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電子世界の開拓魔術師  作者: 矢口 旬
1章~その少年は開拓者~
11/15

町の朝

 ヤマトが目覚めると、ベッドにいた。

 見憶えのある部屋。以前フォトスレーインに来た時泊まった宿屋のはずだ。

 部屋を出ると簡素な造りの廊下に出る。ヤマトは全部で六つある部屋の内一番壁際の部屋に入れられたらしい。

(あいつの部屋は…)

 シェリルの安否を確認しようとするが、首を横に振って階段を降りる。

 まずは現状確認。

 シェリルのことは後でもいい。

 薄情ではあるが、依頼が終わった以上赤の他人だ。命の危険が無いのなら無理に気に掛ける必要も無い。

「お、もう起きて大丈夫なのか英雄さん」

 階段を降りるとすぐにロビーに出る。ロビーと言っても小さなテーブル一つと椅子が二つ、あとはカウンターのみ置いてあるだけの小さなものだが、だからこそ落ち着ける雰囲気のある場所となっている。

 その店主、もとい家主の妻がヤマトを出迎える。

「英雄はやめてくれ。昨日はあんたが?」

「いんや。散歩で近くを通った人がいたらしいよ。ウチに預けたのは前に泊まったことがあるからって訳だよ」

 ヤマトの文句は華麗にスルーして説明をする。

 それに対して、そうか、とだけ返して宿屋を出ようとする。

「待ちな」

 ドアに手を掛けたところで呼び止められる。

「朝メシは食ってくもんだよ」

 そう言って包まれたサンドイッチをヤマトに投げ渡す。危なげなくそれを受け取って、

「…いただいてく」

 それ以上何も言わずに出掛けた。




「おぅ、召し上がれ!……はぁ。全く、何か説明してほしいもんだよ」

 届いたか分からない声を掛けてヤマトが出た後、ため息を吐きながら相変わらずの態度に文句を言う。

「まぁまぁエルバ、彼の事情が特別なのは前々から分かっていたことだろう?」

 店の奥からずんぐりとした体格の男―――ここの家主のゴラン・アロノフが低い声で話しかける。

「でもさアンタ、流石に今回はスルー出来ない問題があるじゃないさ」

 エルバが階段に視線を向ける。

「…まぁ、確かに」

 ゴランもそこは同意なのか頷いて同じ方向に向く。

 その視線の先に、

「…おはよう、ございます」

 今にも死んでしまいそうな、暗い雰囲気を漂わせた見知らぬ少女が降りて来ていた。

 シェリル・ウィングフィールドだった。

 アロノフ夫妻からすれば心配なことこの上ないが、まず彼女が誰で、ヤマトとどんな関係で、何故この町に来たのか、簡単に言うと情報や説明が欲しかった。

「…朝ご飯出来てるよ。テーブルはこっち、来な」

 しかしそれらを全部置いといて、エルバはシェリルを食堂に連れていく。

 何はともあれ話はメシを食ってからだ。




 コン、コン、コン。

「はい、どうぞ」

「入るぞ」

 ガチャ。

「おぉ、これはこれはヤマト殿。お元気そうでなにより。今朝町の境界辺りで倒れていたと聞いた時は肝を冷やしましたよ」

「宿は町長が手配したのか?正直助かった」

 どう見ても初老の男性と少年の会話ではなかったが町長は気にしていないどころか、ヤマトに礼を言われる方が恐れ多いという様子だ。

「何をおっしゃいますか。我々こそ、ヤマト殿のおかげで何世代も先の未来までこの町を助けていただいたのです。この程度で恩を返せるなんて考えてません」

「俺はこの町で実験したに過ぎない。助けたのは副産物であって目的じゃねぇ。勘違いはすんな」

 言われた町長は照れ隠しと思ったのか穏やかな目でヤマトを見る。

 チッ、と舌打ちして話を切り出す。

「調査の結果だがな、予想が当たった」

「なんと!では…」

「あぁ。ベアウルフの群れが超巨大化してる」

 事前の話し合いで高い可能性を示していると言われていたが、町の長としてはため息と頭痛が抑えられない。

「悩ましい。真に悩ましいですな。ヒルドラグトから方々に危険の知らせをしていても途中の道での被害がなくならない。しかも昼時でさえもです」

 ベアウルフは昼夜問わず行動はする。しかし、基本的に『狩り』と呼ばれる活発的活動は夜にしか行わず、さらに言うと活動範囲は森の最奥に近い位置であるため昼間に遭遇する可能性は低い。

 だが今回のように活動範囲が普通の道端にまで及ぶと、ベアウルフは相手を獲物と認識したらいつでも狩りを始める性質上必ず襲い掛かってくるのである。

 それでも昼間ならば単体での行動や夜と違って狡猾さもあまり見られないため、腕の立つ者が一人でもいれば対処できる可能性は大いにある。

「しかしヤマト殿、貴殿も何を考えていらっしゃるのですか?夜の奴らの危険性は知っておいででしょう?」

 だが、夜のベアウルフは危険が過ぎる。チームを組んで、身体能力や地形の有利をフルに使って獲物を追い詰め仕留める。夜の行動はまさしく『狩り』なのだ。

 昔からベアウルフの行動に詳しいフォトスレーインはヒルドラグトと協力して夜に町を出てはいけないという条例を出しているほどだ。

「…少し考えなしだったのは認める。だが今回はイレギュラーがいたんだよ」

「イレギュラーですと?」

 頷くが説明を始めないヤマトを問い詰めることはしない。

「どうなさるおつもりですか?」

 代わりに聞く。

「勝手に動く」

「かしこまりました」

 簡単端的なやり取りをして町長はヤマトに自由に行動する許可を与える。あまり意味を成さないが、言質を取るという行為はたとえ小さくとも力を持つ。力や物のギブ&テイクはこの世界では常識的なルールである。

「邪魔をした」

 話を終えたヤマトは早々に立ち去る。

「あ…行ってしまわれた」

「失礼します」

 ヤマトが出ると同時に別の扉から若い使用人がケーキと紅茶のセットを持ってくる。

「あれ?町長、英雄様はどちらへ?」

「あの方はもう帰られたよ」

「そうですか…」

 残念そうに俯く使用人。ヤマトに自慢のケーキを食べてもらいたかったのだろう。

「あの方は忙しいからね。仕方がない、二人で食べるとしよう」

「いいんですか?やった!」

 言われると喜んで紅茶を注ぐ。

「ふむ、いい香りだ。ところで君…」

「はい、何でしょう?」

 紅茶に手を伸ばす前に一言、

「あの方は英雄と呼ばれるのがお嫌いだ。直しなさい」

「は~い!」

 元気の良い返事をして、朝食代わりのティータイムが始まる。




 ふぁさ。

 カーテンのように長い暖簾をくぐって薬草専門店の中へ入る。

「いらっしゃい。ってヤマトさんじゃありやせんか」

「おぅ、久しぶりだな。例のものは?」

「へっ、さすがに一年半もありゃ出来とりますよ」

 そう言って商品を出そうとする。

「まだ受け取らない」

「およ?いいんですかい?」

 意外な答えを貰って戸惑う店主。

「どのみち、俺以外に使う奴がいねぇんだ。ここを出る前にまた取りに来る」

「へい、そんじゃまたのご利用をお待ちしてます」

「あぁ」

 そのまま世間話の一つもせずに店を出た。

「何か今日は急いでたな、英雄の旦那」

 足早に立ち去ったヤマトに対して一抹の寂しさを感じる店主。

 先ほど渡そうとした商品を見る。

 それは一年半前、ヤマトに言われて作った二つの精神安定剤(SP回復ポーション)だ。

「…英雄の旦那、こんな毒物飲んだら死んじまいますぜ」

 ラベルには75%、100%と書かれていた。




「おっ!ヤマトさん、大丈夫だったか!」

 道を歩いていたら露店のアクセサリー屋が声をかけてくる。

「あんたは?」

「あぁ、俺ぁ今朝方ヤマトさんを見つけて宿に運んだもんでさぁ」

「!…礼を言う。助かった」

「そっ、そんな大げさな」

 頭を下げるヤマトにたじろぐ商人。

「?この商品は?」

「へ!?あ、あぁ!そいつは中が空洞になってまして、こう折り曲げるようにすると...」

 商品を手に取って目の前で、

 パカッ。

 ギミックを見せる。

「こいつは値段の割りに頑丈でしてね。入れられる物は限られやすが、その代わり入れた物が無くなることはそうはないってもんでさぁ。何か魔法が掛かってるらしいっすけど俺ぁその辺よく分からねぇんで、申し訳ありやせん」

(なるほど、確かにこいつには小さく封印の魔法が施されてるな。よく出来ている)

「これは、どこで?」

 製造元の情報を聞いてみる。

「あぁ、そいつは職人の街『アテリディオ』のもんでさぁ。そいつは大した値じゃありやせんでしたが、それなりに値が張る物が多くて、あの町ではあんまり仕入れられなかったのが残念で仕方ないっす」

 十分以上の答えに、そうか、とだけ返して商品を手に取る。

「これを五十万で売ってくれ」

「はい、分かりやし―――って、ごごご、五十万ーーーー!!!?」

 高すぎる値段に腰を抜かす商人。

「何考えてんすか!?その十分の一でもたっぷりお釣りが出る値段っすよ!ホント、何考えてんすか!?」

「その金でまた良い物を仕入れりゃいいだろ?」

 そんな程度のことも分からないのか、とでも言いたげだが、あくまで『適性な価格』でなるべく高く又は多く売ろうとする商人としては、下手すれば信用問題に関わるために軽々しく値段以上の金額を受け取れない。

「こいつは三万八千、それ以上は全部釣りです!これでも充分高い値段設定なんです、お願いしやす!」

 頑として値段を変えようとしない商人にヤマトが折れた(普通は逆である)。

「分かった、ならそれで買う」

「ありがとうございやす!」

 商品を受け取ってその場を去る。

「売れて良かった。っかし、大丈夫だといいんだがな。ヤマトさんと連れの人」

 英雄とのやり取りを終えて、額に少し変な汗をかいた商人が安堵の息を吐く。

「にしてもヤマトさん、飴玉も入らないもんに何を入れるんすかね」

 呑気にそらを見上げながら、商人は次の客が通りがかるのを待つ。




 フォトスレーインの朝は過ぎて行き、やがて活気の溢れる昼が来る。

 なんてことのない、普通の町の平和な一日が続く。

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