夜明け
エリーゼが燃えていく。その表情に苦しいものは見当たらず、とてもいい表情をしていた。
(嫌!どうしてそんな満足そうな顔でいっちゃうの!?)
シェリルはほんの少し前に父親を捕らえられている。その時は絶望したが、その後のエリーゼの励ましもあって生きていこうと前向きな気持ちにもなれた。
それなのに、
(いかないで!!私を一人にしないで!!!)
守ってくれたけど、裏切られた気分だった。
「!」
感情がしっちゃかめっちゃかで何もまとまらない混乱した頭で、エリーゼを見続けていたら見えた。
確かに自分の方を見て、小さく口を動かした。
ごめんね、シェリー…
そう、言ったんだと思う。
その言葉は何に対してなのか、シェリーなんて呼ぶのはあの日以来初めてだなとか、色んな思いが頭の中をさらにぐちゃぐちゃにする先で、炎が大きく揺らめいてエリーゼを覆う。
エリーゼの姿はそこで跡形も無く消えた。
目の前が、真っ暗になった。
「礼、ね…」
エリーゼを燃やした炎消す。
「お前のことは忘れねぇよ」
その遺灰を少量、空の容器に入れてから壁に向かって進む。
――と、その膝がガクッと折れた。
「くっ!…はぁ、はぁ」
(SPを使い過ぎたか…)
魔法や特殊な技を使うために必要なSPと言われているが、その実、消費した精神力の目安がSPなのである。
だから極端な話、SPが0になっても魔法を発動することは出来る。
しかし、マイナスに振り切れた精神はどこかで歪に崩れてしまう。すぐには異常をきたさなくても、いつかまた無理をした時に異変が生じる。
HPも同じ原理だ。
HP0とはちょうど生死の境目であり、症状によっては放っておいても回復したり、逆にマイナスになって死んだりもする。さらにHPは走ったり、疲れたりしても減少する。
結局のところ、HPやSPといったパラメータは現状の目安であって、絶対の数値ではないのだ。
今ヤマトがふらふらなのは、魔法を連続で効率も負担も度外視で使い続けたからだろう。
頼りない足取りで、倒れ込むように壁の内側へ入る。その直後、
「ふむ。惜しかったのぅ」
「!!」
首だけを動かして後ろを見ると、バグピクシーの姿がそこにあった。
「お前…もう」
「あの程度で妾を長時間縛っておける訳なかろう?」
弱ったヤマトに差を見せつけるかのように余裕の笑みを見せる。
「にしても、お主は情けないのぅ」
言って、ベアウルフに向けて手をかざす。
パキィ!
甲高い音が鳴って氷が砕ける。
「!?ピクシーの、姐さん!」
「全く…仮にもこの森の主とまで言われた存在が、この体たらくとは」
「そりゃ言わない約束でさぁ」
仲の良い先輩後輩のような会話をする二体。
(いくらバグってるとはいえ、ベアウルフを舎弟扱いかよ)
町のほんのすぐ傍にベアウルフほどの強力なモンスターが現れた時点で予想はしていたが、それでも極度の異常を感じざるを得ない。
「ほれ、その切れた腕も見せよ」
「あっ、はい…」
再び手をかざすと、ヤマトが叩き斬った右腕が生えてくる。
「ふぅ、助かりやした」
「世話が焼けるのぅ。…ところで」
日常と何ら変わらぬ様子で会話を続ける二体はヤマトに意識を向ける。
「今日はお主のせいで収穫を逃した」
「よくも俺の獲物を消しやがったな」
それぞれ威圧感を出してヤマトにぶつける。
「次に会ったら覚悟するがよい」
「次会ったらただじゃおかねぇ」
(っそったれが…!)
その勝利を確信した発言には黙っていられなかった。
「そりゃぁ、こっちのセリフだ」
手の中にある遺灰を、手が白くなるほど握り締めて言う。
「てめぇらこそ精々気を付けるんだな」
余力を振り絞って睨みつけて、
「次に会ったら覚悟しておけ」
宣戦を布告する。
言われたベアウルフは負けじと睨み返すのに対し、バグピクシーは恍惚の表情を浮かべていた。
「あぁ、あぁあぁ!良いのぅ…」
「姐さん?」
「今宵はやはり素晴らしい。三日月の浮かぶ漆黒の下、命を掛けて鎬を削る。血の匂いに塗れた良い夜じゃ」
空を見上げてただ語る。
「…ありゃぁ二十七日月だ。あとは欠けて新月になるだけだ」
「ほぅ、それは初めて聞いたのぅ」
だからどうした、とでも言いたげに返す。
「そうかい。まぁ、俺としても月の無い夜は気を付けろって言いたいくらいだしな」
「その夜がどうしたのかぇ?」
込めた殺気も軽く受け流すバグピクシーに、
「別に。ただ紅い華が咲くだけだ」
さらに挑戦状を叩きつける。
「!ふふふ」
さすがのバグピクシーもここまで言われては受け流しきれなかったらしい。思わずといった様子で笑いが零れる。
「ふふ、ふははははは!!愉快じゃ、唯々愉快じゃ!あははははは!」
そうして一頻り笑った後、
「良い。待っておるぞ」
宣戦を受理する。
そのまま、二体は森の中へ帰って行った。
(終わったか…)
気が抜けると同時に睡魔が襲ってきた。
鳥の鳴き声を聞きながら、目を閉じる。
平和な朝日の中、ヤマトは眠りに着いた。