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新商品開発から外された私に、三十年目の定番商品改善が回ってきた

作者: よみなぎ
掲載日:2026/09/26

「今回の新商品プロジェクトですが、メンバーはこの六名で進めます」


会議室のモニターに名前が並んだ。


私は上から順番に見た。一人目。二人目。三人目。最後まで見て、もう一度、今度は下から見直した。


やっぱりない。


私の名前は、どこにもなかった。


膝の上には、一冊のノートがある。昨日まで、新商品の試作案を書き足していたノートだ。もし選ばれたら、すぐ次の試作に入れるように。会議が終わったら、誰に何を相談するかまで考えていた。


商品開発部に入って九年。三十二歳。


今度こそ、大きな新商品を任せてもらえるかもしれない。少しくらい、そう期待していた。


「以上です。質問はありますか?」


プロジェクト責任者の課長が、会議室を見渡した。


私は手を挙げた。


「はい」


「どうぞ」


「今回、私はプロジェクトには参加しない、ということでしょうか」


確認するまでもない。それでも、聞かずに終わるのは嫌だった。


課長は私を見て、はっきりとうなずいた。


「そうなる」


胸の奥が、ずしりと重くなった。


「理由を聞いてもいいですか?」


「ああ」


課長はモニターを切り替えた。


新しい。目を引く。誰かに話したくなる。


今回の商品コンセプトが、大きな文字で並んでいる。


「今回、会社が最初に取りにいくのは認知度だ。スーパーやコンビニで見た瞬間に、なんだろう、食べてみたいと思わせる商品にしたい」


「はい」


「君の案も悪くなかった。ただ、君の案は完成度を上げる方向に強い。今回必要なのは、既存商品の延長じゃない。まず見た瞬間に興味を持ってもらえる商品だ」


言い返す言葉を探した。見つからなかった。


思い当たるところがあったからだ。


私が提出した案は、どれも今ある商品の不満点を直すものだった。食感を変える。甘さを調整する。包装を変える。


新しい商品を生み出すというより、今あるものを良くする案ばかり。


今回選ばれた六人の名前を、もう一度見る。社内コンペで変わったアイデアを何度も出している人。若者向け商品のヒット経験がある人。パッケージデザインに強い人。


納得できてしまった。


それが、余計に悔しかった。


「……分かりました」


自分でも驚くくらい、普通の声が出た。


会議が終わり、自席に戻る。


机の上には、昨夜コンビニで買った競合商品の袋が置いてあった。新商品の参考にしようと思って買ったものだ。


その横には、膝の上から戻した試作ノート。


しばらく見てから、ノートを引き出しにしまった。


九年目。


今度こそと思っていた。


思っていただけだったらしい。


「ちょっといいか」


顔を上げると、課長が立っていた。


「はい」


「一つ、任せたい商品がある」


差し出された資料の表紙を見て、私は目を瞬いた。


知っている。


三十年前に発売された、うちの会社の定番チョコレート菓子。薄いクッキー二枚でチョコレートを挟んだ、昔ながらの商品だ。


私が物心ついたころには、もう店に並んでいた。


「これ、終売候補じゃありませんでした?」


「候補じゃない。かなり有力だ」


「もっと悪いじゃないですか」


思わず言うと、課長が笑った。


「だから任せるんだよ」


資料を開く。


売上は五年前から右肩下がり。去年はとうとう、ピーク時の半分近くまで落ちている。


「最後に一度、リニューアルを検討したい。それで駄目なら来春で終了する」


新商品から外されて、次に渡されたのが終売寸前の商品。


ずいぶんな落差だ。


正直、少しだけ思った。


私って、そんなに期待されていないのかな。


でも、資料の中には三十年分の売上がある。


三十年も売られてきた商品だ。


今の数字だけで、価値がなかったことにはならない。


私は資料を閉じた。


「分かりました。やります」


選ばれなかった仕事を眺めていても仕方がない。


今、私に渡された商品はこっちだ。


だったら、こっちをやる。


◇


ところが、調べ始めてすぐに困った。


理由が分からない。


売上が落ちているのだから、普通なら何か不満があるはずだ。味が古い。甘すぎる。値段が高い。競合商品に負けている。


まずは過去の購入者アンケートを片っ端から読んだ。


『昔から好きです』


『チョコとクッキーのバランスがいい』


『久しぶりに食べたけど、やっぱり美味しい』


『味は変えないでほしい』


褒められている。


なのに売れていない。


追加で簡単な調査もかけてもらった。結果はほとんど同じだった。


知っている。嫌いではない。食べれば美味しい。


でも、最近は買っていない。


「なんでよ」


私は机に突っ伏した。


美味しくないなら、味を直せばいい。高いなら、原価や容量を検討すればいい。知られていないなら、宣伝すればいい。


でもこれは三十年売ってきた商品だ。


知名度はある。味の評価も悪くない。


なのに、買われなくなっている。


「もう一回、食べるか」


棚から商品を取った。


昔から変わらない大袋を開ける。薄いクッキーを一枚取り出した。


サクッ。


軽い食感。


中のチョコレートも、ちゃんと美味しい。


やっぱり味じゃない。


もう一口かじった。


ぽろっ。


「あ」


書類の上に、小さなクッキーの欠片が落ちた。


手で払う。


よく見ると、机にも細かな粉が落ちている。


「もう……」


ティッシュを取って、書類と机を拭く。


袋を見る。


まだ何枚も残っている。口を閉じるためのチャックはない。


もう一枚食べれば、たぶんまた粉が落ちる。


そこで、手が止まった。


私は今、会社の机でこれを食べている。


皿なんてない。


仕事の合間に袋を開けて、一枚だけ食べた。


全部はいらない。机も汚したくない。


視線をパソコンへ戻す。


アンケートの言葉。


『昔から好きです』


昔。


三十年前。


発売されたころ、この商品は家族向けの袋菓子だった。


家で袋を開ける。皿に出す。家族で食べる。


だったら、少しくらい粉が落ちても問題ない。一枚が大きくてもいい。


でも今は?


仕事の休憩中。移動の途中。家でも、一人で少しだけ。


食べる場所も、食べる量も変わっている。


なのに。


商品だけが、三十年前の食べ方を続けている。


「……味じゃない」


椅子を引いた。


資料をつかんで立ち上がる。


「味じゃないんだ」


課長の席へ向かった。


「課長」


「どうした?」


「この商品、味を変えなくていいかもしれません」


「じゃあ、何を変える?」


私は袋を机に置いた。


「食べ方です」


◇


試作品ができるまでには、何度かやり直した。


最初に決めたことは一つ。


味は変えない。


昔から好きだと言ってくれる人がいる。そこは、この商品の長所だ。


一枚を小さくした。一口で食べられる大きさにする。


クッキーの形と焼き方を調整して、かじらなくても食べられるようにする。欠けにくくして、粉も落ちにくくする。


さらに一つずつ個包装にした。


一個だけ食べられる。残りを明日に回せる。鞄にも入れられる。


試食会で、営業担当が新旧の商品を見比べた。


「これ、リニューアルっていうより、小さくしただけに見えない?」


「はい。小さくしただけです」


「認めるんだ」


「だって、美味しいって言ってくれてるんですよ」


私は試作品を一つ取った。


口に入れる。


噛む。


机には何も落ちない。


「変える必要がないところまで変えたくありません」


もう一つ、営業担当へ差し出す。


「変えたいのは味じゃなくて、食べ方です」


営業担当が受け取った。


一口で食べる。


数回噛んで、うなずいた。


「ああ。これなら仕事中でもいけるな」


そう言って、もう一つ取った。


私は思わず笑った。


「二個目です」


「ん?」


「今、二個目取りました」


営業担当が自分の手を見る。


「……なるほど」


たぶん。


それが答えだった。


◇


リニューアル発売から一週間。


数字は悪くなかった。


でも、私はまだ喜ばなかった。


三十年続いた商品だ。リニューアルしたというだけで、懐かしさから一度買ってくれた人もいるかもしれない。


大事なのは、そのあと。


二週間目。


売上は落ちなかった。


三週間目の午後。


内線が鳴った。


「はい、商品開発部です」


『営業だけど、木村さんいる?』


「私です」


『追加発注入ったよ』


思わず背筋を伸ばした。


「どこからですか?」


『コンビニ二社』


「二社?」


『オフィス街の店舗で動きがいいって。一個だけ食べられるのがいいらしい。追加できる?』


「できます。確認して、すぐ連絡します」


電話を切る。


胸が速い。


狙っていた。


仕事中でも食べられる。少しだけ食べられる。


確かに、そこを狙って作った。


でも。


本当に買ってもらえた。


本当に、そこを評価してもらえた。


「よし」


小さく握った拳を、机の下で一度だけ振った。


翌週。


また営業から連絡が来た。


「三社目」


「え?」


「コンビニ。全国で入れたいって」


「本当ですか?」


「本当。あとドラッグストアからも追加」


思わず笑った。


「やった……!」


今度は声に出ていた。


近くの同僚が振り向く。


「どうしたの?」


「追加。全国です」


「すごいじゃん!」


「うん!」


久しぶりに、自分の仕事の話をしながらこんなに笑った気がした。


翌月。


前年同月を大きく上回った。


さらに翌月。


朝一番で更新された売上表を開く。


数字を見る。


「……あれ?」


前月より高い。


前年よりずっと高い。


過去の数字を開く。


一年。三年。五年。十年。二十年。


三十年前の発売月まで遡った。


「え?」


もう一度見る。


隣の同僚を呼んだ。


「ちょっと、これ見てもらっていい?」


「何?」


「私、見間違えてるかもしれない」


二人で数字を確認する。


同僚が先に気づいた。


「これ……過去最高じゃない?」


やっぱり。


発売三十年目。


終売候補だった商品が、過去最高の月間売上を出していた。


「……やった」


声が震えた。


もう一度、数字を見る。


「やった!」


今度は隠さなかった。


同僚が笑って拍手する。


「おめでとう!」


「ありがとう!」


嬉しかった。


ただ売れたからじゃない。


私が見つけた理由が、間違っていなかった。


味を変えなかったことも。小さくしたことも。個包装にしたことも。


全部、ちゃんとお客さんに届いた。


午後、課長が売上表を持ってきた。


「見た?」


「見ました」


「発売三十年目で過去最高だって」


「はい」


自分でも笑っているのが分かった。


課長が机の上に置かれた商品を一つ取った。


「終売リストから消えたよ」


「本当ですか?」


「それどころか、来期は生産枠を増やす」


胸の奥が熱くなった。


数か月前。


新商品プロジェクトから外されたとき。


私は、自分には商品開発者として何か足りないのかもしれないと思った。


新しいものを生み出せない。


人を驚かせるアイデアを出せない。


でも。


もしかしたら。


私は私で、ちゃんと商品を作っていたのかもしれない。


ゼロから生み出すのとは、違うやり方で。


◇


秋。


私が外された新商品が発売された。


売場で見た瞬間、足が止まった。


派手だった。


形も面白い。パッケージも、一目で新商品だと分かる。


一つ買って帰って食べてみた。


「……これ、面白い」


悔しいけれど、私にはたぶん作れなかった。


発売初日からSNSに写真が流れた。動画でも紹介された。


一週間で、販売目標を上回った。


社内にも明るい空気が広がった。


「すごいな」


私は素直にそう思った。


前なら、少し違ったかもしれない。


自分がそこにいないことばかり気になったかもしれない。


でも今は違う。


私の商品だって、売場に並んでいる。


三十年間で一番売れている。


あのチームには、あのチームの仕事があった。


私には、私の仕事があった。


数週間後。


全社の商品会議が開かれた。


最初の議題は、その新商品だった。


プロジェクトリーダーが前に立つ。


「認知度調査の結果、目標値を上回りました。特に若年層では想定以上の数字が出ています」


モニターにグラフが映る。


発売前とは比べものにならない。


会議室から拍手が起きた。


私も拍手した。


大成功だ。


会社が最初に欲しかったものを、あのチームはきちんと取った。


役員が立ち上がる。


「まずは皆さん、お疲れさまでした。新商品を知ってもらうという第一段階は、十分な成果が出たと思います」


また拍手が起きた。


「では、次の段階です」


資料が切り替わった。


画面に映ったグラフを見て、私は目を瞬いた。


私が担当した、あのチョコレート菓子だった。


発売三十年目。


一度は下がり続けた線が、リニューアルを境に大きく跳ね上がっている。


「商品は、一度買っていただけば終わりではありません」


役員が続ける。


「次に必要なのは、もう一度選んでいただける商品に育てることです」


会議室が静かになった。


「三十年間販売してきた商品を、味を変えることなく、発売以来最高の月間売上まで伸ばした実績があります」


心臓が大きく鳴った。


「新商品の次期改善については、その成果を出した木村さんに任せたいと思います」


私の名前が呼ばれた。


一瞬、立つのを忘れた。


隣の同僚に肘で軽くつつかれて、慌てて立ち上がる。


拍手が聞こえた。


思っていたより、ずっと大きかった。


頭を下げる。


顔を上げると、新商品チームの人たちも拍手していた。


その中に、プロジェクトリーダーがいる。


目が合った。


彼は笑って、もう一度大きく拍手した。


会議が終わる。


まだ少し頭がふわふわしていた。


「木村さん」


呼ばれて振り返る。


さっきまで発表していたプロジェクトリーダーだった。


「はい」


「正直、助かります」


「え?」


「認知度は取れました。初動も想定以上です。でも、二回目を買ってもらうところは、まだこれからなんです」


彼は少しだけ困ったように笑った。


「木村さんが直した商品、俺も食べました」


「あ、ありがとうございます」


「前の商品も知ってました。あれを、味を変えずにここまで持っていったんですよね」


「はい」


「だったら安心です」


彼が手を差し出した。


「俺たちが作った商品、育ててください。お願いします」


胸の奥に、じんと何かが広がった。


私はその手を握った。


「はい。一緒にやりましょう」


彼が笑う。


「お願いします」


その背中を見送ったところで、もう一人近づいてきた。


課長だった。


手には一冊の資料がある。


「最初に言ったこと、覚えてるか?」


「覚えてます」


忘れるわけがない。


「今回必要なのは、まず見た瞬間に興味を持ってもらえる商品だ」


私が答えると、課長がうなずいた。


「そうだ」


胸を張って、笑う。


「そこまでは、俺たちがやった」


「はい」


「ちゃんと知ってもらった。ちゃんと手に取ってもらった」


課長が資料を差し出した。


「ここから先は、お前の得意分野だ」


受け取る。


表紙を見る。


あの日。


モニターに並んだ六人の名前。


そこに私の名前はなかった。


その新商品の名前が、今、私の手の中にある。


「次は任せたぞ」


数か月前なら。


こんなふうに渡されても、自信を持って答えられなかったかもしれない。


私は新しい商品を生み出すのが得意じゃない。


人を驚かせるような発想も、たぶんあの六人には敵わない。


でも。


商品を食べる。買ってくれた人の声を聞く。良いところを残す。選ばれなくなった理由を探す。


そして、もう一度手に取ってもらえる商品に育てる。


それなら。


私は胸を張った。


「はい!」


資料を開く。


最初のページには、新商品の販売データと購入者アンケートが並んでいた。


数か月前、引き出しにしまったノートを思い出す。


今度はしまわなくていい。


私は新しいページを開いた。


今度は、私の番だ。


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