Encounter5
「今は8時で、6時から仕事だから移動時間を差し引いて5時まで自由ね。残り9時間くらいかしら」
「これから仕事があるのに、こんなところに来ていいの?」
「別に構わないわ。まずはジェットコースターね」
愛花はそう決めてすぐに、歩き出していた。僕はそれをまた、追いかけるように歩き出した。
「それにしても、平日の遊園地は空いているわね」
「そうなの?僕は一切遊園地なんて来たことないから」
愛花が不思議そうな顔をする。この歳で遊園地に行ったことがないということを疑問に思うのは、無理もないはずだ。凛城家は特殊な家柄であるため娯楽施設などの一切に行くことは家訓により禁ぜられていた。
「あなたは本当、凄い環境で育ったのね」
「うーん、否定は出来ないかな。実際すごかったし」
そう僕が言うと、何故か彼女は急に神妙なおももちになる。
「ねぇ、霧峰。あなたは本当の自分について考えたことあるかしら?」
「えっ…」
僕は真面目な質問にたじろいでしまう。一体何を言いたいのだろうか。
「私は今の自分が本当の自分なんだと思う。自分が夢見たアイドルになれて本当に満足している。だけど私からみてあなたは、本当の自分をさらけだしていないわ」
愛花は僕に指をさしながら言う。彼女が言いたいことはつまり、僕は本当の自分を隠しているのだと、いいたいのであろう。本当の自分。僕にはそんなもの…
「まぁ確かに僕は本当の自分を隠して生きているね」
「霧峰それは違うわ」
「違わなくないよ、僕は本当の自分をさらけだすなんて恐いし――」
「そこが違うのよ、霧峰。あなたは、私に対して反論も出来るし、普通の話し方もできる。つまりあなたは、自分をさらけだすのを恐れてないのよ。でもあなたは、まるで鳥かごの中の鳥のように、自分が生きたいように生きられないでいる。それはあなたの家柄のせいかしらね。押し隠されてできた性格なんてただの偽物。本当のあなたじゃない」
「愛花…」
今までの愛花の雰囲気と、今の愛花は違っている。まるで別人の様に。さらに彼女は続ける。
「でも本当あなたは、今私の隣にいるわ。だって、会った時よりあなたは生き生きしている」
「そう…なの?」
「そうよ」
本当の自分なんて……という考えは愛花によって取り払われていた。ほんの数分で僕を劇的なまでに彼女は変えた。それは、『アイドル統御愛花』じゃなくて、『素の統御愛花』が成しえたことかもしれない。凛城家に囚われず生きてきた本当の僕はもしかしたら、いるのかもしれない。彼女はそう僕に諭してくれたのだと僕は思う。
そう考えていると、ふと彼女の顔が元に変わった気がする。
「というわけで、あなたを本当の風堂霧峰にしてあげたのだから、最後まで付き合いなさいね」
「はいっ?」
「何、鳩が豆鉄砲食らった様な顔をしているの?速く行くわよ。時間を無駄には出来ないわ」
愛花はそう言うと、僕の腕を軽く掴み先ほどより速く歩きだした。いきなり速く歩きだしたため僕はこけそうになるが、態勢を立て直し愛花に合わせる様に歩き出した。
今は本当の自分の事は気にする必要はない。今日を楽しもう。愛花の行動は、僕にそう思わせた。
しかし、エスコートも何もない様な気がするが…まぁ、いいか……