Play
5月12日 午前8時32分 西部2区 遊園地ミリオン ジェットコースター付近
「そういえば、人もいないし変装なんてしなくていいわよね」
「そうなんじゃない」
愛花はそう言いメガネをはずした。今まで怒涛の展開で彼女の容姿をよく見てはいなかったが、やはり『アイドル』といわれるに相応しい容姿である。色白の肌、凛々しい顔立ちにセミロング茶色の髪がまた映えている。彼女はたぶん制服を着たのは初めてだろうが制服の着こなしも目を見張るものがある。
「どうしたの霧峰?私の方をじろじろ見て」
「いやべつになんでもないよ」
彼女はメガネを鞄にしまいながらも僕の視線を知っていたようだ。
「ふふふっ。もしかして私の美貌のとりこになったのかしら?」
「そんなこと…ない…かな?」
否定をしようとはしたがうまく否定ができない。確かに彼女は今まであってきた女性の中で一番美しいのだから。あながち巽が騒ぎ出したことも頷けてしまう。ただし正確に難ありだが。
「さっきとは違って否定が薄いわね。気を使って否定しないのかしら?」
「いや、確かにその美貌だかを認めないのは罪かなと…」
「それじゃ、私に惚れたの?」
「いやいやいやいや。そんなつもりでいったんじゃないから!」
まさか惚れたなんて聞かれてうなずけるはずがない。巽を含むファンの面々がこの状況に立ったら迷いなくうなずけるであろう。しかし惚れたかなんか言ってくる女性がこの世に存在するとは思ってもみなかった。
「あら、それは残念」
「毎回そばの異性に惚れたかなんて聞いてまわっているのかい?」
「違うわ。まず私の周りに男がいることなんてないし。それに……」
「それに?」
「あなたとは暫定カップル。聞くのは当然のことじゃなくて?」
僕はカップルなんてものがどういうものかなんて詳しいことは知らない。だが彼女の言ってることは何か違うように感じる。だいたい強制カップル成立数分後に聞く内容じゃないだろう。
「いや、当然じゃないでしょ。そもそもアイドルがそんなオープンでいいの?」
「別にあなたは今日の出来事を他言無用でいてくれそうだから、こんなにオープンなのよ」
「それはつまり僕を信用していると?」
「ねちっこそうなあのバカみたいな男よりかは、あなたは信頼に値するといったところかしら」
「そんなに信用されてないんだね…はははっ…」
これに対して愛花が僕に言葉は返さなかった。もしかしたら、『アイドル』なりの男へ対する思い入れがあるのかもしれない。でもまあ、男のこき使い方は熟知しているように思うが。
「さて、まずはジェットコースターね」
一瞬重い空気が流れたが、愛花がそれを取り払ってくれた。
「ねぇ、愛花。ジェットコースターって、あの急速落下するやつ?」
「簡単に言えばそういうやつよ」
話には聞くには、気絶する人もいるらしい。そんなものにこの人は最初に乗ろうと言っている。
「なんで平然と言える…怖くないの?」
「怖くなんてないわよ。そういえば、看板にここのジェットコースターは正確に90度落下するようね」
初めてジェットコースターに乗るのに、初回からこんな角度じゃトラウマ確定間違いなしであろう。
「げっ…」
「霧峰。ついてきたのはあなたの判断よ。男に二言はないわよね?」
正直判断に迷うところである。ここで絶望を見るか、逃げて愛花の策に落ちるか二つに一つである。だが、自分の判断で彼女に付き添ってきているのだから、逃げるわけにはいかないであろう。そもそも僕に責任はないはずだが…
「わかった。ついていくよ」
「ふっ、良かったわ。あなたが正しい判断が出来る人で」
毎度ながらに彼女の微笑みの裏側を考えるとこわいものがある。
◇
そして僕たちはジェットコースター前へとたどり着いた。
「近くで見るとかなり凄いわね…」
「そう…だね…」
この角度は直感でもわかる。やばい。本当にやばい。というか、あんなに強気だった彼女の顔にも焦りが浮かんでいる。
「本当に行くの?」
僕がそう聞くと、愛花は無理やり微笑みを作り話しだした。
「霧峰、ここまで来て、ひくなんて許さないわ。それに統御愛花に怖い物なんてないわ。さぁ、行きましょう!」
彼女が引き返す様な人間じゃないとはわかっていた。でも、もしかしたら引き返してくれるかもと、淡い希望を持っていた自分が馬鹿に思える。仕方なく僕は乗る事を決心する。
「お二人様ですね、こちらにどうぞ」
ジェットコースターの接客員さんの指示に従い僕等は二人一緒乗る。どうやら僕等以外に数人くらいしか
いない。当たり前といえば当たり前だ。平日に遊園地で遊ぶ人なんて多くいるわけがない。僕等が座ると、固定用の棒が降りる。
「ねぇ、霧峰。怖いからって泣いたりしないでね」
「なっ、泣くわけないださ。愛花こそ――」
「女は泣こうが、叫ぼうが勝手よ」
「何この差別」
「世の中は女が中心よ。その女の中でも私が中心」
めちゃくちゃな理論だが、論破できるような案が思いつかない。
「それでは出発します。どうぞ楽しんでください」
アナウンスと共に、コースターは動き出した。事故が起きないだろうと知っていても、不安しか湧いてこない。
「どうしたの、霧峰。浮かない顔よ」
「そういう愛花も、顔が引きつっているけどね」
愛花とは隣同士であるため、顔がよく見える。きっと今の僕の顔はひどいものであろう。
コースターはどんどん高い所へと登っていく。もう目先真っ暗である。
「霧峰。最後に言うわ、落下中にあった事を一切口に出さない――」
ドドドドドッ!!
愛花の話の途中で落下は始まった。耳をつんざく落下音、とてつもなく体にかかる重力、とてつもないスピード。あまりの事に声がでない。
「キャーーー‼」
だが、隣では悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。ただし他の人の声は離れているためか聞こえない。隣で何がおきているか気になるが、隣を見る事もままならない。風が頭を後ろに押し付ける。
加速は続いていき、目の前に一回転のレールが見えた。わずかの間にコースターはそこを走りだす。あまりの速度と回転に気持ちが悪くなるほどだ。
「うわッーーー‼」
また、隣で叫び声が聞こえる。心なしか先ほどより、声の大きさがましているようなきがする。
コースターは高速で走り続けて、スタート地点へと帰ってきた。
多分、乗っていた時間は3分くらいであろう。でもあまりの出来事に記憶が所々なく、体感時間は1分くらいである。
あぁ、乗らなければ良かった…