ドワーフのビキニアーマー職人
ここはよくある普通の剣と魔法の世界。
ビキニアーマー職人の朝は早い。
ドワーフが多く住む職人の街メタルムの片隅に、最後のビキニアーマー職人ネーマ・ファーベルの工房がある。
朝5時、工房の祭壇に食事を供え祈りを捧げるネーマ、職人の一日はこうして始まる。
その後、夕飯の残りで朝食を済ませた彼女は作業を始める、16年前病気で防具職人の夫を亡くして以来、工房を一人で切り盛りしている。
今回の作業は打ち出しの仕上げだ、打ち出しとは金属板をハンマーで叩き、成形、鍛造してゆく作業である。
最高級のビキニアーマーに使用されるものは軽量で魔法効果も高い霊銀である、胸を程よく揺らしながらも決して露にはさせず、見えそうでありながら見えないことを旨とする、長年培った技術が蠱惑と防具としての機能をハイレベルな形で両立させるのだ。
ビキニアーマーのブラジャーの部分は既に形になっているように見えたが、まだ成形は終わっていないという。
「ビキニアーマーは、金属加工から、縫製、宝飾や諸々の細工……いろんな技術の集大成なんですよ」
ビキニアーマー職人に憧れ彼女の許を訪れる若者が時折現れるが、ビキニアーマーの未来は明るいとは言えないため、すべて断ってきたという。
「受け継がれてきた技術が私の代で終わるのは残念ですが、時代の流れですからねぇ」
ビキニアーマーとは、古くは神殿に仕えていた舞姫や女性神官の武装として考案されたもので、攻め込んでくる男性の兵士を惑わしながら戦うためのものだった。それがドワーフ謹製の魔力を帯びた品が作られるようになってからは、その高い防御力が評価され様々な立場の女戦士に普及したが、魔物相手には誘惑の効果が薄いこと、何より……女戦士ならばビキニアーマーを着るべきという社会的な圧力が発生したことが逆にビキニアーマー不買運動を起こす結果となり、衰退する流れとなった。
ビキニアーマー職人ゆえに辛い思いをされたことはありますか?
「そりゃぁありますよ、子供たちがね、同級生のやんちゃな子にお前の母ちゃんビキニアーマー職人~! って馬鹿にされたって、泣きついてきて……ええ、そりゃぁ辛かったですよ……で、そのからかった子たちは、大人になってから娘に「お前はなんで継がないの?」と言ってきたって……継ぎたくなくなったのはおまえらのせいだろって、あははは」
ネーマの目は笑っていなかった。
6時10分、打ち出しが終わり、今度は彫金にとりかかるネーマ、毛彫りによるまじないの模様にオリハルコンの象嵌、そして目的に合わせた魔石の石留する……これらすべての相互作用が薄着のように見せつつも素肌を見えないフィールドのヴェールを発生させることで、同素材を用いたフルプレートアーマーを上回る防御力を産むのだという。
ご自身が着用なさったことは?
「いやいやいや、私自分で着るとなれば恥ずかしいですし……作り手が言っちゃダメなことかもしれませんが、不買運動が起こったのもね、わかるんですよ……推奨する側が無神経だから衰退する、結構ある話なんじゃないですか?」
7時30分、一息つくネーマ。
ドワーフは押しなべて酒豪であるがゆえに、仕事中もワインなどの醸造酒を手放さない職人もいるというが、彼女は仕事中は一切アルコール類を口にしない。
「酒は燃料、酒による高揚感で神に近づき道具に力を与えるという職人も多いんですが、私はそういうタイプではないみたいです」
彼女はそう言って、キノコを煮出した茶をスタッフにふるまってくれた。口にすると熱く、何とも説明しがたい香りが鼻を突き抜ける。
不思議な味のお茶ですね。
「私らは好きなんですが、他の種族の人には結構好みが分かれるみたいで……これを使ったリキュールのカクテルは……なんだったかしら? エルフの人たちの間で最近流行ってるとか」
かつて犬猿の仲だったエルフとドワーフだが時代の流れもあり大きな対立も減り、昨今では盛んに交流もしている、やはりドワーフの作った品々をエルフたちも無視できず、エルフもまたドワーフにとって良い顧客たりえたのだ。
「私が子供の頃はまだエルフとドワーフは仲も悪くて……なんですけど、私の祖母が作ったビキニアーマーをエルフの舞姫をやっていた人がいいものだって言ってくれて」
ビキニアーマーもドワーフとエルフとの友好に貢献しているというわけですね。
「そうだといいですねぇ、その人も孫の分も私に作ってもらいたいと言ってくださるんです、まだまだ引退はできませんね」
8時、素材の買い出しに付き合うこととなった。
まず、注文した布を受け取りに行く。
これは蜘蛛の魔物の糸で織りあげたもので、きわめて高い強度と魔法効果を誇るといい、以前は知り合いの職人に任せたこともあったが出来栄えがしっくりこなかったため、結局ネーマ本人が刺繍を施しているという。
「その人の腕が悪かったわけではありません、ただビキニアーマー全体としてみると、どうしてもそこが浮いているように感じてしまって……これは他のパーツと一緒に調整してゆくところですから、どうしてもそうなってしまうみたいです」
次に向かったのは金属や石などの素材を扱う店、ネーマは金属の塊や原石を一つ一つ手に取り見定めてゆく。お眼鏡にかなったものを信頼を置いている宝飾職人がカッティングしてもらうのだ。
材料を選ぶうえでの決めてみたいなものはなにかありますか?
「決め手……といっていいのかはわかりませんが、ビキニアーマー自体は飽くまで身を守ると同時に、着ている人の魅力を引き出すものなんです。
宝石は綺麗ですからそれ自体を魅せたいという誘惑にかられるし、職人としても私はこれだけすごい細工ができるんだ! ってひけらかしたくなる……若いころはよくそこを母に叱られたものですよ、人を芸術品の飾り台にしているって、母も祖母もビキニアーマーは着用してこそのもので、芸術品にしてしまうのは堕落だと思っていたんでしょう、今はその言わんとすることが少しはわかるようになりました……ちょっと質問とは関係のない話でしたね、ごめんなさい」
つまり着用者の魅力を引き立てられそうな素材がいいということですか?
「うーんそうなのかしら……自分なりの基準はあるのだけど、言葉にするのは難しくて……職人が見て盗めというのは、それをうまく言葉にできないからなのだけど、これはいいことではないのかもしれませんね、100パーセント伝えられるとは限らないし、跡を継ぐ人がいなくなったら、その技術が必要になったとき苦労しますから」
10時、買い出しを終えたネーマは、原石を宝飾職人のもとへ持ってゆく。
顔なじみの宝飾職人ネフラに渡し細かい仕様を伝える、彼女は幼馴染で弟であるサークの妻でもある、サークはビキニアーマーとセットで運用する短剣と鉄扇などの小物を制作中だ。
「あー姉ちゃんは昔から細かい注文がすごく多くてうるさいのよ、ホンットかなわんわ」
「あんたの腕を信用してるから言ってるのよ」
「あんたもそれで鍛えられたところはすごくあるでしょ」
仲がいいんですね。
「そりゃ幼馴染だし! ネーマちゃんの無茶ぶりにこたえるのはあたしくらいなもんですよ、はははは!」
「俺は姉ちゃんには逆らえないだけでね、カミさんと仲がいいから逃げ場もないし」
11時30分、帰路に就き、ありあわせのもので食事を作る。
固くなったパンをスープで浸し、チーズやベーコンなどを入れてオーブンで焼く。
「片手間に作ったものでよければ」と我々クルーの分も用意してくれた。
「余裕があるときはちゃんとしたものを作るのですが、立て込んでいるとどうしてもこういうものになっちゃいますね」
13時15分、ネーマのもとにひとりの若い人間の女性が訪ねてきた、彼女はとある小さな神殿で舞姫を務めており、古いビキニアーマーを仕立て直してほしいとのことである。
「これはいいものですねぇ」
「そうなんですか? 昔から職場にあるものなんですけど」
300年ほど前のビキニアーマーの黄金時代に作られたもので、この時代は粗製乱造されてもいたが、歴史に名を残すような名品もまた数多く作成されたという。これもかなりの名品らしく、こういったものに出会うと気持ちが引き締まるという。
奥の部屋に入ろうとしたスタッフはネーマに止められる。
「採寸は人に見せるものではありませんよ」
あ、すみません。
奥の部屋で採寸を済ませ、持ち込まれたビキニアーマーの直しにとりかかる。
「基本的にストラップや内張なんかを調整すれば融通が利くように作ってあるものですけど、やっぱり体形はいろいろですから」
着用者の体形に合わせつつも、デザインを崩さない……一から作るよりも難しい仕事であるという。
古の職人との対話とでもいうのだろうか? 慎重にハンマーで叩くネーマの手つきには、古の職人への敬意が感じられる。
こういった仕事は毎年十数件あるといい、王立博物館に所蔵されている国宝級ビキニアーマーの修復にも携わったこともある。
16時30分、三回の微調整の末、古のビキニアーマーが現代の舞姫にふさわしいものに生まれ変わった。
着心地はどうですか?
「ぴったりです! これならどれだけ動いても擦れて痛いということもありません、それに体がすごく軽くて、ずっと踊っていられそうです」
ドワーフ謹製の品には不思議な力が宿る、なぜそうなるのかについては当のドワーフ自身にもわからないことだという、ただ真面目に作ればそうなってくれるものであると。、異口同音でドワーフの職人は語る。
「不思議な力を持つ道具は神様から与えられて、私たちがそれを模倣した……という話が一般的ですが、実は不思議な力を持つ道具を最初に作ったのは人間だという説もあるんです」
ええっ、そうなんですか?
「人間ってエルフほど魔法が上手くないでしょう、そこを補うために腐心して作り出したものが始まりであるという説があって……エルフは魔法が元々上手だから、わざわざ魔法の力を強める道具を作る必要がなかったわけですしね」
その説が正しければドワーフは人間が最初に考案した魔道具をさらに高みに押し上げたということでしょうか?
「そういう話ではなく。人々が試行錯誤と努力で見つけ出したものを、誰かが受け継ぎ研鑽した結果と今があるというほうが神様からの授かりもの起源よりも尊いんじゃないかなって私は思っているという話で……不信心だと怒られるかもしれませんけど」
現在、ビキニアーマーは分業で作られたものが既に主流となっている。
しかし、各分野において超一流の職人が集まってビキニアーマーを作っても、ネーマの作るものには敵わないと職人たちは言う。
「なんでなんでしょうねぇ、個々の技術なら私よりもずっと上の人たちが集まっているのに……ひとりがほとんどの作業を担当することでしかできない何かがあるのでしょうね」
百年前には108人いたビキニアーマー職人も、今やネーマ一人を残すのみとなった。
ビキニアーマーの未来は彼女の言う通り明るいものではないかもしれない、しかし……この太平の世においても、唯一無二の女性用防具、そして神事のための装束として、その需要がなくなることもないだろう。
ネーマは今、自身の培った職人としての技術や勘を未来の職人に伝え残すため言語化しようと腐心している。そして、ネーマが作成したビキニアーマーを遠い未来、職人が仕立て直し未来の舞姫が着るのではないだろうか、今彼女がそうしているように。
明日もまた、ネーマの工房からは槌音が聞こえてくることだろう。
今日も世界は平和だった。
道具は必要によってつくられる例としてわかりやすいのは、馬具の鐙は中国の農耕民が起源であるという話があります。
大陸には匈奴(のちのモンゴル人である)という騎馬民族がおり、元々ウマの扱いが上手かったので(馬だけに)馬具が発展せず、逆にウマの扱いが下手だった中国の農耕民たちは、匈奴の脅威に後れを取らぬよう鐙を生み出し、後にその有用性を認めた匈奴も鐙を用いるようになって、世界中に広がったみたいな話だったような。
それ以外にもネアンデルタール人はパワーがあったので槍だけで獲物を狩れたけど、ホモサピエンスは非力だったので、槍投げの威力を高める投擲器(アステカではアトラトルという名前で長らく使われていました)を発明したりとか。




