈夫なのだが、時折家の中に侵入する者もいる。そういったモンスターを倒すために自警団を組んでいたのだが、たった一種類のモンスターの登場で自警団のシステムは機能しなくなった。
ベアウルフである。
この自警団システムにはモンスターを倒せることを前提としている。しかし、ベアウルフの存在が全てをひっくり返してしまったのだ。その後何年もかけてベアウルフ対応マニュアルが作られた。とは言っても、遭遇したらどういう手順で逃げろ、というものでしかなかった。
結果、被害はある程度以上減ることはなかった。それもそのはず、結局は勝つためのものではなく被害を減らすためのものだ。だから、被害者が増えることはあっても減ることはない。
アロノフ夫妻の息子も被害者になってしまった。
二人は悲しんで哀しんだ。
そして、受け入れた。正確には受け入れるしかなかった。
力の無い者たちは、生き残りきることが許されないという現実を。
無慈悲で残酷で理不尽なこの世界を。
「…んで、あいつはどこにいる?」
話を終えて次の話題に移る。あいつ、とはもちろんシェリルのことである。
「あんたの正面の部屋、二号室だよ」
そうか、とだけ返事をして席を立つ。
「………ねぇ」
ヤマトが階段を上って行った後、ぽつりと声をかけるエルバ。
「………大丈夫。きっと、大丈夫」
ゴランは彼女の不安を拭うように肩を抱く。
それだけで、なんとなく安心感が二人を包んだ。
「いやぁぁぁああああああああ!!!」
「!?」
突然、シェリルの居る部屋から悲鳴が聞こえてきた。
バタンッ!!
「どうした!何があった!?」
勢いよくドアを開けて部屋に入ると、シェリルはマネーカードを手に震えていた。
「これ、こんな...」
後ろから覗くと文字が浮かび上がっていた。
遺産継承完了。
この世界のマネーカードには受け取り・譲渡機能ともう一つ、遺産継承がある。自分が死んだとき、あらかじめ登録したマネーカードに自分の所持金の全てを与える機能だ。
これは生きているうちは何があっても使われることは無い。
つまりそれは、ハベルの死が確定したということ。
「みんな、いなく...なっちゃった」
絶望すら枯れ果てたような無気力な表情で静かに涙を落とす。
「私、一人になっちゃったよぉ...」
すすり泣くシェリルを前に、ヤマトは手の中の物を握り締める。
それは今朝買ってきたアクセサリーだ。
中身に、エリーゼの遺灰が入っている。
(今渡したら、壊れちまうかもしれねぇな)
すでに精神がボロボロのシェリルにさらなる現実を叩きつければ、廃人になる可能性だってある。それはヤマトの良しとするところではない。かと言って、世界が甘くないことを知っているヤマトとしては懸命に慰めるというのは選択肢としてあまり良いものではない。確かに今のシェリルを慰めるのは簡単だ。時間を掛けて優しい言葉をかけ続ければ、高い可能性で持ち直すだろう。しかしそれでは、これから先再び似た事態になった時に確実に死ぬ。
今と未来を天秤にかけてヤマトは、
「だったら何だ?」
厳しくいくことにした。
「え?」
随分と冷たい声にヤマトを見る。
「あの二人が生きてようが死んでようが、お前が生きるのに関係無いだろう?」
「関係無いって...」
シェリルの中で、感情が揺れるのをヤマトは感じた。
慎重に言葉を選んで、シェリルの神経を逆撫でする。
怒りは最も爆発力のある感情だ。上手く引き出せれば、絶望した人間も立たせることが出来る。
(言葉の選択を、一字一句間違えるな...!)
賭けの勝率は悪くない。
だがそれは、ミスをしなければの話。
長い説教は逆効果。
一言。
「なら、言い換えてやろうか?」
次の一言で、決まる。
「あんな奴等、どうだったっていいだろ」
言った瞬間ーーー
パシィッ!!
音が部屋中に響いた。
「ふざけないでっ!!!」
何も知らないくせに、何も分からないくせに軽々しく言うな、と感情の一切合切を憤りとしてヤマトにぶつける。
「じゃぁ、どうするんだ?」
「知らないわよ!分からないわよ!!」
涙をボロボロ零しながら、ヤマトの胸元を叩いて吐き出す。
「どうすればいいのよ!!?私はどう生きればいいの!?」
「どう生きたい?」
「分からないわよ!!いっそ死にたいくらいよ!!」
死を望むと声を大にして叫ぶシェリル。
(このままだとまずいな。けど...)
「でも生きるのか?」
多少の不安を抱えつつも是非を言わず淡々と問答を繰り返す。その先の言葉を期待して。
「そうよ!!!」
「なぜ?」
「.........っ!」
シェリルは一瞬言葉に詰まる。その脳裏に一人の、大切な人の姿がよぎった。
その言葉を口に出すのは辛い。
でも言わなければならない。
自分を庇って助けてくれる人は、もういないのだから。
「人生が、あるからよっ!!」
「!」
聞いたヤマトの口元が緩む。
(良かった)
シェリルの精神的支柱は折れてなかった。おそらく、今の言葉は受け売りだろう。言うのに勇気を振り絞らなければならなかったに違いない。
けど、シェリルは言い切った。
ならばきっと前を向ける。
たとえ今絶望に打ち拉がれていても、ゆっくり自分の足で立ち上がれる。
「だったら抗え」
これ以上だらだらとやり取りを続ける必要はない。そのままヤマトは部屋を出る。
憎まれ役の胸では、泣けないだろうから。
アクセサリーは、渡せなかった。