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白き目覚め  作者: バトレボ
第一章 白き目覚め
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閑話 語り始め

焚き火がぱち、と音を立てた。


いつもと同じように、夜が村を包んでいた。

でも、その夜だけは、みんなが火の周りに集まり、誰もが**“カズハの口から”**その話を聞こうとしていた。


村の者は誰もが知っていた。

あの子が一人で山に入り、

霧に包まれて、

戻ってきたとき――彼女の目は、なにかを見ていたと。



カズハは、火の前に座っていた。

手には、父の作ってくれた藁編みの護符。

小さく深呼吸して、みんなを見渡す。


静かな時間が流れた。


子どもたちは膝を抱え、大人たちは煙管を静かに吸いながら、そのときを待っていた。


長老サダが目を閉じて頷くと、

カズハは、ぽつりと口を開いた。



「……あの日、白蛇さまが出てきてくれました」


その一言で、空気がぴたりと止まった。


「黒い大きな獣が、わたしのすぐ前にいたんです。目がつぶれてて、口が……血で、真っ黒で」


声は震えていない。

ただ、丁寧に。

ひとつひとつ、手繰るように、記憶を言葉にしていた。


「動けなくて、足も、声も出なくて……でも、しろいへびが、霧のなかから、すーって出てきたんです」


カズハの指が、焚き火の光をなぞるように空を切る。


「とても長くて、大きくて、目が……静かで、すごく優しくて。わたしのことを、見てた」



誰かが、息を飲む音がした。


カズハは、焚き火を見つめながら続ける。


「へびは、獣に向かっていきました。何度も、何度も。すっごく強かった。でも、痛そうで……血も出てて……」


「それでも、最後までわたしを見てくれて……それで、わたし、叫んだんです」


――「しろへびさま」って。



火が揺れた。


「そうしたら、体が……光ったんです。霧のなかで、ぼうっと白くなって、それで……へびが獣を倒してくれました」


静寂が、再び村を包んだ。


それは「恐れ」ではなく、「理解しようとする沈黙」だった。

言葉が、火のそばで形になった。

それが、“語り”の始まりだった。



「白蛇さまは、神さまなんかじゃないと、わたしは思います」


カズハは、はっきりと言った。


「すごく静かで、怖がってるみたいで……でも、だれかが困ってたら、助けに来てくれるんです」


「だから、わたしは毎日、白蛇さまに“ありがとう”って言いに祠に行きます」


「……それだけです」



その夜、焚き火のまわりにいた者のうち、

誰一人として、言葉を返す者はいなかった。


けれど、翌日から――


祠の供物が増えた。


子どもたちが「白蛇さま」の絵を描くようになった。


「神さまじゃない。でも守ってくれるもの」という言葉が、村の中で自然に定着した。



**


カズハの語りは、まだ「伝承」ではなかった。

けれどそれは、「信じて語られた真実」だった。


それこそが、

のちに“語り部”と呼ばれる者たちの、原初の語りだった。

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