表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トリーの歌う、愛のうた  作者: らみ
新しい家族
4/49

4 小さな手

 


 じゅわじゅわじゅわじゅわじー


 きゃるきゃるきゃるきゃるくー


「トリー、蝉の鳴きまねはしなくていいよ」


 きゅるくー、トリー!


「はははっ、名前はもう完璧だな」


 背負い籠にトリーを入れて、僕は山を下っていた。

 ばあちゃんの言った通り、たった一晩で獲物を獲ることができたのだ。

 僕が獲るのはもっぱら雉。罠を仕掛けておいて、日を置いてから回収する。大物が獲れない代わりに畑仕事をしながらでもできるので、一人暮らしの僕にはじゅうぶんだった。

 今日の獲物は雉が2羽。

 あのときと同じだ。


 トリーの卵を拾ったとき。

 違うのは肌寒かった空気が熱を持ち、すっかり暑くなったこと。トリーが孵って元気に大きくなったこと。そして見上げても見下ろしても、草木の葉が茂って見通しが悪くなったこと。

 あのときはもっと空が広かった。葉の落ちた枝の間からトリーの産まれた巣を必死に捜して、それで見つからなかったのだ。加えていまのこの様子では、トリーの仲間を捜そうにもどうやって捜していいのかわからない。

 トリーの親が見たかった。もし兄弟がいるなら会いたかった。

 大人になったトリーがいったいどんな姿になってしまうのか、僕は不安でしかたがなかった。


「おーい、ミカ!」


 家の近くの木の下で、アキが手を振っていた。

 帰ってきたんだ。

 僕は急いで──でもトリーの入った背負い籠を揺らさないよう気をつけて、アキの元に駆けつけた。


「留守にしてて悪かったな。これ、土産」

「ありがと。でもそんなことしなくてもいいのに。……ってこれ」

「愛しのトリーちゃんに」


 決まってるだろ、と差し出された箱の中には蝉の幼虫が詰まっていた。よくこれだけ集めたものだと感心してしまう量だ。

 確かにトリーは蝉が好きだ。地虫よりも美味しいらしく、差し出せば喜んで食いついてくる。

 でもそろそろ虫は卒業しようと思っていたのに。

 ひっそりと溜息をついて、僕はアキを家の中に招き入れた。




 勝手知ったる家の中、淹れておいた茶を湯飲みにとりわけるとテーブルの上に置き、アキはどっかと椅子に腰を下ろした。


「……で? どーしたよ」

「うん……」


 雉を置いて荷物を片付け、籠の中からトリーを抱き上げアキの膝の上に乗せてやる。

 アキとは何度も顔を合わせているからトリーは怖がることもない。きゃあきゃあ歓声をあげて翼を動かし、尾も上下に振って上機嫌だ。


「あらら。ずいぶんハゲちゃったなあ。でも翼には羽も出てきたから……いててっ」


 興奮したトリーが嬉しさのあまり、アキの腹を蹴ったのだ。トリーの足はすっかり太くなり、爪も鋭いから蹴られると結構痛い。


「こーら。痛いだろ」


 めっ、と翼の下に手を入れて、アキはトリーを持ち上げた。

 翼と足を交互にばたつかせ、きゃるくーきゃるくーとトリーは楽しそうに声をあげる。その様子を目を細めて見ていたアキが、なにかに気づいて眉を寄せた。


「なんだ、こりゃ」


 膝を揃え、アキはトリーの腹を上にして寝かせると、胸の辺りでふさふさしている二つの水色毛玉を手に取った。最後まで残っているトリーの産毛。風もないのに翼と一緒に左右に振れて、まるでそこにも翼があるようだ。


「……これ」


 指先で毛玉を握ったアキの表情が険しくなった。

 真剣な目つきでトリーの毛玉に指を這わせ、「身」の部分の形状を確かめている。やがて指を離すが人差し指は水色毛玉にふれたまま。そのまま指を動かすと、つられてトリーの毛玉も左右に揺れる。

 羽毛に埋もれたアキの指は、トリーによってしっかりと握りしめられていた。


「うちに来たのって……これが理由か?」

「うん……」


 翼のほかに、5本の指のある小さな手。産毛が抜けて、顔立ちも体つきも鳥とはどこか違ってきた。尻尾だって少しずつ伸びてきて、トリーは徐々に「鳥」ではなくなってきているようだ。


「ずっと鷹か鷲だと思ってたんだ。……違うっていわれても、いまさら名前は変えられないし」

「はあ? ……名前?」


 アキは目を丸くした。

 こんなときになにを言っているんだ。

 そんなふうに睨まれたけど、これだって重要なことなんだ。


「鳥だから、トリー。もうトリーだって自分の名前、覚えてるからな」


 きゅるくーきゅるくー、トリー!


「よーしよし、よく言えたな、トリー」


 顎の下をくすぐると、トリーはくるくるくーと喉を鳴らして喜んだ。


「喋るのか……」

「最近覚えたんだ。なー、トリー」


 きゅるきゅーくーくー、トリー、トリー! きゅるきゅるきゅー


「ほら、アキおじちゃんから蝉を貰ったんだ。美味しいうちに食べような?」


 きゅるきゅる、ぎゅるるっ、ぎゃー


 食べる食べる、はやくちょうだい。

 首を伸ばして口を開け、翼をばたつかせて餌をねだるトリーはまだまだ雛だ。

 腹一杯になるまで食べさせてから耳の後ろをくすぐってやり、うとうとしだしたところを見計らって僕らは静かに部屋を出る。

 声を潜めて僕はそっと囁いた。


「なあ、アキ。トリーは……なに?」

「……俺も見るのは初めてで、はっきりしたことはわからない。でも」

「でも?」

「恐らく……ドラゴンじゃないかと思う」

「ドラゴン……?」


 頷くアキに、僕はほっと胸を撫で下ろした。


「そっか……ドラゴンか」

「おい、なに安心してんだよ」


 これは大変なことなんだぞと小突くアキに、僕は口をとがらせる。


「だってトリーは虫じゃないんだろ? いいことじゃないか」

「虫ぃ?」

「そうだよ。いままでずっと、トリーは虫ばっかり食べてきたんだよ? 大きくなって虫になったらどうしようって、ずっと心配してたんだ」


 そう、それだけが気がかりで、僕はこのところ夜もまともに眠れなかった。

 トリーがドラゴンで良かった。

 もし虫だったりしたら、食事のたびに共食いさせることになっていたから。僕はそれがどうしても嫌だった。

 とりあえず一安心だけれど、どうやらアキは違ったようだ。ものすごく疲れた顔をして、背中を壁に預けるとずるずると座りこんだ。


「……なんで……虫なんだよ……」

「足が6本あるから」

「ばっかやろっ! 虫は足の他にも羽があるだろ? だったらトリーはそれだけでも虫とは違う!」

「あ……」


 そうか。トリーの翼が虫の羽だと考えれば、トリーの足は4本だ。それなら虫の仲間には入らない。やっぱりアキは物知りだ。

 でも、もうひとつ心配なことがある。

 アキの瞳をじっと見つめ、僕はその疑問を尋ねてみることにした。


「ならさ。トリーはカエルでもないよね?」

「あっ……たりまえだろ? なんでカエルなんだよ」


 一瞬言葉を失ったが、アキはちゃんと答えてくれた。

 なんだか怒っているのが気になるけれど、街から帰ったばかりできっと疲れているんだ。アキは、本当は信頼のおけるいい奴なんだから。


「だってさ、オタマジャクシやアマガエルを餌にしたことがあったから」


 大きくなって手が生えるだなんて、まるでカエルそのものだ。

 トリーは鳥の雛とはどこか違う。

 もうだいぶ前からそんな気がしてならなかった。だからちょっとしたことでも不安にかられ、少し神経質になっていたのかもしれない。

 でもトリーがドラゴンだと知って、僕はとても安心した。

 トリーがたったひとりだけの生き物だったらどうしようって、それだけが怖かった。

 それでもドラゴンなら。

 少なくとも仲間がいるってことだ。

 本物を見たことはないけれど、名前だけは知っている。全身ウロコに覆われた、トカゲに似た大きな生き物。鋭い牙と爪を持ち、背中には羽まで生えている。

 子供心に格好良いと思っていた。トリーがまさかそのドラゴンだなんて、なんだかわくわくするじゃないか。


「トリーがドラゴンか……」

「ミカ、落ち着け。そしてよく考えろ」


 このとき僕は、確かに浮かれていたのだろう。だから、アキがなにを心配しているのかよく理解していなかった。

 ドラゴンだと言われても実感がわかなかったし、怖い生き物だという話を聞いてもオオカミみたいなものだと、そう思っていた。オオカミは犬の仲間で人に懐いたりもする。トリーはあんなに懐いているから、きっと僕のいうことも聞いてくれる。

 僕は勝手に、そんなふうに考えていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ