雨の日の声
「水」をテーマにしたホラーです。
君はなんて可愛いんだろう
君のためなら僕は なんだってするよ
◇ ◇ ◇ ◇
その洋館は蔦に覆われ、来訪者を拒絶していた。
辺り一帯が再開発のために次々と引っ越して更地になっていくのに、そこだけは所有者と連絡がとれず、交渉担当者を悩ませていた。
それがこの5月に、所有者が富士の樹海で遺体で見つかり、親族に所有権が移って、やっと手放してもらえることになった。
屋敷の取り壊しが始まる頃には梅雨入りし、解体工事は雨の合間に進められた。
解体が進んで、中庭を取り囲んでいた建物部分が無くなると、傘を差した通学途中の小学生たちが、
「なにか声が聞こえる」
「キレイな声」
「泣いてるみたい」
などと言うのを、進捗状況を確認にきていた担当者が耳にした。
しかし、工事に取り組む大人たちには聞こえず、重機を止めて息をひそめ、耳をすませてみるも、何の声も聞こえてこなかった。
「若者にしか聞こえねえモスキート音じゃねえの?」
「そりゃあ、おれらには無理だな」
そんなこと言い合って笑った。
中庭には、洋館には似つかわしくない和風の蹲があったが、久しく手入れもされていないので、雑草の中に埋もれていた。蹲の足元の水門と呼ばれる部分がずいぶん広く、白く美しい玉砂利が敷き詰められていた。今は見る影もないが、かつては風雅な一角だったのだろう。
その年の梅雨は長引き、登下校の子どもたちの間では、雨がたくさん降ると泣いたような声が聞こえるというのが、すっかり有名になっていた。
梅雨も明け、大きな屋敷も跡形もなく壊され、地下の基礎や配管などの撤去も始まった。
中庭の蹲も退かされ、その下を掘ると、玉砂利の下には、穴の開いた甕が埋まっていた。
「なんだ、これ」
「水琴窟みたいだな。蹲といい、風流なもんだ」
「すいきんくつって何だよ」
「この玉砂利を通って流れた水が、甕の穴に滴り落ちるようになってるんだ。その音が甕の中で反響して、キレイな音を響かせるんだよ」
「へえ、しゃれてるねえ。ああ、ガキらが聞いてた泣き声って、これか」
「そうか、雨の日だけ聞こえたのは、そのせいか」
「俺ら、雨の日は作業しねえもんな」
「小雨ならやるけど、そもそも重機動かしてたら、そんなささいな音は聞こえねえからな」
そんな話をしながら甕を掘り出してひっくり返した男は、甕の中を二度見して腰を抜かした。
「ひっ、・・・な、なかに」
「何だ、どうした」
あとから覗き込んだ男も、甕の中を指さして固まった。
警察が呼ばれ、ロープで囲われ、現場はブルーシートで覆われた。
屋敷の周りは、ひとしきり騒然とした。
水琴窟の甕の中には、頭蓋骨が入っていた。
近くを掘り返すと、頭部のない骨が埋められていて、この屋敷に住んでいた二十代の女性のものと思われた。水琴窟の中の頭蓋骨は、この人物のものだろう。
樹海で発見された遺体は、この女性の兄だった。兄が妹を殺して埋めたのか、二人とも別の誰かに殺されたのか、捜査は難航しそうだった。
事件が大々的に報道されると、海外在住のある男性から、警察に荷物が届いた。
男は、埋められていた女性の元婚約者で、最近になって、彼女の兄から日記帳が送られてきたのだという。捜査の参考になればと送ってきたようだ。
日記の内容は、常軌を逸していた。
◇ ◇ ◇ ◇
『アリサの日記を読んだ なんて可愛いんだろう
僕が怖いらしい
こんなに愛しているのに
結婚するんだって?
僕以外の男と
僕が怖い? どうして? 逃げるの?
君は僕といるのが一番幸せなんだよ
いじらしいなあ 婚約者に手紙を書くの?
届かないよ、それ
もう君は失踪したことになってるから
僕のそばが安全だよ
あんな男、お前に相応しくない』
『ああ、なんで死を選んだの
死んでも僕のそばにいたいだろう?
僕にいい考えがあるよ
しばらく土の中で我慢してね』
『そろそろ君に会えるかな
会えなくて寂しかったよね
もうすぐだからね』
『美しい形だ 愛おしい
こんな姿でも可愛いなんて
いいことを思いついたよ
君と会話をする方法』
『水琴窟っていうんだ
きれいな言葉だね
君のようにキレイな玉砂利を敷いたよ
蹲から柄杓で水を汲んで注ぐと
君の声が聞こえるんだ
君の頭蓋骨をすり抜けた水が
君の声を届けてくれる
泣いているの?
大丈夫だよ
僕がずっと一緒にいるから
寂しくないでしょう?』
『雨が降ってきたね
なんてキレイな声だろう
ずっと聞いていたいよ』
◇ ◇ ◇ ◇
君はなんて可愛いんだろう
君を手元に置くためなら 僕はなんだってするよ
読んでいただき、ありがとうございました。