追放された神殿掃除係の私、忘れられた浮遊島で寝てた神様たちを叩き起こしたら世界最強の神官になっちゃいました~ざまぁは風の神様と一緒に♪~
「掃除係のお前など、この神殿にはもう不要だ」
聖女認定式の直前。磨き上げたばかりの祭壇の前で、私はその一言を告げられた。
告げたのは大神殿の若き司祭ロドリク。整った顔立ちに、人を見下すことに慣れきった笑みを浮かべている。
(うわ、朝から気持ちのいいセリフだこと)
私はリノ。前世は日本の神社で巫女兼掃除のプロとして働いていた、清水凛という社会人だ。事故であっけなく死んで、気づいたらこの世界の神殿で最下層の『神具磨き・祭壇掃除係』をやっていた。
「聞いているのか、掃除ババア」
ロドリクの隣で、金髪の美少女がくすくすと笑う。自称聖女ミレイユ。
「みすぼらしい作業着で祭壇の前をうろつかれると、神聖な式の妨げになりますの。掃除係ごときが」
(掃除ババアって……私、まだ十六なんですけど)
喉まで出かかったツッコミを、私は飲み込む。
言い返したところで、この人たちには何も届かない。それは前世で嫌というほど学んだことだった。
「掃除係がいなくても神殿は回る。今日限りで出て行け」
ロドリクが顎で扉を示す。
「……かしこまりました」
私は雑巾を丁寧に畳み、道具を片付けた。それから、毎朝千回は磨いてきた古い祭壇に、深く一礼する。
「長い間、お世話になりました」
「あら、あんなに丁寧にお辞儀して。掃除係の意地かしら?」
「ふん、去り際まで湿っぽい。せいせいするな」
喚きもせず、涙も見せず。ただ静かに背を向けて、私は神殿を後にした。
(掃除係がいなくても回る、ね)
扉の向こうで、二人が勝ち誇った笑い声をあげている。
(……本当にそうだといいですね)
この古びた祭壇が、いったい何を支えていたのか。それを知る者は、この神殿に一人もいなかった。
私を、除いては。
◆
神殿を追い出された私が向かったのは、冒険者ギルドだった。
住む場所も、稼ぐ手段もない。だが不思議と、絶望はなかった。
(前世でも一度ゼロから始めたんだ。掃除の腕さえあれば、なんとかなる)
受付でひとまず自分のステータスを確認しようと、鑑定スキルを使った瞬間——
『神具浄化 Lv.MAX』
『清掃の加護』
(え、鑑定に出てるこの『神具浄化Lv.MAX』って……なに?)
見慣れない、というより、誰も持っていないような特殊スキルが並んでいた。
「ちょっとあんた! 今、すごい魔力がこぼれたよ。とんでもないもん抱えてるねぇ」
背後から、豪快な声がかかった。
燃えるような赤髪を無造作に結い上げた、頼れる姉御肌の美女。受付嬢のガーネットさんだ。
「え、こぼれ……? 私、何もしてませんけど」
「してないのにこれかい。……はっ、面白い」
ガーネットさんはカウンターに身を乗り出し、私の顔をまじまじと覗き込んだ。
「その神聖魔力の質、私が現役の頃でも見たことないよ。あんた、名前は?」
「リノです。さっき、大神殿を追放されました」
「追放? そいつは見る目のない連中だねぇ」
彼女は元S級冒険者だという。歴戦の目が、私の中の『何か』を見抜いたらしい。
「なぁリノ。相棒になろう。悪いようにはしないよ」
差し出された手は、大きくて温かかった。
(……ああ、この人は信じていい人だ)
前世の勘が、そう告げていた。私はその手を握り返す。
「よろしくお願いします、ガーネットさん」
「よし決まりだ! じゃあ早速だが——あんたにぴったりの仕事があるんだよ。『忘れられた浮遊島』、掃除ついでに調査してこないかい?」
「掃除、ついで……ふふ。それ、私の専門です」
◆
「うわ、これはひどい……」
浮遊島に降り立った第一声が、それだった。
かつて神々が住んだという島。だが人々が新しい国家宗教を作り、古い神々を忘れたため、島ごと空へ封印された地。誰も浄化できず、魔物の巣窟と化していた。
そして、神殿を覆う——千年分の汚れ。
「よく見な、リノ。魔物がうようよしてる。無理はするんじゃ——」
「ガーネットさん、雑巾ってあります?」
「は?」
私はもう、掃除以外のことが考えられなくなっていた。前世からのプロ意識に、完全に火がついている。
(こんなに汚れた祭壇、放っておけるわけがない)
袖をまくり、まずは一番大きな祭壇に向かう。積もった埃を払い、清めの水で丁寧に、丁寧に磨いていく。
「祈りは、清めから。……さあ、綺麗にしましょうね」
すると——磨いた場所から、淡い光が滲み出した。
ゴォッ、と風が渦を巻く。
祭壇の奥から、銀髪碧眼の絶世の美形青年が姿を現した。線の細い長身が、埃を振り払うように立ち上がる。
「……ぁ……風の、匂い……」
(え、祭壇から人が出てきた……!?)
彼は夢から覚めたように瞬きし、私を見た。
「我らを……覚えていて、くれたのか」
その碧眼から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
「覚えて……というか、掃除しに来ただけなんですけど」
「掃除……そうか、掃除か……。祈りを、絶たれてから……もう、どれほど……」
風の神・シルフィード。愛称シル。
彼は震える声で語った。忘れられ、祈りを絶たれ、力を失って、埃をかぶって眠り続けていたのだと。
「あなたの清めが……我らにとっての、祈りだ」
私が磨けば磨くほど、彼の姿は輝きを取り戻していく。
(磨くほどに輝いていく……。掃除でこんなことある?)
「もっと……もっと、そばにいてくれ」
(急に距離が近いな、この神様)
「……あたしゃ何を見せられてるんだい。神様が、掃除女に泣きついてるよ」
ガーネットさんが呆然と呟いた。
こうして私は、千年ぶりに『祈り』を捧げる者になった。
まだ、これがざまぁの引き金になるとも知らずに。
◆
祭壇を磨くたびに、神様が一柱ずつ目を覚ました。
二番目に目覚めたのは、真っ白でふかふかの巨大な獣神——モコ。
「きゅうん」
「わ、大きい……というか、もふもふ……!」
かつては勇壮な守護神だったらしいが、今や甘えん坊で食いしん坊。私が磨くたびに少しずつ体が大きくなり、威厳を取り戻していく。それなのに、私の膝で丸くなる習性だけは抜けないらしい。
「きゅう」
(潤んだ瞳で見上げられると……ずるい。前世のペット思い出しちゃう)
「リノ……他の神に、近づくな」
シルが背後で拗ねている。
「神様が拗ねないでください。今はモコの毛並みを堪能させて」
そして島の最奥。眠り姫のように眠り続けていたのは、豊穣の女神セレネだった。
淡い金の長髪。おっとりとした微笑み。
「あら……お掃除の匂い……なんて、懐かしいのかしら……」
半分まどろんだまま、彼女は私を優しく迎えた。
「起こしてすみません、って言うべきなんでしょうか」
「いいえ……嬉しいのよ。忘れられるというのは、とても、寂しいことだから」
セレネは静かに語った。
「国が新しい宗教を作り、わたくしたち古い神を封じたの。祈りを絶たれ、ただ眠るだけの千年だった」
そして、そっと手をかざす。大地と実りを司る、莫大な加護が私に流れ込んだ。
「あなたの敬意が、わたくしたちを呼び戻したの。だから——あなたを、わたくしたちの『真の神官』と認めます」
(掃除係が、神官かぁ)
シルが、モコが、セレネが。忘れられた神々が、私を囲んで微笑んでいる。
「……誰にも評価されなかった技能が、こんな形で。なんだか、泣きそうです」
誰にも評価されなかった前世からの技能が、この世界で最強の力に変わっていく。
◆
——ところ変わって、大神殿。
リノが去った翌朝から、異変は始まっていた。
「なっ……祭壇の魔力が、枯れている、だと?」
ロドリクは青ざめて祭壇に駆け寄った。いつも満ちていたはずの神聖な光が、みるみる弱まっていく。
「ミレイユ! お前の聖女の力で、どうにかしろ!」
「そ、そんな……わたくしの力も、なぜか出てこなくて……!」
自称聖女ミレイユの手のひらから放たれるはずの光は、今や火の消えかけた蝋燭のように頼りない。
彼女は知らなかった。
自分が誇っていた『聖女の力』が、実はリノの磨いた祭壇の魔力を、無自覚に横取りしていただけの偽物だったことを。
魔力源が去れば、力の出所は絶たれる。当然の帰結だった。
「どういうことだ!? 昨日まで何の問題もなかっただろう!」
「わ、わたくしのせいではありませんわ! きっと、あの掃除ババアが何か細工を——」
「掃除係にそんな力があるものか!」
(なぜ……昨日まで、あんなに輝いていた光が……わたくしの手から、消えて……)
二人は原因を掴めぬまま、ただ喚き散らすばかり。
やがて、神殿の魔力枯渇の噂は王都中に広がった。
国家宗教の権威は、音を立てて崩れ始める。
数日後、王家からの使者が神殿に現れた。
「神殿の異変について、王よりご詰問である。聖女ミレイユ、司祭ロドリク——直ちに登城せよ」
「ひっ……」
ロドリクの顔から、血の気が引いていく。
(なぜだ、なぜこんなことに……あの祭壇は、確かに満ちていたはずなのに)
彼はまだ、気づいていなかった。
自分が顎で追い払った、あの地味な掃除係こそが——この壮麗な神殿を、たった一人で支えていた本物だったということに。
◆
王都の空が、ざわめいた。
人々が見上げる先。天から巨大な白銀の獣が舞い降りてくる。
「あ、あれは何だ!? 天から、白銀の獣が……!」
「神……? まさか、伝説の獣神——!」
モコの背に乗り、風の神シルフィードを従えて。私は正式な神官として、王都へ帰還した。
作業着ではなく、神々から授かった清らかな神官衣に身を包んで。
王城前の広場。詰問のために引き出されていたロドリクとミレイユが、こちらを見上げて凍りついた。
「な……掃除、ババア……?」
「あら、久しぶりですね」
私は静かに微笑む。
そこへ、風の神シルが一歩前へ出た。
「王よ、そして愚かなる神殿の者たちよ。聞け」
涼やかな、しかし威厳に満ちた声。甘えん坊の面影はどこにもない。
「その娘——リノこそが、忘れられた我ら神々を呼び覚ました、真の神官である」
ざわめきが広がる。シルは金髪の少女を指さした。
「そしてそこの娘。ミレイユといったか。お前の『聖女の力』——あれは、この娘が磨いた祭壇の魔力を盗んでいただけの、まがいものだ」
「な……! 嘘よ! わたくしは聖女——」
「偽りを申すな」
セレネの穏やかな声が、天から降った。
「神々の目を、欺けると思うたか。あなたの力は、最初から借り物。魔力源が去った今、何も残ってはいないでしょう?」
「そんな……そんな……!」
ミレイユは手のひらを見つめ、そして崩れ落ちた。
(光は、もう一片も灯らない。……当然の帰結ですね)
光は、もう一片も灯らなかった。
◆
「あ、あの掃除係が……本物の、神官だっただと……」
ロドリクが、膝から崩れ落ちた。
神々の裁きの前に立たされ、彼はようやく理解した。自分が何を追い払ったのかを。
「まさか……お前が、あの祭壇を……。神殿を、支えていたのか……」
「ええ。毎朝、あなたが見向きもしなかった、あの古い祭壇を」
私は淡々と答える。喚くこともなく、責めることもなく。
「掃除係を追放したのは、お前だな」
シルの声が冷たく響く。風がロドリクの周りで渦を巻き、逃げ場を奪う。
「ま、待ってくれ! 私は知らなかったんだ! 知っていれば、決してあんな——」
「知らなかった、ではありません」
私は彼の言葉を、静かに遮った。
「あなたは、知ろうともしなかった。地味な働きを、一度でも見ようとしましたか。感謝の言葉を、一度でもかけましたか」
「……っ」
「聖女ミレイユも、同じです。あなたたちは、目に見える華やかさだけを追いかけて、足元を支えていたものを、平気で踏みつけた」
広場は、静まり返っていた。
私は二人を見下ろし、前世からずっと大切にしてきた言葉を、口にする。
「祈りは、清めから」
風が、止んだ。
「あなたたちには——どちらも、無かっただけです」
それは怒声よりも、ずっと重く響いた。
ロドリクは何も言い返せず、ただ地面を見つめている。ミレイユは涙も出ないまま、震えていた。
王が、静かに宣告する。
「偽りの聖女と、それを担いだ司祭を捕らえよ。国家宗教の権威を私物化した罪、追って裁く」
衛兵に引き立てられていく二人の背中を、私は最後まで見送った。
(ざまぁ、って言うんでしたっけ、こういうの)
モコが「きゅうん」と鳴いて、私の頬に鼻先をすり寄せた。
◆
騒動が落ち着いた後。
私は王国公認の大神官として認められた。とはいえ、王都の豪奢な神殿に収まる気は、さらさらない。
「私、あの浮遊島を拠点にします」
王の前で、私はきっぱりと宣言した。
「大神官の地位を約束しよう。王都の神殿は、そなたのものだが……よいのか?」
「あそこにはまだ、掃除しきれていない祭壇が山ほどありますし。何より——神様たちを、一人にはできませんから」
セレネの豊穣の力は、さっそく王国を襲っていた飢饉を救った。モコの神威は魔物を退け、シルの風は空の道を繋ぐ。
忘れられた神々は、もう二度と忘れられることはない。
浮遊島に戻った私は、いつもの作業着に着替えた。やっぱりこれが一番落ち着く。
「リノ」
人化したシルが、そっと隣に並んだ。銀髪が風になびいて、相変わらず絶世の美形だ。
「なあ、今日はどこを掃除する? 我も手伝う」
「え、神様が掃除の手伝いですか」
「お前とだと、なぜか楽しいのだ。……いけないか?」
そう言って、少しだけ頬を赤らめる。
(国宝級の美貌でその顔をされると、こちらが困る)
「きゅうん!」
モコが「僕も手伝う」とばかりに、もふもふの体を擦り寄せてくる。
「あらあら、賑やかねぇ……お茶が入りましたよ」
セレネが縁側でお茶を淹れながら、母のように微笑んでいる。
(前世でも今世でも、黙々と磨いてきた。でも今は、喜んでくれる存在がいる)
前世でも、今世でも。誰にも評価されないまま、ただ黙々と磨いてきた。
でも今は違う。私の掃除を、心から喜んでくれる存在がいる。
「よし、じゃあ今日は東の祭壇。シル、雑巾持ってきてください」
「承知した!」
嬉々として駆けていく風の神を見送りながら、私は袖をまくった。
忘れられた神々の眠る浮遊島に、今日も清めの水音が響く。
『神々の寝床、掃除承ります』
これが私の、新しい生き方だ。
——さて、次はどの神様を、叩き起こしましょうか。




